また明日ね
さてさて、私はこれから恐らく桃ちゃんと雫さんのキスをいただかないといけないのだろう。
どうしたものか、やっぱり正直にお願いするべきかな。
そんな考え事をしながら廊下の窓際でボーっとしていると、私の背後に人の気配がした。
誰だろうと思い振り返ると、そこにいたのは桃ちゃんだった。
珍しく、放課後なのにひとりのようだ。
雪ちゃんは先に帰ったのかな?
「桃ちゃん、どうしたんですか? 私に用事とか?」
「いや、その、えっと……」
なんだろう、桃ちゃんにしては珍しいな、こんなにもじもじしてるなんて。
何か言いづらいお願いでもあるのだろうか。
「あのね苺さん、今日、一緒に帰りませんか」
「え? 別にいいですけど」
あれ? それだけ?
これくらいならお願いされるまでもなく、たまに一緒に帰ってたりするんだけど。
でもちょうどいいか。
ふたりきりの方がキスのお願いもしやすいし。
「それじゃあ帰りましょうか」
「うん!」
桃ちゃんはいつもの調子の笑顔を見せ、そして私の腕に抱きついてきた。
うふふ、幸せ。
しかしその光景を見ていたクラスメイトが茶化すように言う。
「あ、苺ちゃんが中等部の子に手を出してる!」
「これまた食い散らかすねぇ」
ひどい言われようだな。
それでも私にはやらなければならないことがあるんだよ。
「それではみなさん、ごきげんよう~」
「それさっき聞いたよ!」
桃ちゃんとふたりきりの帰り道。
一応むこうから誘ってきてくれたのに、なぜか一言もしゃべってくれない。
腕は組んだままだけど、さっきからずっと下をむいてもじもじしている。
……もしかしておトイレ行きたいのかな?
いやでもそれならさっき学校にいる間に済ませるだろうし。
うむ、わからん。
「桃ちゃん、元気ないみたいですけどどうしたんですか? 何か悩み事なら聞きますよ?」
「え? いえいえ大丈夫ですよ、元気です」
「本当ですか?」
どうもそうは見えなかったので、私はジト目をして桃ちゃんに顔を近づける。
「あはは……、じつはその、苺さんのキスの件で」
それか!
でもそれと桃ちゃんの元気がないのは関係があるのだろか。
「みんなにキスをお願いしてたから、私とかお姉ちゃんもするのかなって思って」
それで元気がないってことは、もしかして私にキスを頼まれるのがそんなに嫌なのだろうか。
私はそんなに好感度が低かったのか。
「本当は今日中に桃ちゃんたちにもお願いしようと思ってたんですけど……」
「やっぱりですか」
「もしかしなくても嫌でしたか?」
「え? いえ別にそういうわけではないんですけど……」
桃ちゃんは慌てて否定してくれているが、実際のところどうなんだろうか。
でも桃ちゃんは別に初めてというわけじゃないはず。
私の妄想が現実とごちゃごちゃになっていなければ、過去に何度か頬にキスをしてくれている。
いやもしかしたら全部妄想かもしれないが……。
「桃ちゃんって、私のほっぺにキスするの初めてじゃないですよね?」
「そ、それはそうなんですけど……」
よかった、妄想じゃなかった。
「苺さんが他の人にされてるの見たら、なんだか恥ずかしくなっちゃって」
「あらら」
自分のしてたことを客観的に見てしまったということか。
「でもあれくらいのことならドラマとかマンガでもよくありますよね?」
「私、テレビは見ませんから、マンガとかアニメはやっぱり二次元ですからね」
二次元と三次元は違うってことか。
でもここで桃ちゃんには一歩大人の階段をのぼってもらわねばならない。
「それでも私はキスをしてほしいんです! ちょっと人生かかってるんで!」
「なんで人生かかってるんですか!?」
それは私にもわからないんだよ。
でもこのスタンプが、このよくわからない状況を打破するための数少ないアイテムなんだよ。
「うう……、小さい頃ならともかく、この年ですることじゃないと思うんですけど……」
「ささ、桃ちゃん、ちゅっとお願いします」
なんか夢の世界で芳乃ちゃんに同じことされたなぁ。
やっぱりやる側は楽しいね!
「ん~、えいっ」
桃ちゃんはいきなり覚悟を決めてキスをしてくれた。
目を閉じながらだったせいで、唇のすぐ近くにされてかなりびっくりした。
でも頑張ってくれたんだね。
「桃ちゃん、ありが……」
「ぷしゅ~」
「桃ちゃ~ん!?」
桃ちゃんはキスの反動で目を回して崩れ落ちてしまった。
どんだけ耐性ないんだ……。
私は桃ちゃんを抱き起しながら叫ぶ。
「ちくしょう、誰がこんなことを!」
「いや、苺ちゃんのせいでしょ……」
「はっ」
後ろから誰かに頭をコテンとチョップされる。
振り替えって見ると、後ろにいたのは雫さんだった。
「し、雫さん、いつの間に……」
「学校からずっと後ろにいたんだけど……」
ずっと後ろにいたんですかあああああああ!
ということは、さっきのは全部見られてたってことですか。
「苺ちゃん、最近女の子をとっかえひっかえして遊んでるよね」
「そ、そんな、遊んでるわけじゃ……」
くっ、確かにいろんな女の子にキスしてもらって、私はビッチに見えても仕方なかったかもしれない。
「苺ちゃん、まさか『浮気じゃない、本気なんだ』とか言い出すんじゃないでしょうね」
「言いませんよ! そもそも私、誰ともお付き合いしてません!」
相手が全員女の子だからって油断してた。
まさかこのようなことになろうとは。
「あの……、雫さんもキスしてくれたりなんかは……」
「ひぃっ、私のかわいい桃ちゃんを毒牙にかけておきながら、私にまで手を出すつもりなの? 最低だわ!」
「が~ん」
雫さんに嫌われた……、もう生きていけない。
焦りすぎたか、もうちょっと人の目につかないところでこっそりやるべきだった。
そうすれば今頃……。
『雫さん、お願いがあるんです』
『なあに苺ちゃん』
『キスしてほしいんです』
『もう、しょうがないわね、ちゅっ』
『あ、雫さん、ほっぺでよかったのに』
『あらやだ私ったら、ごめんなさい』
『いいんですよ、だって私、雫さんのこと好きですから』
『苺ちゃん! うれしい、私も苺ちゃんのこと大好きよ』
『あはは』
『うふふ』
『あはは』
『うふふ』
……。
な~んてことになってたかもしれないのにいいいいい!!
ちくしょう、私の青春が、終わった……。
「う、うう、うわ~ん」
「ああ、苺ちゃん、言い過ぎたわ、泣かないで~」
「雫さんが私のこと、『このゴミメスブタビッチ、二度と私の前に現れんじゃねえぞ』って」
「私そんなこと言ってないわ、幻聴よ」
「え、今、『苺ちゃんのこと大好き!』って」
「私そんなこと言ってないわ、幻聴よ」
雫さんが困った子を見るような目をしながら、私の頭をなでてくれる。
高校生に慰められる、中身22歳の私。
やっぱりこの頃から雫さんの母性本能は強いんだなぁ。
むしろ普段ちょっとツンツンすることもあるから、ギャップがまたかわいい。
やっぱり私には雫さんが必要なんだよ。
「雫さん、キスしてくれますか?」
私は今がチャンスとばかりに、涙目を利用し、上目遣いでお願いをする。
どうですか雫さん、こんなダメダメな私の姿、ほっておけないでしょう?
「調子に乗らない」
雫さんは私のほっぺを両側から軽くつねる。
おかしい、なぜだ~!
「……苺ちゃん、私のこと好き?」
雫さんはほっぺから手を離すと、やさしい表情をしながら聞いてくる。
「はい、大好きですよ」
私も本心で答える。
雫さんの聞いてる好きと私の好きは違うのかもしれないけど、私は雫さんのことが好きだ。
私が笑顔でいられるのは、あの時雫さんが何度も声をかけてくれたからだ。
それはどれだけの時間が経っても変わらない。
雫さんは「そっか」と言って、私を抱きしめてくれる。
「私も苺ちゃんのこと大好きだよ」
そう言って、軽く頬にキスをしてくれる。
「あ、雫さん……」
不意打ちだったのでまともな反応ができなかった。
私が軽く固まっていると、雫さんは先に歩いて行ってしまう。
その姿を追って振り返ると、雫さんもこちらに振りむいて手を振る。
「じゃあ苺ちゃん、また明日ね」
私は何とか言葉をひねり出してそれに答える。
「また明日、です」
雫さんはもう一度笑顔を見せ、自宅へと帰っていった。
呆然と見送っていると、スマホに通知が入る。
雫さんの分とその前の桃ちゃんの分だ。
全部そろった。
私はそんなことよりも雫さんのキスが嬉しかった。
なんか今までの人生で最高に幸せかも……なんて。
「うひょ~い、雫さああああん!」
「……あの、私のこと忘れてませんか」
「わあお」
私の後ろでは、目を覚ました桃ちゃんがジト目でこちらを見ていた。
「今の……、ちょっと気持ち悪かったです」
「が~ん」
なんだか桃ちゃんと雫さんの好感度がシーソーしている気がする。
はは、まいったなぁ。




