安全運転でお願いしますね
「それらしいものがありませんね……」
アミちゃんが困った顔でこちらを見る。
「う~ん」
本当にどうやって渡ってきたんだ。
ちょっと手詰まり感が……。
その時、外から何かの生き物の鳴き声が聞こえてきた。
カモメさんではないようだけど、なんだろう。
もしかしたらここから運んでくれる生き物かもしれない。
カモメさんという前例があるんだからひょっとするかも。
期待に胸を膨らませ、私は部屋を飛び出す。
そのあとをアミちゃんが慌てて追いかけてくる。
外に出てすぐ目に飛び込んできたのは、湖に浮かぶ大きな生き物。
動物というよりモンスターのようだ。
それは巨大なアヒルさんみたいに見えた。
私たちが乗るのを待っているかのように、背をむけてじっとしている。
そばに近寄って話しかけてみた。
「乗せてくれるんですか?」
「クエッ!」
「あれ? あなたもクエッって鳴くんですね」
「クエッ!」
きっとヨシノちゃんはこの子に乗ってきたんだな。
「アミちゃん、乗せてもらいましょう」
「ほえ~、大丈夫なんですか」
「大丈夫ですよ」
私は先に巨大アヒルさんの背に乗り、アミちゃんに手を伸ばす。
「さあ、つかまってください」
アミちゃんは私の手を握りながら、ゆっくりとよじ登ってくる。
そしてぎゅっと私の背中に抱きついてきた。
「出発~!」
「クエ~!」
「安全運転でお願いしますね」
「クエッ!」
アヒルさんはゆっくりと陸から離れていく。
やっぱりボートに比べると少々怖い。
生き物だからね。
アヒルさんはゆらゆらと湖の広いところまで移動する。
そして。
「あぁあああああああああああああああああああああああ!!」
一気に加速しやがった。
あとどこにむかってるんだ貴様!
湖から川に入り、どんどん進んでいく。
もはや絶叫マシンよりも怖い乗り物になっていた。
ああ、カモメさんはやさしかったのにな……。
これもしかして海まで行くんじゃないの?
大航海始まっちゃう?
もう大後悔中だけどね。
さっきから一言も声を発しないアミちゃんの方をちらっと見る。
すでに目から光がなくなっていた。
私は守れなかったんだ……。
……まあ、気絶してるだけだが。
やがて川は木組みの街の中に入っていく。
ほう、こんなところにつながっていたのか。
ずいぶんと遠回りしてくれたね。
ちょっと対岸に降ろしてくれたらそれでよかったのに。
もしかして宿まで送ってくれるのかな。
でも君、私たちが泊まってるところ知らないよね?
早朝から街中の川を爆走とか、迷惑極まりない。
あ、橋の上から美人のお姉さんが手を振ってる。
私も元気よく手を振り返す。
あのお姉さん、朝からなんてエッチな格好をしてるんだ。
スケスケじゃないですか。
もう私、大興奮ですよ!
じゃなかったら私、知らない人に手を振るような性格じゃないですし。
もしかしたらあの方はそういうお店の人だったり?
お姉さんはさらに私にむかって投げキッスをしてくれた。
きゃ~!
心がときめいてしまう~!
私の目はきっとハートマークになっているだろう。
あの胸に飛び込みたい。
そう思った瞬間、私の体が宙に浮いた。
アヒルさんがなぜか急停止したのだ。
「キャ~!」
私の体はエッチなお姉さんめがけてすっ飛んでいく。
お姉さんも慌てながら、私を受け止めようと構える。
そして私の顔面は、お姉さんのふたつのやさしさに包まれた。
さすが夢と希望の街。
幸せです。
私はなぜかここで気を失った。




