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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第4章 エカトールの勇者たち
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第56話 特異点から生じた波紋(1)

※ 途中で視点が変わります。




「―――ふぁっ……」


 大あくびをした響輝は、そのまま座っているソファの背もたれにもたれかかり、ぼけっとした表情で天井を見上げた。

 その視線の先には、最近、隠れていることが多かった反動からか、ふよふよ、とウルが漂っている。


『オツカレ? キヅカレ?』


 響輝は緩慢な動きで右手を挙げ、魔力の塊をその指先に作り出すとウルに向かって弾く。

 それなりの速度はあったが、ふわっ、と浮き上がるようにして難なく避けられた。

 鼻から深い息を吐いて目を閉じると、右手で覆った。


(………まぁな)


 無事に〝お披露目〟は終わったものの、引き続き、首脳会談が行われるため、『オメテリア王国』に戻った響輝は図書室に向かうこともなく、あてがわれた部屋に篭っていた。

 それは三院長から「何時呼ばれても良い様、部屋で待っているように」と言われたからだ。

 ただ待つのも暇だったので、少し前まではテーブルにかじりつくようにして解析に勤しんでいたが――テーブルの上には魔法陣や〈魔成陣〉が書かれた紙が散乱していた――未だ、先日の精神的な疲労が残っていたため、数時間で(・・・・)やる気がなくなったのだ。


(ホント、あれだけは勘弁してくれないかな……)


 晩餐会や〝お披露目〟での演説などは、あちらの世界でも似たような事をしていたので気負うことはなかったが、その間に行われた舞踏会が問題だった。

 主な目的であった首脳陣たちとの顔合わせの方は、そこそこ緊張したものの、無事に終えたとは思う。相手の腹の内はどう思っていたのかは分からなかったが。

 そして、ケイシアの姿をした星霊(オミテクトリ)と踊ったことをきっかけに、次々と挨拶に訪れる女性たちの有無を言わせない気配に負けて、そのほぼ全員と踊る羽目になったのだ。

 その時の慣れないエスコートに気疲れし、舞踏会翌日の〝お披露目〟は気合いで乗り切ったため、現在、精神的な疲労はピークに達していた。


(……あー)


 ここ数日、ずっと外向きの顔をして(微笑を浮かべて)いたからか、若干、頬の辺りが筋肉痛な気がする。

 響輝は右手を退けて目を開き、身を起こすと両頬に拳を当てて少し魔力を流しながらグルグルと頬肉を回すように揉んだ。

 

(これからなんだけどな………)


 恐らく、今、首脳会談に他の〝勇者〟たちが呼ばれて旅の話が伝えられているはずで、その後、響輝が呼ばれる予定だ。


奇妙な視線(アレ)星霊(オミテクトリ)だったから、ちょっとは………)


『ドキドキダネ!』


 そこに、ウルが能天気な声で的外れなことを言って来た。


(…………してねぇよ)


『ワクワクダネ!』


(それもねぇよ!)


 はぁ、と大きなため息が漏れた。

 やる気が削がれた響輝は、頬を揉んでいた手を止めて、再びソファの背もたれにもたれかかった。











 程なくして「会談の場へ来るように」と三院長の言づけを伝えに来た近衛騎士に案内され、響輝は首脳会談の場に向かった。


「―――テスカトリ教導院〝勇者〟、ヒビキ・クジョウ様をお連れしました」


 一歩、室内に足を踏み入れた途端にそこに満ちた重苦しい空気が纏わり付いて来たのを感じたが、響輝は特に気にすることなく一礼し、さっと中を見渡した。


「―――」


 部屋の中央には円卓があり、上座に主催国の『オメテリア王国』のトルビィオ(国王)が腰を下ろしていた。

 その右側からテスカトリ教導院の三院長とレナ、『トナッカ公国』のルチリエ(大公)、『クリオガ』のアシュンダ(評議長)、『ナカシワト』のリトリック(大首長)、『シドル』のヤカテカ(首相)と並んで着席しており、首脳陣たちの左右には〝勇者〟たちが控えている。

 そして、円卓の周りを囲むように机が並べられ、そこの席に各国の文官たちが座り、壁際には各国の護衛たちが直立不動で立っていた。

 室内にいる全員の表情は固く、入室した響輝に全員の視線が集まった。


「………」


 響輝はレナたちの方へ足先を向けた。その下に着くと、他の〝勇者〟たちと同様にマロルドとレナの間――そのやや後ろに立つ。肩幅に足を開いて少し重心を落とすと、手は後ろに回して〝休め〟の状態を保つ。

 響輝が位置についたところで、「――さて」と『オメテリア王国』の国王が口を開いた。


「クジョウ殿。貴殿を呼んだのは他でもない、テスカトリ教導院に伝えた要望のことだ」


 その雰囲気は来訪の挨拶をした時のような気安さはなく、王の威厳とも言うべき気迫を纏っていた。

 周囲からの視線が強くなるのを感じながら、響輝は国王に顔を向けて頷いた。


「はい――」

「〝(レーグル)〟に定められているとおり、貴殿の〝要望〟は可能な限り叶えたいとは思っている。テスカトリ教導院からの提案も一考の価値があるものだった――」


 そこまで言い、国王は一息ついた。


「ただ、〝ゲーム〟までの期間がない。一年を切る現状では、もう少し詳しく貴殿の話を――その真意を聞かせて欲しい」


 その口調は構わないかと聞いているようで、実際のところ、有無は言わせない雰囲気があった。


「―――」


 一瞬で、室内に緊張が走った。

 それに気づきつつも響輝は頷いて、円卓を囲む面々を見渡し、


「それで、納得していただけるのでしたら――」


そして、ふっ、と不敵な笑みを口元に浮かべた。











「要望されたのは、〝エカトール〟――ひいては魔界(キアウェイ)も旅したいということだった。それに間違いはないね?」

「はい。そうです」


 国王の言葉に響輝は頷いた。

 どうやら、順序立てて聞いていき、改めて確認をするようだ。


「まずは、それを要望した理由について聞かせて欲しい」

「………それは言葉通り、異世界をこの足で旅し、直にこの世界を見たかったからです。この世界の〝先〟を掛けた〝ゲーム〟に参加するにあたって、この世界のことに無知すぎるのも如何なものかと言う思いと………あとは、私が知る魔術とは似て異なる力――〝魔法〟がありながら、異なる発展を遂げているこの世界自体にも興味がありまして」


 響輝のその説明に、ふむ、と声を上げたのは『ナカシワト』の大首長だった。


「この世界に興味を持っていただいたのは喜ばしいことだが、それは教導院でも学べないわけでもないと我々は思うのだ。各国だけでなく魔界(キアウェイ)への訪問も考えておるし、貴殿も教導院にて熱心にこの世界について学んでいると聞いているが……?」


 その言葉に響輝は頷きつつも、


「確かにそれでも知ることは出来ますが、私が知りたいのはそれだけ(・・・・)ではありませんので」

「それだけではない……?」


 訝しげな声を上げた大首長に、響輝は少し目を伏せて答えた。


「私はあちらの世界では騎士のような仕事に就き、六年弱となりますが〝魔術師が担う役目〟を果たしてきました。そして、何よりもそこで生きてきたからこそ、その仕事の重要性は十分に分かっているつもりです」


 そこで視線を上げ、円卓を囲む面々を見渡した。


「ですが、私はこの世界の人間ではありません。一体、〝ゲーム〟の勝敗がこの世界にどの様な影響を及ぼしているのか……及ぼすことになるのかも分かりません」


 あちらの世界では、常に最前線に立っていたため、〝役目〟を果たさなければどうなるのか分かっていた――否応がなく分からされた。

 こちらの世界のことはテスカトリ教導院で教わり、過去の記録にも目は通してはいるが、それだけで理解したとは思わない。


「ただ教わるだけでなく、直に見聞きして知りたいんです」


 旅の目的は異世界(未知の場所)を見て回りたいと言う好奇心が占めており、必要以上に深入りするつもりはない――ないものの、仕事の分(その分)だけは知るべきだろう。

 引き受けたことへの義務(・・)として――。


(……………それに――)


「だから旅をして知りたい、か……」


 くくっ、と声を上げたのは『クリオガ』の評議長で、口の端を上げながら尋ねてくる。


「少し、誤解を招きかねないように取られる部分もあるが?」

「………教わるだけで知れる情報には限りがあり――また、理解し難いと思います。だからこそ、魔界への訪問も考えられているのでは?」


 あっさりと切り返した響輝に評議長は笑みを消し、「………ああ、そうだ」と頷いた。


「私が望むのはそれ(・・)だけです。………それを提示した以上、手を抜くことはありません」

「―――っ!」


 続けられた響輝の言葉に、ざわりっ、と室内の空気が揺れた。

 その言葉の真意を誰もが察したからだ。


(―――半々、か……)


 その気配を固くした者と緩めた者は――。

 響輝は首脳陣や〝勇者〟をさっと見渡すも、既に感情は隠れて察することが出来なかったため、どう受け取ったのかは分からなかった。

 その中で小さく息を吐いた『シドル』の首相は、真っ直ぐに響輝に視線を向けて、


「それは〝対価〟、と言うことですか?」

「はい、そうです」


 直球の問いかけに響輝が頷くと、首相は片眉を跳ね上げたものの、それ以上は何も言わなかった。

 そして、再度、確認するように国王が尋ねて来る。


「では、貴殿は〝旅〟をする事を条件にして〝勇者〟を引き受けた――と?」

「――そうなりますね」


 口元に笑みを浮かべて、響輝は答えた。






         ***






 レティシアナはヒビキが頷いた瞬間、少し空気が変わったのを感じた。


「〝ゲーム〟に勝利した暁には、貴方は〝ある権利〟を得られますが?」


 鋭い声で問いかけたのは、ルチリエ大公だ。

 レティシアナがルチリエ大公に視線を向けると、感情の窺えない瞳でヒビキを見ていた。

 ヒビキは振り返ってルチリエ大公を真っ直ぐに見返し、少しの間があった後で頷いた。


「はい。それはお聞きしています」

「―――!」


 少し軽い――あまり興味のない口調に、周囲が息を呑んだ。

 レティシアナが晩餐会の直前にヒビキから伝えられたことを三院長に報告した時と同じだった。

 さすがにルチリエ大公も僅かに目を見開いて、ヒビキを見つめた。


「ただ、私が欲しいのは、この世界に関する知識ですから」


 周囲の反応に対して、少しだけ笑いを含んだ声でヒビキは言った。

 リトリック大首長は僅かに眉をひそめ、


「知識か。貴殿は、何故それほどに……」


思わず漏れた言葉なのだろう。

 そこまで求めている理由が理解し難い、と言いたげなその表情は、他の首脳陣の中にもあった。




「〝―――――何故、価値がないと?〟」




 それに対し、ヒビキは本当に不思議そうに問い返した。


(――っ?)


 ぞくりっ、と背筋が震えたレティシアナは、思わずヒビキを振り仰いだ。

 金色の瞳の奥に一際、強い輝きを灯し、口元に笑みを浮かべた表情――それを見て、あっ、と内心で声を漏らす。

 全く、同じだった。魔法について、勉強をしている時と――。


「未知なる知識ほど、価値があるものはありませんよ」


 彼の向こう側に座るラフィン界導院長たちがヒビキに呆れた視線を向けているのが見えたが、紡がれる言葉を止めるような素振りは見えなかった。そのまま、続けさせるつもりのようだ。


「〝理〟によって定められた力――〝魔法〟と言うものが存在するとは思いもしませんでした。既に威力や効果が定められている分、汎用性には欠けますが、一定の技術を得るには最も適した力です。魔法の属性が限られると言うデメリットはありますが、その反面、特化させることによって熟練しやすいことがメリットになりますから。――ああ、魔力制御に長けていれば魔法の幅が広がることや潜在魔力量にも左右されないこともメリットになるでしょう。

 その点、魔術は属性に囚われることがない点と汎用性に富んでいる点がメリットですが、全てが術者のセンス――何より、潜在魔力量に左右される点がデメリットとなり、その結果、魔法師よりも個々の能力によっての実力差が激しいですね。

 学導院のベルフォン教授――〝智の巫〟にお会いして、二つの〝力〟の違いについて色々と議論を重ねて来ましたが、一番、気になったのは潜在魔力量についてでした。

 魔術師は、魔力に覚醒した時点で潜在魔力量はほぼ決まってしまいますが、魔法師は魔法を使えば使うほど潜在魔力量が増えるとか。

 それをお聞きした時はとても驚きました。魔術師(私たち)の常識では、潜在魔力量の増加は、ほぼ不可能だったからです。

 似て異なる力とはいえ、同じ〝魔〟を扱うことには変わりないにも関わらず、一体、何が原因で術者に違いが出てくるのか――」


 一瞬、ヒビキは視線を遠くに向けたが、すぐに円卓の面々に戻した。


「私と教授が立てた仮説は、空気中の魔素含有量とその〝属性化〟が原因ではないか――と言うことです。

 そもそも、魔術師にとっては〝魔素〟とは生命エネルギーであり、世界の命そのものであるため、〝属性〟などはありません。それは〝世界〟が〝原初の海(オリン)〟に内包されているが故に、全ては〝同一〟であると考えられているためで、あくまでも属性は〝後付け〟――魔術を行使して発現する結果でしかないからです。

 同じく、術者の生命エネルギーである〝魔力〟も〝原初の海(オリン)〟にある〝魔〟や世界に満ちる〝魔素〟と同じものだと考えられています。

 それが、こちらの世界では〝属性〟があることが当たり前であり、世界は様々な〝色〟に満ち溢れていましたので、初めて見た時はとても驚きました。

 魔術師や魔法師は、術を行使することによって周囲の〝魔素〟の影響を大きく受けるので、この世界の環境下では魔力を使えば使うほどにその影響力は増大し、結果として、潜在魔力量の増加もより大きくなっていったのでしょう。さらに〝属性化〟した〝魔素〟によって、より顕著となっているのだと思われます」


 そこでヒビキは「〝魔素〟の違いがあるなんて、不思議だと思いませんか?」と尋ねたが、誰もその問いに答えることはなかった。


「………」


 それは答える気がないのではなく、一気にまくし立てたヒビキに呆気に取られていたからだ。

 ただ、そんな周囲を気にした様子もなく――無視している可能性が高かったが――ヒビキは言葉を続けた。

 問いかけたものの、初めから答えを求めてはいなかったのかもしれない。


環境の違い(それら)の要因として考えられるのは、恐らく、星霊(オミテクトリ)の存在だと思いますが……未だに疑問は多く残ります。

 創造主の命によって、この世界の〝調整〟を行っている星霊(オミテクトリ)は〝魔〟の化身――つまり、世界の生命エネルギーが〝意思〟を持っているということになります。話をお聞して、一種の無意識的集合体のようなものではないかと思うのですが、それにしては余りにも強大過ぎる存在です。そういう(・・・・)システム(・・・・)と言えば、それだけて事足りるのかもしれませんが………そもそも、何故、その役割を――〝魔〟を調整する役目を与えられたのか……。

 それに、その考えからすれば、魔界の在り方も大変興味深いですね。あちらには星霊(オミテクトリ)と言う存在はいないのですから。エカトール以上の魔素があるのなら、魔界にも〝そういう存在〟がいないという訳がない――」


 ヒビキがつと目を細めた次の瞬間、彼が纏う気配が鋭さを増して周囲を威圧した。


「っ………」


 誰かが息を呑む音がした。

 それは小さなものだったが、静まり返った室内には大きく響いた。


「―――話が逸れましたね」


 それで我に返ったのか、ヒビキは気配を弱め、ふっと口元に苦笑を浮かべた。


星霊(オミテクトリ)が〝調整〟しているから〝魔素〟に〝属性〟が付与されているのか、または〝属性〟があるからこそ〝調整〟しているのか――そもそも、〝魔〟に属性がある意味とは、一体何なのか…………。

 あちらの世界と変わらず、この世界も〝原初の海(オリン)〟に内包されているのなら、こちらの世界でも魔力や魔素は〝同一〟であるはず――そのことから考えられる理由としては、世界に発現したら(・・・・・・・・)属性が付与される(・・・・・・・・)と言うことになります。或は〝燃え尽きる〟寸前の輝きが、そう(・・)見えるだけなのかもしれません。その輝きが世界に溶けた時――〝原初の海(オリン)〟に還り着いて〝魔〟になると言うのならば、そう仮定も出来るでしょう」


 そこでヒビキが一息つき、再び口を開きかけた時、




「クジョウ、そこまでにしておきな。話が進まない」




 ラフィンから滲み出た魔力が周囲を圧倒し、その場にいる全員の視線が集まった。


「―――申し訳ありません。つい、熱くなってしまいました」


 ヒビキは平然とした声で謝罪すると小さく頭を下げ、口を閉ざした。

 ラフィンは、じろり、とヒビキを睨んでから、問いかけたリトリック大首長に視線を向けた。

 その魔力の矛先が一瞬だけ向けられたことに、ぴくり、と片眉を上げたものの、リトリック大首長はその視線を受け止めた。


「ご覧のとおりさ。知識への貪欲さは〝智の巫〟と同等だよ」


 少し呆れたような口ぶりで、ラフィンは言う。


「ただ知識を与えるだけなら、学導院にでも放り込めばいい。けど、実際にその目で見て肌で感じる方が、クジョウが求めているモノにより近づけるだろう。それに……」


 ちらり、とヒビキを見て、その口の端を上げた。


「大人しく教導院に収まっているのは性に合わない――どちらかと言えば、冒険者気質だからね」

「…………そのようで」


 ため息をつき、リトリック大首長は頷いた。


「―――そのお考えは分かりました」


 ルチリエ大公は動じた様子もなく、真っ直ぐにヒビキを見据え、


魔界(キアウェイ)にも訪れたいと言う理由も同じなのでしょうか……?」

「はい。エカトールよりも空気中の魔素が多いのなら、また、別の方向に発展されていると思いますので」


 ルチリエ大公は「そうですか……」と呟いた後は口を閉ざし、何かを考えるように目を伏せた。

 続いて、アシュンダ評議長が口を開いた。


「大首長殿が言われた通り、希望は出来る限り叶えたいと思っているが、連敗したことで後がないのは事実だ――もう、〝ゲーム〟に負けることは許されない」

「………」

「教導院からの報告から、魔法に関して高い適応力があるのは分かったが――環境の違いについて、聞きたい」

「それは………魔素のことですか?」

「そうだ。そちらの世界ではこの世界に比べて、だいぶ魔素が少ないと聞いた。〝旅〟に出ると言うのも、この世界の環境に慣れることが理由の一つでもあるんだろう?」


 それにはヒビキは無言で頷いた。


「そのことも教導院でどうかとも思うが――」


 そこまで言ったところで「いや――」とアシュンダ評議長は言葉を止め、息を吐いて気を取り直すと、


「教導院は、貴殿の制御能力の高さから〝使い魔(プロテニア)〟を授けることは保留していたようだが、星霊(オミテクトリ)様自ら授けたと言う―― 一体、その影響はどれほどなんだ?」


 その問いにレティシアナは息を呑み、そっとヒビキを見上げた。


(………ヒビキ様)


「影響ですか……」


 ヒビキは小さく息を吐き、


「少ない、とは言えません。本来、魔術の発動には魔力が九割に対して魔素は一割程度――へたをすれば魔力のみで行使しますので」

「そうすると、やはり、魔力酔いになる可能性は高いか……」


 つと目を細めたアシュンダ評議長に「ただ――」とヒビキは左手を上げた。その袖をめくって、そこにある腕輪を――魔術具を見せる。

 それを見て、『シドル』の面々は顔色を変えた。


「これは私専用に調整された魔術具で、体内の魔力制御の補佐や疲労回復などの回復系の魔術が刻まれています。漏れだす魔力で自動的に発動していますし、メンテナンスも出来ますので問題はありません。〝使い魔(プロテニア)〟は魔素の拡散能力に特化されていますので、影響も抑えられるでしょう」

「………ほぅ?」


 アシュンダ評議長も興味深げに腕輪を見つめた。

 そこに「ですが――」と声が上がる。ルチリエ大公だ。


「魔術の九割が魔力というと、威力などのズレは大丈夫なのかしら?」


 射抜くような視線を向けて尋ねた。


「模擬戦で色々と魔法について確認をしていたのも、そのためでしょう? 例え、その腕輪の効果があるとはいえ、魔力酔いになる危険も高いことには変わらないと思いますが?」

「環境の違いによるズレは、ある程度の感覚は掴めてきましたので魔法に関しては調整は出来ます」


 きっぱりとヒビキは言うが、「ただ――」と言葉を続けた。


「魔術となると、元々、魔素を使うのは広範囲か高威力の術式――或は守りに徹した術式を使う時ぐらいで、通常は〝魔力の質〟を高める訓練を行って魔術に込める魔力の消費を最小限に抑えることで長時間の戦闘を可能にしていますから、少々、事情が違ってきます。

 特に問題となるのは、緊急時の対応でしょう。魔法と魔術、どちらを使っているにしろ、とっさのことになればいつもの癖が出てしまいますから過剰防衛になりかねません。

 それらのことを踏まえて考えると、ご指摘の通り、魔力酔いになる可能性は高いですが、それを防ぐにはこの世界の環境に慣れるしか手がありません。

 ただ、旅をしたいというのも多少なりとも様々な環境下に身を置く方が、後々の都合が良いことも理由の一つでもあります。お渡しした魔術具――〝羅針盤〟の取り扱い説明書にも記載し、先日も〝才能〟について話した時に指摘しましたが、教導院のある島と各国とでは、空気中の魔素含有量は少し違いますから」

「………それは教導院総本部の島では等しく(・・・)魔素が存在しているということかしら?」


 ルチリエ大公に「そうです」とヒビキは頷いた。


「〝ゲーム〟の場となるところは、エカトールと魔界、双方の環境が入り乱れていると聞きました。教導院に留まって慣れるよりも各国を長期的に回って環境の変化に慣れることの方が、より効果的だと思ったからです」

「例え、〝使い魔(プロテニア)〟の加護があったとしてもかな?」


 トルビィオ国王の言葉にヒビキが頷くと、トルビィオ国王は一度目を閉じた。


「………」


 しばらくして目を開ると、さっと首脳陣を見渡した。

 そして、彼らが何も言わないことを確認し、ヒビキに視線を戻す。


「貴殿が要望した理由は分かった――ただ、あと一つ、確認したいことがある」


 少し緊張が孕んだ声で、トルビィオ国王は言った。


「魔術についてだ」

「………一通り、理論については教導院から伝わっているかと思いますが?」

「確かに受け取って入るが、見せてもらったのは〝魔法もどき〟と言っていたものだった。だから、本来の魔術――君の実力を見せてほしい」


 その言葉にヒビキは僅かに目を見開いた。






         ***






「魔術を、ですか……」


 だろうな、と響輝は内心で頷いた。

 こちらの世界に来てからは、結界系はちょくちょく使っていたものの、それ以外となると〝魔術もどき〟を除けばクリラマと一戦した時ぐらいだった。

 ただ、その時も防御がメインで、あとは距離を取っての〝応酬〟ばかり――何より、狂気に満ちたクリラマの姿が映ったあの映像は、見せられるものではないだろう。

 構いません、と頷きかけたところで、響輝は思い留まった。


「見せるとなると……実演という形でしょうか?」


 一応、先走りしないように確認すると、


「いや、模擬戦だ」


(―――おぉ……っ!)


 返ってきた言葉に、思わず、にやけそうになる口元を引き締めた。一気に疲れが吹き飛んだ。

 ちらり、と三院長の方へ視線を向けると、頷きが返ってくる。

 響輝は国王の方へ視線を戻して、分かりました、と了承の意を伝え、


「そうすると、お相手していただく方は……?」


期待するような視線を周囲に――同じように控えている〝勇者〟たちに向けた。

 向こうからの申し出なら、その可能性は大いにあるだろう。

 その様子に、ふっと国王は口元に笑みを浮かべた。


「模擬戦の相手は『トナッカ公国』〝勇者〟――イリタブール殿だ」


 その名が呼ばれれば、左側――レナの向こう側に立つテオフォル(常盤の貴公子)がこちらに身体を向け、会釈をして来た。


「魔法と槍術――双方ともに長けた実力の持ち主だ。相手に不足はないと思う」

「―――よろしく頼む」


 その身に纏う気迫に、自然と口の端が上がった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」



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