序章
炎が天を焼いている。
風に巻かれ飛散した火の粉が家々に飛び移り、村は瞬く間に炎にのみこまれていった。
巻き上げられた火炎は日の落ちた空にうねるように立ち昇り、さながら猛る龍のようであった。
辺りに人影はない。あるのは動かなくなった人型の肉塊だけである。
老若男女の区別もない。切り刻まれた死体と、ところどころに転がる衣服の乱れた女の死体は、この場所で凄まじいまでの殺戮と陵辱があったことを物語っている。
もしもこの世に地獄というものがあるのなら、あるいはここがそうであるかもしれなかった。
燃え上がる家々そのうちの一軒に、一人の少女がいた。
一体何をしているのであろうか。
凄まじいほどの熱気が渦巻くその場所で、避難するでもなくただ呆然とその場に座しているのである。
少女の目の前に、一人の人間がいた。いや、正確には人間だったもの、というべきであろう。
少女より幾分年上に見えるそれは、露にされた両の乳房の真ん中を剣で貫かれ、柱に縫い付けられたままの形で絶命しているのである。
酸鼻、という形容すら足りない。
足は地から浮いており、両腕はだらりと垂れ下がっている。わずかに首を傾げるように俯いたその視線は、まるで足下の少女へと向けられているかのようでもあり、ともすれば二人の少女は燃え盛る炎の中で見つめ合っているようでもあった。
焼け落ちた梁がけたたましく爆ぜている。
少女の顔にはまるで生気がなく、魂の抜けた人形のようであった。
あるいは本当に人形であるのかもしれない。
燃え盛る火炎の中でただ呆然と座すことなど、果たして人間にできるものなのであろうか。
が、少女はなおも逃げようとする素振りを見せない。
次の瞬間、大きな音とともに燃え上がった梁が少女の頭上へと落ちてきた。
家々は崩れ落ち、少女もまた炎と黒煙の中に沈んでいく。
炎の勢いはますます盛んになっていく。
その後この炎は三日三晩燃え続けた。
灰燼に帰した村はやがて地図の上からも姿を消した。




