第59話 廻り出す世界
「長く待たせて済まない。クジョウ殿」
「――いえ」
トルビィオの言葉に、響輝は短く答えた。
レナと三院長からの聞き取りがひと段落ついてから少しして、三院長とレナだけが呼ばれて数時間。
待ちくたびれかけた頃、やっと呼ばれたのだ。
様々な表情をした文官や護衛、感情の窺えない首脳陣と〝勇者〟たちに迎えられ、ちらり、とレナたちを見た。
(……悪い方には、いってないか)
その表情から察し、響輝は内心で一息つく。
「急な申し出にも関わらず、模擬戦を引き受けてくれてありがとう。怪我もひどいものではなかったとは聞いているが――?」
「はい。特に問題はありません。イリタブールさんの方は……」
問題はないと思うが、一応尋ねると「彼も大丈夫だ」と答えが返って来た。
「貴方が治療してくださったようね。ありがとう」
ルチリエの言葉に「いえ……」と響輝は小さく頭を左右に振った。
国王に視線を戻すと、話を続けた。
「模擬戦の内容についてだが、この世界とは異なる魔法を直に見せてもらうことは、いい刺激になった。興味深い魔法具――いや、魔術具だったかな? その発想にも驚かされた」
「〝使い魔〟を〝魔儀杖〟に付与したことですか……」
頬に視線が突き刺さるのを感じながら、少し困ったように笑った。
「思い付きの――ただの試作品です。既存の魔術を基に構築してみたのですが、魔力を流す回路が甘かったようで……お恥ずかしいところをお見せしました」
「いや。私たちにはない発想だったからね。先に教導院から理論は聞いていたが、実際に見るとでは実に興味深いものだったよ――先ほどの魔力もね」
「………」
最後の言葉に、響輝は小さく頭を下げた。
「色々と聞きたい事もあるが、ひとまず、君の希望のことだ」
「………」
「君の実力を見せてもらい、私たちも色々と話し合ったが――」
そこまで言ったところで国王は笑みを消し、真っ直ぐに響輝を見つめてきた。
「教導院と同様に私たちも手を貸そう、君がこの世界を自由に知れるように」
「! ありがとうございます」
僅かに和らいだ響輝の気配を察してか、ただ、と釘を刺すように言葉を続けた。
「一つだけ、私たちからも頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか……?」
僅かに周囲の気配が変わったことに、何だ、と内心で小首を傾げた。
「君にではなく君たちに、だが――」
「?」
国王のその言葉の意味が分からず、響輝は目を瞬いた。
***
〝お披露目〟とその後の会談――〝旅〟に関したもの――が無事に終わったが、響輝はテスカトリ教導院に帰らず、王宮内の図書室に入り浸っていた。
それは、まだ少しだけ細かな打ち合わせがあるという三院長たちに合わせた結果だった。
各国の首脳陣たちも残っていたが、〝勇者〟たちは一足先に帰国していた。
―――『クリオガ』
「『クリオガ』を訪れた際は、是非とも〝第一の森〟を案内したいな」
帰国するのを見送りに来た響輝に対し、ウィツィロは、にやり、と笑いながらそう言った。
「ええ。貴方となら面白そうだわ」
サリティリアも銀の冒険者のその言葉に艶やかな笑みを浮かべて、同意する。
「〝第一の森〟に、ですか?」
二人からの思わぬ誘いに、響輝は問い返した。
『クリオガ』の〝森〟の中で、最も魔素に満ちた〝第一の森〟。
そこに棲む魔物たちは、他の〝森〟とは比べ物にならない程に強い。
もちろん興味はあったが、そこでの依頼を受けられるのは冒険者でも高位の者たちだけ。
第八階位冒険者では行けないため、もしかしたら〝勇者〟としてなら、と考えはいたのだ。
行けるかどうかは、三院長たちとの交渉しだいだと――。
「ああ。興味はあるだろう?」
「貴方の実力なら、都市長たちも了承すると思うわ」
「ええ、まぁ……物凄く、興味はありますが――」
内心を見透かされているような気がしつつ、響輝は頷いた。
二人が連れて行ってくれるというのなら、否はない。
「そうか。なら、話を進めておこう」
「期待していてね」
我が意を得たと言わんばかりの笑みを二人に浮かべられ、「あ。はい」と響輝は頷いた。
(マジで交渉してくれるのか……笑顔で押し切りそうだな)
満面の笑みを浮かべた二人に、有無を言わせない無言の圧力を感じた。
(……〝第一の森〟なら、一応、準備しておいた方がいいな)
―――『シドル』
「クジョウ君!」
響輝の顔を見るとオネットは、ぱっと顔を輝かせて駆け寄って来た。
「もしかして、見送りに来てくれたの? ありがとう!」
「いえ……」
「あ。一つ、聞きたいんだけどね? あの模擬戦で使った魔術具――あっと魔法具かしら? また、作るわよね? ね?」
響輝が言葉を続ける前に、グイグイ、と近づいてくる緑の魔具工。
身を引きつつ、はい、と響輝は頷いた。
「一応、作りますけど――」
「本当! じゃあじゃあ、こっちに来た時、それ絶対持って来て欲しいんだけど! じぃーっくり見たいから!」
お願い、と緑の魔具工は顔の前で手を合わせ、頭を下げた。
「そ、それは大丈夫ですけど」
おいおい、と響輝はとっさに周りに視線を巡らせた。
周囲から注目を浴びていないこと――視線を向けられていてもどこか呆れた様子が伺えたこと――にほっとし、緑の魔具工に視線を戻した。
「その時は、存分にどうぞ」
「ありがとう!! お礼に私のとっておきを見せてあげるわ!」
ぱっと顔を上げると、満面の笑みを浮かべていた。
その顔を見て、クリラマと同類だな、と頭の片隅で呟く。
「絶対持って来てね? 約束よ? 忘れないでよ?」
「オネット……そろそろ、時間だ」
何度も念押しするその様子に、少し離れた所に立っていたタシテュールが呆れた視線を向けてきた。
「うっ………はーい」
びくり、と肩を震わせた緑の魔具工は、肩越しに薄茶の魔刻師を見た後、しぶしぶ頷いた。
(………いくつか、余分に作るか)
「じゃあ、またね!」
ヒラヒラ、と手を振りながら、薄茶の魔刻師に歩む緑の魔具工に響輝は会釈を返し、
「……?」
ふと、薄茶の魔刻師と目が合った。
「………」
「………」
数秒ほど見つめ合うも薄茶の魔刻師は口を開くことはなく、小さく一礼して背を向けた。
(………飛びかかった件が原因、だよな)
ぽりぽり、と頭を掻きつつ、響輝は嘆息した。
緑の魔具工によると、普段から口数は多くないらしい。
今までチラチラと視線は感じていたが、結局、話しかけて来ることはなかった。
(アレについて聞くのは………やっぱ、無理だよなぁ)
響輝はその背中――その身に刻まれた刻印を思い出して目を細めるが、追求したい気持ちを振り払うようにそっと瞼を閉じた。
―――『トナッカ公国』
「我が国を尋ねられた際は、また手合わせを頼みたい」
「ええ。是非、お願いします」
テオフォルが差し出した手を握り返し、響輝は頷いた。
数秒ほど、彼はこちらを見つめていたが、響輝が声を掛ける前に手を離した。
さっと身を引いた常盤の貴公子に代わって、ゼヴィータが前に出て来たので、彼とも握手を交わす。
「――ならば、その時は私も参加したいものだ」
「! はい。私も、ぜひお手合わせ願いたいです」
一瞬、社交辞令か何かかと思ったが、真剣な目に響輝は微笑を返して頷いた。
藍の魔法師長は、合成魔法の使い手だ。
彼と手合わせをするとなると、常盤の貴公子とはまた違った楽しみがある。
「正直なところ、我が国で色々と魔法のことを知ってもらいたいが――」
仕方ないか、と藍の魔法師長は呟いた。
(あー……)
響輝がどう答えようかと考えているうちに、
「くれぐれも、旅には気をつけるように――」
藍の魔法師長の感情を窺わせない瞳の奥に真剣な光を感じ、「はい。分かっています」と強く頷きを返した。
「では、また会える日を楽しみにしている」
―――『ナカシワト』
「―――いずれ、訪ねて来ることを待っているわ」
ソレファラは響輝に一瞥を向け、一言だけ告げると、スタスタと歩き去っていった。
「はい。また――」
響輝はその背に返事をしたが、彼女に聞こえているかは分からなかった。
しばらく背を見送り、すぐ隣に佇むもう一人の〝勇者〟――ハーティスに振り向いた。
彼は視線を向けられたことに気付くと、少し困ったように笑った。
「あまり、気を悪くしないで欲しい。アレが素なんだ」
「……いえ。そんなことは、決して」
思っても見なかったことを言われ、響輝は首を左右に振った。
そうか、と白藍の魔剣使いは小さく頷き、
「君には、随分と興味を持っているのだが……」
「――え?」
かなり素っ気なかったので、響輝は素で聞き返した。
(アレで、か……? 滅茶苦茶、塩対応だったのに?)
驚いて目を瞬く響輝を見て、白藍の魔剣使いはふっと口元をほころばせた。
「今代の異世界の〝勇者〟が第一階位魔法師クラスと聞いて、興味を持たないわけがない――第一階位魔法師として、な」
「………そうだったんですね」
何とも言えない顔をして、響輝は白銀の魔法師が去った方向を見た。
白藍の魔剣使いもそちらをちらりと見やった後、また、響輝に視線を戻した。
「恐らく、事前の取り決め通り、我々の国を来訪するのは最後だろう。君たちを迎え入れるにあたって、色々と準備が必要になったからな」
そうですね、と響輝は同意した。
召喚の時期は決まっているので準備は進めていただろうが、界導院長の申し出で予定が変わったところに魔界王子の同行だ。
(先代と会うのも返事が遅かったみたいだし、アレはなぁ……)
それに『ナカシワト』には魔界へ通じる〈門〉がある。
色々と、調整することが多いのだろう。
「この〝世界〟に興味を持ってくれたのは嬉しいが、あまり、無理はしないようにな……」
前髪の下から覗く白藍色の瞳を見返し、響輝は強く頷いた。
―――『オメテリア王国』
テスカトリ教導院に帰還する前日。
いつもなら図書室に向かっているところだったが、その日は二人の来客を迎えていた。
「貴重な時間を貰ってごめんね」
「すまない……」
「いえ、大丈夫ですよ」
響輝は正面に座る二人――クランジェとミゼラルドに小さく頭を左右に振った。
「つい、時間を忘れて図書室に入り浸ってしまうので……」
苦笑交じりに言いながら二人を交互に見たあと、
「それで、お話というのは?」
そう問いかける。
「―――」
つと、赤銅の騎士がクランジェを見たので、響輝もそちらに視線を向けた。
どうやら、話があるのはクランジェの方らしい。
「少し聞きたいことがあってね。差し支えなければ、教えて欲しいのだけど……」
「聞きたいことですか? それは構いませんが……いったい、どの様なことを?」
いくつかある心当たりを脳裏に浮かべつつ、響輝は先を促した。
ありがとう、とクランジェは礼を言い、
「その前に、一つ確認してもいいかな?」
「何でしょうか?」
「ケイの〝力〟が〝顕の巫〟と呼ばれていることは――?」
「はい。舞踏会で伺いました」
〝誰〟から聞いたのか、響輝はその相手の名前を告げずに頷きを返すと、クランジェは小さく笑った。
「君は、一目で気付いたと聞いて驚いたよ」
クランジェも相手の名前を言わなかったが、互いに同一人物のことを示していることは分かっていた。
「私の〈魔眼〉は、そういうモノですから。ただ、直に見ない限り、そうだと分からないのですが……」
ぽりぽりと頬を掻きながら言う響輝を「それでもだよ……」とクランジェは目を細めて見つめてきた。
「殿下がお知りになりたいのは、話の内容ですか?」
「いや……〝あの方〟が君と話がしたいと仰ったからその場を作ったけれど、その理由までは仰られなかった。なら、それを聞くつもりはないよ」
最後に「とても気になるけどね」と付け加えた。
「では……?」
一番可能性があったことが外れ、響輝は少し小首を傾げた。
「君の〝才能〟――〈魔眼〉のことで、聞きたいことがあるんだ」
「!」
「先日、院長様たちから〈魔眼〉は〝巫〟の〝才能〟と似ているらしいと報告があった、と父から聞いてね」
なるほど、と響輝は頷きを返し、
「模擬戦の後、院長様たちにそうお話しました。〝巫〟の〝才能〟について、異世界人から見た意見を聞かれましたので」
「――――そっか……」
少しの間、クランジェはこちらを見つめたまま口を閉ざしていたが、意を決したように口を開いた。
「〝巫〟の〝才能〟と似た君の〝力〟――その制御方法を教えてもらえないかな?」
「〈魔眼〉の制御方法、ですか……?」
予想外の頼みに響輝は、思わず、問い返した。
クランジェは少し気まずそうに頷き、
「個人的なことで、申し訳ないのだけど……」
「いえ……少し、驚きましたが」
ちらり、と赤銅の騎士を見ると彼は事前に知っていたようで、特に驚いた様子はなかった。
「立場的には、もっと君のこと聞いたり、この世界のことを知ってもらったりしないといけないけどね」
「そんなことは……〝巫〟と似ているとなれば、興味を持たれるのは仕方ないかと思います」
言葉を濁すクランジェに、響輝は小さく首を左右に振った。
それを話すだけで友好な関係が築きやすくなるのなら、なんの問題ない。
「オネットさんには、国を訪問した際、模擬戦で使った魔術具を持って来てほしいと頼まれていますし――」
仕事関係での依頼のようだが、個人的な興味が大きく占めているのは誰の目から見ても明らかだ。
ソレを聞いて、クランジェは少し目を見開くと「……ありがとう」と笑みを浮かべた。
「そうすると、ミゼラルドさんは……?」
「ああ、クランジェから話は聞いている。………教導院の方には、見送りの挨拶代わりと話が通してある」
響輝が問うような視線を向けると、赤銅の騎士は頷きながら少し砕けた口調で言った。
「つまり、非公式な形ですね」
先日のお茶会とは違ってレナが同席していないのは、同じ〝勇者〟としての見送りという体裁を取ったからだろう。
赤銅の騎士の同席は、目くらましの意味合いもあるようだ。
「ケイシア様のためですか……」
響輝の言葉に、クランジェはゆっくりと頷いた。
「彼女とは婚約者になる前から――小さい頃からの幼馴染でね。〝才能〟が顕現した時にも立ち会ったんだ」
クランジェはその時のことを思い出しているのか、目を閉じて懐かしそうに言った。
「前に今までの〝顕の巫〟より〝力〟が強いと話したけど……そのせいか、身体への負担が大きくてね」
―――『あの子にとって――いえ、あの子の〝顕の巫〟としての〝力〟は強力過ぎるから………』
「彼女が現れたのは、いつ……?」
「もう十年以上前かな」
クランジェは目を開けると、少し困ったように笑った。
「加護を受けてから、だいぶ、身体の方はよくなったのだけど……頼ってばかりはね」
―――『他に手はなかったもの』
―――『必要だったのよ』
星霊の望みとはいえ、彼らにとっては特別な存在――神にも等しい相手だ。
ただ、一個人に加護を与えている状況は、色々と複雑な心境なのだろう。
(他にもいるみたいだが………まぁ、それでも恐れ多いか)
つまり、と響輝は目を細め、
「あまり手を煩わしたくないと……?」
「他に良い手があるのなら、ね」
明言はしなかったが、真剣な表情でクランジェは頷いた。
(……別に、個人的な事情だけってわけじゃないと思うけどな)
〝巫〟の〝才能〟は、〝ゲーム〟に関した重要な〝才能〟だ。
ただ、それを授かった者がクランジェの婚約者だったと言うことだけで――。
(真面目だなぁ……)
響輝は内心で苦笑しつつ、
「〈魔眼〉の制御の方法を参考に……」
ふむ、と口元に手を当てた。
「参考にするのは難しい、かな?」
「………」
「それは………」
二人から向けられる期待と不安の混じった視線を一身に浴び、響輝は言葉を濁した。
(難しいというか……さすがに、公爵令嬢――王子の婚約者にあのやり方はマズイよな)
師匠に弟子入りして受けた指導の数々は、あまり思い出したくない内容だったので、慌てて脳裏から振り払った。
「難しいというより……私が受けた方法は、ちょっと特殊だったので……」
「……特殊?」
「教わった相手が……何と言いますか、〝あちらの世界〟では変わり者で有名でして。あとから、その教え方が他の者たちと少々違った方法だと知ったものですから」
なにせ、世界中から〝最凶〟と呼ばれ、畏怖されている最古の魔術師だ。
その実力は〝あちらの世界〟でもトップクラス――世界最高峰だったが、〝魔術〟に対する考えも常識を逸脱していた。
ずっと、その指導を受けていた響輝にとってはいたって普通のことだったが、仲間にその訓練を課せば――いくらか難易度を落としていたにも関わらず――猛反発と常識を疑われ、そこでやっと師匠の常識外れを知ることになったのだ。
「それは……」
何とも言えない表情をしたクランジェに、響輝は「――でも」と言葉を続けた。
「他に、手がないというわけではありません」
「! 本当かい?」
「はい。一つだけ、可能性があるのですが、ちょっと安全面が…………」
一つだけ、〝巫〟の〝才能〟にも有効そうな手はあるが、その特殊さ故にどう影響するのか判断がつかない――安全性に対して断言できなかっため、響輝は語尾を濁した。
(似ているとはいえ、〝こちらの世界〟でも特殊過ぎるからな)
その迷いを察したのか、一瞬、クランジェは唇を噛み締め、
「いや、是非、その方法と君がどうしてそう判断したのか、その考えを聞かせて欲しい」
「殿下……」
「〝異化〟の〝才能〟……それも〝巫〟の〝力〟ともなると特殊過ぎて、なかなか、いい方法が見つからなくて」
真っ直ぐに見つめてくるクランジェの、その眼差しの中にある強い意思に背を押され、
「分かりました。お話します――」
と、響輝は頷いた。
「まず、ケイシア様とお会いした時――〝顕の巫〟の〝才能〟を見た印象をお話しします」
そう前置きをすると、クランジェたちは無言で頷いた。
「お茶会の時、ケイシア様から〝才能〟が発動してしまったと伺いましたが、その時は僅かな違和感を覚えただけで、彼女の魔力の流れは安定していて全く変化はみられませんでした。恐らく、星霊様の加護が関わっているのではないかと思います」
「………」
「ケイシア様は、ご自身の意思とは関係なく視えてしまうことを気になさっていたようですが……私の印象としては〝顕の巫〟の特性上、それを完全に制御することは難しいような気がします」
「!」
その言葉に二人は目を見開く。
「〝顕の巫〟の〝才能〟は、相手の本質を視る〝力〟――言わば、〝見抜く目〟。ケイシア様は〝オーラ〟として視えると仰っていましたが、いったい何を見て判断されるのか……魔力だと言うことですが、私はもっと深い部分だと思います」
「もっと深い……?」
「はい。それは〝魔力の源〟――その人の〝生命〟と言えばいいのか……」
響輝はテーブルの上に右手を差し出し、手の平を上に向けた。
ぽわり、と直径十センチほどの〈球体〉を二つ、少し距離を開けて浮かび上がらせる。
淡い光を放つ〈球体〉は、片方は赤色、もう片方は青色の光を放っていた。
「分かりやすく表現すると、このような形ですね。赤色がケイシア様の、青色が相手の〝魔力の源〟だとして、その〝力〟を使った場合は――」
ゆらり、と〈赤い球体〉から赤い光の筋が幾つも伸び、〈青い球体〉へと向かった。
そして、赤い光の筋が〈青い球体〉を覆った瞬間、大きく燃え上がるように広がって〈青い球体〉を覆いつくし、その色を澄んだ緑色に変えた。
「このような感じになります。……他者の〝魔力の源〟を視ると言うより、触れるという表現の方が、分かりやすいかもしれません」
「その緑色の光が、ケイが視る〝オーラ〟だと?」
クランジェの問いに、そうです、と響輝は頷いた。
赤銅の騎士は少し眉をひそめ、真剣な表情で二つの〈球体〉を見比べている。
「私の世界に〝深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている〟という言葉があります。その言葉に言い換えるなら、他者の〝魔力の源〟に触れるということは、相手もケイシア様の〝魔力の源〟に接触しているということ――」
赤い光の筋を伝うように〈青い球体〉から青い光の筋が伸びていく。
やがて〈赤い球体〉に辿り着くと、青い光はその内へと吸い込まれていった。
吸い込まれた青い光は〈赤い球体〉と交わることも消えることもなく、その内に渦巻くように留まった。
「さらに、相手の〝魔力の源〟が強いほど惹かれやすく、同時に流れ込んでくるモノも強くなるでしょう」
〈青い球体〉を徐々に大きくしていくと、赤い光の筋は増えていき――その増えた光の筋を伝って、青い光の筋が〈赤い球体〉へと流れて行った。
「これは……!」
「………っ?!」
〈赤い球体〉の内側で青い光が蠢く光景を見て、クランジェたちは表情を険しくした。
「舞踏会で星霊様にお会いした時、ケイシア様の〝才能〟は歴代の〝巫〟の誰よりも強力だと仰っていました。ですから、より魔力に強く惹かれやすい――〝魔力の源〟に触れることへの抵抗が少なく、また己を防御する力も低くなっているのではないかと思われます」
響輝は二つの〈球体〉の下から右手を挙げ、それらを払い消した。
「他者の〝魔力の源〟――〝生命〟を視る……触れることへの抵抗力………」
クランジェは響輝の言葉を確かめるように呟いた。
「それらの身を守ることに関した力が弱いのは、無意識下で自分自身を解放しているからだと思いますが……」
「無意識下……」
はっと何かに気付き、クランジェは目を見開いた。
「そして、その低さによって生じる弊害が〝才能〟の反動のようなものでないかと……」
「………それは……っ」
「クランジェ……」
考え込むように視線を下げたクランジェに赤銅の騎士は気遣うように声をかけるが、それ以上、言葉を続けることはなかった。
「確か、君の〝才能〟は――」
少しして、クランジェは俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに響輝を見つめて来た。
「〝魔〟と〝記憶〟に満ち溢れた〝原初の海〟に触れた証、だったよね? なら、先ほど見せてもらったものも、その〝原初の海〟での出来事ということかな……?」
「! はい。そうなりますね」
響輝はその問いに驚いて目を丸くしつつ、頷いた。
クランジェはそっと響輝から視線を外し、
「〝原初の海〟について教えてもらった時は、なかなか、理解しがたいことだったけれど……〝使い魔〟と同調した時に辿りつくその場所だと聞いて、少しだけど、理解は出来た気はするよ」
「………」
「〝才能〟は、その〝原初の海〟から零れ落ちた〝欠片〟――星霊の祝福を育み、開花させた力、か……」
小さく息をつくと視線を響輝に戻し、クランジェは力ない笑みを浮かべた。
「〝異化〟と呼ばれている〝力〟は、君の言う通り、〝突然変異〟と言うのがしっくりとくるね」
「………」
その言葉に、響輝は目を伏せた。
「星霊様が与えている加護は、先ほどお見せした相手から流れ込むモノを防ぐことと、突発的な発動によるケイシア様の魔力の変動を抑え、身体への負担を少なくしているのだと思います。〝視る〟ことに対しての処置を行わなかったのは、〝顕の巫〟としての役目を果たす必要があったからでしょう。――或は、ケイシア様自身に何かしらの影響が出て来る可能性があったのかもしれません」
響輝の言葉に、そうだね、とクランジェは同意し、
「相手の〝魔力の源〟に触れたことで流れ込んで来るモノから自分の身を防御する力というのは、私たちが知る魔力や魔素への抵抗力とは違うということだよね……?」
そして、そう尋ねて来た。
「はい。通常、魔力が高ければ、他者の魔力や周囲の魔素への抵抗力も高くなりますから」
「……それじゃあ、君の言う手立てとは……?」
クランジェの問いかけに「―――少し、失礼します」と、一言断ってから響輝は〈見えない穴〉に右手を突っ込んだ。
虚空に消えた手に、二人はぎょっとして消えた手を見つめた。
(確か、入れっぱなしだったはず……)
幾つか、目的の物――魔術具を取り出し、テーブルの上に並べた。
その魔術具は幅二センチ、長さ二十センチほどの銀色に輝く金属板は弧を描き、表面には細やかな透かし彫りが施されていた。その両端はヘアーゴムで繋がっていて、女子のヘアーアイテムの一つ――カチュームだ。
「それは……魔術具、かな?」
「はい。女性の友人用に作った魔術具で、髪留めとして使います。腕や耳に付ける方が目立たなくていいのですが、刻んだ術式の効果が得られやすい形となると、コレが一番高かったので」
五つあるカチュームを一つ一つ手に取り、彼女に合いそうな術式を探す。
大元は同じ術式だが、使用者の魔力量によって僅かに機能が違うのだ。
(汎用性の高いのは……)
二つを残して、あとの三つは〈見えない穴〉に放り込んだ。
「この魔術具は〝魔〟に触れることを抑える効果があります」
「――っ!?」
「あ。〝魔〟と言うのは、魔素のことではなく〝魔力の源〟――〝生命〟の方です」
つい、〝あちらの世界〟の感覚で言ってしまったので、説明する前に付け加えた。
「抑えるといっても、周囲に半透明の膜を張ることで触れることを阻む形になりますので、一種の〈結界〉を張る魔術具と思っていただければ大丈夫です。これなら、〝才能〟に対して魔術を掛けるわけではありませんから、不測の事態が起こる可能性は低いかと」
響輝は言葉だけでなく、もう一度、テーブルの上に〈赤い球体〉を作り出し、金色の光で包み込むことで効果を教える。
「そんな、魔術具が……」
赤銅の騎士はその〈赤い球体〉を見て、驚いたように呟いた。
一方、クランジェは考え込むように〈赤い球体〉とカチュームを交互に見つめ、
「〝ヴワルの眼鏡〟とは、また違う物みたいんだね……」
「はい。似てはいますが、ちょっと違いますね」
〝ヴワルの眼鏡〟は、クリラマが使っていたメガネ――自分が持つ属性以外の魔素を視ることが出来る魔法具だ。
「元々、この魔術具は〝原初の海〟に触れかけた魔術師に対し、それ以上、触れないように――視ることを抑えるために作った術式に、少し手を加えたモノですから」
「触れないように……? それはいったい何故……?」
「その辺りのことは説明すると長くなってしまいますので、割愛させていただきます」
クランジェの疑問は苦笑を返すことで躱し、響輝は話を続けた。
一つのカチュームを手に取り、二人に見えるように刻まれた〈魔成陣〉を見せる。
「刻まれた魔術は汎用性の高いものなので、調整をしなくてもある程度の効果が期待出来ます。使用者から漏れ出る魔力を自動的に吸収し発動しますから、カチュームを付けていれば効果が現れ、外すと止まります。〝顕の巫〟の役割もあるかと思いますので、日常生活を送る上で不用意な発動を抑える物として使っていただければ――」
クランジェにそのカチュームを差し出すと、彼は両手で受け取ってカチュームに刻まれた〈魔成陣〉を見つめた。
「ケイシア様自身の防御力に関しては、すぐに手を打つことは出来ませんので……」
「……………」
クランジェは視線を響輝に向け、小さく頷いた。
「〝あちらの世界〟でも少々特殊な魔術具になりますが、使用者に対して悪影響が及んだという報告は受けていません。似た〝力〟である〝顕の巫〟の〝才能〟に対しても、同様の効果は期待できると思います」
〝巫〟の〝才能〟も、深く〝原初の海〟と関わっているはずだから――。
ただ、と響輝は言葉を切った。
「お渡しした魔術具と同様、安全性を調べた方がいいかと思うのですが、それを確かめる方法が……」
今まで渡した他の魔術具と同様、概要をまとめた書類と一緒にクリラマに渡し、一通り、調べてもらう必要があるだろう。
問題となるのは、〝巫〟の〝才能〟に対する影響力を調べる術が少ないことだった。
(他の魔術具はクリラマが調べた後、騎士団の誰かが使って確かめているみたいだったが……カチュームは似た〝力〟の持ち主じゃないとな)
他にどの様な〝異化〟を持つ者がいるか知らないが、今のところ、〝原初の海〟と深く関わっていると言えるのは〝巫〟の三人だけだ。
「そうだね……その辺りの判断は難しいところだね」
「すみません。内密のお話だったのに……」
いや、とクランジェは頭を左右に振って、少し困ったような笑みを浮かべた。
「先に我儘を言ったのはこちらだよ――申し訳ない」
「殿下……!」
すっと頭を下げたクランジェにぎょっとし、響輝は声を上げかけたが、静かに顔を上げたクランジェの目を見て口を閉ざした。
「そして、ありがとう。クジョウ殿――」
「いえ……」
深い感謝の念が込められた言葉に、響輝は小さく首を横に振った。
その後、クランジェに〝智の巫〟にカチュームの魔術具の調査依頼を掛けることを約束し、あとのことは彼らに任せることにした。
そして、翌日。
響輝は三院長たちと共に、テスカトリ教導院へ帰還した。
***
響輝が願った〝旅〟の日程は、テスカトリ教導院が提示した内容で各国の了承を得ることができた。
その大まかな日程は――
―――〝旅〟の期間は一国につき、約一ヶ月(三十日)とする。
――― 次の国に出発するまではひと月おき、その間はテスカトリ教導院に戻ることとする。
――― 教導院に戻る月には、次に訪れる国へ〝勇者〟として訪問し、交流を設けることとする。
――― 半年後に開催される魔界との顔合わせまでに三国、その後、残る二国を回ることとする。
―――〝ゲーム〟開始の一ヶ月半までにはテスカトリ教導院に戻ることとする。
と。ひと月ごとに〝勇者〟として公の場に出る必要はあったが、可能な限り、響輝の意思を尊重したものだった。
あとは魔界が提示した条件について、エカトールとしての回答をし――多少の調整が必要となったが、それもつつがなく終わるだろうというのが三院長の見立てだ。
まさか、エカトール側――各国からあんな提案がされるとは、魔界も想定はしていないだろうが。
そして、〝旅〟の最初の行き先は、各国で召喚前に調整されていた通り―――『クリオガ』となった。
第4章 エカトールの勇者たち~勇者邂逅編終了~




