ファンタジーだ!
夢の世界での自宅で今後のことを考えたりしながら、今は少し休憩をしている。
「はふ~、雫さんの入れてくれたココアはいつもおいしいですね」
「えへ、ありがとう、毎日入れてあげるからね」
「え、いや別にココアくらい自分でも入れられますから……」
「そうよね、じゃあ何かしてほしいことある?」
「すぐには思いつかないですね」
「そ、そう? じゃあ思いついたらいつでも言ってね」
「ありがとうございます」
どうしたんだろう雫さん。
最近どう考えても様子がおかしいな。
いつもそばにいてくれるのは私もうれしいんだけど、いくらなんでも張り付き過ぎではないだろうか。
「ふぅ、平和ですねぇ」
「そしてなぜ結乃さんも当然のように私の家にいるんですか?」
「だって、なんとなく落ち着くんですよ」
「そうですか」
別に家が大きいからいいんだけど、なんかずっといそうだなこのふたり。
あれから二日経ったけど、すでに雪ちゃんなんかは、遅れてやってきた芳乃ちゃんといろんなところに行ってはいろんな素材を集めたりしている。
その素材を元に魔法でアイテムを作ったりしてお金を稼いだりしていた。
さすがお金持ちの家の娘は行動力が違うなと思う。
桃ちゃんはあの後毎日どこかへ出かけていてあまり見かけていない。
私には準備ができた時に声をかけると言ってたけど、これからやろうとしていることを考えると桃ちゃんのことが心配だ。
雫さんや、芳乃ちゃんと一緒にやってきた杏蜜ちゃんは、空いてる土地で農業のようなことをしていた。
ただ育てているのが不思議なもので、いろんなものが木に実っていくようだ。
種をまいてからの成長スピードもすごいが、できているものが普通の野菜や果物だけでなく、魔法石のようなものまで育つらしい。
ちなみに私は今レトルトカレーを育てているんだよ。
いや聞き間違いではないよ。
レトルトカレーが木からとれるんだ。
おそらく明日か明後日には収穫できるんじゃないだろうか。
もう結構何でもありな世界みたいだね。
よし、味見してみておいしかったらカレーパーティーでもしようかな。
私は玄関を通らず、自分の部屋から続く庭への扉を使って家の外に出た。
この家の周りには本当に自然以外ほとんど何もない。
しかもここは島なのですぐそばに海も見えるし、かなり景色はいい。
今日も変わらずいい天気で、気温もぽかぽかして心地いい。
深呼吸をしながら青空を見上げていると、なんだかいろんなことを忘れてしまいそうになる。
「平和だなぁ……」
ここにいれば苦しいことも悲しいこともない。
人生はベリーイージーモードだ。
別に働かなくたって、ほんのちょっとした作業だけで生きていくのに必要な食料も手に入る。
何か欲しいものがあって、お金が必要になっても、ちょっといくつかクエストをこなせばすぐにまかなえる。
正直、元の世界を救うとか、もうどうでもよくなってきていた。
こんな素晴らしい世界があるのにどうして元の苦しい世界に戻る必要があるのか。
本気でそう思ってしまっている。
だけど本当にそうなのだろうか。
こんな都合のいい世界が本当に存在し続けることができるのか。
物事を悪く考えるのは私のダメなところなのかもしれない。
でもやっぱり世界の幸福と不幸はどこかでバランスをとっていると思う。
どこかが幸せならどこかが不幸せになっている。
私はそう思ってしまう。
そうでなければ、世界が滅びるとかそんなこと関係なく、みんな最初からここに住めばいいんだ。
でも世界はそうなっていない。
神様がいたのかどうかは知らないけど、初めに造られた世界はそうではなかった。
この世界は女神である結乃さんによってつくられている。
前にできなかったことが今回はできているなんてことあるのだろうか。
そんなことができるなら、最初から私たちの現実世界は幸せでできているだろう。
もし私がその立場だったらそうしている。
この世界も結乃さんすら気付いていないところで何か起こってるんじゃないか?
私の考えすぎだといいんだけど……。
というかなぜ私はすぐにこういうことを考えてしまうんだろうな。
よくない癖だってわかってるんだけど。
「はぁ……」
私は庭の芝生の上に仰向けで寝っ転がる。
青い空を見上げながら、風に流れる白い雲をボーっと眺めていると、さっきまでの悪い思考もどこかへ流されていく気がした。
う~ん、順調に眠くなってきたな。
こんなところで寝ちゃうわけにはいかないんだけど……。
もう目が開かないよ。
あれ、突然太陽の光を感じなくなったぞ。
雲でもかかったのかな。
そう思いながら、意識が薄れていったその時。
ドスンと私のお腹の上に何かが乗っかってきた。
なんだろう、前にもこんなことがあったような……。
私はうっすらと目を開いてみる。
すると、目に飛び込んできたのはドラゴンの顔面だった。
「ぎゃああああああああ」
穏やかな時間からのいきなりすぎる非日常に思わずとんでもない悲鳴をあげてしまう。
その声を聞いて、家の中から雫さんが飛び出してきた。
「苺ちゃん! いったい何が……」
雫さんは私の上に乗っかるドラゴンを見ると、その場で固まってしまう。
そして、私のことをあきめたように合掌する。
いや、あきらめないで、殺さないで。
って、あれこのドラゴン、落ち着いてみると見覚えがあるな。
「もしかしてミュウちゃん?」
私が名前を呼ぶと、ドラゴンは光に包まれて少女の姿へと形を変えた。
「ドス~ン!」
「わわわ」
上に乗っていたドラゴンはやっぱりミュウちゃんだった。
ミュウちゃんは少女の姿になると、私の首に抱きついて頬をすり合わせる。
私はそんなミュウちゃんを片手で抱きしめて、なんとか体を起こす。
「ミュウちゃん、ひさしぶりですね、いきなりなので驚きましたよ」
「えへへ、お姉ちゃんがこの世界に来たのがわかったから、急いでお仕事終わらせて飛んできたんだよ」
「そうなんですか? ありがとうございます」
でもどうやってそんなことわかるんだろう。
何か魔法的なものがあるのか。
それよりさっきからずっとミュウちゃんが頬をすりすりしてくる。
前よりも甘えん坊さんになっちゃったのか?
それともしばらく会えなかったからだろうか。
こっちの世界ではあれからどれくらいの時間がすぎていたのだろう。
でも懐いてくれているのは素直にうれしい。
私はミュウちゃんの頭をやさしくなでる。
そうしている間に合掌していた雫さんが近くまで寄ってきていた。
「なにこの子、かわいいね」
「あ、雫さん、この子はドラゴンで神様なミュウちゃんですよ」
私が雫さんにミュウちゃんを紹介すると、ミュウちゃんは雫さんの方に顔をむける。
「はっ、でかい……」
ミュウちゃんは雫さんのある部分を凝視して、まるで恐ろしいものでも見たかのように後ずさる。
「大丈夫ですよミュウちゃん、あそこは楽園です」
「そうなの? ちょっとダイブしてみる」
「健闘を祈る」
私とミュウちゃんでこそこそ話をして、その後立ち上がる。
「とうっ」
「きゃっ」
本当にミュウちゃんが雫さんの胸にむかって飛んでいった。
「わわっ」
そして雫さんの胸の弾力にはじかれて帰ってきた。
なん……だと。
「何、今の!?」
「ファンタジーだ!」
「ファンタジーだよね!」
私とミュウちゃんは意見の一致を確認し抱き合う。
「ああ、お姉ちゃんの胸は平らで落ちつくね」
「ミュウちゃん、悲しいけど嬉しいよ」
「?」
雫さんが私たちを不思議そうな表情で見ている。
でもこれは大平原の持ち主にしかわからない悲しみなんですよ。
まあお山の持ち主にしかわからない苦しみもあると聞きますけどね。
「ねえねえ苺ちゃん、その子私にも抱かせてよ」
「ああ、はい」
私はミュウちゃんを抱き上げ、雫さんへと引き渡す。
「わあ、かわいい~」
「おおおお?」
ミュウちゃんが雫さんの胸に挟まり、変な声をあげている。
「これがお姉ちゃんというものなのか……」
雫さんはさらにミュウちゃんの頭をなで始める。
ミュウちゃんは雫さんの魅力に屈していた。
「お姉ちゃん、今から私、雫お姉ちゃんの妹になります……がくっ」
「ミュウちゃああああああああん!!」
私は守れなかった、大切な妹のことを……。




