01-02 “0”の秘密
「えーっと……ディアナのミスでローズさんに面倒なことがばれてしまったので、……巻き込みます」
ルナフォード家の一室でレイト・ルナフォードがそう言い放った。
「は?……それはいったいどういう事ですか?」
「兄様が次のルナフォードを継ぐことはかなりの機密でした。申し訳ないです」
「……どうしてそこまで?養子とは聞いてたけれど、それなりに実力はあるみたいだし……」
ローズは困惑する。どうして、その程度の事を隠したいのか。
「まあいろいろと面倒な事情があってな。レイトが目立つと北風当りが煩そうで」
「まあ、それもありますが、そもそも僕の魔力は現段階では0なので」
「そんな馬鹿な……え?現段階では?」
「そうそう。まあこれ以上は国家機密だから言えないけどな」
デュークは飄々としているが、腹の中に何か持っているのかもしれない。
そもそも、「クラモールの凡骨」などと罵られていた少年がどうしてあの難解な入学試験で学年3位などという成績を修められるのか。
「養子で取った子が当主になるのはおかしいと言われればどうするのですか?」
「別に僕は……「兄様を一度家から外して、私が兄様と結婚します」
「わあ、大胆発言」
デュークが棒読みで告げてディアナに睨まれる。
「何か文句あるんですか?」
「いや、ルナフォードがダメなら姉貴の婿になってくれよレイト。そしたらオレが楽できる」
「確かにソアさんにそんな話持ちかけられたことありますけど、母さんが断ったでしょう?」
「姉貴は嫁入りでもいいみたいだがな。まあ、オレが使いもんになった以上は次期当主はオレだろうけど」
「……いろいろとややこしい話になってるのですね」
「まあ、ディアナのせいでそのややこしい話に巻き込まれるかもしれないがな……アドルート家ごと」
「家ごとですか!?」
「まあ、詳しくは追ってうちの親父かルナフォードの親父さんから連絡はいると思うぞ?」
「私が聞かなかったことにすればいいのでは?あれだったら誓約書でも書きますが……」
「いやいや、別に味方を増やそうと思ってるだけだから気にすんなよ。親父から八聖をもう少し引き入れておきたいって言われてるし」
そんな話は初耳だという顔をするルナフォード兄妹。
「……ちょっといいでしょうか」
いろいろ限界が来たローズが発言する。
「ん?」
「急展開過ぎて全くついていけないので一回整理してよろしいですか?」
「ああ、すいません」
「まず、レイトが次期当主を継ぐことはほぼ決定で、この理由にはかなりの機密事項が絡んでいると……私の予想ではなにか国家級の功績を上げたとかそんなところかしら」
「うん、あってる」
「しかし、養子な事と魔力が0なことで周りから文句を言われる可能性があると」
「はい」
「結局魔法は使えないの?」
「いえ?使えますよ?」
「兄様ほど精霊魔法をうまく扱える人はそうそういませんよ?」
「精霊魔法?っていうことは契約しているの?魔力0なのに?!」
「まあ、それはまたの機会に説明するとして、まとめは終わったのか?」
デュークが退屈そうにローズに尋ねる。
「ええ……それで我が家はいったい何に巻き込まれるのですか?」
「しいて言えば……革命?」
「は?」
「もうハインツ経由で父さんと王様と師団長に話行ってると思うから逃げられないよ?」
タイミングを計ったように、扉がノックされ、ハインツが顔を出す。
「失礼します。皆さん、旦那様がお呼びです」
「今日、お父様帰ってくる予定でしたっけ?」
「用事があるそうで、そちらのアドルートのお嬢様も一緒に」
「……思ったより速かったね」
「まあ、ローズが素直に帰れるとも思ってなかったけどなオレは」
デュークが不穏な事を云う。
ハインツに続いてルナフォードの屋敷を移動する。一番大きな部屋の前で止まると、ハインツの手によって扉が開けられ、ディアナ・レイト・デューク・ローズの順に部屋に入っていく。
「な……お父様!?」
そこにいた予想外の人物にローズが驚く。
グリムの前に座る40代後半とは思えない若々しい人物の姿があった。アドルート家当主フェリクス・アドルートである。
アドルート家は八聖の5位という立場だが、3代ほど前から魔力の高い子供に恵まれなかっため、魔術師としては優秀とは言い難い。
しかし、現代当主は剣の才能に秀で、さらに下位精霊との契約を果たし、騎士団長として国に大きく貢献している。
「まあ、座りなさい。あと4人ほどくるからお茶でも飲んでゆっくり待つといい」
その言葉が終わるか終らないかのうちにハインツが全員の前にお茶を配り終えた。
「国を左右するかもしれない会議をなんでこの屋敷でやるんです?」
「王宮の方が信用ならない」
レイトの言葉にグリムが言い切る。ローズ一人が固まっている中、残りの4人が到着する。
もちろん王と王子、師団長に学院長という豪華メンバーなのでローズは卒倒しそうになる。
「それでは、魔力評価の改正についての話をしようか」
王の言葉にフェリクスが首をかしげる。
「改正とはどういう事ですか?」
「そこから話さねばならなかったな。フェリクス、ちょっとこれを使ってみろ」
魔力測定器を手渡す。検出される数字は0。
「いつもと変わりませんが」
「お前は下位精霊と契約して魔法が使えるな?」
「はい」
「それなのにこの結果はおかしいと思わないか?」
「それは……思いますが」
「次にこれを使ってみろ。三つのメーターは上から総合魔力値・正魔力値・負魔力値だ。ソアが2年費やして作った。もっとも7割はレイトが既に完成させていたが」
先ほどと同じように魔力を込める。
「-895・5・900?」
「どうやらあなたはレイトと同じで正魔力値が極端に低く、負魔力値が高いタイプみたいね」
「???……正とか負というのは?」
「えっと……僕から説明します」
レイトが立ち上がり、説明を始めた。理解はできたが、ローズには信じられないような内容だった。
「……つまり、正魔力がなくとも負魔力があれば精霊と契約できるという事ですね?」
「はい」
フェリクスは少し考えた後、ローズに測定器を手渡した。
「ローズ。最新の魔力値はいくつですか?」
「2000ですお父様」
フェリクスに促されて、ローズは測定機に魔力を込めた。
数値は2000・3800・1800.
「1800か。なかなか高いな」
ソアが感心する。
「ローズさんも中位精霊と契約できますよ」
「ほんと!?」
はしゃぐ娘を置いておいて、フェリクスが話しを続ける。
「たしかにこれが出回れば今までの常識は変わるでしょうね。まあ大混乱するでしょうが」
「……一つ考えてたんですけど、負の魔力だけを測定して、精霊と契約の適性を測る装置という事にして世に出してみませんか?」
「なるほど。それならば、根底から覆されることはないか」
「そうなると、いくつか数を……」
大人たちが真剣に話し合い始めたのでそっと距離を取る。
「私も精霊と契約……」
「オレも凡骨って言われてたけど、レイトのおかげで負の魔力値が異常に高いことがわかって、そんで去年3か月かけて精霊の谷で相手を探したんだ」
そういいながらデュークは左手の甲を撫でる。そこには契約印が刻まれている。
因みに契約印がどのような形になるかは精霊の趣味によるらしい。
「レイトやディアナは?」
レイトは苦笑いしながら袖をまくりあげる。右手首に複雑な契約印が刻まれていた。
一方、ディアナは顔を赤らめる。
「すいません、私の契約印はちょっと見せづらい所にあって……兄様とローズだけなら構わないんですけど」
「いや、レイトも構えよ」
ディアナの契約印は胸元にあるようで、今着ている服(といってもまだ制服だが)では見せてもらうことは難しいだろう。
「私も契約できるのでしょうか……」
「なんなら召喚する?」
「そんな高等技術できんのか……ああ、そうか。お前ならできるか」
「僕には無理だけど、彼女ならできるでしょ」




