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 あとに残った若者たちは、毒気を抜かれてその場に突っ立っていた。それから、のろのろと腰掛けに戻り、どちらも無言のままで焚き火を眺めた。


 空気を通す隙間をつくって組み上げられた枝々が、順調に炎を移し合って燃えている。

 表皮がはぜる乾いた音を聞きながら、ラキスがぽつりと呟いた。

「……言い過ぎた」 

 目を上げたディーが、軽いため息をついて応じた。

「お互い様だ……おれも言い過ぎた。言いたかったのはつまり」

 受けた忠告を無駄にしないことにしたらしく、わずかに口調をやわらげて続ける。

「──命を大切にしろってことだよ。それだけだ」


 している、とラキスが答えた。こちらも素直な言い方だったが、ディーの同意は得られないようだった。

「どこが? 儀式もなく勝手に召喚しただろう。即死してもおかしくなかったってのに、無茶しやがって──」

「無茶をしたわけじゃないよ」

 ラキスの声は淡々としていたが、確信的な響きがあった。

「制御できると思った。そして成功した。おれは炎に求められたんだ」


 ギルドに登録されないまま、自分の腕一本で世渡りしてきた若者の顔を、ディークリートはじっとみつめた。そして、相手の中に揺るぎないものをみつけたらしく、なるほど、と呟いた。

「炎に求められたから……もう姫様に求められなくても生きていけると言いたいわけか」


 ルイサたちが出て来る前に言われたら、かなり気に障る台詞だったかもしれない。だが、言ったほうも言われたほうも、けんかする段階をすでに通り越していた。

「どう思ってもいい。いま説明する気はないよ」

「おれもいまは結構だ」

 ディーが肩をすくめてみせる。それから視線を下ろして、ラキスの腰元あたりを見やった。

「剣……見せてもらってもいいか?」


 ラキスはうなずくと、ふたたび立ち上がって火のそばから数歩離れた。大地からの承認を受けた魔法の剣を、暗闇に向けてゆっくりと引き抜いていく。

 ディーも席を立ってかたわらに並び、二人で声もなく、闇に浮かんだ剣の美しさに見入った。

 透明な剣身を貫く細い光は、焚き火の明るさにくらべれば、あまりにも淡くはかなげに見える。

 けれど、それでいながら消え入る気配はまったく感じさせないのだった。移り住んだばかりの居場所を確認するかのように、ちらちらと軽く瞬いている。


 と、その瞬きがふいに揺らいで、剣身の中で小さな火花が散った。火に絡まれた焚き木が軽くはぜるように、一瞬の光が明滅する。

 二人は思わず顔を見合わせた。同時に、ディーの左手が自分の腰に刷いた魔法剣の柄に触れた。同じように中の炎がはぜたのを、感じとったらしい。

 反応している……何に?

 ディーがうさん臭そうに眉を寄せて、ラキスのほうに目を向けた。

「まさか、おまえに反応しているわけじゃないよな?」

「ちがうと思いたいが……」

 ちがう。もっと下だ。二人はさらに視線を下げたが、剣は何ごともなかったように静まり返っている。通り過ぎていった何かを、軽く反射させただけなのかもしれない。


「ディー」

 忘れていた重大事を思い出したラキスが、急に声を強くするとディーに向き直った。

「この土地のせいだ。森から瘴気が流れ込んでる。ジンクたちを避難させたほうがいいし、エセルも──エセルも移動させないと。姫君が長くとどまる場所じゃない」

「……たしかに」

 大げさ過ぎると言われるかと思いきや、ディーは考えこむような調子で同意した。それから記憶をたどるようにゆっくりと、ラキスがまるで予想していなかったことを話しはじめた。


 それによると、マリスタークで衛兵をしている間に、彼は何度かドーミエの噂話を聞く機会があったのだという。

 大半は、森に魔物がいるだの瘴気が渦巻いているだといった噂で、これはまあ放っておいてもそんなに問題があるわけではない。

 森の奥に、たとえ魔物が棲みついていたとしても、外に出て来ない限りはいないのと同じだ。どんなに瘴気が強くても、まわりに流れ出てこない限りそれほど恐れる必要はない。

 広大な森の奥深くまで、人間が入り込むわけではないからだ。

 だが、つい先日、偶然耳にした話は、それとは少し毛色がちがっていた。やけに印象に残ったその会話は──。

「森の中に入っていくと、まるで人が魔物になったみたいに残虐なことをしたくなる、というものだった」

「……」

「酔っ払いたちのいい加減な会話だから、真偽のほどはわからない。でも、みんなを移動させるべきだという意見には、おれも同意だ。もちろん、姫様もすぐに」


 ラキスは口をきかなかった。脳内で意味がかたちを成すのに、一呼吸必要だったからだ。そして成したとたんに、息が詰まった。

 凄残なあの日の記憶が、封じ込めている場所からあふれ出してこようとする。呑まれないように唇をかみしめると、剣の柄を握ったままのこぶしがふるえた。

「……カーヤ……」

 無意識に出た呟きを、ディーが受け止めてうなずいた。

「事件があったことは聞いている。ちょっと調べてみたんだが、主犯として捕えられた学者は裁判でわめいていたらしいな。森に入ったら頭がおかしくなった、本気で殺すつもりではなかったと。裁判官たちは、言い逃れにもほどがあると憤慨したらしいが」

「あたりまえだ!」 

 焚き火の炎が揺れるような勢いで、ラキスが怒鳴った。

「無理やりさらっておきながら、本気じゃなかっただと? ふざけるな。半魔なんて殺してもいいと思っていたくせに」

「そこまでは聞いてない」

「聞かなくたってわかるだろ。それから主犯は学者じゃない。コンラート・オルマンドだ。あの男がカーヤとドナを」


「……長話してると、のどが渇かないか?」

 ラキスの態度をじっと見ていたディーが、いきなり場違いな言葉でさえぎった。

「まずは怒鳴るのをやめて剣をしまえよ。それから何か飲み物でも持ってこよう。食べ物も」

 ラキスはまじまじと相手をみつめた。聞きちがいかと思ったが、冗談を言っているわけではなさそうだ。

「何をのんきな……」

「いまあせっても仕方ない。さっさと寝ちまいたいところだが、あいにく、おまえに話しておかなきゃいけないことが、まだ残ってるんだ。どうせ長くなるだろうから、腹ごしらえでもしよう」


 この家に食べもんなんてあるのかな、などと、静まり返った一軒家を振り返ってディーが続けた。

 ラキスは彼をにらみつけ、これはおれの気を静めようとしているのか、それとも本当に腹が減っているのか、どっちだろうと考えた。

 しかし、わかるわけもなかったため、言われたとおり剣を鞘におさめてから、しぶしぶ口をひらいた。

「ビスケットならいっぱいあるぜ。この家は、それだけは切らしたことがないんだ」



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