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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第4章 エカトールの勇者たち
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第57話 特異点から生じた波紋(2)



 首脳会談にて「魔術を見せてほしい」と打診され、模擬戦を了承した響輝は動きやすい服装に着替えた後、訓練場に案内された。

 そこの一角には、テスカトリ教導院と同様に[結界]が張られた観覧席があり、各国の首脳陣や他の〝勇者〟たちの姿が見えた。

 響輝は彼らに見下ろされながら対戦相手――『トナッカ公国』の〝勇者〟の一人、テオフォル(常盤の貴公子)と向かい合っていた。

 二人の中間地点には、審判役のカルマン近衛騎士団長が――今回は鎧を身に付けた状態で――立っている。

 響輝は〈魔剣〉を使うつもりなので無手で、唯一、魔術具(腕輪)をしているだけの軽装だ。

 一方、常盤の貴公子は騎士服に身を包み、右手には二メートルほどの長さの棒を持っていた。その表面にはびっしりと青い模様――魔法陣が刻まれている。


「………」


 常盤の貴公子は響輝の姿に目を細めたが、何も言わなかった。


(『トナッカ公国』の槍術士――〝聖槍〟か………)


 〝剣聖〟の称号を持つカルマンと同等――第一階位槍術士の中でも、一際、実力を備えた者に与えられる〝聖槍〟の称号を持つ人物。


(確か、ラルグのおっさんで第二階位だったな……)


 『クリオガ』にて出会った槍術士――第三階位冒険者のラルグは、第二階位槍術士だった。

 そして、その〝才能(ディフェラ)〟も常盤の貴公子と同じものだ。


「では、これより『トナッカ公国』〝勇者〟テオフォルとテスカトリ教導院〝勇者〟ヒビキの模擬戦を行う。時間は十分、危険と判断した時点で止めに入る」


 その声に響輝は目を閉じ、体内の魔力の流れに意識を向けた。

 緩やかに全身を巡っている魔力の流れを速め、高まり始めた魔力に押し上げられるように瞼を開くと、前方で棒を構えた常盤の貴公子の姿が目に入った。

 響輝に呼応するように彼の魔力も高まっていくのを感じ、僅かに口の端が上がる。


「―――始め!」


 開始の合図と共に〈身体強化〉をかけ、響輝は常盤の貴公子との距離を詰めた。


「――っ?」


 あと数歩で間合いに入るところで前方で光が弾け、視界が白く染まった。

 だが、響輝はそれを気にすることなく足を進める。視覚が遮られたとしても、〈魔眼〉を発動している今なら〝魔〟の流れを見て動くことが出来るからだ。


(―――多いな……)


 瞼を閉じて周囲へ意識を向ければ、脳裏に描かれるのは色鮮やかな〝魔〟の流れ。

 前方で強い輝きを放つ緑色の光は、常盤の貴公子の魔力だろう。周囲の魔素を吸い込むように引き寄せ、身体を覆っていく。

 その魔力と魔素の量に笑みを濃くしつつ、響輝は右手を振るう。

 手の中には、既に作り出した〈魔剣〉があった。


「――――っ」


 澄んだ音とともに右手に衝撃が走り、〈魔剣〉が何か(・・)に受け止められた。

 瞼を開けて回復した視界に見えたのは、鮮やかな深い青色の紋章が浮かんだ棒だ。


「―――!」


 互いに、得物越しに睨み合ったのは数秒。

 目の前の魔法陣が強い輝きを放ち始めた。


(マズ……っ!)


 響輝が棒を押し返して後ろへ飛び退くと、首の辺りを横なぎに青い一閃が走った。

 凍えそうな冷気が全身に叩きつけられ、響輝はさらに後退する。

 だが、常盤の貴公子は振り抜いた勢いのまま身を回し、そのまま追随してきたので、未だに相手の間合いの中だ。


(あれは――っ?)


 眼前に迫る常盤の貴公子は、騎士服の上に部分的に翡翠色の〝鎧〟をつけ、背には淡い翡翠色のマントがはためいていた。

 それらが纏う魔素の気配からして、属性は〝風〟だろう。


(〝装化(プランド)〟か……!)


 そして、冷気を纏った一撃を放って来た。

 魔法陣が刻まれていた棒は、薄い青みがかった〝氷〟で覆われ、〝氷槍〟と化していた。

 そちらは〝水〟と〝風〟の融合魔法――〝氷〟によるものだ。


「っ!」


 響輝は常盤の貴公子の連撃をバックステップを踏んで回避するが、むき出しの肌に突き刺さる冷気に顔をしかめた。吹き荒れる冷気を吸い込んだ喉や肺も突き刺さるような冷たさに満たされ、痛みが走る。

 さらに〝魔鎧〟が起こす風で〝氷槍〟の冷気が荒れ狂い、周囲の温度が急速に下がっていくのだ。


(〝氷〟を纏う武器と〝風〟の鎧……二種を使うのか)


 ラルグも〝装化(プランド)〟で〝盾〟を作り出していたが、属性は〝鎧〟と同じ〝雷〟だけだった。

 それが二つの属性を――そのうち、片方は融合魔法となれば、常盤の貴公子の技量の高さを知るには十分だった。

 魔石を使用している可能性はあるが、〝氷槍〟に込められた魔力の濃さからして〈魔剣〉に近い代物だろう。


(―――すげぇ……っ)


 ラルグの〝魔鎧〟を見た時も濃密で緻密に形成されたソレに驚いたが、常盤の貴公子は異なる属性でそれ以上のモノを形成している――内包する魔力も魔素も、一段階、上をいっているのだ。

 僅かに目を見開いて笑みを浮かべる響輝に常盤の貴公子は目を細めるが、一瞬の溜めの後、今までにない速度で突きを放ってきた。

 直感で避けられないと判断し、響輝は〈魔剣〉で逸らす。




―――パキパキパキ……ッ!




と。〝氷槍〟に触れた部分が凍りつき、さらに浸食するように広がっていった。


(―――っと)


 刀身の表面を蠢く魔素の動きに、響輝はソレを振り払うように〈魔剣〉を回す。

 その切っ先から燃え上がった〈炎〉が刀身を覆い、凍りついた部分は溶けて消えた。


「―――っ?」


 魔法陣もなく〈炎〉が出現したこと――改めて魔術を見て、常盤の貴公子の目が僅かに見開かれる。

 響輝はその隙を見逃さず、懐に入って〈魔剣〉を振るった。

 常盤の貴公子は身を捻るようにして避け、降りかかる〈炎〉も翻ったマントで防がれる。


(自動防御、か……?)


 少し不自然なマントの動きに、響輝は目を細めた。

 冷気を纏う突風によって追撃を阻まれ、一度、距離を取ろうと下がる。

 すると、相手も同じ考えに至ったのか、互いに距離を取って数十メートルほどの間を開けた。

 ただ、牽制なのか常盤の貴公子を中心に冷気を含んだ強風が吹き始めたので、響輝は纏う魔力を〈炎〉に変化させて対抗する。


(―――浸食速度が速い)


 場内の魔素の動きを見て、響輝はさらに体内の魔力を高めて色鮮やかな〈炎〉を顕現させる。

 響輝が纏う〈炎〉は、その舌を伸ばして場内に立ち込める冷気を舐めとっていくが、相手もさらに魔力を高め、その周囲にキラキラと輝く粒――ダイアモンドダストのようなもの――を出現させていた。

 熱気と冷気の激突は、常盤の貴公子が起こす風に寄って上へと流れていく。

 互いに次の一手を模索しながら、じりじりと足を動かして間合いを図る。


(あの〝鎧〟――速さは同等……いや、少しこっちが上か?)


 常盤の貴公子は強化系魔法を掛けていないにも関わらず、〈身体強化〉を施したこちらの動きについて来ていた。

 恐らく〝魔鎧〟の力――〝風〟によるものだろう。

 少々問題はあるが(・・・・・・・)、もう一段階上の〈身体強化〉を響輝は己にかけ直した。

 それに気づいた――或は〝何か〟をしたことに勘付いたのか、常盤の貴公子はゆっくりと穂先を動かして構えを取る。

 一触即発の緊張感が辺りを満たしていき――


(―――っ……!)


 煌めく魔素が視界を覆い、響輝は僅かに目元を歪めた。

 体内の魔力の高まり――その流れが速まった影響で〈魔眼〉が活性化し、さらに二人の魔力に触発された魔素が強く輝いたため、いつも以上に見えてしまったのだ。




 まるで、羽虫の大群が視界を覆っているようで――煩わしかった。





「―――!」


 響輝が見せた隙を見逃さず、常盤の貴公子が先手を放つ。



 上位二種融合魔法[氷礫驟雨プルヴェルド・フリッター



 常盤の貴公子の頭上に魔法陣が展開され、生み出されたのは拳大の[氷の礫]だ。その数は数百近くあり、その影響なのか、周囲の気温がさらに下がった気がした。

 上から覆い被さるように放たれた[氷の礫]は、前方以外の逃げ道を全て封じ、その唯一の逃げ道にも常盤の貴公子が突っ込んで来た。

 [氷の礫]は響輝の魔力――熱気に触れ、その勢いが僅かに落ちるが、その全ては避けられないだろう。

 響輝は〈魔剣〉を回して切っ先を下に向け、そのまま、地面へと突き刺した。


「―――【乞う(エスペレ)】」


 全身を覆う〈炎〉は〈魔剣〉を通じて地面を舐めるように広がり、鮮やかな赤い色の〈魔成陣〉を描き出した。

 〈魔成陣〉の輝きによって〈炎〉は勢いを増すと天へと上り――〈炎柱〉となって、降り注ぐ[氷の礫]を呑み込んだ。

 ぽっかりと開いた上空への逃げ道に、響輝は〈魔剣〉を抜いて跳び上がる。

 その瞬間、〈火柱〉の周囲の地面が突き上げられたように内側から爆発し、その切っ先を鋭く変化させ――〈針〉となって常盤の貴公子に襲い掛かった。

 だが、常盤の貴公子は避ける素振りを見せず、むしろ、〝風〟を纏って速度を上げた。


(――っ……!)


 響輝の足元を緑色の一撃が通り抜け、その衝撃で〈火柱〉が消し飛んだ。

 余波で体勢を崩すが〈風〉を纏って立て直し、響輝は眼下に視線を向けた。

 そこには、突き出した〝氷槍〟を引き戻す常盤の貴公子の姿と、彼から一直線に〈火柱〉を中心として展開していた〈針〉がえぐり取られたかのように消えている光景が広がっていた。

 そして、そのまま左へ視線を転じれば、こちらに迫る数十ほどの[氷の礫]が目に入った。


(誘われたか――)


 響輝は[氷の礫]に向かって左手を突き出し、


「【(エス)、――っ?」


『ダメ!』


 ふわり、とウルが左手の前に姿を現した。

 ちょうど、響輝の盾となる様に。


(おた――っ!)


 響輝は発動する寸前の魔術を止めた。行き場を失った魔力は荒れ狂い、今にも爆発しそうなほどに膨れ上がる。

 やや強引にその全てをウルへと送り、


(……やれ!)


 ウルを中心に蒼い波紋が生じた。

 その波紋に触れた[氷の礫]は、弾けるように砕け散った。

 響輝の魔力で魔素を拡散する力(ウルの能力)が高められ、[氷の礫]の構成(魔法)()いたのだ。

 

(――ったく、無茶しやがる)


『デキタ!』


 小言を呟きながら左手でウルの長い尾ビレを掴み、響輝は身体を左へと捻った。それと同時に右手の〈魔剣〉を下から上へ、切り上げるように振るう。

 再び、眼下に常盤の貴公子を見止めた時、〈炎〉の尾を靡かせる〈魔剣〉を投げつけた。


「―――【乞う(エスペレ)】!」


 〈魔剣〉の〈炎〉は、内包する魔力を全て使い、激しく燃え上がった。

 大きく左右に広がった〈炎〉が、ばさり、と羽ばたきのように動けば、大きな翼を持つ〈炎の鳥〉へとその姿を変える。

 大きく開いた口から声は聞こえないものの、常盤の貴公子を頭から飲み込もうと襲い掛かった。


「………」


 常盤の貴公子は腰を落とし、頭上へと〝氷槍〟を構える。

 その身体から魔力が迸り、〝氷槍〟の穂先に凝縮されていくのを見て、響輝はその場を飛び退いた。




―――轟ッ!




と。冷気を纏った竜巻が地上から空へと放たれ、〈炎の鳥〉と激突した。

 その均衡は数秒ほど。

 [氷の竜巻]は大きく開いた〈炎の鳥〉の口から中に吸い込まれていくが、〈炎の鳥〉の身体も膨張していった。

 その全てを呑み込んだ瞬間、〈炎の鳥〉は爆散した。

 飛び退いていたものの、その余波を受けて響輝はさらに後ろへ吹き飛ばされる。


(押し負けるか……っ)


 多少、魔力を消費していたとはいえ、〈炎の鳥〉は上位魔法に匹敵していたはずだ。

 響輝は吹き飛ばされながらウルを手放し、幾度か身体を回転させて体勢を整えつつ足から着地。そのまま、屈伸するように足を曲げて完全に衝撃を殺した。

 そっと両手を地に付け、引き上げつつも新たな〈魔剣〉を作り出す。

 鈍い鋼色の刃を持つ双剣だ。

 その〈魔剣〉に引き寄せられて周囲の魔素が集まり始めるが、飛んできたウルがすぐに蹴散らした。


『ヒビキ――』


(このままだ――)


 ウルに素っ気なく答え、端々を赤く染め――熱された鉄のように輝く双剣を手に前方へ駆け出した。




―――ギィィィィーンッ、




と。耳障りな音を立てて、放たれた一撃を左手の〈魔剣〉で逸らす。

 同じく、常盤の貴公子も突っ込んで来ていたのだ。

 体勢を僅かに崩した常盤の貴公子に向けて、下から突き上げるように右手の〈魔剣〉を振るうが、軽やかな身のこなしで避けられた。

 さらに一歩踏み込んで左手の〈魔剣〉を振り上げ――足元で魔素が渦巻いたのを感じて、響輝は後ろに重心を傾ける。


「【乞う(エスペレ)】!」


 足元の地面が、突き上げるように盛り上がった。響輝はソレを軽く蹴ってバック転をし着地すると、さらに後ろへと下がった。

 盛り上がった地面が高さ数メートルほどの〈壁〉になった時、その向こう側で突風が上空へと吹き荒れた。

 [風]を追って頭上を振り仰げば、そこには〝槍〟の穂先を突き付けた常盤の貴公子の姿がある。

 その穂先には、既に魔法陣が展開していた。



 上位二種融合魔法[篠突氷柱プルヴェルド・ポウアリングレイン



 魔法陣から長さ一メートル、太さは子どもほどある巨大な[氷柱]が次々と生み出され、響輝に向かって放たれた。

 迫り来る[氷柱]に対し、響輝は爪先で地面を叩く。叩いた箇所から赤い光が四方へと走り、巨大な〈魔成陣〉が描かれる。



 結界系火魔術【煉獄の檻(フレイム・ピット)



 真紅の輝きを放つ〈魔成陣〉の円に小さな〈炎〉が灯り、それは勢いを増して業火となって〈炎のドーム〉を作り出した。

 轟々と唸り声を上げる〈炎のドーム〉――【煉獄の檻(フレイム・ピット)】は、次々と降り注ぐ[氷柱]を触れた瞬間から溶かし、呑み込んでいく。

 [氷柱]の射出が終わったところで【煉獄の檻(フレイム・ピット)】を消した響輝は、前方の〈壁〉に左手の〈魔剣〉を投げつけた。

 とすっ、と突き刺さった〈魔剣〉は〈壁〉の中に消え、


「―――【乞う(エスペレ)】」


 どぷんっ、と水中に落ちたかのように〈壁〉は大地に沈む。

 常盤の貴公子の足元――すぐ下の地面に波紋が生まれ、そこから幾つもの〝何か〟が立ち上って、空に佇む常盤の貴公子に襲い掛かった。

 黒に近い茶色をしたソレは〝手〟の形をして、大人ほどの太さがあった。

 常盤の貴公子は、大地から伸ばされた〈手〉から逃れるため、上に飛びずさりながら〝氷槍〟を突き出すと横にして両手で構えた。




―――ぞくっ、




と。背筋が震え、響輝は顔を庇うように両手を挙げた。

 残った右手の〈魔剣〉の〈炎〉が勢いを増して身体を覆った瞬間、常盤の貴公子の魔力が爆発したように膨れ上がり、凍てつく風が突風となって場内を駆け巡った。

 全身に叩きつけられた衝撃を耐え切り、両手を下げると場内の全てが白く染まった――全てが凍り付いている光景が目の前に広がっていた。


(魔法陣が……なかった?)


 響輝は〈炎〉を纏ったまま、前方を見上げる。

 〈手〉は貴公子を囲むようにして凍りつき、押し潰す寸前で止まっていた。

 そこに青い斬撃が幾つも走り、切り刻まれた〈手〉の中から無傷の常盤の貴公子が姿を見せた。


(いや……元々、刻まれていたヤツか)


 ふっと吐息と共に地を這うように〈炎〉を躍らせ、凍り付いた地面を元に戻す。


「―――」


 立ち込める水蒸気を突き抜け、〝氷槍〟を構えた常盤の貴公子が突っ込んで来た。

 再び、〈魔剣〉を赤く輝かせ、響輝は迎え撃つ。

 相手の突きを交わし、間合いに潜り込んで一閃を放つも交わされ、追い打ちをかけるように放った拳大の〈火玉〉は同じく放たれた[風]によって打ち消された。

 互いに一進一退の攻防が続く中、


(――ウル……!)


すぐ近くで周囲の魔素を散らし続けるウルに制止の声を掛けた。

 サザミネとの模擬戦の時には姿を見せていなかったが、今、その姿を見せているのは、あの時とは比べものにならない程の魔素が周囲に集まってきているからだ。


(いい。もっと力を抑えろ)


『イッパイダヨ? イッパイ』


 お互い、相手の魔力に当てられ、魔力が高まり続けている。

 なら、引き寄せられる魔素の量を計算した上で、魔術を行使する方がマシだった。

 だが、ウルの力が周囲の魔素の量を不安定にして計算を狂わせ、負荷が大きくなっているのだ。

 目の前の相手に集中しようにも、カリカリ、と頭の中を掻かれているような不快感があり、なかなか集中が出来なかった。


『ヒビキ――』


 それでも力を弱めることのないウルに、


(…………なら、せめて安定させてくれ)


『ワカッタ!』


 ふわり、と上空に浮き上がり、ウルは蒼い波紋を広げる。  


(…………………………………………()りにくいなぁ)


 紙一重の攻防の中、いつも以上に繊細な制御を求める魔術に、輝きを増す魔素によって遮られる視界――それらが負担とストレスとなって、重く圧し掛かって来ていた。

 響輝は突き出された一撃を交わし、〝氷槍〟を戻す常盤の貴公子との間合いを詰める。

 右の〈魔剣〉を振り上げ――視界の隅で魔素が動いたのが見え、とっさに攻撃の手を止めて後ろへと飛び退いた。

 だが、数秒遅く、地面から吹き上がった突風に煽られて体勢が崩れる。

 そこに一撃が叩き込まれた。


「っ――!」


 回避が遅れ、左頬に鋭い痛みが走る。一瞬の熱さの後、突き刺すような冷たさに目元が歪んだ。

 常盤の貴公子の前――飛び上がった響輝の足元に緑色の魔法陣が描かれたのが見え、


「―――【乞う(エスペレ)】」


 響輝の周囲に〈風〉が渦巻いたのと魔法陣から[突風]が放たれたのは同時。

 [突風]は響輝を内包する〈風〉の球体に激突し、上空へと高く打ち上げた。

 打ち上げられた衝撃に息を詰めつつ、響輝は体勢を整える。〈風〉によって直撃は避けられたので、負傷はしていない。


「…………ははっ」


 眼下を見下ろせば、自然と漏れたのは笑いを含んだ声だった。

 徐に右手を挙げ、ひょいっ、と〈魔剣〉を〈風〉の中に放り込むと、〈風〉は〈魔剣〉の〈炎〉を消すことなく呑み込んだ。

 次の瞬間、破裂するように解けて〈炎〉を孕んだ突風が場内を通り過ぎ、凍り付いた場内が元に戻る。

 壁に当たって戻って来た熱気は程よく冷やされ、そっと響輝の頬を撫でた。




「―――やっぱ、鬱陶しいな」




 場内の魔素の輝きに、ぽつり、と呟いた。

 相手は、まだまだ余裕はありそうで、その体内を巡る魔力の流れも速い。

 それは響輝も同様で、魔力酔いの症状も出ていなかった。

 『アダナク』の時以上に魔術を使っているが、あの時と違って魔術具(いつもの腕輪)をしており、ウルとの同調率が少し上がっていることも影響しているだろう。何より、〝魔素の淀み(シャンネトル)〟の影響下ではないからだ。

 ただ、その代わりに、と言っていいのか分からないが、魔素の活性化は無視できなくなってきているが。




―――「魔術を見せてほしい」




 それなりに魔術に関するプライドはあるので、そう言われたからにはこのまま(・・・・)残り僅かな時間を使いたくない――何より、煩わしさなしに戦いたかった。

 響輝は頬に流れる血を左手の甲で拭い、


「界導院長!」


その口元に獰猛な笑みを浮かべ、観覧席にいるラフィンに叫んだ。

 右手を振るい、手の中にある物(・・・)を落とした。

 握り込むにちょうどいい太さの、長さは十五センチほどの一本の棒だ。

 一見、ただの棒に見えるが、その表面に刻まれているのは〈魔成陣〉だった。

 響輝がさらに魔力を高めれば、それに引き寄せられて魔素が集まって来た。観覧席でラフィンだけでなくニカイヤの魔力が高まったのを感じて、ウルに告げた。


「〝―――蹴散らせ。ウル〟」


 ふわり、とウルが眼前に姿を現し、一際、大きな蒼い波紋を放った。

 それに触れた魔素が大きく弾かれ、大気が震える。




―――びしりっ、




と。場内に軋んだ音が響いた。

 真っ直ぐに天井に向かうウルに、場内にある全ての魔素が吸い寄せられるように付き従う。

 上空に集まった魔素は、ウルを中心にして〝渦〟を描き、やがて、虹色の輝きを放ち始めた。

 それは〝魔素の淀み(シャンネトル)〟と似た現象だったが、空間の歪みは発生していない――ただ、ウルによって留められている(・・・・・・・)だけだった(・・・・・)

 それらは訓練場に張られた[結界]に生じた亀裂から、徐々に外へと漏れで出ていく。


(…………後で怒られるか)


 〝渦〟からウルが落ちて来るのを感じ、右手を左手の前に置いて響輝は目を閉じた。

 ウルの身体にその長い尾ビレが巻き付き、蒼い光に包まれて〝蒼い珠〟になる。ソレが眼前に来た時、響輝は瞼を開いて右手を水平に払った。




―――コォーン……、




と。軽い音が響いた。

 右手に握る棒――その小指側の側面に〝蒼い珠(ウル)〟が当たり、ぴたり、と嵌った。


「〝―――〝切り裂け〟」


 手の平が棒に吸い付くような感覚の後、刻まれた〈魔成陣〉に魔力が流れ込んで黄金色に輝いた。

 その光は〝蒼い珠〟が付いた反対側から細い糸のように放出され、幾つもの光が絡み合い、細身の刀身となる。

 黄金色に輝く刀身の表面に〝蒼い珠(ウル)〟から伝わった蒼い光が流れて、幾何学的な紋様を描いた。



 それは〝使い魔(プロテニア)〟の〝能力〟を組み込んだ〈魔剣〉。



 響輝が取り出した棒は、自作の魔儀仗だった。

 響輝は〈剣〉を軽く振り、内包する魔力や〝使い魔(ウル)〟との接続状況、刀身の重さを確認しながら地に降り立った。

 常盤の貴公子の追撃がないことを不思議に思い、そちらに視線を向ければ魔儀仗を凝視している姿が目に入った。その瞳に驚きと警戒の色が見え、少々、混乱しているのが分かる。

 ただ、付け入る隙はないため、響輝は周囲へと意識を向けた。


(上手くいったか……あまり、もたないだろうけど)


 響輝は場内にあった魔素が激減したこと――あちらの世界と変わらない環境下となったことを確認し、思わず、口元に笑みが浮かんだ。

 少し時間が経てば元の状態に戻るだろうが、久しぶりに感じる清々しさに身体が軽くなった気さえした。


腕輪(コレ)をしていても、影響は大きいか)


 魔素に満ちたこの世界で、初めて知った魔法を使う事は苦にならないが、魔術は違った。

 それはクリラマとの一戦で薄々感じていたことだったが、特に()はソレが煩わしく思えてしまったのだ。

 それに重く感じていた頭もどこかすっきりとしていて、やはり、高い魔力の〝質〟に引き寄せられた魔素の影響――いつも以上に求められる繊細な魔力制御――は、予想以上に負荷を掛けていたのだと分かった。


(やれやれ……厄介だな)


 小さく息を吐けば、やっと、常盤の貴公子の視線が響輝に移った。


「………」


 それは音が聞こえたと言うより、響輝の体内を巡る魔力の流れが加速したからだろう。

 魔素への影響を考えずに――いつも通り(・・・・・)に魔力を巡らせた。

 より鋭敏になっていく感覚に、視界に見える細やかな〝魔〟の流れは常盤の貴公子のモノ。

 つと目を細めれば、さらに〈魔眼〉が淡い輝きを放ち始めた。




―――とんっ、




と。地を蹴り、響輝は常盤の貴公子の右側に周り込むようにして間合いに入った(・・・・・・・)

 ウルが付いた〈魔剣〉を左に置いて一歩踏み出すと、やっと響輝に気付いた常盤の貴公子が身体を動かしたが――


(―――遅い)


 常盤の貴公子が振り返るよりも早く、響輝は右手の〈魔剣〉を振るう。


「っ?」


 だが、無防備な脇腹への一撃は、柔らかい手ごたえしか返って来なかった。

 翡翠色のマントが翻り、響輝の攻撃を防いだのだ。

 ぞくっ、と背筋が震え、響輝は追撃はせず、常盤の貴公子を飛び越えるように上に跳んだ。

 風を切る音がして、眼下でマントに隠れて突き出された〝氷槍〟の柄尻が、一瞬前まで響輝がいた場所を貫いている。

 響輝は身を捻りながら拳大の〈火の玉〉を数十ほど作り出し、常盤の貴公子に撃ち込んだ。

 頭上を振り仰いだ常盤の貴公子と視線が合ったのは一瞬。

 〈火の玉〉から身を護るように緑色の魔法陣が二枚(・・)、展開された。



 上位風魔法[颶風槌ヴェルド・エアープレッサーハンマー



 一撃目で全ての〈火の玉〉が消し飛び、二撃目が空中にいる響輝に迫った。

 響輝は回避行動を取らず、〈風〉で足場を作り出し――[風の大槌]に向かって突貫した。


「!」


 常盤の貴公子が僅かに目を見開き、〝氷槍〟を構える。

 迫り来る[風の大槌]に響輝は目を細め、


「――〝切り捨てろ〟」


〈魔剣〉に、一際、強い光が宿る。

 [風の大槌]に向かって一閃すると、刀身から〝蒼い斬撃〟が放たれた。

 蒼い斬撃に両断された[風の大槌]は破裂し、霧散した。

 響輝はその余波を〈風〉で受け流しつつ、〈魔剣〉を構えた。

 常盤の貴公子は目を細め、その場を後ずさりながら魔法陣を展開する。



 中位風魔法[孤月連鎖(ヴェルド・パレット)



 そこから放たれるのは数百近い、手の平ほどの大きさの[風の刃]。

 面のような攻撃に対し、響輝は〈魔剣〉を振るう。蒼い斬撃が次々と[風の刃]を切り捨て霧散される中を通り抜けた。着地した一瞬、常盤の貴公子から視線が外れるも〈魔眼〉によって魔力の流れは見えている。

 間髪入れずに横に跳んで攻撃を交わし、地を噛むようにして身を回して追撃に入る。

 同じように身を回した常盤の貴公子と真正面から衝突した。

 〝氷槍〟の突きを交わし、至近距離で牽制の魔術を放ち、切り捨て、死角を突くように飛び跳ね回る。

 常盤の貴公子は響輝の速度に辛うじてついてきている状態だが、響輝の攻撃は掠りこそすれど直撃は免れていた。


「―――はっ……」


 笑いとも呼気とも取れる声が漏れ、一段と魔力が跳ね上がった。

 それに対し、常盤の貴公子の貴公子も次第に魔力を高めている。

 響輝は足元に向かって放たれた薙ぎ払いを上に跳んで避け、びしり、と〈魔剣〉の切っ先を常盤の貴公子に向けた。

 そして、沸き上がる衝動のまま、ウルに命じる。


「〝―――撃ち抜け〟」


 〈魔剣〉が黄金の色に輝いて刀身が縮み、筒のような形――〈銃〉へと変化した。

 その側面には蒼い文様が描かれ、グリップの下に〝蒼い珠〟が付いていた。


「〝発射(ショット)〟」


 真っ直ぐに常盤の貴公子に向けられた銃口から放たれたのは、蒼い光を纏った光弾――圧縮された魔力の塊だ。

 連続して六発。

 魔力の銃弾は、全て掲げられた〝氷槍〟に着弾した。


「――ぐっ!!」


 その衝撃に耐え切れず、常盤の貴公子は吹き飛んだ。

 すとっ、と着地した響輝が〈銃〉を振り下ろすと、再び、黄金の輝きに包まれた〈銃〉は〈剣〉へとその姿を変えた。〈風〉を纏い、響輝は常盤の貴公子を追う。

 常盤の貴公子は体勢を崩しながらも着地し、倒れそうになる身体を左手を地に着くことで避けた。

 響輝は常盤の貴公子が体勢を整える前に間合いに入った。


「――ふっ!」


 だが、響輝が〈剣〉を振るうよりも早く、常盤の貴公子は呼気を吐きながら響輝の足元を狙って〝氷槍〟を横なぎに振るった。


「―――ちっ」


 響輝は真上に飛ぶことでその攻撃を避けた。

 振り抜いた〝氷槍〟からは、パキパキ、と音が漏れ、何かが剥がれて舞う。

 常盤の貴公子の頭上数メートルほどまで跳び上がった響輝は〈風〉を纏い、眼下の常盤の貴公子に〈魔剣〉を構える。




 上位風魔法[風鎖結界ヴェルド・リジェクトエリア




 常盤の貴公子を中心に、半球状に[風の結界]が展開した。

 だが、響輝は構わずに突撃した。突き出した刀身が[風の結界]に触れた瞬間、




―――すっ……、




と。吹き荒れる[風の結界]に阻まれることなく切っ先が入り、そのまま、斬り裂いた。

 (ほど)けるように[風の結界]が消えた先に見たのは、こちらに〝氷槍〟を突き出す常盤の貴公子の姿だ。〝氷槍〟は光の粒をまき散らしながら、その切っ先を響輝の胸元へ向けた。


「―――」


 それに対し、にやり、と笑みを返すと、〝氷槍〟から吹き荒れる〈()に乗って(・・・・)身を捻る。


「なっ――っ?!」


 至近距離からの一撃をふわり、と木の葉のように舞って避けた響輝に、常盤の貴公子は声を上げた。

 響輝は突き出された右腕の横に背を向けて着地し、後ろに――常盤の貴公子に向かって振り返りざまに〈剣〉を振るった。

 無防備な脇腹に〈剣〉が吸い込まれ――突然、手の中の魔力が乱れた。


(やべっ……!)


 響輝が右手を魔力で覆った瞬間、魔儀仗()が砕け散った。


「っ!」


 右手に鋭い痛みが走り、響輝は目元を歪めてその場を飛び退いた。

 痛みの走る右手を見下ろせば、砕け散った魔儀仗(柄の部分)が皮膚を切り裂き、血が滴っている。


(耐え切れなかったか……)


 どうやら魔力を送り続けていたせいで、魔儀仗の許容範囲を超えてしまったらしい。


「……ぐっ」


 常盤の貴公子も小さく呻き、左手で右の脇――胸甲のやや上の辺りを押さえて膝をつく。

 魔儀仗()が砕けたので〈剣〉も消えていたが、一撃は入っていたようだ。

 響輝が距離を取ったところで、


「―――そこまで!」


 カルマンの終了を告げる声が辺りに響いた。






         ***






(つぅ……!)


 響輝は右手の傷口に入った破片を取り除き、〈見えない穴〉から取り出したタオルを右手に巻きつけた。


「―――大丈夫ですか?」


 さらに魔力を流して治癒力を高めながら、響輝は常盤の貴公子に歩み寄った。少し眉を寄せた顔が持ち上がり、真っ直ぐに見つめてくる。


「ああ、ただの打撲だ。君の方こそ、その手は大丈夫か? あの〈剣〉が砕けたように見えたが……」

「ええ、まぁ。自業自得ですから」


 響輝は苦笑を返し、一撃を入れた場所を見つめた。


「…………ちょっと、そのままで」

「?」

「―――【乞う(エスペレ)】」


 響輝が左手の中に虹色の錫杖の形をした〈魔剣〉を作り出すと「何を――」と驚いたように僅かに目を見開く。


「それぐらいなら、治せますから」


 そう言えば、さらに目を見開いた常盤の貴公子に頷き、そっと錫杖の先を負傷した箇所に当てた。

 錫杖は虹色の光を放って触れた場所から常盤の貴公子に移り、全身を虹色の光で覆った。

 それは一瞬のことで、光が消えると〈魔剣〉も消えてしまう。

 響輝は常盤の貴公子の体内の魔力の流れを見て、


「どうですか?」

「………ああ。痛みが取れた」


 常盤の貴公子は左手で脇腹を触れていたが、痛みが完全になくなったことが分かると立ち上がった。


「治療も出来るのか?」

「まぁ、少しは。………部分的に魔力の流れを強めただけですけど」

「そうか。………ありがとう」


 攻撃した相手に感謝され、響輝は曖昧に笑った。

 常盤の貴公子は息を吐きながら高まっている魔力を鎮め始めた。すると、〝鎧〟が解けるように消え、〝氷槍〟も元の棒に戻る。


『アレ、コワレタネ?』


(ああ。また、作り直しだな……)


 元の姿に戻ったウルがすぐ近くに現れ、響輝に集まる魔素を遠ざけた。


「―――二人共、大丈夫か?」


 駆け寄ってきたカルマンは、さっと常盤の貴公子と響輝の身体を上から下まで確認し、


「イスタブール殿は……大丈夫か?」

「はい。彼に治してもらいましたので」


 さっきのか、とカルマンが視線を向けて来たので、響輝は頷いた。


「だが、一応、看てもらった方がいい」

「……分かりました」


 カルマンに常盤の貴公子が頷いた時、「――ヒビキ様」と名を呼ばれたので後ろを振り返ると、そこにはキルエラが箱を手に立っていた。


「右手の手当てを」

「いや、大丈夫だ。問題ない」

「ですが……」


 困ったように眉尻を下げるキルエラに響輝は右手のタオルを取り、さっと血を拭った。

 軽く動かして痛みがないことを確認してから、手の平を上にして差し出す。


「これは――」

「クジョウ……」

「……一体、何故」


 うっすらと赤く汚れているが、傷一つない手の平を目の辺りにしたキルエラやカルマン、常盤の貴公子は目を丸くした。

 さらに左頬の傷も布の汚れていない部分で拭うと、すっと跡形もなく消えてしまう。


今なら(・・・)、これぐらいの軽傷はすぐに治る」


 未だ〈身体強化〉は掛かっており、魔力も高まっているのでこの程度ならすぐに治って(・・・・・・)しまうのだ(・・・・・)

 軽傷程度で(・・・・・)戦闘に支障が出ることはない。


「………」


 その自己治癒力の高さに三人が口を閉ざしたので、響輝は視線を観覧席に向けた。


(結果はそこそこ、か……?)


 そこに張られていた[結界]も訓練場に張られていた[結界]と同様、罅が入っており、一同はラフィンとニカイヤの魔法によって守られていた。

 諦めと呆れが混ざったような表情の三院長と楽しそうに笑うニカイヤに、心配そうに見つめてくるレナ――そして、各国の首脳陣や〝勇者〟たちは、驚きや難しい顔をしてこちらを見下ろしていた。


(けどまぁ、説教は確実だな……)


 ひと息ついて頭上を見上げれば、ウルによって天井付近で〝渦〟を巻いていた魔素が場内に広がっていくのが見えた。

 それをぼんやりと見つめながら、響輝は体内の魔力の流れを緩やかにしていくが、


(――ってか、結構、鬱憤が溜まってたのか。俺)


どこかすっきりとした気分に、ふと、そう思う響輝だった。




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