あなたはこの世界に残りたいですか? それとも帰りたいですか?
さっそくゲットしたお汁粉を持って女神様のところへむかった。
女神様……、ユーノさんだったね。
本当にあの家にいるんだろうか。
あそこに住んでるようには見えなかったけど……。
例の家の扉の前に立ち、少し深呼吸。
お願い、いてくださいっ!
思い切って扉を開いた。
「え?」
「あ……」
素早く扉を閉めた。
「どうしたんですか?」
モモちゃんが私の行動を不思議に思ったのか、首を傾げながら聞いてきた。
「いや……、ちょっとやっちゃった……」
何も考えず普通に開けてしまったけど、中でお着替え中でした。
RPG感覚だったよ、ファンタジー世界だから。
しばらくすると扉が開き、衣服を身にまとったユーノさんが顔を出した。
ジト目で私を見ている。
警戒されているのだろうか。
「見ました?」
「見てません」
「何を見てないんですか?」
「何も見てません」
すべて見たけど。
「まぁいいでしょう、わざとではないでしょうし」
「ありがとうございま~す、おいしかったです!」
「やっぱり見えてたんじゃないですか~!」
「あ」
まぁ、あの状況で見えてないという方が無理がある。
「ばっちり心のシャッターを切りました」
「消してくださ~い!」
「そんな、今更じゃないですか~」
ユーノさんが私の肩をつかんで、涙目になりながら揺すってくる。
というか温泉でも遭遇してたでしょうに……。
「はぁ……、もういいです、それで何かご用ですか?」
「え~っと、私いきなり放置されてわからないことだらけでして~」
「うぐっ」
あ、別に責めるつもりはなかったのに、ダメージありのようだ。
いける!
「一度ちゃんとお話を聞きたいなって思ってまして~」
「そ、そうでしたか、とりあえず中へどうぞ!」
「ありがとうございま~す!」
ユーノさんはそこで私の後ろにいたモモちゃんにも気付く。
「あなたもどうぞ」
「ありがとうございます」
……。
中に入れてもらうと、そこは思ってたより普通の家だった。
モモちゃんの家もそうだったけど、基本的には日本の一般的な家と同じだ。
家というか別荘かな。
白い壁やベージュ色のフローリングなど明るい色で統一されている。
玄関がリビングと一体化していて、なんというかオープンな家だ。
着替えが見えたというのはそういう理由です。
こんなところで着替えちゃダメですよ、女神様。
「おふたりとも、ソファにでも座っててください、飲み物持ってきますので」
「わぁ、ありがとうございます!」
私とモモちゃんはソファに腰を下ろして一息つく。
ユーノさんはキッチンへむかい、冷蔵庫を覗いている。
女神様の格好と冷蔵庫、なんだか不思議な組み合わせだ。
ユーノさんがオレンジジュースを注いだグラスを3つお盆に乗せて運んでくる。
グラスを私たちの前に置くと、ユーノさんは私の隣に座った。
あ、隣りに座るんだ。
3人が横並びに座る形になった。
「いただきます」
私はオレンジジュースに口をつけた。
お、この味は果汁100%ですね。
キンキンに冷えたオレンジジュースは格別のおいしさだった。
一口のつもりが半分ほど一気に飲んでしまう。
「……」
「……」
そして謎の沈黙。
しかしそれは決して苦しいものではない。
どことなく幸せを感じる一時だ。
……あれ?
何しに来たんだっけ?
「あ、そうだ、私、お汁粉持ってきたんですよ」
「え? お汁粉……ですか?」
「はい、ユーノさんはお汁粉が好きだって聞いたので」
「私がですか?」
あら?
女神様が首を傾げてますよ?
これは偽情報じゃないですか?
違った、甘いものが好きなだけか。
「確かに私は甘いものは好きですけどね」
そう言って天使のような笑顔でお汁粉を受け取ってくれる。
やはりかわいいなぁ。
天使のような笑顔の女神様って、表現がおかしいかな。
でも仕方がない。
ユーノさん、マジ天使です。
マイスイートエンジェルユーノさん。
「女神様は何が好きなんですか?」
ここで隣で静かにしていたモモちゃんがユーノさんに話しかけた。
その質問に対して、かわいらしく人差し指を顎に当てて考えている。
「そうですね、かわいい女の子が好きですね」
「帰りましょうか、モモちゃん」
「身の危険を感じますね」
「わぁ~、冗談ですから~!」
なんだこの女神様、そっちの方でしたか。
「やっぱりケーキが好きですね、ザッハトルテ」
わ、普通だ……、ザッハトルテ?
「今度来るときは持ってきます」
「いいんですか? 楽しみですね~、ザッハトルテ」
ザッハトルテが食べたいのかな……。
実にかわいらしい女神様だ。
どこかで手に入るだろうか。
何としてでも入手しなければ。
「それで何を聞きたいんでしたっけ?」
ユーノさんが突然話を本題に移す。
そうだった、それを聞きに来たんだった。
「えっと、ここがどこなのかとか、私はどうなったのかなとか……です」
前は何も聞けないまま消えちゃいましたからね、この方。
私としては当然知っておくべきことだと思うんですが。
でもなぜかユーノさんは不思議そうな顔をしている。
目を丸くして首を傾げるその仕草がとてもかわいい。
キスさせて。
「えっと、まずここはどこかですね」
「はい」
「そうですね、ここはあなたのために作られた楽園であり、あなたの夢の世界でもあります」
「夢……なんですか」
やっぱり夢だったのか……。
私はあの温泉でこの人にぶっ飛ばされて、気を失って、夢を見てるということ?
「ただ夢を見ているわけではありませんよ、私たちが楽園になるように管理してますから」
どういうこと?
「つまり、幸せな夢を見せてくれてるということですか?」
「少し違いますが、そんな感じです」
そんな感じなんですか。
「そして現実のあなたの時間は、あの瞬間に止めてあります」
あなたにぶっ飛ばされたあの時ですか?
「なので、あなたはこの幸せな夢を永遠に見続けることができます」
「うむむ……」
それは本当にいいことなのか。
今が幸せでも、それは結局ただの夢で。
夢から覚めたら消えてしまうような偽物じゃないか。
でもずっと夢が続くならそれは本物とも言える気もする。
私は永遠の幸せを手に入れることができる……。
「ちなみにこれが現実世界のあなたの現状です」
「きゃあああああ~!?」
ユーノさんがどこからか取り出したタブレットに、私の画像が映し出されている。
その姿は、全裸で大の字になって温泉に浮いているという衝撃的なものだ。
「いますぐなんとかしてくださ~い!」
「大丈夫ですよ、時間止まってますから」
「あ、そうでした、なら別に大丈夫……?」
「そうです、大丈夫です!」
ちょっとユーノさん、なんで画像拡大したんですか?
「なんかこれ見てたら胸とか股がスースーしてきたんですけど……」
「まぁ現実には何も着てないですから」
今は着てるんだから関係なくないですかね。
「それよりも一度聞いておきたいことがあります」
「はい、何でしょう」
「あなたはこの世界に残りたいですか? それとも帰りたいですか?」
「えっと……」
帰りたいかどうかか……。
正直なところ、帰りたいと思った。
でも帰ったところでどうなるのか。
雫さんたちに会えなくなるのは辛いかもしれない。
けど、みんなが支えてくれたにも関わらず、私は現実に負けた。
あそこで幸せをつかむことは本当にできるのだろうか。
いつまでも雫さんたちに甘えているわけにもいかない。
最後の旅行は確かに楽しくて幸せな時間だった。
でもそれは一時的なものだ。
また日常が始まれば私は……。
私はあの世界で幸せに生きられる自信はない。
でもこの世界は夢なだけあって本当に楽園だ。
食べ物には困らないし、お金も現時点で十分足りているだろう。
それに私との記憶はないけど、モモちゃんやシズクさんもいる。
なぜか好感度の高いユキちゃんもいる。
ユーノさんもいる。
みんなやさしいしかわいい。
あとは私がこんな都合のいい展開を受け入れるだけ。
幸せになることを選べばいいだけだ。
「……」
なのになぜ即答できないんだろう。
やっぱり私はみんなの所に帰りたいのかな。
苦しかったとしても、それでも大好きな人たちと一緒にいたいのかな。
悩む様子を見て、ユーノさんは私の頭をやさしくなでながら言った。
「別に今決めなくてもいいんですよ」
「ユーノさん……」
「そうですね、一度この世界のいろいろな所を旅してみてはどうですか?」
「旅……」
「旅をしてみれば、もっとここを好きになれるかもしれません」
そうだ、まだ私はこの世界を全然知らない。
少しこの街を歩いただけでも、こんなに悩むほど素晴らしい世界だ。
「その先々でまた新しい出会いがあるかもしれません」
そうだ、これから大切に思える人と出会えるかもしれない。
それにユキちゃんのあの好意はこちらの世界だけのような気がするし。
「ユーノさん、モモちゃん、私、旅をしてみようと思います!」
「おお~!」
モモちゃんが私の決断を拍手で称えてくれる。
「では私からもう一つ提案したいことがあります」
「はい、何でしょう」
「せっかく旅をするのでしたら、地図にあるこの3ヶ所でお参りをしてみてください」
ユーノさんはタブレットに地図を表示し、ある地点を指差す。
「この場所でお参りですか?」
「はい、お参りするとスタンプが貰えますので、3つ集めたらまたここに来てください」
なんだ、スタンプラリーか?
「それを集めたら何があるんですか?」
「ここからさらなる楽園への道が開かれます」
さらなる楽園……だと?
ここよりもさらに楽園なのか。
一体どんなところなんだろう。
「その楽園なら、たくさんの女の子と『バキューン』することもできますよ、多分」
「マジですか、多分って聞こえましたけど、そんな夢みたいな話が……」
「だって夢ですから」
あ、そうか。
「もしかして、ユーノさんと『ピーポーパーポー』することもできますか!?」
「え、私ですか?」
私はニヤッとした表情を浮かべ、意地悪な質問をしてみる。
「ま、まぁ、本気で望まれれば『ヴォオオオオオ』することもやぶさかではないです……」
「やっほーい!!」
まさかの了承を得ることに成功した。
いや~、ユーノさんは意外と破廉恥な方ですね。
ちょいちょい会話の中で感じることはあったけど。
「ひどい猥談だ……」
モモちゃんがほんのり頬を染めながら目を反らしている。
ごまかすようにチビチビとオレンジジュースを飲む姿がかわいい。
「ああ、こういう会話って楽しいですね」
ユーノさんが生き生きとした表情で話す。
変態確定である。
ちょっと行き過ぎな気もするけど、親しみやすい女神様だと思う。
「よ~し! ユーノさんと『ピッカーン』するために、その場所でお参りしてきます!」
「うふふ、楽しみにしていますね」
「頑張ります!!」
私はウインクをしながら横ピースをする。
それを見て、ユーノさんも同じポーズを返してくれた。
かわいいよ~!!
惚れてしまう~。
「あ、これ渡しておきますね」
「何ですか?」
ユーノさんがとんでもないところから、あるものを取り出した。
それはスマートフォンのように見える。
私が持っていたのと同じ機種だ。
「これ、実はあなたのスマートフォンなんですけど」
「あ、やっぱりですか?」
私のは結構マニアックな機種ですからね……。
「この世界に合わせて、調教しておきました」
「ありがとうございます……」
調……教?
さっそく立ち上げてみると、あらびっくり。
ロックスクリーンがユーノさんのステキ画像になっていた。
テンション上がる~!
さらにさらに、ロックを解除すると服が吹っ飛びました。
ふぉ~!!
なんだなんだ!?
「ユーノさん……、これは一体……」
「きゃっ、イチゴさんのエッチ!」
「えぇ!? これやったの、ユーノさんですよね~?」
やっぱり見られたい人なのかな、この人……。
私としては好都合だが。
「えっと、まぁこのスマホは返してもらうとしまして、なぜ今これを?」
「その中に、旅をするのに便利なアプリをいくつか入れておきました」
「本当ですか、ありがとうございます!」
確かめてみると、見たことのないマップアプリなどが入っていた。
ショッピングやメッセージのアプリも見慣れないアイコンだ。
この世界専用というわけですか。
楽しそうな感じがしてきましたね!
「あとは少し注意点を話しておきます」
「注意点ですか?」
「はい、ここは一応あなたの夢からできた世界って言いましたよね」
「そうですね」
「なので、私たちが完全にコントロールできるわけではないんです」
「えっと……、つまり?」
「何が起きるかわかりません、ということです」
「えぇ~、怖いですぅ~」
「まぁ、楽園であることに変わりないので、そうそう危険なことはないかと、多分」
多分って聞こえましたけど、そうですよね、楽園ですからね。
「何が起きても自己責任でお願いします!」
「なんて無責任!?」
わざわざそれを言うってことは、なにかあるって言ってるようなものじゃないの?
「そんなことより、もう1点の方が重要です」
「はい」
「実は、元の世界に戻りたい場合だけ時間制限があります」
「なんですかそれ!?」
つまりここにはいくらいてもいいけど、帰れなくなるよと?
やめてよ、私は時間制限とか嫌いなんだよ~!
あと、追いかけられて逃げるゲームとかも嫌いなんだよ~!
や~め~ろ~よ~!!
「といっても、3ヶ月くらいありますから、焦ることはないですよ」
「3ヶ月……」
長いような、短いような……。
この間に戻りたいと思うかどうかか。
「あ、すみません、もうひとつありました」
「まだあるんですか……」
「ふふふ、別に悪いことではありませんよ、この世界の特徴でして」
「ほう」
「これは他人と夢が繋がるという現象なんですけど」
夢が繋がる?
「他の誰かもこの夢を見る可能性があるんです」
「え、私の夢をですか?」
「その場合は2人の夢ということになりますけど」
え~、やだ~。
気持ち悪い~。
勝手に見んなよ~!
「その方はイチゴさんのお知り合いの範囲ですけどね」
「ああ、それなら、まぁ……」
ここで見かけてない知り合いなんてたかが知れてる。
というか、いたかな?
なんせ友達が少ないもんで。
「その方は現実での記憶を持っていますので、お話されるといいと思いますよ」
「そうですね~」
後ろ向きに検討しよう。
「よ~し! さらなる楽園、目指してみますか~!」
私は両手を挙げながら気合を入れ直す。
「おお~!」
モモちゃんも同じポーズをとった。
あなたは行かないでしょうに。
「それじゃあ旅の準備を始めるとしますか」
「がんばってくださいね」
「はいっ!」
ユーノさんに応援されたら、なんだか元気になれるよ。
「まずはここを目指すことをおすすめします」
「夢と希望の街……ですか」
初めての目的地としてはいいかもしれない。
そのままな名前がまたいいよね。
「そこそこ遠いので出発は朝早くがいいと思いますよ」
「それじゃあ、今日は1日準備にあてますか」
旅はしたことないし、ここはユーノさんのおすすめどおりにしておこう。
「イチゴさん、私も1日付き合いますよ」
「いいんですか、モモちゃん」
「はい、本当は一緒に行きたいくらいですけど」
「うぅ~、モモちゃん! せめて写真だけでも連れて行きます!」
私はモモちゃんにスマホのカメラをむける。
「私も脱いだほうがいいですか?」
「モモちゃんはそのままで! でも投げキッスお願いします!」
「チュッ!」
「グハ~!」
素敵な写真をゲット。
これで当分生きていけるわ~。
「それじゃあユーノさん、そろそろ帰ります」
「はい、またいつでも来てくださいね」
「やった~!」
「また猥談しましょうね~!」
「は~い!」
私たちはまるでお友達同士でするみたいに胸の前で手を振った。
「なんだ、この人たち……」
モモちゃんの呆れたようなつぶやきが聞こえた気がする。
きっと気のせいだろう。




