13(コボルト)
追加のビスケットは、エセル姫の口には結局入らなかった。
というのも、そばに立って待っていたほかの子どもたちが、次は自分の番だと主張してきて、ちょっとした争いになったからだ。
年齢も性別もばらばらの子どもたちだったが、後ろの襟ぐりを大きく開けたチュニックの背中には、もれなくみんな黒っぽい飛膜の翼を生やしている。
ただ、チャイカのものほど大きくはなく、きちんとたたんで縮めているので、前から見ればそれほど目立つ感じはしない。表情も動作も生粋の子どもたちと何ひとつ変わらず、遠慮なく言い合う様子だってまったく同じだ。
エセルは、すべての贈り物を受け取るための覚悟をかためはじめたが、それを実行に移す前に、別の引き取り手があらわれた。子どもたちの一人がはずみでお菓子を落としたとき、地面近くでそれを受けとめたものがいたのだ。
豆粒ほどの小さな両手で、落ちてきたビスケットをはっしと受けたのは、いつのまにか足元につどってきていたコボルトたちだった。
コボルトは、エルフと同じく子どもの掌にちょうどのる程度の大きさの妖精で、羽根はもたず、完全に人と同じかたちをしている。くすんだ赤の三角帽子と短い胴着が目印で、草むらなどにひそんでいると、野苺とまちがえてしまいそうだ。
城内や町なかのように栄えた場所ではめったに見ることができない存在だったので、エセルは思わず感動しながら呟いた。
「まあ……小人さん」
田舎育ちの子どもは見慣れているらしく、驚きもせずにあわてて落とし物を取り戻そうとした。そこに、後ろからのぞきこんできたジンクの大きな声が割り込んだ。
「おっ、コボルトか、ちょうどいい」
うれしそうに目を光らせると、子どもたちの手にある食料を見やって指示を出す。
「そいつを全部コボルトにくれてやれよ。おまえらにはあとで別のをやるからさ」
続いて、小人たちを見下ろしながら、
「おい、ビスケットは持って行っていいぜ。そのかわり、おれの家の掃除を頼む。南の角部屋をとくに念入りにやるんだ。お姫様に泊まってもらうんだからな」
小人たちは頭領の顔をじっと見上げたあと、上からおりてきたビスケットを黙って──こういう存在はまずしゃべらない──受け取った。そして、ひとり一枚づつを両手でかかげながら早足で歩き出し、あっというまに草やぶの中に入っていってしまった。
興味をひかれたエセルが、草やぶをそっとかきわけてみたが、なぜかそこには草以外のものは何も見えない。小さな妖精と近しい生き物であるにちがいない子どもたちが、なんのふしぎもないような声で明るく叫んだ。
「お掃除しに行ったんだ!」
次に子どもたちがしたのは、小人の仕事を確かめるのが自分たちの役目だとでもいうように、いっせいに頭領の家に向けて駆け出すことだった。一人だけビスケットを握ったまますわっていたチャイカも、つられるようにハタハタと飛び上がる。
「あんたたち、邪魔しちゃだめだよ。せっかくコボルトたちがやる気になってくれたんだから」
あわてたようなルイサの声が、そのあとに続いた。子どもを止めるためなのか掃除の監督をするためなのか、ジンクたち大人までがあとを追いかけて走り出す。
最低限の草刈りだけをすませた広い前庭を、有翼の子どもたちと大人たちの黒い背中が、入り混じりながら遠ざかった。
あら、短い……しかも童話。




