11:事件の終わり
ジェスティオとエレーヌが戦っている頃、エリスティーファとマリエールもまたベルハンドと対峙していた。
ベルハンドは粘りつく様な笑みを浮かべてエリスティーファ達を見ている。その様子には少しも緊張した気配はなく二人を何ら脅威と思っていない証拠だった。
「ヘヒヒ、たかだか女二人がこの私の相手をしようとは実に愚かしい。お前たちも我が実験体に使ってやろう」
「口で勝てなければ力でって実に分かりやすくていいわね。やるならさっさとしなさい、これ以上無駄な時間を使いたくないのよ」
エリスティーファの言葉にベルハンドは顔を歪めると杖を構える。枯れ木のような老人であるベルハンドだがその魔力は普通の魔術師とは比べ物にならない大きさだった。
「この私を馬鹿にした者を生かしてはおけんのだぁぁぁ!! 岩の槍!!」
地面から石で出来た槍が五本飛び出しエリスティーファ達へと向かってくる。それは通常の岩の槍よりも大きく鋭かった。
「我が神から授かった魔力だ! 貴様らが止められるものではない!!」
ベルハンドが叫んだ瞬間、マリエールが地面を一回足で叩くとその瞬間地面から迫り出した石の壁によって岩の槍は弾かれてしまう。
石の壁には傷一つ付いておらずやがて砂となって消えていく。
「悪神から魔力を貰ってこの程度ですか。申し訳ありません、もっと強大だと勝手に勘違いしておりました」
マリエールがベルハンドへ丁寧に頭を下げる。もっとも言っていることは謝罪からほど遠い内容ではあるが。
「ば、馬鹿な!! 私の魔力は普通の魔術師で防げるものではない!! な、何かの間違いだ!」
ベルハンドは想像もしていなかった状況に現実を否定するかのように頭を振る。枯れ木のような腕で頭を押さえるその姿はどこか哀れだった。
「いいえ、これが現実よ。それに一つ良いことを教えてあげるわ。私の侍女のマリエールは帝国で三番目に強い魔術師よ。ただの魔術師ではないのよ」
「な……なんだと。そうか……そうか、ヘヒヒその女もまた寵愛者か。ならば私の魔術を防げるのも納得と言うものだ。ふん、ならば仕方ない。私の切り札をきらせてもらおうか」
ベルハンドはそう言うと懐から鍵を取り出した。それを何もない空間に刺しこんだ瞬間、急に扉が現れた。
「これが我が神から授かりし贈り物よ! 出でよ我が実験体達よ!!」
扉が開くと中からぞろぞろと異形の者達が姿を現す。どれも一つとして同じ姿のものはおらず、全て何らかの魔物や獣と融合していた。
「これが私の五十年の成果だ! 残念ながら実験体十五号程の逸材はおらんがそれでも数は十分におる。貴様らが合計十七体の実験体相手にどこまで出来るか見させてもらおうか」
ベルハンドはそう言うと実験体達の後ろへと下がっていく。どうやら本当に高みの見物を決め込むつもりの様だった。
実験体と呼ばれたモノはどれも元が人間であったことが分かる悲惨な姿だった。腕が複数あるものや全身が虫のような甲殻に覆われた者。ただどれもエレーヌのような理性が全く残ってはいないようだ。
「どれだけの人を犠牲にすれば気が済むのかしらね……この老人は。あまりにも惨いわ。マリエール出来る?」
「はい、エリスティーファ様。この方達を少しでも早く解放します」
エリスティーファはマリエールの答えに頷くと全記の書を取りだしながら頷いた。
狭い地下墓地で数の有利が十分に活かせないとは言えそれでもこれだけの数は普通では脅威だった。しかし、それはあくまで普通の場合でしかなかった。
「マリエール、右の虫は氷よ。左の獣は雷が良いわ」
「はい! 氷の雨! 雷の槌!」
マリエールが右手を振るうと氷の刃が雨のように降り注ぎ虫のような実験体を斬り裂きながら凍り付かせる。左手を振るうと雷が振り下ろされるハンマーのように叩きつけられ飛び掛かって来た獣の実験体を一瞬にして内部から焼き尽くす。
次から次に襲い掛かる実験体へ常に的確な属性の魔術を用いてマリエールは撃退していく。気が付けばこの場に立っている実験体は一体も残ってはいなかった。
「あ……ありえん。私の実験体が全て倒されるなど。それになぜ全ての実験体の抱えていた弱点が分かるのだ!?」
悪夢でしかなかった。
誰にも教えたことが無い実験体それぞれの実験体が抱える弱点。それを何故か全て正確に突いてくるマリエール。この現実はベルハンドの理解を超えていた。
「知っているからよ。あなたが隠していたつもりでも知る方法はあるわ」
エリスティーファはつまらないものを見るようにベルハンドを見る。その目には何の温度も宿っておらず、その目で見られること自体がベルハンドにとっては屈辱だった。
「ふざけるな! そんな簡単に知られてたまるか!……そうか! そこの魔術師の娘は寵愛者だったのだな? 善神から与えられた贈り物で見抜いたというわけか!?」
ベルハンドはそれ以外考えれなかった。ベルハンドの魔術を簡単に破り実験体をあっさりと葬った魔術師が寵愛者でなくて何だというのだ。
しかし、現実はどこまでもベルハンドに優しくはなかった。
「あら、違うわよ。マリエールは寵愛者ではないわよ。ただの人間よ」
「……は?」
ベルハンドはエリスティーファの言葉が理解できなかった。何を言われたのかさっぱり分からない。そんなあってはならない事実など存在していないのだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
「あなたの実験体の弱点を見抜いたのは私よ。この全記の書は全てが記されているわ。だから私から隠しきることなんて不可能よ」
エリスティーファは実験体が現れた瞬間、それぞれに使われている魔物や獣から弱点を推測し全記の書に尋ねたのだ。自分の予想は正しいかどうかだけを。
本来ならば一体調べるごとに一回分の消費が必要になるが、この方法なら一回の消費で全ての確認ができる。もっともこれはエリスティーファが魔物などの知識を持っていなければ不可能な方法だった。
「そんな馬鹿げた魔器があってたまるかぁ! いい加減なことを言うのも大概にせんか!!」
認められないベルハンドは頭を抱えながら目の前の現実を否定する。
これは何かの間違いだ。
こんなおぞましい結果などあってはならない。
そんな考えで頭がいっぱいになっているベルハンドは気づけなかった。いや、仮に気付いていても意味は無かったのかもしれない。ベルハンドの実力では防ぐことは出来なかったのだろうから。
マリエールがゆっくりとベルハンドに手のひらを向ける。あっという間にすさまじい魔力が集まってくる。
「悪神の寵愛者を捕らえることが出来ない以上、あなたはここで死んでもらうわ。その魂は悪神に囚われてしまうでしょうけれどそれは報いよ。決して救われない時間をただ悔いながら消えなさい。お願いマリエール」
「はい、エリスティーファ様。炎の蛇」
炎の蛇がベルハンドに絡みつく、そしてそのまま一気にベルハンドを締め上げた。肉の焼ける臭いとベルハンドの断末魔の悲鳴があがる。それもやがていつしか聞こえなくなり、そこには炭となった老魔術師だったものしか残っていなかった。
全てが終わってみれば残されたのはただ多くの死体だけだった。地下墓地と言う静かな眠りの場所は穢され死の匂いが濃い場所へと変わってしまっていた。
「結局、私が出来るのは後始末だけね」
「……エリスティーファ様」
探偵の真似事とエリスティーファ自身も理解していた。結局事件が起きてから出ないと何も出来ないのだから。
「ジェスティオは……無事そうね」
うつむいてはいるが大きな怪我などはそこまで負っていないようだった。
「引き上げるわよマリエール。これ以上ここで出来ることは無いわ」
エリスティーファの言葉にうなずいたマリエールがジェスティオに声をかける。ジェスティオはふら付きながらも立ち上がるとエリスティーファ達の後をついてきた。
(ジェスティオの怪我は後で治療しないといけないわね)
地下墓地を出ると既に陽も昇っており明るさが目に染みる。明るさに目を細めながら階段を上り切るエリスティーファに槍が付きつけられた。
「動くな!!」
槍を持っているのは貴族街の衛兵達でその後ろにはローデックが嬉しそうに立っている。
「これはどういうことかしら?」
突き付けられた槍を指差しながらエリスティーファが尋ねる。マリエールは既に臨戦態勢に入っており、ジェスティオも疲れ切った体に鞭を打ちながらデュランダーナを構える。
ジェスティオ達の気迫に押されながらも衛兵達は槍を下げることはしなかった。もっともかれらの表情は困惑に満ちており、本当にこれで正しいのか迷っているようだった。
「ふん、貴族の名を詐称しておった犯罪者が偉そうに。いいか! 貴様が貴族でないことはもはや分かっている!! オルディン大公家にエリスティーファなどと言う令嬢はそんざいしていない!!」
「なっ!?」
ローデックの言葉にジェスティオ目を剥いた。ローデックはエリスティーファが名前を騙っていたという。しかし、それではあの屋敷や使用人はどういうことなのか。ジェスティオにはローデックの言うことが信じられなかった。
「ふん、ジェスティオ・アーレンバーグ男爵は知らなかったと見えるな。おい! そこの犯罪者を捕まえろ! そうすればお前の罪を軽くしてやることも考えてやる」
ローデックはそう言いながらエリスティーファを指差す。ジェスティオへは目だけ向けながら。
「いい加減なことを言うな! 彼女が詐称しているなどあるわけがない! オルディン大公家だぞ? 詐称するにしてもあまりにも危険な名前だ!!」
「貴様が何と言おうとエリスティーファという令嬢はオルディン大公家には存在しないのだ!! いいからさっさと捕まえろ! それとも貴様も詐称の共犯で捕まりたいのか!?」
ローデックの言葉が信じられずジェスティオはエリスティーファを見る。エリスティーファは何も言わずただ微笑むだけだ。
だが、それで良かった。
その笑顔を見るだけで理解できたのだ。
エリスティーファは自分を裏切ることは無いと。
ならばジェスティオの答えは決まっていた。もし仮にエリスティーファが詐称していたとしても何か理由があるのだろう。そう考えたジェスティオはローデックをにらみ返す。。
(例え誰であろうとも俺と義姉さんを救ってくれた人だ。ならば信じるものなど最初から決まっている!!)
「断る!! 俺はエリスティーファ様に剣を捧げた。ならばどんなときであろうと裏切ることは無い!」
「やはり貴様も犯罪者かぁ! つくづくお前の周りには罪深いものが多いと見える。エリスティーファ!! 貴様を貴族の身分詐称で逮捕する」
「はぁ、 ローデック・デリクセン。これは忠告よ、今ならなかったことにしてあげるわ。だからもう一度ちゃんと調べなさい。私はちゃんと名前を名乗ったのだから」
エリスティーファの忠告はローデックの最後の一線を踏み越えさせるのには十分だった。小娘に諭すように言われることなどローデックには我慢ならなかったのだ。
「全員抜剣!! こいつらを捕らえろー!」
剣が抜かれエリスティーファ達へとじわりじわりと衛兵達がにじり寄ってくる。マリエールは炎の玉を浮かべながら衛兵達をけん制しようとした時だった。
ピピィィィ!!と笛の音が鳴ったかと思うと第三墓地へ多くの衛兵たちがなだれ込んできた。そしてあっという間にエリスティーファ達を取り囲んでいた衛兵達を拘束していく。
「こ、これはどういうことだ?」
「わ、分かりません。エリスティーファ様これは何が起きているのでしょうか?」
混乱するジェスティオとマリエールとは打って変わってエリスティーファは落ち着いていた。
「どうやら動いたということね。衛兵たちの制服を見てみるといいわ。胸元に金の線が入っているでしょう。あれは総隊長直轄の衛兵隊よ」
エリスティーファの言葉通り胸元に金の線が入っており、彼らは圧倒的な強さで全ての貴族街衛兵隊全員無力化してしまっていた。もっとも抵抗するものは少なくほとんどの衛兵達は無抵抗ではあったが。
抵抗したのはローデックに近しい者たちだけであった。
「離せ!! 私をいったい何の理由があってこんな目に会わせる? ことと次第によってはタダではすまんぞ!」
「それはあなたが違法捜査、捜査怠慢、犯罪隠蔽などの罪状があるからですよ」
総隊長直轄の衛兵達をかき分けて一人の人物が現れた。その人物は暴れわめき散らすローデックに穏やかに声をかけた。
長い黒髪を背中で一括りにしており、柔和な表情を浮かべたその人物にジェスティオとマリエールは驚きを隠せなかった。
「あんたはシェルキン!?」
「はい、シェルキンです。昨日ぶりですね皆さん」
シェルキンはそう言うとニコリと笑う。その胸元には金の線が入っていた。
「しかし、エリスティーファ様は驚かないんですね? てっきり驚いてくれると思っていましたよ」
ローデック達を連行し終わった後、貴族街衛兵隊の詰め所でエリスティーファ達はシェルキンとお茶を飲んでいた。
シェルキンが話があると言ったからそれに付き合うことにしたのだ。もっとも、エリスティーファは話が無いようでどうでも良さげだったが。
「流石に総隊長直轄の衛兵と思ってはいなかったけれど、何かあるとは思っていたわ。出なければわざわざ追って来て情報をくれたりしないでしょう?」
「あちゃ~、やっぱりあからさま過ぎましたか?」
「ええ、それはもう。それでこれからどんな話を聞かせてくれるのかしら? 隊長さん?」
エリスティーファの言葉にシェルキンは目を見開いた後、苦笑しながら参ったなぁと呟いた。ジェスティオとマリエールはどういうことかよく分かっていないために出されたお茶を飲んでいるしかない。
「そこまでバレてますかぁ。これは甘く見過ぎたかなぁ」
「ええっとエリスティーファ様どういうことですか?」
何がどうなっているのか聞きたくてウズウズしていたジェスティオはたまらずエリスティーファに尋ねた。
「単純な話よ。シェルキンはローデックの不正を調べるために潜入捜査をしていたのよ。そして今回ローデックが逮捕されたからその功績か、元々その予定か分からないけれど、次の貴族街衛兵隊の隊長に就任して組織改革かしら?」
「参りました。その通りです。ローデックがあまりにも酷かったのでいい加減何とかしないといけないって話になっていたんですよ。それで私が次の隊長に。ただ掃除は自分でやれって言われたんで内偵していたんです」
「マジかよぉ……全然気づかなかった」
ジェスティオは額を押さえてのけぞる。ジェスティオが気が付かないのも仕方が無いことだった。そんな余裕が無かったのだから。
「それにしてもこんな容疑でエリスティーファ様を捕まえようとするとかローデックは無能にも程がありますね。よりにもよって貴族の詐称何て」
「本当ね、せっかく正しい名前を名乗ってあげたというのに」
シェルキンの言葉にエリスティーファは不満そうに頬を膨らませる。
「正しい名前?……どういうことか聞いていいか?」
何となくジェスティオは聞きたくないと思いながらも尋ねざるを得なかった。
「エリオス・オルディンそれが私の本当の名前よ」
「エリオス・オルディン……エリオス!?」
ジェスティオはその名が差すことに気が付くと心底驚いた。他の国では知らないがこの帝国ではエリオスという名は女性には付けられない。
つまり
「ごめんなさい、私本当は男性なの」
エリオスはそう言うと申しわけ無さそうな顔を少しだけした後、ペロッと下を出した。
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