一生楽しい夢を見て暮らすことができたら幸せに決まってるでしょう?
私は詠ちゃんに連れられて、クイーンオブナイトメア社に来ていた。
あの悪夢の時間を過ごした場所。
まさか再び足を運ぶことになるとはね。
一歩足を踏み入れるだけでこの吐き気だよ。
本当に気分が悪い、こんなに体が拒絶反応を起こすとは。
ああ、気持ち悪い、この空気とか温度とか湿度とか、いろいろ思い出してしまう。
まああんな目にあってたのは私にも原因があったけどね……。
「どう? いい場所でしょ?」
「私、ここで働いてたんですけどね」
「あら、そうだったの? 私あんまり会社の人と会ったりしなかったから知らなかったわ」
「そうですね、一度も見たことありませんね」
こんなきれいでかわいい女性がいたら、私が覚えていないわけがない。
よくあれだけ長時間同じ会社にいて、少しも出くわさなかったものだ。
「懐かしい?」
「どうでしょうね……」
正直良い感情が生まれてくるわけがない。
あれだけボロボロになって、文句を言いながらも頑張って、そして潰れた場所だ。
それでも、こんな場所でも、私と雫さんの思い出があるんだよね。
ここで私のことを支えてくれた雫さんのことを思い出すと、こんな場所でも心がじんわり温かくなる。
まあ雫さんがやさしいことと、この場所自体は関係ないが。
「それで詠ちゃんはここで何をしていたんですか?」
私の方はなぜか自分が何をしていたのか思い出せないんだよね。
あれだけ頑張って私は何を作っていたのか。
「私はこの会社で、夢をデ―タ化してデジタルな世界を作ろうとしてたのよ」
「ほえ?」
変な声出ちゃったよ。
夢をデータ化?
デジタルな世界?
「それは一体どういうこと?」
「いつかすべての人が夢の中で生活を完結できる世界を作るのが私の夢なの」
夢の中で生活?
ユーノさんの夢の世界と似たようなものじゃないのか?
そんなことを魔法も使わず、ただの人間たちを働かせて実現できるとは思えないけど。
「これが完成すれば、夢魔も人間も幸せに生きていくことができるのよ、だって夢の世界だから」
確かに夢の世界ならみんな幸せなんてことも可能だろう。
でもそれは実現できたらの話だ。
それに所詮は夢の中、現実が変わるわけじゃない。
夢が幸せだった分、目を覚ましてからの現実とのギャップが余計に苦しくなる。
「一生楽しい夢を見て暮らすことができたら幸せに決まってるでしょう?」
「!?」
私の心を読まれたかと思ってゾクッとした。
いや、それだけじゃない。
一生夢を見続けるって、それはつまり永遠に眠り続けるってことじゃないのか。
そんなの現実は死んでるのと同じだ。
私たちは人を殺すようなシステムを作っていたのか?
あんなに苦しい思いをしながら……。
それに詠ちゃんは、このシステムで本当に幸せな世界が作れると信じているようだ。
これが人間と夢魔の考えの差なのか。
それとも私がおかしい?
幸せな夢を見るために、永遠の眠りにつくことを求める人間がいるのだろうか。
……。
いるかもしれない。
あの頃の私なら、死後に楽園が保証されていたら喜んで死んだだろう。
だって死ななかった理由は、どうなるかわからなくて怖かったからだ、雫さんたちと離れたくなかったからだ。
それに詠ちゃんの言うとおりなら、眠るだけで死ぬわけじゃない。
いずれそうなるだろうけど、そのころにはすでに意識はデータ化しているわけだ。
簡単に言えば、VRゲームにフルダイブして、そこで生きていくようなものだろう。
その見方をすれば確かに詠ちゃんの言う世界は幸せかもしれない。
ただ、それも完成すればの話だ。
少なくとも私の現実世界では、あと5年経っても完成していなかった。
そしてそのあとどれくらいかかるのかもわからない。
ユーノさんだっているのに、こんな苦しんでいる人がいる会社を見逃すわけには……。
「詠ちゃんの目指す未来はわかりました、でもそれっていつ実現できるかわからないですよね」
「ふふふ、ある程度目処は立っているわ」
マジか、すごいな、本当かよ。
「でもその間にボロボロになるまで働き続ける社員がいるんですよ?」
「苺、それはどこの会社に入ってもほとんど一緒だと思うわ」
痛いとこつくね!
そうだった、この会社でもまわりよりはマシなんだった。
恐ろしい話だ。
「どこに行ったって集団のために自分を犠牲にして、時に命すらも捨てる、だったらせめて未来のためになることで潰れて欲しいわ」
「でも目の前で苦しんでいたら見過ごすなんてできませんよ」
「そうね、だから私はここにはあまり来なかったのかもしれないわ」
そこはちゃんと気にしてるのか。
言ってることは結構ひどいけど、目にしてしまったら自分も苦しいもんね。
「ねえ苺、私は間違ってるの?」
「間違ってるなんて私が言える事じゃないです、でも未来のために今犠牲になってる人がいるっていうのは嫌ですね……」
結局どこへ行ったって苦しむ人は苦しむし、楽しく生きれる人はどこでも楽しめるものだ。
だから詠ちゃんが悪いなんて言えないのかもしれない。
これは私が詠ちゃんと友達だからそう思うのかもしれないけど。
「私もね、少しは気にしてるのよ、だから苦しみすら忘れられるエナジードリンクを作ってもらって自販機に並べておいてあげたのよ」
「それアウトだから! 人間じゃなくなりそうな人いたから!」
しかもあそこに並んでたのは市販されてるやつだったはず。
もしかして中身だけ変えてたのか?
妙な警備員さんもいるし、タイムカードもふたつあるし、やっぱりアウトじゃないかこの会社。
「このシステムが完成したら、真っ先に苺を夢の世界に連れて行ってあげるわ」
「あ、ありがとうございます……」
すごいいい笑顔だし、本人は善意で言ってるんだろうけど、それって私を永眠させるってことだよね?
詠ちゃん、ひどいや。
自宅に戻った私は、お風呂に入った後、ベッドの上に寝っ転がっていた。
天井を見つめながら今日あったできごとを思い返す。
夢の世界で生活を完結させるためのシステムか……。
私は夢の中に逃げることをいけない事じゃないって思っている。
でもやっぱり本物じゃないのかなとも思う。
現実世界で幸せになれたらそれが一番なんだろうって。
だから今、もう一度チャンスをもらったから今度はがんばってみようって思った。
私の知る不幸を今からなら回避できるかもしれないって。
よくアニメとかでも過去に戻って、いい未来になるように修正していく話がある。
うまくいくものもあれば、うまくいかないものもあった。
でも実際自分がその状況に置かれたら、チャンスは見逃したくないよね。
だってそのままいけば、あの未来が確定する。
私だけじゃなくてみんなのことも幸せにできるなら、私は精一杯あがいてみたい。
それで無理なら夢の中で生きていくのもいいかもしれないな。
あそこでなら私も幸せに生きていけるし。
ただみんなとは一緒にいたいなぁ。
やっぱり雫さんたちがいない日々は私にとって非日常だよ。
私が目指す未来は、この現実世界でみんなと一緒に幸せになること。
それが無理ならみんなで夢の世界へ行くのもありかもしれない。
さて、私は何をすればいいんだ?
そういえば詠ちゃんから夢魔の女王の話を聞きそびれてしまった。
まずは雪ちゃんの件を解決しないといけないかな。
それから私と雫さんがあの会社に入るべきかどうかだね……。
ああ、眠い……。
そろそろ寝てしまうか。
いい夢見れるといいなぁ……。




