ありがとう、私の救いになってくれて
そういえばずっと前からヨシノちゃんの笑顔は作り物っぽいって思ってた。
本心で笑っているようにはどうしても思えない笑顔。
過去に何かあったんだろうか。
ヨシノちゃんがこの世界に来た理由。
記憶を持っている意味。
本当は私が何かしてあげないといけないんじゃないだろうか。
「私、あのブラックから解放されて、お嬢様の笑顔を見た時思ったよ、これが本物なんだって」
「それはわかるかもです」
私も雪ちゃんの笑顔には何度も助けられた。
あの笑顔は人を幸せにできる。
それはまるで女神様のようだと思った。
「でも同時に思い知るんだよ、私にはそんな笑顔、絶対できないって」
「……」
「お嬢様だって声が出なかったり、決して幸福なだけの人生じゃないのに」
あの現実世界で本当に幸せだけで生きてる人なんていないだろう。
だからこそみんな願うんだ、神様に。
ありえない世界を。
幸せな楽園を。
「知ってる? お嬢様の声って本当は戻ってるんだよ」
「え?」
それはつまり、声が出るのに話さないってこと?
「どんな理由があるのかわからないけど、いまだにあんな生活をしてる」
「本当に声は出るんですか?」
「歌ってるのを聞いたことがあるから……」
そうか、だからこっちのユキちゃんは声が出るのか。
つまり記憶がなければしゃべることができる。
過去のなにかが雪ちゃんを縛りつけているのか。
もし雪ちゃんが再び声を出せる日を望んでいるのなら、記憶はない方がいいのか?
本当はそれを乗り越えていけたら一番いいのだろうけど。
雪ちゃんの心はそこまで強いのかな。
「なんであの人はあんな風に笑えるんだろう、まぶしすぎるよ」
同じ人間のはずなのに、大きな違いを思い知らされる。
純粋でまぶしい心の光。
それは時に、暗闇に落ちた人の心を貫く矢になることもある。
でも雪ちゃんの笑顔は人を惹きつけ幸せにできるものだ。
それは間違いのない事実。
本人が望むなら助けてあげたい。
こんなところにいる私にできることはないけど……。
「でもね、それはお嬢様だけじゃないんだよね」
「え?」
ヨシノちゃんが私に視線をむけてくる。
さっきまでの遠い目ではなく、しっかりとしたものだ。
「あの会社にいた時、私のささやかな幸せはイチゴさんの笑顔だった」
「わ、私!?」
突然の言葉に驚く。
後ろでアミちゃんが「あわわわ」と焦ったような声を出している。
私、そんな特別なことしてたっけ?
「こどもっぽい笑顔がかわいくて、私の癒しだった」
ヨシノちゃんがふんわりとした笑顔を浮かべる。
初めて見るような表情だった。
「いつも忙しいはずなのに、私たちにはやさしかった」
そんなこと……ないよ。
「ほかの人が怠けててもいつも頑張ってた」
あれはただ頭が回らなくて、目の前のことを必死にやってただけだ。
それくらいおかしくなってた。
「私、ちゃんと見てた、かっこよかったよ」
ヨシノちゃんはそこでいったん言葉を区切り、はっきりとした声で続きを言った。
「ありがとう、私の救いになってくれて」
その言葉を聞いた瞬間に胸が熱くなっていった。
頬を涙が伝う。
ああ、よかった。
頑張ってよかったことがあったんだ。
あの時間は無駄じゃなかった。
今更だけど、こんな風に言ってもらえるなんて。
私はやっとあの地獄から抜け出せたのかもしれない。
「逃げることは悪いことじゃない、逃げてようやく気付けることもある」
「はい……」
「イチゴさん、幸せになってね、それは私の願いでもあるから」
「はい、はい、ありがとう……ございます……」
もう涙が止まらなかった。
なぜだかこっちに来てから泣いてばっかりだ。
でもここが私の始まりになるのかもしれない。
私の幸福への道のり、幸せな日々の始まりに。




