みんなを巻き込みたくなくて……
門のむこう側に出ると、目の前には何もない空間が広がっていた。
どこまでも紫色の空が続いているような、そんな暗い世界だった。
足元は不気味な色に光る液体がうっすらと流れている。
そこに反射して私のスカートの中がうつっているけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
「ここはいったい……」
「多分、檻の外の世界だよ」
「嘘……」
ということは夢魔がうようよいるっていう場所なんじゃ。
ここから世界を守るために檻があるのに、その外側に出ちゃってるってこと?
「これ一回引き返した方がよくないですか? 結乃さんとかに相談した方が……」
「でも桃は見つけないと」
「桃ちゃん、本当にこんなところにいるんですかね」
「うん、ちゃんと気配がある」
「本当ですか!? なら行くしかありませんね」
「お姉ちゃん、また背中に乗って! 一気に行くよ」
「はい」
私たちは夢魔の世界を飛び回ることになった。
いつどこから敵に襲われるかわからない状況で、空を飛び回るのはかなり危険な行為だと思う。
全方位からの攻撃を警戒しなければいけないのは精神的につらい。
でもどのみち隠れる場所もないので、ここは早く桃ちゃんを見つけて連れ帰るのが正解か。
その時、近くで雷のような音が聞こえた。
本物の音ではなく、どこかゲームの雷ような音だった。
「ミュウちゃん、今のは」
「うん、雷系の魔法だね」
「行きましょう」
私たちは音のした方へと急いでむかう。
その先にはやはり桃ちゃんがいた。
白い天使のような羽根を生やし、空中で夢魔と交戦している。
と言っても、むかってくる夢魔を桃ちゃんが一撃で消滅させているような状況で、助けに入る必要はなさそうだった。
あたりの夢魔が一掃され、戦いがひと段落したところで桃ちゃんに声をかける。
「桃ちゃん!」
「い、苺さん!? なんでここに」
「桃ちゃんが飛んでいくのが見えたので追いかけてきたんです」
別に隠す必要もないと思ったので正直に話す。
でも桃ちゃんにはそんなことどうでもよかったらしく、それよりも私たちがここにいることに危機感を持ったようだった。
「何してるんですか苺さん、危ないですから引き返してください!」
「帰るなら桃ちゃんも一緒ですよ」
「私は大丈夫だから!」
その時、桃ちゃんの後ろに夢魔が突っ込んでくるのが見えた。
それに気づいた桃ちゃんが魔法で撃ち落とす。
どうやら桃ちゃんと夢魔では力が違い過ぎるようだ。
これなら自由にさせておいても大丈夫だろうか。
そう思っていたら、なぜかぞろぞろと夢魔がこの場所に集まり始めた。
もしかして騒いでたせいで気付かれたのだろうか。
数体だった夢魔はいつの間にか10を超え、さらに数を増やしていっている。
「なんでこんなに……」
桃ちゃんもさすがに驚いた様子だった。
ということは、これは異常事態なのか。
「桃、これはお姉ちゃんにむかって集まってきてるんだよ」
「そういうことか……」
いや、どういうこと?
なんで夢魔が私目がけて集まってくるんだ?
そんなの嫌なんだけど。
夢魔はさらに増え続け、1000は越えたんじゃないかというくらいの数になっていた。
これはかなりまずいんじゃないかな。
もう完全に囲まれてしまっている。
桃ちゃんが魔法で蹴散らしても、私が銃で撃ち落としても、まったく数が減らな
い。
「もう、こうなったら……」
この状況を打開するため、桃ちゃんは天使の羽根を光らせ始める。
大型の魔法を使うつもりだろうか。
「えやあああ!」
辺りが光に包まれて、夢魔の多くが姿を消していく。
光が収まり、私も閉じていた目を開くと、半数以上はさっきの魔法で消し飛んだようだった。
しかし、それでも驚くべき早さで夢魔は数を増やしていく。
この雑魚敵のような夢魔は数に限界がないのか?
まるで無限増殖でもしているかのような状態だった。
「これじゃあキリがないよ」
さすがに桃ちゃんも少し困った様子だ。
今のところこちらにまったく被害はないけど、このままじゃ消耗する一方だ。
さて、この状況をどうするべきか。
その時、急にどこからかひんやりとした空気が流れてくる。
突然辺りに雪が降り始め、さらに夢魔たちは氷漬けになっていった。
それは桃ちゃんの魔法以上に敵を消滅させていく。
周囲が吹雪になり、私たちの視界も悪くなってしまった。
そんななか、この魔法を使ったと思われる人物の声が聞こえる。
「桃ちゃん、今のうちだよ」
「雪!?」
私たちの前にさっと姿を現したのは、雪女のような姿をした雪ちゃんだった。
すごい、何もなしに空を飛んでるよ。
先導してくれる雪ちゃんを追うように、私たちも撤退を開始する。
後ろから追いかけてくる夢魔をそれぞれ撃退しながら、門のところまで急ぐ。
雪ちゃんのおかげで迷うことなく門までたどり着いた。
門をくぐり、無事に夢魔の空間から抜け出すと、雪ちゃんは門にむかって手をかざし、それを閉じてしまう。
それでもまだ島自体は不気味な空の下だった。
門が開いている間だけってわけではなかったようだ。
雪ちゃんは桃ちゃんの前に移動すると、その頭を軽くチョップした。
「なんで一人で行っちゃったの?」
「ごめん、みんなを巻き込みたくなくて……」
雪ちゃんにしては珍しく強い口調で問いただす。
それに対して桃ちゃんは、しゅんとなっていた。
「別に桃ちゃんだけが背負わなくてもいいんだからね」
「うん、ありがとう」
雪ちゃんがやさしく桃ちゃんの頭をなでながら言うと、桃ちゃんは少し涙目で感謝を伝えた。
私はあまり見たことのないふたりの姿にちょっと驚く。
いつもは雪ちゃんの方が妹っぽいポジションにいるのに、今は完全に逆転している。
元気のない桃ちゃんを見るのはつらい。
あんなに夢魔が集まってきたのは、理由はわからないけど私が原因らしいし、なんだか申し訳ない気持ちだ。
あれがなければ桃ちゃんの目的は果たせていたかもしれないんだし。
その目的がなんなのかはわからないけど。
とりあえず今日のところは家まで引き返すことになった。
でもいったいなんで私のところに夢魔が集まってきたんだろう。
なにか面倒なことが起きていそうな気がして鬱な気分だった。




