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令嬢?探偵エリスティーファの事件録  作者: 月魅
アーレンバーグ男爵家殺人事件
11/13

10:エレーヌの答え

 エレーヌは以前とは比べ物にならないほど強化されていた。


 全身の筋肉はかなり肥大化しており、その筋肉から生み出されるパワーは石造りの地下墓地の壁を簡単に削り取っていく。


 エレーヌはジェスティオを引き裂こうと右腕を大振りに振り回して鋭い爪を振り下ろす。


 その一撃をジェスティオは力に逆らわないように受け流し、瞬間的に足を強化して弾き飛ばされることのないようにしっかりと大地を踏みしめる。


「アアアアアアァァァ!!」


 もはや理性など残されていないようにしか見えない、エレーヌの嵐の様な攻撃にジェスティオはさらされながらも声をかけるのを止めない。


「義姉さん! しっかり自分を保ってください! あなたは望まないことを強いられる必要は無いんだ!」


 両腕から繰り出される重い一撃はたとえ爪が当たらなくてもジェスティオにダメージを蓄積させていく。獣のように本能に任せた攻撃に対応出来たとしても、ジェスティオの肉体は人間でしかない。改造されたエレーヌとの間には純粋な肉体の強度の差が存在していた。


「いったん大人しくさせるしかないのか!?」


 振り下ろされた左腕を弾き返してその場を飛びのいて距離を取る。仕切り直して一気に仕留める方針に切り替える。魔力量が優れているわけではないジェスティオにとっては長期戦は不利になる要因でしかなかった。


「ジャァァァァァ!!」


 距離を取られたことに苛立ったのかエレーヌは獣のように這いつくばり始める。全身の毛が逆立っていき魔力がうっすらとエレーヌの体から立ち昇っていく。


 エレーヌの体がグッと沈み込んだと思った瞬間、矢のような速さでジェスティオへと肉薄する。


 咄嗟にジェスティオはその場を転がってかわす。


 逃がさないと言わんばかりに振るわれた爪がジェスティオの背中を革鎧ごと斬り裂く。そのまま食らいつこうと壁を蹴り牙を剥き出しにして飛び掛かる。


 今にも食らいつこうとするエレーヌの攻撃を何とかデュランダーナで受け止める。エレーヌはデュランダーナを噛み砕こうとするがヒビ一つ入りそうになかった。


 押し倒された形になったジェスティオはそのまま頭を貫こうとする爪を必死にかわす。


(クソったれが! 義姉さんをここまでの化け物にしやがって! しかし、どうする? このままじゃ押し切られるだけだ)


 純粋に生物としてのスペックが違う以上、ジェスティオが勝つには技術でしか対抗するしかない。しかしそれはあくまでも殺すための技術でしかなかった。命を奪わないようにするほどの技量はジェスティオにはなかったのだ。


「アアアアアアアァァァ!!」


 エレーヌが背を逸らしながら雄たけびをあげた瞬間、ジェスティオは渾身の力でエレーヌを蹴り飛ばした。そのまま横に転がりながら態勢を立て直す。


 エレーヌは苛立ちかそれとも何かが葛藤しているのか呻き声をあげながら頭を抱えて悶え始める。血走った眼はさらに赤く染まっていき、爪は大きく伸びていく。そして狂乱の雄たけびを上げるとジェスティオ目がけて突進してきた。


 もはやエレーヌの姿は獣と言っても過言ではなかった。


(義姉さんの力はそこらの魔物の力なんか目じゃないくらい強い。素早さもかなりのものだ。参ったな……今まで戦ってきたどの魔物よりも強い!)


 体を魔力で強化しているからこそ戦えているが、その魔力もそろそろ底をつきそうだった。いつもよりも多くの魔力を強化に使用しているために、通常よりも魔力が切れるのが早いのだ。


 殴りつけるように爪を振るわれた一撃を紙一重でくぐるようにかわすことに成功する。ジェスティオの髪が少しだけ切られて落ちる。


 そのまま無防備な腹部にデュランダーナの剣の腹を打ち付ける。その瞬間腕に魔力を通して可能な限り強化する。


 一閃


 (何て言う筋肉の厚みだ! 手応えが浅い!)


 鈍器のようにデュランダーナが叩きつけられる。エレーヌの密度の高い腹筋がその一撃を防ぐも、それでもその一撃を殺しきることは出来ず壁まで吹き飛ばされた。


 その隙をジェスティオは見逃すことは無かった。起き上がろうとするエレーヌの両手の爪を切り飛ばす。


 そしてあらかじめ容易しておいた聖別された水をエレーヌへと投げつけた。


「ギャァァァァ!!」


 聖別された水を被ったエレーヌの全身から煙が立ち込める。相当な苦痛なのだろうか、のたうち回りながら絶叫をあげる。


 ジェスティオは暴れまわるエレーヌを後ろから羽交い絞めにして押さえ付けた。


「義姉さん! 自分を失くしたらダメだ! 義姉さんはあんな奴の道具なんかじゃないんだ!!」


 苦しみから暴れまわるエレーヌに何度も声をかける。救えるのなら救いたい。そのためにはエレーヌに正気を取り戻してもらうより他になかった。


 聖別された水で魔を抑え付けて少しでもエレーヌの自我を取り戻してもらう方法。もう間に合わないかもしれなかったが、それでもジェスティオは試さずにはいられなかった。


 だんだんエレーヌの抵抗が薄れていき大人しくなる。ジェスティオの魔力ももう限界近く、これ以上押さえておくのは難しかった。


「落ち着いたか? 義姉さん」


「ジェス……ティオさん……ワタシは……」


「もうあんな奴の命令なんて聞かなくてもよくなるから。だから義姉さんはこれ以上苦しまなくてもいいんだ。必ず元に戻る方法も見つけだすから……」


「ドウシテ……ここマデ? ソコマデ……親しくもナイノニ?」


「兄さんが愛した女性だからだ。俺たちは家族だ。家族のためなら死に物狂いで戦うさ」


 ジェスティオは大人しくなったエレーヌへそう言って笑いかける。


「だから義姉さん帰ろう。こんな場所じゃなくて暖かい場所へ」


「ジェ……スティオさん……アリガとう……デモね……ワタシを……」









「……コロシテください」


 エレーヌはそう言ってジェスティオの方へと振り返る。血走った目からは赤い涙がこぼれ落ちていた。


「ね、義姉さん……どうして? 人を殺してしまったからなのか!? それともその姿のせいなのか!?」


 エレーヌは自らの変わり果てた姿を見た後力なく首を振る。


「チガイ……ます」


「では何故!?」


「……ィノです」


 エレーヌはかすかな声で呟いた。気付けばエレーヌの体には全く力が入っておらず脱力したままジェスティオに寄り掛かっている。


「……義姉さん?」


「消えナイノデ……ス……アノ人ヲ、アエリウス様ヲ引き裂いた……カンショクガ……」


 エレーヌはそう言うと己が両手を見つめる。乾いた血がべっとりとこびりついた両手。エレーヌにはその両手が常に鮮血で濡れているように見えていた。


「何度も何度もユメにみました!! 忘れよウト思ってもこのカラダが忘れさせてくれないノ。アエリウス様を引き裂いた感触も血の臭いも肉片の暖かさも!! あのヒトの血の味がワスレラレナイィィィィィぃ!!」


 エレーヌは油断していたジェスティオの隙をついて、拘束していた腕を剥がすと跳躍して距離を空ける。その目からは血の涙が流れ続け、それはまるで流せなくなった涙の代わりのようだった。


「何度も否定してもこのカラダはあの人の血をモトメテ、罪のない人の血でノドの渇きを治めるしかなかった! コンナおぞましいバケモノになったワタシなのに、夢の中ではあのヒトは笑いかけてくれる!! それが……ソレが耐えられないのォォォォォォォ!!」


 エレーヌの絶叫と共に断ち切られた爪が再び伸びていき、魔力が全身を覆いもともと強化されていた筋肉がさらに肥大化していく。血の涙と共に零れ落ちていくように瞳からは理性が消えていく。


「待ってくれ義姉さん!!」


「ワダじヲ殺ジデェェェェェ!!」 


 ジェスティオの叫びにも応えること無くエレーヌは襲い掛かる。

 先程よりも速いその一撃にかろうじてジェスティオの防御が間に合う。


 しかし、その一撃を受け止めるにはジェスティオの残り魔力は少なかった。


 受け止め切れずに弾き飛ばされたジェスティオは壁に打ち付けられる。


 咄嗟に打ち付けられる寸前に魔力で強化したため行動不能にならずに済んだが、それで残っていた最後の魔力を使い果たしていた。


 これまで蓄積されたダメージで意識が一瞬だけもうろうとしてくる。


 既にジェスティオにはこれ以上戦える手段は残っていなかった。魔力で強化しなければエレーヌの相手にはならないのだ。


 エレーヌの魔物としての強さは上位に入ると言ってよかった。実際ここまで強い魔物の相手した経験はジェスティオにはなかった。


 かわし損ねた爪がジェスティオの肩を貫く。


 そのまま引き裂こうとしてくるので爪をデュランダーナで斬り落として辛うじて逃げる。


 止むことのない激しい攻撃。


 ジェスティオの体は傷ついていない所は存在していなかった。


「義姉さん!! 俺は義姉さんを殺したくない!!」


 ジェスティオの声はもう届かなかった。その隙を見逃さなかったエレーヌがジェスティオの肩に噛みついた。


「しまった!! グァァァッ!!」


 エレーヌの牙に右肩を食い破られ血が溢れ出す。エレーヌは夢中でその血を啜っていった。


「クソッたれ!!」


 懐に入れておいた最後の聖別された水の入った瓶を左手で持ってエレーヌの顔目がけて叩きつける。聖別された水を浴びたエレーヌはたまらずジェスティオから離れる。その際に肩を食い千切られるが引き離せただけマシだった。


 しばらく顔を押さえていたエレーヌがようやく落ち着いたようにジェスティオを見てくる。ジェスティオもその隙に肩の傷口にポーションを振りかけておく。ポーションは本来は飲んだ方が効果が高いのだが、効果を発揮するまでに時間がかかる。応急処置の場合は傷口に振りかけた方が早いのだ。


「ゴれガワダジなの……ダガラ……ワダジが人デアルうちにゴロジデェェェェェ!!」


 エレーヌはまだ人だった。


 姿形は変わろうとも心はまだ人だった。


 血の涙を流しながら人であることを望むその姿はただただ悲しかった。


「……俺が出来ることなんですね……それが」


 ジェスティオは片膝をつきながら剣を支えにして倒れそうな体を支える。叶うことなら救いたかった。兄が愛した女性なのだ。あまり親しい関係でないというのならこれから親しくしていけばいいとすら思っていた。だからこそ何としても義姉であるエレーヌを家に連れて帰ってやりたかったのだ。


 しかし、それはもはや叶わない。


 ジェスティオはエレーヌを見つめる。人として死にたいと嘆く彼女にしてやれること……もう迷いはなかった。


(しかし、どうすればいい? もう魔力は無い。魔力の強化無しではとても太刀打ちできる相手ではない)


 少しだけ正気を取り戻したエレーヌは必死で湧き上がる衝動に抗い続けている。苦しみながらもジェスティオに時間を与えるために闇の衝動と戦っているのだ。


(何か、何か手はないのか!?)





 ――デュランダーナの魔力を取り込んでみてはいかがでしょうか?


 ふとジェスティオの脳裏にマリエールの言葉が浮かんできた。


(魔名顕現……ぶっつけ本番で出来るか?……いや、やるしかないんだ!!)


「ここに汝の魔名を顕現する。目覚めろぉ! デュランダーナァァァァ!!」


 デュランダーナが輝き始め魔力が放出され始める。ジェスティオはその魔力を取り込むよう意識していく。


 その瞬間、凄まじい魔力がジェスティオの体を駆け巡っていく。空っぽになっていた魔力が一気に満たされて行く。


全身強化!!(フルエンチャント)


 魔力を使って全身を一気に強化していく。魔力が低いがゆえに全身の強化が出来なかったジェスティオ。しかし、魔力が今のように満ちていれば話は違う。


 魔力が次から次へと溢れてくる。


 ジェスティオの体から魔力の揺らめきが立ち昇っていく。


「……義姉さん、今終わらせる!!」






 ジェスティオとエレーヌの戦いは激しさを増しいく。


 デュランダーナとエレーヌの爪が交差し火花を散らす。先ほどまではエレーヌの身体能力に押されることもあったジェスティオだったが、今はその差も無くなっていた。

 そうなれば後は純粋な技量の差が物を言う。実際にエレーヌの体には傷が増えていた。


「アアアアアアァァァァ!!」


 エレーヌが左腕を振り下ろすが今のジェスティオには無意味だった。魔力で強化された目にはその一撃はハッキリと見えていた。紙一重でかわすとそのまま懐に潜り込み左肩で体当たりを仕掛ける。強化されたジェスティオの体当たりで吹き飛ばされたエレーヌはそのまま転がっていく。


 距離を空けた形になった二人はそのまま対峙し合う。


「義姉さん、もう慣れたよその動きには……だから次で終わりだ」


 ジェスティオの言葉に呼応するかのようにデュランダーナがうっすらと光を纏い始める。


「アアアアァァァァ!! ジェスティオォォォォォォォ!!」


 ジェスティオとエレーヌが互いに駆け出す。


 ジェスティオ目がけて振り下ろされた鋭い爪を潜り抜け腕ごと斬り飛ばす。


 斬られた拍子にエレーヌがのけぞる。


 エレーヌがそれに逆らうこと無く全てを受け入れるように腕を広げた瞬間。


 デュランダーナは心臓を貫いていた。


 同時に闇がかき消されるようにエレーヌから消えていく。


「ハァハァ、これで……良かったん……ですよね、義姉さん」


「コレデ……ヨカッタ……んです。アリガ……トウ……ジェスティオさ……ん」


 倒れるエレーヌをジェスティオは慌てて支える。デュランダーナは確かに心臓を貫いており、エレーヌの体には闇の気配は残っていなかった。


 エレーヌを支えるジェスティオの腕は震えていた。そしてエレーヌは先ほどまでの獣のような表情とは打って変わって穏やかな顔を浮かべていた。


 ふとエレーヌが何かに気が付いたか視線を誰もいない場所へと向ける。


「ああ、アエリウス様……来てクレタの……デスね」


 瞳に暖かな愛情をのせ、エレーヌはそのまま手を伸ばす。


 ジェスティオの目には見えないがきっと兄が迎えに来たに違いないと思った。ならば自分の役割はここまでだとジェスティオは悟る。


 ゆっくりと足先からエレーヌの体が灰に変わっていく。


「アエリウス様……いま、お側に……」


 やがて全て灰となりエレーヌの伸ばした手も崩れていく。エレーヌは安らかな顔のままジェスティオの手の平に灰となって消えていった。


「……俺は……俺は……」


 残った灰を握りしめながらジェスティオはただその場に崩れ落ちることしか出来なかった。

感想、評価、ブックマーク等の反応があると作者のモチベーションが上がります。何らかの反応があると作者はウキウキしながら続きを書きます。

なのでどうかよろしくお願いいたします。



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