純粋に過去に戻ったわけじゃないのか……
私たちが通う学校は中高一貫校で、しかも小学校まで隣にある。
特に仕切もなく中庭がつながっているので、休み時間に会うことだって可能。
ここの多くの学生が小学校から高校まで上がっていくので、自然と友達とは長い付き合いになる。
だからって学年全員お友達ってわけではないが……。
私たちが校門の前まで歩いてきたとき、見覚えのある黒い車が近くに停車した。
ドアが開き、中から出てきたのはなんと天使だった。
「桃ちゃん、おはよ~」
「あ、雪だ、おはよ~」
まあ、天使じゃなくて雪ちゃんなんだけど。
雪ちゃんが桃ちゃんに挨拶をしながら小さく手を振ると、桃ちゃんも同じように挨拶を返した。
「雫さん、苺さん、おはようございます」
「おはようございます]
「おはよ~」
続いて私たちとも挨拶を交わす。
その間に車からもうひとり女の子がおりてくる。
それは芳乃ちゃんだった。
ドアが閉まると、車は発進して去っていく。
よかった、芳乃ちゃんが運転してるんじゃないかってちょっと心配したよ。
あれ、そういえば同じ制服だ。
芳乃ちゃんって同じ学校だったっけ。
純粋に過去に戻ったわけじゃないのか……。
挨拶を終えると、それぞれの校舎へとむかう。
桃ちゃんと雪ちゃんは中等部、私と雫さんと芳乃ちゃんは高等部だ。
さらに雫さんは3年生、私と芳乃ちゃんは2年生の教室へ。
どうやら芳乃ちゃんとは同じクラスのようだ。
実際には一緒のクラスにいた記憶はないんだけどね……。
教室に入ると、すれ違うたくさんのクラスメイトが挨拶をしてくれる。
そんなバカな、私にこんなたくさん友達いたっけ?
純粋に過去に戻ったわけじゃないのか……。
いや、この頃はいたかもしれないな、お友達。
そりゃ、小学校からほとんど一緒にいるんだからお互いを知らないはずがない。
まあ、知ってることと仲がいいかは別の話だけど。
私は全然覚えてないはずなのに、自然と自分の席へと足がむかう。
すごいな私、なにか特別な力でも働いているのだろうか。
「あの~苺さん」
「なんでしょうか芳乃ちゃん」
「そこ私の席だよ、苺さんはひとつ前」
「……失礼しました」
特別な力? 気のせいでした。
午前の授業をなんなくこなしていき、3時限目が終わった後の休み時間。
「芳乃ちゃ~ん」
「あら杏蜜さん、今日はどうしたの?」
この休み時間になんと杏蜜ちゃんが芳乃のところにやってきた。
杏蜜ちゃんまで同じ学校だったのか。
そんなばかな……。
「お弁当一緒に食べましょう~!」
「やれやれ、仕方ないわね」
「なにその反応!?」
きらきらの笑顔を振りまく杏蜜ちゃんに対して、ため息をついて返す芳乃ちゃん。
なんでそんな心底嫌そうな顔してるの……。
「あなた同学年に友達いないの?」
「いるから~」
「しかも今はお昼休みじゃないし」
そういえばそうだ、まだお昼までひとつ授業が残ってる。
よく違う学年の教室に遊びに来る余裕があるな。
「せっかく会いに来たのに、苺さんも何か言ってやってください!」
「え、私!?」
突然巻き込まないでほしいな。
そういえば杏蜜ちゃんは一個下なのか。
しかもこの段階で知り合いになってる。
それにふたりともなんでそんなに仲良しなの?
あの社畜時代に知り合ったんじゃないのか。
そこまで詳しく細かいところまで覚えてるわけじゃない学生生活なのに、いろんなところが変わられるとどうしようもない。
これなら開き直って好きなように過ごしてみるか?
そもそも今の状況もよくわからない。
本当に過去に戻っているのか、過去に似せた別の世界なのか。
未来を変えることはできるのか、変えてしまっていいのか。
いや、あれは変えてしまわないといけない、あれは幸せにはなれない。
「あの~、苺さ~ん?」
「あ、ごめんなさい」
杏蜜ちゃんが私の顔の前で手を振っている。
私が考え事を始めたせいで、ボーっとしているように見えてしまったか。
「それより杏蜜ちゃん、そろそろ戻らないと休み時間が終わりますよ」
「はっ、しまった、それじゃ芳乃ちゃん、また昼休みに」
「……べつに来なくていいのに」
ぼそっとつぶやいた言葉は届かなかったのか、杏蜜ちゃんは教室から走り去っていった。
芳乃ちゃんひどいな……。
それから杏蜜ちゃん、廊下は走っちゃだめだぞ!
お昼休み。
杏蜜ちゃんがやってくるかと思ったが、それよりも先に私は雫さんの教室へとむかった。
確か記憶違いでなければ、私はほぼ毎日雫さんと昼食をともにしていたはずだ。
そして雫さんにお手製のお弁当をあ~んしてもらっていたはずだ。
……そこまではなかったか。
私は雫さんの教室の前までやってくると、一度立ち止まり深呼吸した。
ここにいるのは本当の私からすると年下なのだが、なんで上級生の教室というのはこうも緊張するのだろう。
恐る恐る教室の中を覗き込むと、机に突っ伏している雫さんを見つけた。
なにかあったのだろうか、あまり見ない状況だな。
私が教室に入るのをためらっていると、後ろからちょんちょんと指で誰かに突かれた。
振り返ると後ろにいたのは桃ちゃんだった。
「苺さん、どうしたんですか?」
「え? いや別に、ちょっと中に入りにくいなって思いまして」
「ふ~ん?」
これはよくわかってないな。
私みたいな心が繊細な乙女は、少しのことでも怖気づいてしまうものなんだよ。
心の中で繊細な乙女を演じていると、桃ちゃんが教室に入っていった。
ああ、待ってよ~。
「お姉ちゃん、むかえに来たよ~」
「わざわざ来なくてもいいのに……」
どうせ合流するのだから中庭で待ってればいいんだけど、桃ちゃんはたまに教室まで乗り込んでくる。
何度もあることとはいえ、一時的に注目が集まるので雫さん的には遠慮願いたいらしい。
でも中等部から高等部までこの時間で来れるということは、授業終わって即行ダッシュしているのだろうか。
桃ちゃんの雫さんラブが伝わってくるよね。
3人で中庭に移動すると、雪ちゃんが私たちを見つけて手を振ってくれる。
ここの広さはかなりのもので、仕切のない小学校の分も含めるとグラウンドよりも大きい。
こちら側には噴水もあって、よく小学生が遊びに来ている。
雪ちゃんはこの噴水近くのベンチを確保して待ってくれていた。
みんなそれぞれのお弁当を広げ、いただきますをする。
雪ちゃんはお嬢様だけど、お弁当に関してはごく一般的なものだった。
黒服の人がレッドカーペットを敷いて、お高そうなコース料理がでてくるようなこともない。
こういうところがあまりお嬢様って感じがしなくて親しみやすいのかも。
そういえば芳乃ちゃんはなぜ一緒にいないんだろう。
雪ちゃんのお目付け役だし、あの立場上いないことはないはず。
ちょっとまわりを見回してみると、近すぎず遠すぎずな位置のベンチに座っていた。
となりには杏蜜ちゃんもいる。
こっちを見ながら何やらニヤニヤしているが、まったく何の話をしてるのやら……。
それにしても今自然と4人でお昼ご飯を食べてるけど、実際の学生の頃はこんなことなかったよね。
私は雫さんと食べてたし、雪ちゃんはあくまでも桃ちゃんの友達って感じだったから。
やっぱり何かが違うんだけど、なぜあまり違和感を感じないんだろう。
記憶を操作されてる感じがして少し嫌だ。
そのうち小さな違和感すらもなくなってしまって、私はこれを『現実』として受け入れてしまいそう。
そうしたら私はまた同じような人生を送ってしまうだろう。
今はこの生活を楽しみつつ、私がやらなければいけないことを探し出す。
きっとこの時間を過ごしていることに意味があるはずだから。




