唇じゃなくてほっぺたにお願いしますね
例の芳乃ちゃん事件から数日が経った。
お昼休みにいつものメンバーでご飯を食べながら考え事をする。
結局あれ以降夢魔が現れるようなこともなく、平和な日々を過ごしている。
芳乃ちゃん自身もまったくその時の記憶がないそうで、女王の手がかりもない。
解決したって思ってもいいんだろうか。
一応の警戒はしつつ、私はスタンプの方に注力しようと思う。
雪ちゃんからもう一度キスをもらうのは、ちょっと今の私にはできそうにないので後回し。
まずは他の人にキスをしてもらう方向で進めよう。
こっちもかなりハードルの高い話なんだけど、可能性としてはこっちの方がありそうだし。
今ちょうど学校だからみんないるし、頑張ってお願いしてみるかな。
私はお昼ご飯を食べ終えると、近くにいた芳乃ちゃんたちの方へ移動する。
「あの、ふたりにお願いがあるんですけど……」
「苺さんのお願いなんて珍しい気がしますね」
「何? 私たちにできることなら何でも言って」
おお、なんだかいつにも増してやさしいじゃないか。
ではでは、お言葉に甘えまして。
「キスしてほしいんです」
「はい?」
お言葉に甘えた瞬間、芳乃ちゃんに白い目で見られ、杏蜜ちゃんは固まって机の上におにぎりを落としていた。
何でも言ってって言ったじゃん。
「えっと、苺さん、それはどっちにむかって言ってるの?」
「できればふたりとも」
「ふたりとも!? しかもできればって何!?」
芳乃ちゃんの質問に正直に答えたら、鬼の形相で身を乗り出してきて、さらに肩をつかまれ前後に激しく揺らされる。
まずったな、説明が足りなかったか。
でもスタンプラリーです、とか言ったらそれこそブチギレされそうだ。
ここは冷静になって対応しないと。
「いや別に無理ならいいんですけど」
「なぜ上から目線!?」
言ってからしまったと思った。
余計に失礼になってしまったぞ。
これはもうダメか。
「そこまで言うならしてあげようじゃないの!」
「いいんですか?」
「ええ、昇天させてあげるわ」
そう言うと、芳乃ちゃんは私の両肩をつかんだままがっちりホールドすると、ゆっくりを顔を近づけてくる。
あ、これは芳乃ちゃん、勘違いしてるな。
「芳乃ちゃん、唇じゃなくてほっぺたにお願いしますね」
「ななな、初めからそう言ってよね!」
芳乃ちゃんは顔を真っ赤にしながら、一旦私から離れる。
そして改めて私の隣まで来ると、私の腕に抱きつく。
「じゃあいくよ」
「お願いします」
「わわわ、私も!」
芳乃ちゃんの唇が近づいてきたタイミングで、固まっていた杏蜜ちゃんが急に立ち上がって反対側から飛びついてくる。
その結果、私は両側からキスのサンドイッチ状態になった。
まさにここは天国、楽園。
ユーノさん、私、楽園見つけちゃいました。
ポケットでスマホが2回振動する。
スタンプの通知だろう。
やはりキスが条件なのか。
後でちゃんと確認しておこう。
「ふたりともありがとうございました」
「い、いえ……」
「ふぅ~」
ひどくお疲れの杏蜜ちゃんと、自分を落ち着かせている芳乃ちゃん。
芳乃ちゃんがこんなに取り乱すなんて珍しいね。
とりあえず私は元いた場所に戻りながら、残り2つ分のスタンプについて考える。
2人分だから、やっぱり桃ちゃんと雫さんにお願いしたいところだよね。
そう思いながらお昼ご飯を食べていた場所に戻ってくると、桃ちゃんが顔を赤らめながら、ちみちみとお弁当を食べていた。
もしかしなくてもさっきの見てたのか。
桃ちゃんってたまにこういうの恥ずかしがるんだよね。
雪ちゃんはいつものようにニコニコ笑っていてかわいい。天使。
そして雫さんは、まるで氷の女王のような冷たい目で遠くを見つめていた。
「し、雫さ~ん?」
その視界に入ってみようと、私が手を近づけてみると。
「ガルルルル……」
威嚇された!
手を引っ込めてみる。
「……」
近づけてみる。
「ガルルルル……」
雫さんが犬みたいになっちゃった。
でもかわいい。天使。
放課後。
さっき確認したところ、昼間のスタンプはちゃんと押されていた。
残りは二つ。
しかし、あの状態の雫さんにお願いするのはつらい。
いやきっと頼めば大丈夫だとは思うけど、少し時間を空けておきたいところだ。
うむむ、気が進まないがここは別の誰かにするべきか。
しかし私に知り合いなどほとんどいないしなぁ。
私がうんうんと悩んでいると、隣の席の女の子がふわっと立ち上がった。
この子ははっきり言って天然ちゃんだ。
不思議な動きをする子だなぁと思ってみていると、急にバランスを崩してこちらに倒れてくる。
「危ないっ!」
「うわわ~」
私は慌てて支えようと立ち上がるが、そのまま一緒に床に押し倒されてしまった。
なんとかけがはしなかったものの、教室に残っていた人たちの注目を集めてしまう。
なんだか恥ずかしい。
それから、どうやったのかは知らないけど、この子の手が私の服の中に入り込んでいる。
まさかこの天然ちゃんは、伝説のラッキースケベを習得しているのだろうか。
「ああ、ごめんなさ~い。私ったら苺ちゃんにむかってなんてエッチなことを」
「別にわざとじゃないんだからいいんですけど、そろそろ手をどけてもらえませんか」
「は~い」
天然ちゃんが手を引っこ抜くと、その影響で胸元のボタンがいくつかはずれて制服がはだけてしまう。
本当にどうやって手を突っ込んだんだか……。
そして手はどいたものの、なぜか天然ちゃんは私の上に乗っかったままだ。
「はあはあ、苺ちゃん、くぁわいいよおおおお!」
「ひぃ」
この子、天然じゃなくて変態だったみたいだ。
あ、そうだ、この変態ちゃんに例のやつ頼んでみるか。
「あの、お願いがあるんですけど」
「なになに、苺ちゃん」
「私の頬にキスしてほしいんです」
その発言とともに教室がざわつく。
しまった、こんなところでやるべきではなかった。
「苺ちゃんいいの? いただきま~す」
って早いな、いっさいためらわなかったな。
そして変態ちゃんの唇はあっさりと私の頬に触れた。
「きゃっ、やっちゃった」
突然の出来事にクラスメイト達は大混乱しているが、変態ちゃんは至極満悦の様子だ。
大丈夫かこの子、将来が心配だよ。
「うふふ、それじゃあ苺ちゃん、また明日ね~バイバ~イ」
「あ、はい、バイバイです」
変態ちゃんはそのまま教室をあとにした。
私も立ち上がり、お尻をはたく。
あ、そういえば通知が来てないな。
確認してみても、やはりスタンプは増えていない。
やっぱり誰でもいいわけじゃないのか。
ということは、やっぱり桃ちゃんと雫さんなんだろうな。
でも桃ちゃんは自分のこととなると、意外とすぐに照れちゃうから難しそうだなぁ。
あと雫さんの場合は私の心臓がもつかどうかという問題がある。
大変かもしれないけど、やるべきことはわかったんだし、やるしかないよね。
「よし、がんばるぞ!」
私が気合を入れていると、いまだクラスメイトの注目を浴び続けていることに気づいた。
その視線は「何を頑張るつもりだ……」と言ってる気がした。
「あはは……、みなさんごきげんよう……」
私は逃げるように教室を去った。




