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歓談しながらの食事は和気あいあいとすすんだが、食後にはやはり、今後についての話題も取り上げなければならなかった。
明日が平穏な一日にならないであろうことは、チャイカとドニー以外の誰もが、一応承知している。マリスターク側の警備担当であるディーが語った話を、一同は神妙な顔つきになって聞いていた。
ディーによれば、マリスタークで組織された王女捜索隊は、もうとっくにレントール川を越えている。だが隊はここドーミエ・シザではなく、もっと北に位置する別の集落に向かったそうだ。
広大な森の周辺には、有翼の民のつどう小さな集落があと二つあり、それぞれが炭焼きで生計を立てていた。しかし、そこでつくられる炭はろくでもない出来だったし──ジンクによれば──住民たちの素行となると、さらにろくでもないものだった。
それで警備隊も、乱入騒ぎはそちらの人々の犯行であると、あたりまえのように思い込んだらしい。皆がこうして夕食を楽しむことができたのも、そんな思い込みのおかげなのだ。
だが、現地に行って調べてみれば、勘違いは当然すぐに正されるだろう。今日は何事もなかったが、おそらく明日の昼頃までには、仕切り直した兵士たちが腹を立てながらこちらにまわってくるにちがいない──。
そんなふうに村人たちに説明している昔馴染みの姿を、ラキスは口を閉ざしたまま、じっと眺めていた。初耳である話も多かったのだが、眺めるうちに複雑な感情が湧き上がり、しだいに聞くことに集中できなくなってきた。
ディーはどういうつもりでここに来たのだろう。単独行動をしているらしいが、衛兵としてマリスターク伯爵と契約しているはずだ。こんなところで暴漢たちと打ち解けていて平気な立場だとは思えない。
以前、彼に会ったのはいつだっただろうかと、ラキスは思い返してみた。たしかカザルスかどこかで開催された星祭りに立ち寄ったときに、たまたま顔を合わせたのが最後だったと思う。二年ほど前のことだ。
あのときとくらべると精悍さと落ち着きの両方が増して、一段と魅力ある雰囲気を身につけた。もともと人目を引きつける容姿だったが、使い手としての経験を積んで自信がついてきたのだろう。
ディーは、正式にはディークリートという名だったが、実は非常に由緒正しい家柄の生まれだった。しかしあいにく、本妻の子どもではなく庶子だということで、親族会議のあげく、コルカムのような片田舎で過ごすことになったらしい。
嫡子と庶子と何がそんなにちがうのか、正直言って、いまでもラキスにはよく理解できない。だが、かつてディー自身が語った言葉によれば、両者の間には天と地ほどの違いがあるそうだ。
そうは言っても、養父母が魔物に呑まれて命を落としたあと、残された少年たちのところに血相変えて飛んできたのは、事情を知った本家の一族たちだった。そして半魔の子には見向きもせず、庶子だけをあっというまにコルカムから連れ帰っていってしまった。
要するに血筋というのは、それほどの価値があるものだというわけなのだろう。
その件についてラキスが本家に腹をたてたり、またディーの境遇をうらやんだりしたことは、当時から現在にいたるまで一度もないと言い切れる。
小さい頃からなんとなく、ディークリートという少年はいつかは実家に帰っていく存在なのだと知っていた。ある日急にやってきたから、また急にいなくなっても仕方がないと思っていたのかもしれない。
カイルたちですら、そのように覚悟しているふしがあるのを、感じとってもいた。
実家など大嫌いだと言っていた少年は、帰ったその後は、結局父親と同じ炎の使い手になる道を選んだ。そして正規の使い手となってからは、自力で実力をつけ、実家には足を向けずに魔物狩りに精を出していた……はずなのだが。
よりにもよってマリスターク伯爵の配下になっているなんて。契約する相手もちゃんと選んでいないのか?
思わず険しい目つきになって、幼馴染をみつめていると、それに気づいたのか向こうも短い視線を返してきた。馬止めで剣を振ってきたときと同じように、きつい眼差しだった。
どうやらお互いに、問い詰めたいことを抱えているようだ。だがそれをするには、二人だけになる時間を待たなければならなかった。




