俺が王になった理由は、誰にも言えない 〜異世界で挨拶したら戦争が始まった〜
尻に伝わる硬い振動と、頬を刺す冷気で目が覚めた。
視界が上下に揺れている。獣の臭い。革と鉄の錆びた臭い。
俺は、馬に乗っていた。
それも、遊園地のポニーではない。筋骨隆々とした、漆黒の軍馬だ。
「……は?」
状況を理解しようと顔を上げる。
息を呑んだ。
地平線まで、人、人、人。
見渡す限りの荒野を、武装した人間が埋め尽くしている。
ボロボロの鎖帷子を着た男、鍬を槍に持ち替えた農民、巨大な斧を担いだ巨漢。統一感など微塵もない。だが、その瞳だけは共通していた。
ギラギラと血走った、飢えた獣の目だ。
その数万の瞳が、一点に集中している。
つまり、俺に。
「げっ……」
喉の奥から、間の抜けた音が漏れた。
何だこれは。映画の撮影か?
いや、それにしては殺気が本物すぎる。肌が粟立つほどのプレッシャー。
夢か、あるいは死後の世界か。
俺は直前まで、物流倉庫の仮眠室で寝ていたはずだ。深夜残業の休憩中、缶コーヒーを飲んで、それから……。
記憶が混濁している。
視線が痛い。
数万人が、俺の一挙手一投足を凝視している。咳払いひとつ許されないような、張り詰めた沈黙。
誰か説明してくれ。
この沈黙を破ってくれ。
耐えきれず、俺は愛想笑いを浮かべた。
とりあえず、友好的な態度を示そう。話はそれからだ。
俺は右手を軽く上げ、ひきつった笑顔で言った。
「や、やぁ」
その瞬間だった。
空気が弾けた。
『『『『『やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』』』』』
鼓膜が破れそうな咆哮。
いや、それは喊声だった。
数万の兵士たちが感極まったように雄叫びを上げ、俺の挨拶に応えたのではない。
前方へ、地平の彼方へ向かって、雪崩のように飛び出していったのだ。
大地が揺れる。土煙が舞い上がる。
俺が右手を上げた方角へ、人の波が殺到していく。
「えっ……?」
俺は手を上げたまま凍りついた。
違う。挨拶だ。ハローだ。
突撃じゃない。
「アルス様! やっとご決断されたのですね!」
横から、しゃがれた大声が飛んできた。
見れば、立派な白髭を蓄えた騎士がいる。顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡らし、今にもむせび泣きそうな形相だ。
汚い。そして近い。
決してお近づきになりたくはない感じだが、彼は馬首を並べて俺に顔を寄せてくる。
で、アルスって誰だよ。俺はそんな名前じゃねぇ。
「ん?その前に決断?」
爺は、感涙にむせびながら大きく頷いた。
「えぇ、王都の簒奪者どもから正当な王権を取り戻す、あのご決断です! お見事でした! あの右手の掲げ方、『進軍』の合図そのもの! 6代前のご当主様、カイン様にやっと顔向けができます!」
6代前? カイン?
聞き覚えのない単語が並ぶ。だが、一つだけ分かったことがある。
こいつらは、戦争をする気だ。
そして、そのスイッチを押したのは、どうやら俺らしい。
「いや、ちょっと待っ」
「皆の者ォォ! 続けぇぇぇ!!」
爺が剣を抜き放ち、裂帛の気合いで叫んだ。
俺の言葉など、熱狂の渦にかき消される。
爺の馬が駆け出した。
つられて、俺の乗っている黒馬も鼻息荒く嘶き、大地を蹴った。
「うわっ!?」
強烈な加速Gに、慌てて手綱にしがみつく。
鞍にしがみつき、前傾姿勢になったその姿を、並走する兵士たちが目撃した。
「見ろ! 殿が前傾姿勢だ!」
「速い! 誰よりも速く敵陣へ突っ込む気だ!」
「王に遅れるな! 死ぬ気で走れぇぇぇ!!」
違う。落ちないように必死なだけだ。
止まれ。止まってくれ。
俺の心の叫びを無視して、黒馬は風のように荒野を疾走する。
背後には、興奮状態で涎を垂らした数万の武装集団。
前方には、うっすらと城壁のようなものが見えてきた。
敵か。
俺はこれから、あそこに突っ込むのか。
挨拶一発で。
「……マジかよ」
風切り音の中で漏れた呟きは、誰にも届かなかった。
俺の意志とは無関係に、歴史上最も理不尽な戦いが、こうして切って落とされたのである。
死ぬ。
今度こそ死ぬ。
槍で突かれる前に、膀胱が爆発して尊厳死する。
全軍突撃(という名の暴走)が始まってから、およそ五時間。
俺ことアルスは、漆黒の軍馬の上で震えていた。
恐怖のあまり震えているのではない。いや、それもあるが、主因は尿意だ。
転生前の深夜残業中、眠気覚ましにガブ飲みした缶コーヒーのカフェインが、異世界に来てから全力で仕事をし始めている。
さらに、この馬の揺れだ。上下左右に揺さぶられるたび、俺の下腹部は限界ギリギリのチキンレースを強いられていた。
「(……トイレ、行きたい)」
心の声が漏れそうになる。
だが、言える雰囲気ではない。
周囲を走る兵士たちは、興奮剤でも打ったかのように「殺せ!」「奪え!」と叫び続けている。総大将が「おしっこ」などと言えば、士気に関わるどころか、斬られかねない。
「殿! 前方をご覧ください!」
並走する爺が叫んだ。
俺は脂汗を流しながら前を見る。
街道の先、二つの崖に挟まれた隘路に、堅牢な石造りの砦が聳え立っていた。
王都への守りの要、<鉄鎖の関>だ。
耳にタコが出来るほど爺こと、ガラムから聞かされた。
曰く、俺ことアインの6代前の先祖である正当な王カインは、その座を追われて、辺境に追いやられた。
曰く、今の王都にいる簒奪者は、先祖のカインを追い出したものの子孫で、辺境に対して重税を敷くなど、民を迫害し続けている。
城壁の上には、無数の弓兵が待ち構えているのが見える。
「敵は万全の構え! 正面から突っ込めば、矢の雨は免れませんぞ!」
ガラムが緊迫した声で告げる。
そんなことはどうでもいい。
俺の目は、砦ではなく、街道の脇に広がる鬱蒼とした『森』に釘付けだった。
あそこなら隠れられる。
あそこでなら、誰にも見られずに用を足せる。
俺は手綱を握りしめ、震える指先で、その森を指差した。
「(あっち……あっちに行かせてくれ……!)」
声にならぬ懇願。
だが、ガラムの目が見開かれた。
「なっ……! まさか、殿!?」
ガラムが戦慄する。
俺の「震える指」と「森への指差し」。
この二つの情報を、この狂信的な老騎士の脳内は、瞬時に最悪の形で処理した。
「 あの森に潜む敵の『伏兵』がいると!?」
は?
「あの一見静かな森。鳥一羽飛び立たぬのは、人が潜んでいる証拠! 敵は我らを正面に引きつけ、横腹を突くつもりだったのでしょう。それを、一瞥しただけで看破されるとは!」
いや、俺はただ立ち小便がしたいだけで。
「全軍、進路変更ォォォ!!」
ガラムの大音声が響き渡る。
「殿のご命令だ! 砦は囮である! 敵の主力は森の中だ! 側面から食い破り、包囲網を逆手に取れぇぇぇ!!」
ズザザザザッ!
数万の軍勢が、ドリフトするように進路を変えた。
巨大な質量が、俺の目指した平穏なトイレスポットへとなだれ込んでいく。
「ちょ、待っ……!」
俺の制止も虚しく、馬もまた森へと突っ込んだ。
次の瞬間、森の中から絶叫が上がった。
「ぎゃああああ!?」
「な、なぜバレた!? ここは完璧な隠蔽ポイントだったはず!」
「くそっ、奇襲部隊が逆に奇襲されたぞ!?」
……いた。
本当にいた。
森の中には、王都の精鋭騎士団数千名が、息を潜めて待ち構えていたのだ。
だが、彼らにとっての悲劇は、用を足そうと殺気立って突っ込んできた数万の蛮族と鉢合わせしたことだろう。
もはや戦闘ではなかった。
質量による蹂躙だ。
「逃がすな! 殿の読みを無駄にするな!」
「森ごと踏み潰せぇ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
俺はその混乱に乗じて馬から転げ落ち、近くの茂みに飛び込んだ。
そして、急いでズボンを下ろす。
「ふぅぅぅぅぅ…………」
戦場の喧騒など、もはや耳に入らなかった。
至福の解放感。
世界が輝いて見える。
全てを出し切り、身震いしてズボンを上げた時、ちょうど戦闘も終わっていたらしい。
茂みから出てきた俺を、血まみれのガラムと兵士たちが迎えた。
俺の足元には、たまたま流れ矢で死んでいた敵の隊長の死体が転がっていた。
「おお……!」
ガラムが地面に膝をつき、震える声で言った。
「自ら森へ入り、敵将を討ち取って戻ってくるとは……。しかもその晴れやかなお顔! まるで散歩でもしてきたかのような余裕!」
スッキリしただけです。
「砦の敵兵も、伏兵が全滅したのを見て逃げ出しました! 完全勝利ですぞ、アルス陛下!」
『『『アルス陛下! アルス陛下!』』』
森に響く万歳三唱。
俺は引きつった笑顔で手を振った。
やめてくれ。
俺の手はまだ洗っていないんだ。
結論から言おう。
勢いだけで何とかなる時間は終わった。
排泄(奇襲)作戦の成功により、我が軍は瞬く間に王都の目前まで迫っていた。
夕日に照らされた王都。
高さ二十メートルを超える巨大な城壁。その頑強な門が開き、中から現れたのは、銀色のフルプレートメイルに身を包んだ集団だった。
<王都中央騎士団>。
簒奪者である王率いる大陸最強の精鋭部隊らしい。
整然と隊列を組み、一糸乱れぬ動きで槍を構えるその姿は、確かに俺が率いている農民や野盗の混成部隊とは格が違った。
「(……勝てるわけがない)」
俺は馬の上で冷や汗を流した。
ここまで奇跡的に勝ってきたが、正面衝突すれば虐殺されるのは目に見えている。
死ぬのは嫌だ。
それに、俺のせいでこの狂信的な爺さんたちが殺されるのも寝覚めが悪い。
「反逆者どもに告ぐ!!」
敵陣の先頭に立つ、一際豪華な鎧を着た男――騎士団長が声を張り上げた。
「今すぐ武器を捨て、馬から降りよ! さすれば慈悲をもって、投獄だけで許してやる!」
投獄!
素晴らしい響きだ。死刑じゃないのか。なら、そこで大人しくしていれば、いつかほとぼりが冷めて解放されるかもしれない。
俺は即座に決断した。
ごめんなさいしよう。
俺はガラムに「やめよう」と言おうとして、横を見た。
「殿……! ご命令を! この老骨、殿の覇道のために死ぬ覚悟はできております!」
ガラムが血走った目で、今にも突撃しそうになっている。
ダメだ、こいつには言葉が通じない。
俺はガラムに向かって、力なく首を横に振った。
(ダメだ、勝てない。やめておけ)という意味を込めて。
すると、ガラムが息を呑んだ。
「……なんと。降伏勧告など『聞く価値もない』と……?」
え?
「相手にするまでもない雑魚だ、とおっしゃるのですか!?」
違う。そうじゃない。
否定しようとしたが、喉が渇いて声が出ない。
焦った俺は、敵の騎士団長に向き直った。
言葉が出ないなら、ジェスチャーだ。
俺は腰の剣に手を掛けていないことを見せるため、両手を大きく左右に広げた。
見てくれ。俺は丸腰だ。武器を抜く気なんてない。
ハグでもして、平和的に話し合おうじゃないか。
そのポーズを見た瞬間。
敵の騎士団長が、顔面を蒼白にして後ずさった。
馬さえも、怯えたようにいなないた。
「き、貴様……正気か……?」
騎士団長の声が震えている。
「我ら中央騎士団を前にして……『剣など不要』と言うのか……!?」
は?
「その両手……まさか、我々を『素手で捻り潰す』だと!? 武器を使うまでもないほど、我々は脆弱だと、そう侮辱するのかァァァ!!」
なんでそうなるんだよ!!
俺は平和の使者だぞ! ラブ&ピースだぞ!
だが、俺の心のツッコミとは裏腹に、背後の味方が爆発した。
「見ろ! 殿のあの不敵な態度!」
「王者の余裕だ! 完全に敵を舐め腐っている!」
「我らが王に、武器は不要! その拳こそが神の鉄槌!」
「「「うおおおおお! 殴り込みじゃああああ!!」」」
再び沸き起こる喊声。
それを受けた俺の黒馬(空気を読む天才)が、ドシドシと一歩ずつ敵に向かって歩き出した。
やめろ、進むな。
俺は必死に手綱を引こうとするが、その動きさえも「獲物を前にして武者震いしている」ように見えたらしい。
俺ことアルスは、両手を広げた無防備な姿のまま、大陸最強の騎士団へと近づいていく。
その目は、恐怖で焦点が合っておらず、虚空を見つめている。
その顔は、血の気が引いて能面のように白い。
――こいつ、本気だ。
――死ぬ気など微塵もない。我々を、蟻でも踏み潰すように殺す気だ。
敵の騎士たちの間に、伝染病のように恐怖が広がった。
正体不明の自信。
異常なまでの殺気(勘違い)。
そして何より、背後に控える数万の蛮族たちの狂気的な目。
「ひっ……!」
誰かが悲鳴を上げた。
それが引き金だった。
「ば、化け物だ……!」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
ガシャーン!
一人が槍を捨てて逃げ出すと、それは雪崩となった。
最強の騎士団が、たった一人の男に恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように敗走していく。
開け放たれた城門。
誰もいなくなった王都の入り口。
俺は両手を広げたポーズのまま、ポカンと立ち尽くした。
「……え、帰っていい?」
俺の呟きは、勝利の雄叫びにかき消された。
「勝ったぞぉぉぉぉ!!」
「無血開城だ! アルス王の威光だけで、王都が落ちたぞぉぉぉ!!」
「慈悲なき王万歳! 最強の王万歳!」
ガラムが馬から飛び降り、俺の足元にひれ伏して泣いている。
俺はゆっくりと手を下ろした。
どうやら俺は、この国を征服してしまったらしい。
挨拶と、立ち小便と、バンザイのポーズだけで。
王城の廊下は無駄に長かった。
足元のレッドカーペットはふかふかで、まるで泥沼のように俺の足を取り込もうとする。
これは凱旋ではない。俺にとっては、引き返せない断頭台への行進だ。
無血開城によって、俺たちは抵抗を受けることなく王城の心臓部、<謁見の間>へと到達していた。
重厚な扉が、ギイと音を立てて左右に開かれる。
その奥には、きらびやかな装飾に彩られた広大な空間と、その最奥に鎮座する黄金の玉座があった。
そして、その玉座の階段の下に、後ろ手に縛られ、床に転がされている一人の青年がいた。
この国の現国王、フェリクス3世だ。
辺境の民を苦しめ、正当な王位を盗んだ憎き「簒奪者」の末裔――だと、俺は聞かされていた。
「……面を上げろ」
俺は努めて低い声を出した。
内心はバクバクだ。だが、ここまで来たら最後まで「威厳ある王」を演じきって、適当なところで彼と和解し、国を譲ってもらって隠居したい。それが俺の計画だった。
フェリクス王が、ゆっくりと顔を上げる。
俺は息を呑んだ。
そこにいたのは、狡猾な悪党には見えなかった。育ちの良さそうな顔立ちに、深い悲しみと、理不尽な暴力に対する困惑を浮かべた青年だった。
「……北の、アルス殿ですね」
フェリクス王の静かな声が響く。
「……なぜ、こんな事をするのです。我が王家が、貴殿らに何をしたというのですか」
その問いかけに、俺が答えるよりも早く、隣に立つ老騎士ガラムが一歩踏み出した。
彼は血走った目で王を睨みつけ、唾を飛ばして激昂した。
「黙れ! 白々しいことを! 貴様らの家系が、我らが祖カイン様を陥れ、正当な王位を奪ったことは明白なのだ! 辺境での数百年の冷遇、もはや許し難い!」
ガラムの剣幕に、フェリクス王は目を白黒させた。
「冷遇……? 何のことです?」
「とぼけるな! 毎年のごとき重税! 痩せた土地への押し込め!」
「待ってください」
フェリクス王が必死に声を上げる。
「北の領地は開拓が困難ゆえ、我が王家は代々『永久免税』としていたはず。それに毎年、越冬のための支援金と食料も送っていましたが……?」
え?
俺は眉をひそめた。ガラムを見る。
ガラムは顔を真っ赤にして叫んだ。
「嘘を吐くな! そのような金、一度たりとも見たことはないわ!」
フェリクス王が悲しげに首を横に振る。
「……まさか。代々の当主たちが、支援金を民に配らず、すべて『軍備』に回していたというのですか? 自分たちの無能な統治を棚に上げ、民の不満を全て『王都のせい』にして、憎しみを煽っていたと……?」
背筋が凍った。
俺の脳裏に、ボロボロだが異様に武器だけは揃っていた兵士たちの姿が過ぎる。
飢えているのに、剣だけは研ぎ澄まされていたあの異常な集団。
まさか。
いや、まだだ。まだそうと決まったわけじゃない。
「殿! 騙されてはいけません!」
ガラムが焦ったように叫び、懐から一冊の分厚い本を取り出した。
王家に伝わる『王家正史』らしい。この国の歴史が記された公式記録である。
「こやつらは歴史をも捏造しているのです! 見よ、ここに決定的な証拠がある!」
ガラムは文字が読めない。だが、「6代前」の項目に先祖カインの名前があることだけは知っているらしい。
彼は誇らしげにそのページを開き、フェリクス王に突きつけた。
「見ろ! カイン様の名があるはずだ! 13番目という立場でありながら、その類稀なる王の資質ゆえに、12人の無能な兄たちに疎まれ、不当に追放された悲劇の記録がな!」
フェリクス王は、そのページを見て、絶句した。
そして、信じられないものを見る目で俺たちを見た。
「……そこに何と書いてあるか、ご存知ないのですか?」
俺は嫌な予感がして、その本を覗き込んだ。
転生特典らしい翻訳スキルが、無慈悲な真実を現代語へと変換する。
そこには、俺たちの祖先カインの、あまりにも「身の程知らず」で「空回り」した、痛々しい追放理由が記されていた。
【第13王子カイン:追放事由】
1.王座への不法着席
記述:公式行事の最中、父王が席を外した隙を見て勝手に玉座に座り込み、戻ってきた王に対し『いずれ俺のものになるんだからいいでしょう』と暴言を吐く。当然、衛兵につまみ出されたが、『俺の尻が玉座を選んだのだ!』と喚き散らし、式典を台無しにした。
2.身勝手な命令
記述:『俺は将来の王だぞ』と威張り散らし、宰相をパシリに使い、近衛騎士団長に『靴を舐めろ』と強要。当然誰も従わず、無視されると『反逆だ! 全員処刑してやる!』と廊下で一人で怒鳴り続け、各所から苦情が殺到した。
3.追放の決定打
記述:隣国の姫君との縁談の席で、『王位継承権第13位の』と紹介されたことに激昂。『俺は隠された真の王太子だ! 兄たちは全員俺の影武者だ!』と妄言を吐いてテーブルクロスを引き抜き、外交問題になりかけたため、即刻拘束された。
俺は言葉を失った。
さらに、最後に赤字で総評が書かれていた。
【総評:野心に見合う能力も人望もなく、ただただ声が大きく、傲慢で迷惑なだけの存在。王城に置いておくと国益を損なうため、物理的に隔離(追放)する。二度と戻ってくるな。】
俺は本を閉じた。
パタン、と乾いた音が謁見の間に響く。
嵌められてなどいなかった。
才能を恐れられてもいなかった。
ただの「自分を王だと思い込んでいる精神的な子供」が、周りの大人たちに愛想を尽かされ、厄介払いされただけだ。
その時に彼が泣き叫んだ「俺は真の王だ! あいつらが間違っている!」という言葉を、辺境の民が真に受けてしまった。
その「勘違い」と「逆恨み」だけが、数百年かけて純粋培養され、ガラムたちのような最強の「正義の軍団」を生み出してしまったのだ。
つまり。
王都の王統は、正統中の正統。
簒奪者(国盗り)は――俺たちの方だ。
しかも、「自分の尻の方が玉座に合っている」と主張した男の妄言を信じて、国を転覆させてしまったことになる。
「殿? いかがなさいました?」
ガラムがきょとんとして俺を見ている。
彼は本気で信じているのだ。カインは悲劇の英雄だと。
今さら「ごめん、先祖ただの迷惑なクレーマーだったわ」なんて言えるか?
言えば、彼らのアイデンティティは崩壊し、暴徒と化した兵士たちが羞恥心と怒りで王都を火の海にするだろう。
詰んだ。
俺は、何の罪もない名君フェリクス王を縛り上げ、あまつさえ国を奪ってしまった大罪人だ。
「毎年演習と言って大軍を集めて儀式をしていたのは知っていたが、些細なことと放っておくべきではなかったか……」
フェリックス王が呟いた。
「……儀式?」
俺の方を怪訝な顔でフェリックス王が見つめる。
「それは、当主に向かって家宰が『王都に座する簒奪者共から天下を取り戻しますか?』と問うて、当主が『まだ、その時期ではない』と答えるという……」
「!?」
(もしかして俺が転移したときにやってたやつがそれか!?)
「……俺やっちゃった」
フェリクス王が、全てを悟った目で俺を見ていた。
俺は震える足で玉座に近づき、どかりと座り込んだ。もう、戻れない。
俺はこの狂った嘘を、真実として背負い続けるしかないのだ。
俺は、人生最大の絶望と諦めを込めて、深く、重く、息を吐いた。
「……ふぅ(帰りたい……)」
その吐息を聞いたガラムが、感極まって叫んだ。
「おお! なんという重厚な吐息! 偽りの歴史を正し、ついに玉座を取り戻した王の、万感の想いが伝わってくるようだ!」
「殿! いえ、陛下! これでカイン様の無念も晴れました!」
晴らすなそんな無念。
ただのワガママだそれは。
窓の外から、兵士たちの勝ち鬨が聞こえる。
『アルス王万歳!』
『正義は我らにあり!』
『次は帝国だ! 偽りの平和を貪る国々を、我らが正義で成敗するのだ!』
地獄だ。
俺は今日、歴史上もっとも理不尽で、もっとも迷惑な理由で即位した「簒奪者」となった。
最強のイエスマン軍団に囲まれ、俺の本当の戦いは、ここから始まるのだ。
【完】
本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
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