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01-x1 北風の兄弟

トウキが指定された部屋――城の一室へと入る。

彼は先日、自主退学の申し出を出し、騎士団に入った。

それは、両親の作ったかなりの額の借金の返済のためもあるが、父親がいなくなった以上目的もなくあの学園に居座り続けるのは無意味だと判断したためだ。

弟――レイトとはあの日以来会うことができていない。彼が余裕のある立場ではないことも一因ではあるが、こちらも事件の収拾をつけるのに忙しかったり、自分の家の関係で路頭に迷いかけていた友人を拾ったりするのに時間がかかった。


ある程度落ち着きを取戻し、領地の今後の運営の見通しなどもったったある日、彼から手紙が来たのだった。

曰く、一度会って話したい、と。


そして、トウキはここに座っているわけだ。

約束の時間の10分前。ドアがノックされ、白い弟が入ってくる。


「お久しぶりです。相変わらず、時間には厳粛なようで」


「え、ああ……お久しぶりです。レイト、殿」


「やめてください。呼び捨てで構いませんよ。騎士団に入ったようですが、副師団長へ推薦されていたはずでは?」


「これで自分が副師団長になれば、あの父親のコネで入ったような物だろう。これ以上国にもお前にも迷惑をかけるわけにはいかない」


「……トウキさんがそういうならば」


レイトが向かいの椅子に腰を下ろす。

その後、侍女が入り、茶と茶菓子を置いて出ていく。

それを待って、レイトが話し出す。


「本当は早めに話をしたかったんですけど、北風閣下に計画を気付かれると厄介なので、なかなか接触できず、学園の方ではあれだけ派手に暴れたのに接触して来ず……まあ、あとでルナフォードが隠蔽に動いてたのを知りましたけど」


「何か話すことがあったのか?」


「ええ、すこし昔話を――あの夜の事を」


レイトがそういった瞬間、トウキの顔が曇る。


「やはり、怨んでいるのか?」


「そうですね……正直羨ましくはありましたけど、貴方やトウカさんを怨んではいません。レイカに関してはほぼ接触してないので何とも」


「そう、か」


「それと、あの夜の事で一つ、貴方に――兄さんに謝らなければならないことがあります」


「!?………なにを、だ?」


「あの夜、伸ばしていただいた手を取ることができず申し訳ありませんでした」


「――それは、お前が悪いのではないだろう」


トウキが声を荒げる。


「いえ、当時から僕は子供としては不似合な程達観した――冷めた人間でしたから、すでに覚悟を決めていたのです。だから、貴方の手を取ろうとはしなかった」


レイトの告白を聞き、言葉を紡げずにいるトウキ。

そして、さらにレイトが続ける。


「さらに言うとすれば、一度つけた諦めを、無駄だとわかっていてもあなたの手を取ることで、無かった事になってしまうのではないかと恐れたことが原因です」


「そうだったのか……」


やはり当時から自分の数倍は考えて、考えて、考えて、生きていたことがわかる。

6歳の少年に死ぬ覚悟を――生に対する諦めをつけさせたあの父親が事情を知るすべての人間にさげすまれるのは仕方のないことだろうと考える。


「……あの時、俺がもっと抵抗していればお前が家から追い出されるようなことはなかったのではないかとずっと考えていたが……良く考えたら、あんな家が、親がいない場所の所の方がお前にとっては良かったのかもしれない」


「それはどうなんでしょうね……」


そういえば、とレイトが続ける。


「もう一つ謝らないといけないことが」


「?」


レイトの瞳が自分と同じアイスブルーに変わる。

顔立ちはレイトの方が童顔っぽいが、自分と似ている。

髪の色は少し違うが、やはり兄弟――血は繋がっているようだ。


「この間の試合では、かなり調子にのってしまって申し訳ありませんでした」


「いや、構わない。あれは、オレの実力不足と慢心もあったのだ」


「北風閣下を揺さぶるためにトウ――兄さんをボコボコにするまでは予定通りだったんですけど」


「そこは予定通りなのか……」


「少し、調子に乗ってしまったせいで生死の境をさまようレベルの重体になってしまったようで……」


自分はそんなに危うい状態だったのかと驚く。


「どうやらグレイシアの氷が内臓をいくつかやってしまっていたようでして、ええ」


「対人戦は久しぶりで出力を間違いえてしまいました。申し訳ありません」


「やはり、氷の上位精霊」


自分の死にかけた話よりも興味はグレイシアの方へ向く。


「やはりお前の方がノースウィンドの名にふさわしいのではないか?」


「そうでしょうか。ちなみにグレイシアは位階VIIIの上位精霊です。やはり北風の血でしょうか、氷精霊との相性は良いようです」


「騎士団内の資料では位階VIIとなっていたようだが」


「何だか成長しているらしくてですね、みんな1割以上魔力が上がってました」


「……詳しくは知らないが、普通精霊ってそんな速度で成長しないだろう」


それじゃあ、なんでしょうねとなんでもないように笑う弟。

そして、ノックの音に返事をする。

先ほどの侍女であった。


「お客様が到着されましたが」


「通していいよ」


そう返事をすると侍女が客を連れに戻る。


「そうそう、もう一つ」

「なんだ?」

「あの夜――庇ってもらったことは素直に嬉しかったです」

「……そうか」


自分が笑っているのと、弟が少し照れているのを可笑しく感じながら、悪くない無言の時間を過ごす。

そして、数分後、侍女が客を連れて戻ったようでノックが聞こえる。

レイトが返事をすると、見慣れた2人の少女――トウカとレイカが入ってきた。


「お兄様、突然の呼び出しでしたが、いかがなさりました、……か?」

「お久しぶりです、トウカさん。レイカさん」

「!」

「!?」

「……すまない、2人にも茶を貰えるだろうか」

「了解いたしました」


侍女が下がるのを待って、2人に着席を促すトウキ。

自分の名前で二人を呼びつけてサプライズとは、弟もなかなか良い趣味をしている。


久方ぶりに兄妹4人が揃った。

最早家族という言葉でくくるのは難しくなってしまったが、それでも彼にとっては弟は弟だった。


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