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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第4章 エカトールの勇者たち
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第58話 特異点から生じた波紋(3)


※レティシアナ視点です。途中で視点が変わります。




 ヒビキとテオフォルの模擬戦が終わった後、各国の首脳陣から「改めて、魔法具で記録した映像を見て検討したい」と申し出があった。

 レティシアナたちはその間に先ほどの模擬戦について話を聞こうと、彼にあてがわれた部屋に向かった。


「――お疲れさん」


 ひと足先に――直接、部屋に戻っていたヒビキは、ソファから立ち上がってレティシアナたちを出迎えた。

 ソファの傍にはキルエラとカルマンが控え、二人はこちらに振り返ると頭を下げた。

 レティシアナも「お疲れ様でした」と返しながら、ヒビキに歩み寄った。


「ヒビキ様、お怪我の方は……?」


 最後の一撃を放った時、〈魔剣〉の魔儀仗(フィクンド)が壊れ、右手を怪我したはずだ。


「この通り、大丈夫だ」

「そう、ですか……」


 ひらひら、と振られる彼の右手――その手の平のどこにも傷はない。

 酷い怪我ではなかったようなので、レティシアナはほっと息を吐いた。


「いえ。少々問題があります」

「え?」


 カルマンの言葉に目を瞬き、はっとしてヒビキの顔を見つめた。


「まさか、体調が……?」


 『クリオガ』での旅で、魔術を使って魔力酔いになったとキルエラから報告が上がっていた。

 今回も、とその顔色を窺うと、


「いや、全然。――人聞きの悪い言い方はしないでくれよ、団長さん」


 ヒビキは片眉を上げ、否定した。

 レティシアナはどういうことなのかとカルマンを見ると、彼は肩を竦めて三院長に視線を向けた。


「その辺りのことも詳しく聞こう」


 ジェルガはため息交じりに言い、


「連絡した通り、会談は一時休止となった。少々、時間はかかるだろう……こちらも、色々と確認したいことが出来たから、丁度、良かったが――」

「………」


 ほぼ全員の視線を集め、ヒビキは小さく頷いた。











 レティシアナはソファにヒビキと並んで腰を下ろし、その前に三院長が座った。

 カルマンとニカイヤはレティシアナたちの左右に直立不動だ。

 キルエラとセリアが淹れたお茶がテーブルに並んだところで、ジェルガが口を開いた。


「まずは体調の方だが、魔力酔いにはなっていないんだな?」

「――ああ。問題ないぜ」


 その問いには、ヒビキは軽く頷いて答えた。


「それは……その腕輪が関係しているのですか?」


 マロルドはヒビキの左手――そこにある腕輪を見ながら尋ねる。


「多少は。今は(・・)、そんなに効果もないから……やっぱり、『クリオガ』で魔力酔いになった原因は〝魔素の淀み(シャンネトル)〟だったんだろうな」

「似たような状況を作っていたようだけどね?」


 ちくり、とラフィンは言った。

 似たような状況と言うのは、ヒビキが場内の魔素を上空に集めたことだ(・・・・・・)

 そして、虹色に輝く〝渦〟を出現させた――。


「あれは魔術だよ」

「魔術……?」

「アレが、か?」


 ラフィンとジェルガの訝しげな声に「正確に言うと、ちょっと違うけどな――」とヒビキは頭上を見上げた。

 レティシアナたちがその視線を追うと、ふわり、とウルが姿を現した。


「ほとんど、コイツの〝力〟さ」

「……〝魔素の拡散能力〟、ですか?」


 レティシアナは小首を傾げた。

 ウルは〝使い魔(プロテニア)〟が持つ三つの〝力〟のうち、一つに特化されているが、一体、どう使えば虹色の〝渦〟――場内の魔素を集められるのだろう。

 ヒビキはレティシアナに視線を向けて頷いた。


「アレは〝力〟の向きを魔術で変えて、ちょっと強めただけだぜ」

「向きを変えて……それで、あの〝渦〟が……?」

「ああ。くいっとな」


 レティシアナにヒビキは左手をひねるような素振りを見せた。

 ラフィンは片眉を上げ、


「向きをねぇ………なら、[氷の礫]を――魔法を打ち消していたのはどういうことだい?」


 空中にて、テオフォルの攻撃を一瞬で霧散させた時のことだ。

 ほとんど、魔力の動きは見えなかったにも関わらず、消し飛ばしていた。


「それもウルの〝力〟を使ってやった。……まぁ、〝打ち消した〟って言うより、〝(ほど)いた〟って言った方が正しいけどな」

「アレも……いや、(ほど)いたとは一体どういう……?」


 マロルドは戸惑った声を上げた。


「――魔術師には必須技術さ」


 にっ、とヒビキは笑い、ふよふよと漂うウルを見上げた。つと、目を細め、


「【乞う(エスペレ)】」


 ウルを包み込むように球体の〈風〉が生まれた。

 何をするのか、と全員の視線が集まったところで、




「―――【取消(アニョレ)】」




 その言葉が紡がれた瞬間、ふっと(ほど)けるようにして〈風〉は消えた。


「コレは魔術を消す――〝世界〟への干渉を止める(・・・・・・)起動言語(トリガー)だ」


 ヒビキは視線を下ろし、レティシアナたちを見渡しながら言った。


「魔術は〝世界の理〟を書き換える技術――発動しても〝書き換え続けている〟ことに変わりはない。だから、魔術の発動を止めれば、発現した現象も(・・・・・・・)なかったこと(・・・・・)に出来るんだよ」

「っ?!」


 その言葉にレティシアナたちは目を見開いた。


「打ち消すには、同等の魔力が必要だろ? けど、この方法は魔力をあまり必要としないんだ。自分の魔術なら使わねぇし、他人の魔術(モノ)に対してもかなり少ない魔力で止めることが出来る」


 ヒビキは、徐に右手を挙げた。

 一本、突き出された人差し指の先に黒い光が灯る。

 すいっ、と手を動かしてもその光は消えず、虚空に黒く光る線が躍った。



 描かれたのは、幾つもの〝ピース〟に分かれたパズル――。



 その中心部には、唯一、白い線で描かれた〝ピース〟があった。

 そして、〝白いピース(そこ)〟から白い線が伸びて〝黒いピース〟に絡みつき、大きく広がっていた。


「分かりやすく絵にすると、〝黒いピース〟が〝世界の理〟で〝白いピース〟が魔術――そして、白い線が発現した影響だ。あと、魔法に構築の基点となった〝核〟があるように、魔術にも同じものがある」


 〝白いピース〟の中に、一つの小さな光が生まれた。

 〝核〟――構築の基点となった部分だろう。


「あの起動言語(トリガー)は、〝白いピース〟から〝(ソレ)〟を消す――取り除くんだよ。そして、〝核〟を失った〝白いピース(魔術)〟は、構築が維持できずに(制御不能になって)消える……その結果、〝白いピース(魔術)〟から生じた影響もなかったこと(・・・・・・)になるってわけさ」


 ヒビキが〝白いピース〟の中で光る一つの輝き――〝核〟を指先で突くと、ふっと、光が消えた。

 〝核〟がなくなったことで〝白いピース〟の形が崩れ始め、ざぁーっと消えてしまった。

 そこから生じていた白い線も解けるように消えていき、あとには〝黒いピース〟だけが残った。


「そんなことが……余波は、出ないのですか?」


 どこか呆然としながらマロルドは尋ねた。


「他人の魔術(モノ)に干渉した場合なら出るが……自分が放った魔術(モノ)ならほとんどないぜ」


 大規模な魔術となるとちょっと出るけどな、とヒビキは言った。


「魔力を消費するのも、他人の魔力で出来た〝核〟に干渉するのに反発を受けるから防御面で必要になるだけだ。それほど(・・・・)、難しい技術じゃない」


 ヒビキはさっと手を振り、描いたモノを消した。


魔法(こっち)にはそう言う技術はないみたいだから、分かりにくいだろうけど」

「確かに、そう言う技術はないですが……」


 マロルドは言葉に詰まり、口を閉ざした。

 ヒビキはレティシアナたちを見渡し、誰も口を開かないのを確認してから「――で。話を戻すけど」と話を進めた。


「【取消(アニョレ)】――無効化と〝魔素の拡散能力〟、その二つの原理はよく似ているんだ」

「っ?!」

「……ということは、【取消(アニョレ)】という言葉は魔法にも有効なのかい?」


 レティシアナたちが息を詰める中、さすがにラフィンも僅かに目を開いて尋ねた。


「ああ。……魔術師ならまだしも、魔法師に使えるかどうかは別だけどな」

「……その【取消(アニョレ)】と言う技の対象は魔力、〝使い魔(プロテニア)〟は魔素に対しての〝力〟なのにかい?」


 ラフィンの疑問にヒビキは口の端を上げ、


その疑問が(・・・・・)、魔法師に使える可能性が低い理由だよ」


そう答えて、今度は虚空に大きな〝ピース〟を一つ、描いた。

 黒と白に分かれた小さな玉が集まって形作られ、その中には――先ほどと同じように――他よりも大きい玉が幾つかあった。

 恐らく、〝基点()〟だろう。


「魔法を構築する魔素を黒、魔力を白にして、さらにそれぞれの〝核〟を描くとこんな感じだ。そこに魔術の無効化と似たやり方でウルの〝力〟を使えば――」


 ヒビキがパチンッと指を弾くと、そこから青い波紋が生じた。

 波紋は〝ピース〟に触れ、魔素の〝核〟(大きな黒の玉)だけを絡み取って通り過ぎた。

 魔素の〝核〟(大きな黒の玉)が抜けて穴が出来たことで〝ピース〟は形を維持出来ず、崩れるようにして消えた。


(さっきと、同じ……)


 その光景は、先ほど見たモノとほとんど同じだった。


魔法師(おたくら)にとって魔力は魔力、魔素は魔素でしかないから不可解で不可能に見えると思うけど、魔術師(俺たち)にとっては魔力も魔素も同じ〝魔〟だ――だから、双方に干渉することは不可能なことじゃないんだよ」


 その説明にレティシアナは呆然とヒビキを見つめた。

 

(……魔力も魔素も、同じ〝魔〟――)


 ヒビキの言う通り、レティシアナたちにとって魔力と魔素は似て異なる存在だ。

 魔力は(おの)が命の輝きであり、魔素は世界に満ちる生命の輝きのこと。

 けれど、魔術師(ヒビキたち)にとって、それらは同一の存在――。




―――「あっちの世界では、魔術師の頂点(・・)に君臨した七人の魔導師を〝魔を極めた王〟――【魔王】と呼んでいる」




 以前、その話をヒビキから聞いた時、レティシアナたちは〝魔〟とは魔力のことを示し、高い潜在魔力量とその魔力を扱う技術を極めた(・・・)故の呼び名だと思っていた。

 だが、〈魔眼〉について聞いてから、魔力だけではなく魔素に関する技術も含まれていたのだとは知っていた。知っていたものの、本当の意味で理解は出来ていなかったのだろう。 


(………………でも、それなら…………?)


 ふと、ある疑問が浮かび上がり――どくりっと心臓が嫌な音を立てた。

 突然、言い表せぬ不安がこみ上げてきて、レティシアナは膝の上でぎゅっと手を握り締めた。


「だが、魔法でも発現した後に干渉とは………」


 ジェルガの呟きが聞こえて、はっとレティシアナは我に返った。

 無理矢理、不安を呑み込んで、隣に座るヒビキを見る。

 彼は口元に苦笑を浮かべ、


「例え発現したとしても、魔素と魔力の塊には違いないぜ」

「………」


 ジェルガは大きく眉を寄せ、ラフィンを見た。

 ラフィンは〝ピース〟が描かれていた場所を睨むように見つめていたが、一息つくと首を左右に振った。


(界導院長様でも……)


 マロルドたちの表情を見ても、理解しているようには見えない。

 それは、魔法が発動した後、打ち消す方法以外に魔法を消すことは出来ないのが常識だからだ。

 ヒビキの説明は、そのことを根本から覆すものだった。


「理解できないのは当たり前さ。〝世界の理〟へのアクセスの仕方の違い――魔術と魔法の根幹に関わることだからな……」


 だから、使うことは難しいってわけさ、とヒビキは言った。


「〝世界の理〟へのアクセス、ね……」


 ラフィンはつと目を細め、


「確か、魔法は〝法則〟として世界を構築している〝ピース〟の一つであり、魔術は〝世界〟を理解して〝ピース〟を作り出すことである――だったかい?」

「ああ。〝世界の理〟を書き換えることで発現する魔術――その特性から、魔術師(俺たち)は魔術が発動した後も多少は〝魔〟に干渉することが出来るからな。そもそも、それを逆手に取った技術が【取消(無効化)】になるし」

「………」

「――とはいえ、自分が放った魔法ならまだしも、他人の魔法に【取消(無効化)】を使うには、他人の魔術に対して使う以上に魔力の消費があって余波も出て来るが……」


 そこで、ヒビキはウルに視線を向けた。

 ウルはふよふよと虚空を泳ぎ、その右肩にとまる。


「コイツの〝力〟を使えば、魔力の消費(それ)がだいぶ抑えられて楽だったな。………いや、むしろ、いつもよりやりやすかったか?」


 ぽつり、と呟いた言葉は、ウルに向けられたもののようだった。

 ヒビキの口元にふっと笑みが浮かぶと、ウルは肩から飛び上がって彼の周りを飛び出した。

 くるくる、と回るその姿は、傍目からは喜んでいるように見えた。











 あとでその報告書も頼む、とジェルガは話を一区切りさせ、


「先ほど、カルマン騎士団長が言った〝別の問題〟とはどういうことだ?」


 その問いに、レティシアナはぴくりと肩を震わせた。


「アレ、なぁ……」


 ヒビキは顔をしかめて、カルマンに視線を向けた。


「別に、大したことじゃないと思うけどな?」

「いや、そうは思わないぞ」


 小さく息を吐き、カルマンはレティシアナたちを見渡す。


「模擬戦でクジョウは軽傷を負いましたが、キルエラの手当てを受けてはおりません。自然と――我々の目の前で、傷が治りました」

「!」

「……どういうことだ?」


 カルマンの説明にレティシアナたちは目を見開いた。

 ジェルガに鋭い視線を向けられ、ヒビキはぽりぽりと頬をかく。


「どういうって……あれだけ魔力が高まっていた状態でなら、軽傷程度はすぐに治るだけだぜ?」

「!」

「〈身体強化〉の魔術が掛かっていた上に魔力の巡りもよかったから、治癒力が跳ね上がっていたんだよ……あちらの世界では、普通なんだけどな」


 確かに、模擬戦中のヒビキの魔力は今までにない程の高まりだった。

 まるで、際限なく湧き出る水のように、止めどなく溢れ続けていたのだ。


「こちらの世界だと〈身体強化〉の魔法は限られているから珍しいかもしれないけど、あちらの世界では軽傷程度(・・)で戦闘に支障が出ないように訓練している。重傷となると、さすがにそうはいかねぇけど……それでも、大抵の奴らはひと月ぐらいで完治するぜ?」

「重傷をひと月……」

 

 ヒビキは「病気は除くけどな」と付け足すが、さすがにその治癒能力の高さには、レティシアナたちは絶句した。


「………治療する魔術の仕組みは、回復系の魔法とは違うのかい?」


 ラフィンの問いにヒビキは少し考え込み、


「……ちょっと違うな。魔力で本来の治癒力を高めるってことに違いはないけど、回復系魔法は魔素で傷を覆って治癒力をさらに高めるだろ? けど、あちらの世界は魔素が少ないから、その方法は〝特定の条件下〟でしないと燃費が悪くなるんだ。だから、魔術師(俺たち)は、患者に魔力を注いで体内の魔力の流れを活性化させて治療を行うのが一般的なんだよ。元々、魔術師は体内の魔力の流れ――回路を徹底的に鍛えられているから、おたくらが思う以上に治りは早いぜ?」

「………」

「重傷ともなれば、回復系魔法と似たような魔術で治すけど………軽傷はそっちの方が早いから、時と場合によって使い分けている。さっきは戦闘で魔力の流れも高まっていたから、偶々さ」


 ヒビキはひらひらと手を振り、軽い調子でそう言った。






         ***






「最後に一つ、確認しておきたいんだけどね」


 改まったラフィンの言葉に「何だ?」と響輝が視線を向けると、ラフィンはつと視線を細め、


「さっき、ベルフォンのことを〝智の巫〟と言っていたけど、いつ知ったんだい?」


 その問いに片眉を上げ、


「いつって……能力者らしいことは、本人から聞いたぜ?」

「その〝才能(ディフェラ)〟については、聞いていないはずだよ」

「あー……どうだったかな」


 響輝はカップに手を伸ばした。


(〝巫〟について………言ったか?)


 程よく冷めたお茶で喉を潤しつつ、いつ口に出したのか記憶を探っていると、


『イッテタ、イッテタ』


ふわふわ、と周囲を漂うウルに視線を向けた。


(………………勢いで、口に出たか)


 相手は知っていることだったので、ポロッと口に出してしまったのだろう。

 響輝がラフィンに視線を戻すと「――で?」と言いたげに目を細めてきた。


「………何かの本で読んだ気が、」

「読んでないだろう? そんな本は――」


 すっ呆けながらカップをソーサーに置くと、すぐにジェルガがそう言って来た。


「―――は?」


 あっさりと断言されたことに響輝は目を見開く。

 それにマロルドは一息ついて、


「読んだ書物については、全てキルエラから報告があがってきています。それに、神導院や学導院からの貸出記録も取ってありますから」

「!」


 さらにラフィンが追い打ちをかけるように続けた。


「そもそも、〝才能(ディフェラ)〟に関しての書物は、基本的な情報が載っているものしか渡していないからね。すっとぼけても無駄だよ」


 にっと口元に笑みを浮かべたラフィンの、「とっとと話せ」と言わんばかりの表情に、響輝は内心で顔をしかめた。


「この世界情勢や魔法、魔法具のことで手一杯だっただろう?」


 そして、「『オメテリア王国(ここ)』に来てからも読んでいないようだしね」と、締めくくった。


「………っ」


 留めの言葉には、ぐぅの音も出なかった。

 恐らく、やらかしたり、のめり込んだりしていたので、情報規制のようなものをしていたのだろう。


「………」

「で? どうやって、知ったんだい?」


 ラフィンは、口を閉ざした響輝に鋭い視線を向けて来る。

 響輝は答えず、周囲に目を向けると、似たような視線ばかりあった。


「………ヒビキ様」

「………」


 レナの窺うような声に響輝は目を伏せ、小さく息を吐いた。




「『オメテリア王国』の星霊(オミテクトリ)に聞いたんだよ……」




「!」


 驚く気配に目を開けると、目を見開くレナたちが見えた。


「この国の、星霊(オミテクトリ)様が……?」


 何故、と言いたげにマロルドは呟く。

 ぽろっ、と漏らしてしまったのは仕方がない。

 前例(オクトの件)があるので、そっちで誤魔化そうと頭をフル回転させ、


「〝顕の巫〟が見たモノが面白かったから会いに来た、と言っていた。その時、〝巫〟について――レナとクリラマのことも聞いたんだ」

「………」


 ジェルガは響輝たちの後ろ――キルエラに視線を向けた。

 背後でキルエラが首を横に振る気配がしたので、


「キルエラは会ってないぜ」

「……!」


 小さく笑いながら言うと、僅かに三院長の眉は寄ったが誰も口を開かなかった。


(後で聞かれる、か……?)


 三院長とレナは、この国の星霊が何処にいるかを知っている。

 星霊とは舞踏会で会った、と言ってもいいような気はしたものの、星霊とケイシアの関係を知らないカルマン(近衛の団長さん)たちがいるので誤魔化したが、後で聞かれるかもしれない。

 キルエラは〝誰も来ていないこと〟を知っているが、オクトのこと(前例)があるので大丈夫だろう。


「〝顕の巫〟が見たモノが、か……」


 ぽつり、と呟いたジェルガに響輝は頷きを返し、


「あとは『テスカトリ教導院』の星霊が懐いていたからとか、言ってたけど……そっち(・・・)に関しては、どう興味が湧いたのかは分からねぇよ」


 星霊(オクト)たちの思惑については全く予想がつかないので、何とも言えなかった。


「………確か、視えたモノについては本人から聞いたと報告が上がっていたが?」


 ジェルガの唐突な質問の意図が分からず、響輝は目を瞬いた。


「ああ。聞いたけど?」

「それを聞いて、どう思った?」

「? どう……?」


 まさか、感想を聞かれるとは思わなかったので、響輝は片眉を上げた。


「どうもこうも……他の人がどう視られているのか、知らねぇんだけど……?」

「〝顕の巫〟が視るモノは、本人の感覚の影響が大きい。今までの積み重ねから判断はされるが……」


 そこでジェルガは真っ直ぐに響輝を見つめ、


「異世界の者として、どう思ったのか気になってな。〝才能(ディフェラ)〟については、興味があるのだろう?」

「まぁ、そうだけど……」


 ラフィンたちを見ると、同じように興味津々の目を向けられていた。

 異世界人の意見が聞きたい、ということだろう。


(〝見抜く目〟、についてか……)


 首脳会議にて〝旅〟についての話が上がった後に訪ねて来た、クランジェとケイシア。




―――「〝異化(シンジェ)〟――魔法師の方々の属性や魔力の質が〝オーラ〟として見え、また感じることが出来るのです」




 『オメテリア王国(この国)』を訪れた時から感じていた、と言っていた〝顕の巫〟。

 魔力が高ければ高いほど澄んだ色をする〝オーラ〟として視え、輝いているような虹色をしていたと。

 〝オーラ〟で〝力〟が分かると言われた時は少し驚いたが、それ以上に――




―――「…………それに端々から黄金色の光(・・・・・)が溢れていてもいて」




 その言葉で、彼女の視る目は確かなのだと分かった。


「感想と言われても……似た〝才能(ディフェラ)〟もあるんだなって思っただけだぜ」

「似た〝才能(ディフェラ)〟……?」

「ヒビキ様の能力と似ている、ということですか?」


 ジェルガは眉をひそめ、目を丸くしたレナが尋ねて来た。


「ああ。……ただ、それは他の〝巫〟も踏まえて、だけどな」

「!」

「〝巫〟の視え方は違っても、〝視ること〟に関しては〈魔眼〉に似た〝才能(ディフェラ)〟だと思う」

「………」

「〝虹色のオーラ〟に〝黄金色の光〟……あちらの世界だと、魔力は黄金色だからな」


 〝原初の海(オリン)〟に満ちている〝魔〟と同じ――。


「〝黄金色の光(そのこと)〟は、おたくらも見てるだろ?」

「召喚した時だな。その点については、分かってはいるが……」


 ジェルガは予想がついていたのか頷いたが、何とも言えない表情をした。


(……他の意味も勘繰ったってことか……)


 マロルドやラフィンも似た表情をしていて、響輝は小さく笑った。


(結構、的確に(・・・)視ているんだけどなぁ……)


 〝虹色のオーラ〟から溢れ出す、〝黄金色の光〟。

 その様子は〈魔眼〉のことを示しているのだろう。

 そして、それが意味することは――。


(そう言えば……繋げてないか(・・・・・・)


 〈魔眼〉を発動していても、視ているだけだった。

 魔力を計測された時、〈魔眼〉を発動すれば潜在魔力量は増幅すると話したが、素の状態で第二階位以上と判断され、軽く繋げただけで終わったのだ。


(最後に繋げたのは……魔界の時だったな)


 魔界に赴いてギルと一戦を交えた後、魔力酔いになってからは繋げていなかった。

 先ほどの一戦では、魔術を見せることが目的だったものの――溜まっていた鬱憤を晴らすことにもなったが――繋げることはなかった。

 それは空気中の魔素が多いため、繋げなくとも事足りたことと――


(無意識に、抑えていたか……?)


 響輝は、ふむ、と内心で一息つき、


「少しは、繋げていった方がいいか……」


ぼそり、と呟いた。


「え?」


 微かに聞こえたのか、隣に座るレナが目を瞬く。

 そのレナの様子から、ジェルガたちが訝しげな視線を向けて来た。

 響輝はレナたちをさっと見渡して、


「こういうことだ――」


にやり、と嗤って――繋げた(・・・)


「――小僧……!」


 はっと何かに気付いたようにラフィンが制止の声を上げ、二カイヤの魔力が動くが遅い。




――――ゴォ……ッ!!




と。全身を〝魔〟が駆け巡り、視界に黄金の光が溢れた。


「っ!!」


 一瞬で響輝の魔力が膨れ上がったことに、室内にいる全員が息を詰める音がした。

 吹き上がる〝黄金色の光〟――放たれる魔力は、覆うように広がったニカイヤの魔力を吹き飛ばす。


「―――」


 目元を険しくしたラフィンから魔力が高まり、ニカイヤの魔力もさらに動こうとしたのを感じて、響輝は〝繋がり〟を絶った。

 膨らんだ風船から空気が抜けるように体内を巡る〝魔〟の流れは落ち着いていき、それに比例して〝輝き〟も勢いを失っていった。


「……クジョウ」

「コレが〝顕の巫〟が視たモノだと思うぜ――」


 固い声を掛けて来るジェルガに、響輝は嗤いを深めた。

 響輝から放たれる魔力が落ち着き、〝輝き〟が完全に消えるまで十数秒ほど。

 だが、確実に王城内にいる者たち――各国の首脳陣や他の〝勇者〟たちは気づいただろう。


「……全く。いきなりだね」


 ラフィンはふんっと鼻を鳴らし、高めた魔力を鎮めた。

 ちらり、とニカイヤを見ると、魔力を鎮めつつも小さく口の端を上げている。その目は楽しげだ。


「ヒビキ様……」


 咎めるような、困惑しているような複雑な表情で、レナは声を掛けて来た。

 それに対し、響輝は片眉を上げ、


「アレなら、分かりやすいだろ?」


 ケイシア(彼女)が響輝に見たモノについては、彼女の立場からして首脳会談で各国に報告されているだろう。

 首脳会談で旅について話した後――あのタイミングで、わざわざ会いに来たのだから。

 恐らく、会った後のことも――。


(いや、そっちはこの国の首脳陣ぐらいか……?)


 感覚的なモノが大きいようなので、もしかすると各国には報告していない――まだ、検証中の可能性もある。


「………」

「―――はぁ……」


 その答えにレナは目を瞬き、ジェルガたちはため息をついた。


(少しでも、いい方に行けばいいが……)


 無理ならその時はその時だな、と、響輝は呑気にカップに手を伸ばした。



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