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令嬢?探偵エリスティーファの事件録  作者: 月魅
アーレンバーグ男爵家殺人事件
1/13

1:ある人物の悲劇

新連載です。

ちょっと変わった事件物などいかがでしょうか?

そこまで難しい話ではないのでスナック感覚でどうぞ。

今回の事件の終わりまでは書き切っているのでご安心ください。

 ジェスティオ・アーレンバーグは疲れ切っていた。継いで一年経ったアーレンバーグ男爵としての責任も理由の一つだが、それよりももっと大きな問題が存在していたのだ。


 その大きな問題を解決してくれるかもしれない人物の噂を聞きつけ、帝都の中の上位貴族街を歩く。

 屋敷のある下位貴族街とは違い上位貴族街はどの屋敷も大きく綺麗だった。男爵家でかつ野心も無いジェスティオからすれば雲の上の世界でしかない。


 同じ男爵や子爵なら知っているが、伯爵以上ともなるとどの屋敷がどの貴族の屋敷かなど分からなかった。


(右に見えるやたらと大きな屋敷は侯爵様のものだろうか? 左に見える品のいい屋敷はいったいどの爵位の貴族のだろうか?)


 ジェスティオにはさっぱり分からなかった。


 もうすでに陽は落ち始めており、魔力灯に衛兵たちが火を灯すために作業を始めていた。


 上位貴族街とはいえ、魔力灯をつける光景は同じらしい。そんなことを思いながらジェスティオは考える。本当に自分の状況を救ってくれる人物がいるのだろうか、ただの噂でしかないのかもしれないと。

 それでも縋ることしか出来ないジェスティオは歩き続けしかなかった。


 しばらく歩いてようやくたどり着いた家はとても大きく、一目で相当上位の貴族の家だと分かる。男爵程度の自分では生涯関わることが無いだろうと思えるレベルの相手だ。


 だが、ここにいるらしいのだ。誰からも見捨てられた難事件、迷宮入り事件を専門に扱う探偵がいると。








 今年で二十歳になるジェスティオは茶の強いブロンドの髪に鳶色の目をした普通の青年だ。顔立ちは整っていた両親のおかげで悪くはないが、疲れ切っている表情が全てを台無しにしている。

 背も高くがっしりとした体付きも丸めた背中のせいで貧相に見える。本人もそれを自覚しているのだが、疲れ切っている状態では気にもしていられなかった。


 ジェスティオが住むカルディナ帝国は大陸屈指の強国で、大きな国土と最強と名高い軍隊を備えていることで有名な国だ。東西南北を四人の大公が治めており、その四人の大公の上に皇帝が君臨する形で統治されている。また魔道具開発も盛んにおこなわれており、魔道具技術の先進国としても有名である。


 ジェスティオの生家であるアーレンバーグ男爵家は建国当時からの歴史ある家だが、領地も持たない貴族だった。そのため貴族としての名誉はあるが決して裕福でもなく、帝都に屋敷はあるが貴族としては中の下くらいだった。それでも父の代からの事業のおかげで使用人を雇う程度の余裕はあった。


 長兄であるアエリウスが後を継ぐことは決まっており、次男であるジェスティオは他の後を継げない貴族同様に家を出て生きていく必要があった。

 剣の才能と武神ヴァルノーの寵愛者という特別な素質に恵まれていたジェスティオが騎士の道を選んだのは当然の流れだった。

 父の紹介で強い魔物が出やすい北の辺境か東の辺境か悩んだが、結局北の辺境に行くことにしたジェスティオは、そのまま北の大公家が所持する魔物討伐を主な任務とする騎士団に十五で入ることとなった。

 その後、北の辺境で騎士として働きだしたジェスティオはメキメキと頭角を現し、上司の紹介で同じ男爵家の美しい娘と婚約することまで出来た。






 ジェスティオが十八の時に両親が事故で亡くなるとアエリウスが後を継いだ。ジェスティオはその時には騎士団の討伐隊の隊長にまで昇進していた。

 予定よりも早く後を継いだ兄を支えたいと思い、騎士を辞めることまでも考えたが兄であるアエリウスからもっと騎士として見聞を広めてこいと言ってもらえたのだ。。


 ジェスティオの本音を言えばまだ騎士を続けていきたかったために兄の言葉はとてもありがたかった。自分も大変であろう状況で騎士を続けていいと許可を出す兄を心から尊敬し、何かあれば力になりたいと心からアエリウスを慕っていたのだ。




 そんな兄が一年前にどこからか連れてきた女性と結婚するとは夢にも思っていなかった。兄からの手紙で知ったジェスティオが戻った時に見たのは白銀の髪に漉き取った蒼を思わせる瞳を持ったとても美しい女性に愛を囁く兄の姿だった。


 最初は兄が騙されているのではないかと疑いもしたが、仲睦まじい二人の様子を見ていればそれは無いだろうと素直に納得できた。義姉の名はエレーヌといい、夜に出歩くことを嫌うという少し変わったところを除けば優しく穏やかな素敵な女性だったのだ。

 近いうちに子供も出来るだろうから、これで自分が側に居なくともアーレンバーグ男爵家は安泰だと安心していたのだ。




 そんなジェスティオの運命が変わったのは兄が結婚してから一年後だった。

 兄が何者かに殺され、義姉のエレーヌが行方不明となったのだ。兄の死体は上半身と下半身を力づくで引きちぎられており、とても人間の仕業とは思えなかった。


 アエリウスが亡くなったことでジェスティオはアーレンバーグ男爵家を継ぐこととなり、騎士を辞めざるを得なかった。もっとも急な引継ぎに忙しくなったこともあって、事件のことをあまり考えずに済んだことはジェスティオにとっては良かったのかもしれない。

 しかしこの後を継いだことが衛兵達から疑惑の目を向けられる原因となったのだ。


 事件後しばらくしてからジェスティオが家を継ぐために兄を殺したのではないかという噂が流れ始めるようになった。この噂のせいで付き合いのある貴族は離れていき、婚約者からも婚約の解消されてしまったのだ。凄惨な事件のせいで若い使用人はほとんど辞めてしまったがそれでも残ってくれた者もいたことが僅かな救いだった。


 慣れない当主としての仕事と婚約解消がジェスティオを追い詰め、いつしかジェスティオは常に疲れた顔をするようになっていった。




 また衛兵たちによる取り調べもジェスティオを追い詰めていった。衛兵達は事件の手掛かりすらも見つけられず、ジェスティオの自白を取ろうと何時間もジェスティオを責め立てた。だがやってもいない犯行の詳細などジェスティオが知るわけがなかった。


 一応外部の犯行の線も浮上したが、利益を得た形になってしまったジェスティオが疑われるのは当然だった。

 結局決定的な証拠や証言を得ることも出来なかった衛兵達は貴族であるジェスティオをそう何度も拘束することは出来ず、思い出したかのように取り調べという嫌がらせを行うようになっていった。








 そんなある日、疲れ果てていたジェスティオを心配した友人であるムスタディオに飲みに連れ出されたときのことだった。ムスタディオは数少ない離れていかなかった友人で、王都でそれなりの大きさの店を構えている商人だった。


 ある程度飲んだ後にジェスティオはムスタディオからこんな話を聞かされた。


「ジェスティオ知っているか? 難事件や迷宮入りした事件を専門に扱う探偵がいるらしい」


「難事件専門?」


「ああ、報酬は最低でも金貨一枚からになるらしいが、腕はいいらしい。何でも解決するかは別として真相は必ず暴いてくれるらしい」


 酒場は平民も来る酒場で賑やかな分、他者を気にしないで話すことが出来るので好都合だった。事件の話など他人に聞かれればいい酒の肴にしかなりはしないのだから。


「金貨一枚か……高いなぁ」


 平民が一月生きていくのに大体金貨一枚あればそれなりに余裕をもって生きていける事から考えれば決して安くは無い。


「安心していいぜ、成功報酬で金貨一枚だそうだ。すぐに払えない場合は分割も有りらしい」


 そこそこの規模の店を持つムスタディオはいろいろな情報に明るいが、流石にこの話に関してはジェスティオは疑わざるを得なかった。


「おい、ムスタディオ。さすがにそんな虫のいい話は無いだろう? そんないい加減な条件でどうやって食っていくんだよ?」


「まぁ、普通はそう思うだろうな。だがな、こいつにはちゃんと事情があるんだ」


 ほれみろ、ジェスティオはそう思った。うまい話には裏がつきものだ。どうせろくな話じゃないのは目に見えている。


「……一応聞こうか」


「まず報酬の件だが、この探偵は金に困ってはいない。金貨一枚取るのもそれでも縋り付きたいというくらい追い詰められている人間なら気にしない金額だからさ」


「金に困っていないだと? 商人か?」


「いや、違う。貴族だ、それもかなり上位のな」


 それは金に困っていないだろうとジェスティオは納得した。例外はあるかもしれないが、基本的に上位貴族が金に困るという話は聞いたことが無い。それだけ彼らが持っている力は大きいのだ。


「だったらこの話は終わりだ。俺みたいな底辺の男爵家なんか上位貴族の前に出られるはずもない。領地すらない歴史だけの家だぞ?」


「そうでもないぜ。現にある商人の家がこの探偵に依頼して真相を解いてもらったことがあるくらいだ。もちろんこの商人は平民だ。ただし、本当に難事件や迷宮入りするような事件しか受け付けてもらえない。誰からも見捨てられたような事件限定なんだ」


 平民の事件を解いたという話にジェスティオは驚きを隠せなかった。上位貴族は平民を見下すものもいれば視界にすら入れないものだって少なくは無い。全ての貴族がそうであるわけではないが事実そういう話は耳に入るのだ。


「それが本当ならばダメもとでやってみる価値はあるかもな」


 ジェスティオはまだ逮捕されてはいないものの、疑われていることに変わりはない。最近は頻繁には取り調べに呼ばれなくなったものの、泳がされている気はしていた。どことなく視線を感じることがあるのだ。

 たとえこれが貴族の道楽だとしても何もしないよりはマシだろうとジェスティオは思った。残った親しい友人以外からは疑われている状況でしかなく、衛兵たちもジェスティオが犯人だと決めつけてこれ以上真面目に捜査する気が無いらしい。事件からもう一年が経っており、これ以上の捜査の進展も見られそうにないのも手伝ってジェスティオはその噂の探偵に縋ってみても損はしないかもしれないと考え始めていた。






 目の前に広がる屋敷はとても大きく、大きな鉄の門の向こうには噴水と綺麗に整えられた庭が見えた。その向こうにようやく屋敷が見えるのだが、赤い屋根に白く美しい壁が夕日に映えて茜色の屋敷へと変わっていた。


 門番が二人立っており、二人ともかなりの腕利きだと分かる。騎士として働いていたジェスティオから見ても門番として申し分ない強さだと思えた。

 ジェスティオは剣の腕には自信があった。以前、皇帝主催で開かれた剣術大会で準優勝したことすらある。決勝では負けたのではなく、相手が上位貴族だったために勝つことも出来ず負けたのだから実質は優勝と変わらないだろう。そのジェスティオから見てもこの二人に勝つのは楽ではないと知れた。


「何か御用ですか?」


 屋敷を見ていたことに気付かれたのか門番が声をかけてきた。


「いえ、そのー。ここに難事件専門の探偵がいるとかー。す、すいません、こんな時間に出直して」


 門番に質問しようとしてジェスティオはもう陽が暮れていることに気が付いた。今日も夕方まで事情聴取という名の嫌がらせを受けていたために時間の感覚がおかしくなっていたようだ。

 あの事件から警察の罵声ばかり聞いているせいか、卑屈な態度になりつつあるジェスティオは慌てて謝罪をしてその場を離れようとした時だった。


「お待ちください。事件の依頼ですね」


 門番の一人がそう声をかけてきたのだ。何も悪いことはしていないのだが、衛兵達にさんざん罵声を浴びせられたことを思い出して体がすくみそうになる。


「そ、そうですけれど……いいんですか? 私なんかが……」


「事件の依頼で来られた方は一度は必ずお話をすることになっています。こちらへどうぞ」


 門番に促されて大きな門の横にある小さな扉をくぐるとそこは詰め所になっているようで、二人の兵士が常駐していた。どちらもそれなりにがっしりとした体格をしていてこの家の門番に対する意識がしっかりしていることが分かる。年配の兵士とジェスティオと同じくらいの年齢の兵士の二人に見られて一瞬謝りそうになるがこらえる。

 最近の衛兵の取り調べのせいですっかり精神が弱くなってしまっていたが、これでも元騎士である。表情に出すことなく冷静に振舞うことは出来たが内心は今すぐにでも帰りたくて仕方がなかった。


「おや、事件の依頼かな?」


 詰所の中にいた兵士のうち、年配の方がジェスティオに声をかけてきた。年は五十過ぎだろうか? 人当たりの優しそうな雰囲気にジェスティオはそうですと答える。


「なら案内せんとな。マルコ、ここは任せたぞ」


「分かりました。ルーゼンさん」


 マルコと呼ばれた青年は鋭い目つきで見てくるがジェスティオはあえて気が付かないふりをした。これ以上精神的に余計な負担を背負いたくはなかったからだ。戦えばジェスティオが勝つだろうが、こういう人当たりのきつそうなタイプは苦手なのだ。


 ルーゼンに案内されて屋敷の中へと入る。ジェスティオはかなり上位の貴族だと言うことは分かっていたが、あちこちに飾られている調度品や絵画が相当高価な物ばかりのことから察するにもしかすると侯爵家かもしれないと思っていた。。騎士をしている頃に王宮に飾られているのを見たことがあるが、それに勝るとも劣らぬ品ばかりな気がする。


「それではここでお待ちください。すぐに話を聞きに来られますので」


 ルーゼンに案内された部屋は応接室のようで落ち着いた雰囲気の部屋だった。魔力灯の明かりが室内を柔らかく照らしている。ジェスティオはソファーに座るように促されたので大人しく座っておくことにする。それを見届けたルーゼンは一礼をすると応接室を出ていき、入れ替わるように黒髪の侍女が台車を押しながら入って来た。丁寧な動きで温められていたカップに紅茶が注がれる。


「失礼いたします」


「あ、ありがとうございます」


 流れるような動きで差し出された紅茶に困惑しながらもジェスティオは礼を言った。正直なことを言えば自分の家にいる侍女はここまで洗練された動きは出来ないので慣れないのだ。また侍女とは言えかなり見た目が整っているので、あまり女性慣れしていないジェスティオにとってはどうしていいか分からないということもある。

 そもそも紅茶なんて高価なものだからジェスティオはほとんど飲んだことが無い。味何て分かるはずも無かった。


 どのくらい時間が経っただろうか? ジェスティオの体感時間では三十分もしくは一時間くらい経っている気がした。それに部屋の隅に控えている先ほどの侍女も気になってしょうがない。家では呼べば来るがそうでない時は側に控えていることなど無いのだ。ましてや表情がほとんど変わらないのだから、ジェスティオはたかが男爵程度の自分がどう思われているのか気が気でなかった。


 実際には十分ほどしか経っていないが、何時間にも感じる待ち時間が過ぎた後、応接室のドアが開いて一人の男性が入って来た。白髪を全て後ろに撫でつけた髪型の背の高い初老の男性だった。背筋がピンと伸びており、体幹もしっかりとしているのが見て取れる。ジェスティオは服装から家令だと判断した。


 家令が入って来た後、十七歳くらいの小柄な人物が遅れて入ってきた。


 その人物は魔力灯に照らされて金色の髪が光を放ち輝いていた。


 小さな顔に大きな青い瞳が印象的な人形のような美しい顔をしており、唇は小ぶりだが甘い果実を思わせる。また全体的にスレンダーな体つきだがそれがかえって何とも言えない色気を醸し出していた。


 落ち着いた青い色のドレスを上品に着こなしており、腰まである長い髪は綺麗に編み込まれている。


 家令は部屋に入った後、ソファーに座ること無く従者のように控え始めた。そして後から入って来た人物はそれを気にすることなくソファーに座ると微笑みながらこう言った。


「当家へようこそジェスティオ・アーレンバーグ様。私があなたがお探しの探偵であるエリスティーファ・オルディンですわ」

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続きが気になる方はどうか何か反応下さいm(__)m


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