第55話 黒と蒼が舞う舞台裏
『――ふふ。やっぱり、気付いていたの? ヒビキ・クジョウ』
ウルと同様に頭の中に直接響いた声に目を細め、響輝は眼前で微笑んでいる女性を見据えた。
数日前、クランジェに婚約者だと紹介され、舞踏会の始めには仲睦まじい様子で踊っていた彼女は、近づいて来た時には〝全く同じ姿をした別人〟と入れ替わっていた。
笑いを含んだ声色に、内心でため息をつく。
(さっき、な。――おたくらの気配は姿が見えないとほとんど分からねぇけど)
入れ替わったことに気付いたのは少し前――ふと、その姿が視界に入った時だった。
その存在は世界に漂う魔素そのものであるため、〝力〟が集まった状態――つまり、〝姿〟を現さない限り、〝そこにいる〟と気付くことが出来ない。
例え、それが〈魔眼〉を発動した状態だとしても――。
(この国に来た時、感じた視線はおたくか……)
来訪初日、部屋に案内される時に感じた〝奇妙な視線〟。
その持ち主の気配が分からなかった――僅かな違和感を覚える程度のものだったのは、相手が星霊であったなら納得は出来る。
『ええ。この子が見たモノを聞いて、面白そうだったから』
そう言って、ケイシア・クロイン・コワフリーズの姿をした『オメテリア王国』の星霊は笑みを濃くした。
(――そうか)
星霊相手に僅かでも視線を感じた気がしたのは、ただの偶然か――或は敢えて気付かせたのかもしれない。
(…………最初に踊っていた時は、本人だったよな?)
『替わってくれたのよ』
彼女と瓜二つの顔に浮かぶ笑みは艶やかで、本人とは全く異なった印象を響輝に抱かせた。
(何でまた、こんな事を……)
星霊は様々な姿を取ると聞いてはいたが、まさか、他人と入れ替わって姿を見せるとは思わなかった。
それも入れ替わった相手は王族の婚約者であり、場所は注目を集める舞踏会の場で、だ。
確かに、目の前にいる星霊はケイシアと瓜二つの顔をしており、髪も瞳も萌黄色と星霊の特徴でもある〝蒼色〟は一切ない。
唯一、本人と微妙に魔力の質が異なることが違和感として覚えるだけなので、一体、どれだけの者がケイシア本人ではないと気付いているのか――誰も気づいていない可能性が高かった。
『いつもの事よ。私は影武者として公爵家で雇われているから』
(影武者として? なら、おたくの正体はあまり知られてないのか?)
星霊が一個人の傍にいる――その事の重大さを考えると影武者が星霊だと知る者は、ほんの一握りの者に限られるのだろう。
例え、その姿について尋ねられても、魔法や〝才能〟によるものだと誤魔化しも出来る。
響輝が訝しげな視線を向けると、
『ええ。影武者が星霊と知るのは婚約者とこの子の両親、国王――あとは王太子とミゼラルド、宰相の七人ね。教導院では、姫巫女と三院長も知っているわ』
レナや三院長も知っていることに、響輝は少しだけ眉をひそめた。
(………今、入れ替わっていることを知っているのは?)
『クランジェとミゼラルドに王と宰相、あとは護衛が数人だけね』
なら、わざわざ星霊が会いに来たと知っているのは、クランジェとミゼラルド、王、宰相――そして、ケイシア本人の五人だけのようだ。
また星霊が響輝に会いに来たことを三院長たちに知られたら厄介な事になりそうだが、〝オクト〟の件があるのでその意図に関しては誤魔化せる――と思いたい。
(………加護を与えている、ってことでいいんだよな?)
わざわざ、影武者として近くにいるのなら、その理由は〝気まぐれ〟ではないだろう。
先日、ケイシアが〝才能〟を使った時、使われたことが分からなかったのは、恐らく、星霊の加護によって〝魔〟を調整されていたからだ。呼吸をするように魔素を動かせる星霊にとって、意図的に動かされた魔素をそういうものだと欺くことなど、容易に出来るはずだ。
『ええ、そうよ。――他に手はなかったもの』
肩入れしているのかと暗に問えば、星霊はあっさりと肯定した。
『でも、特定の人に手を貸すことは珍しいことではないわ。私以外にも、入れ込んでいる星霊はいるから』
他の星霊の中にもいる、と言う言葉は気になったが、
(他に手がなかった………?)
『必要だったのよ』
何のために、と問う必要はなく、すぐに思い当たった。
(………〝才能〟、か)
先日の昼食会での会話から察するに、加護を与える〝何か〟があるとするなら、それしか思いつかない。
何より、星霊は〝その結果〟を聞いて響輝を見に来たようなので、彼女の〝才能〟には一目置いているのは確かだ。
『あの子にとって――いえ、あの子の〝顕の巫〟としての〝力〟は強力過ぎるから………』
(〝顕の巫〟……?)
『――聞いていなかったわね、三人の〝巫〟の名を持つ能力者のことは』
そう言えば、と星霊は呟く。
(〝巫〟………レナのことか?)
『そうよ。ちなみに、既に全員に会っているわよ? あなた』
くすくす、と笑う星霊に片眉を上げる。
レナとケイシア以外の能力者で、恐らく、二人と似た〝才能〟の持ち主となると――
(…………まさか、クリラマか?)
これまで、響輝が出会った能力者はそう多くない。
旅先での出会いを除き――〝異化〟の能力者はいなかったので――該当しそうな人物で思い浮かんだのはクリラマだけだった。
(確か、その知識が〝才能〟によるものだと言っていたが……)
『そう。〝智の巫〟ね』
(〝智の巫〟……〝知識〟ってことか。じゃあ、レナは〝記憶〟、クリラマは〝知識〟、あとケイシアは……〝見抜く目〟、か?)
視線で星霊に問えば、頷きが返ってきた。
(………なら、どうしてケイシアは教導院にいないんだ?)
『そういう存在なのよ。………私も、あまり手は貸さない方なのだけど、今回は〝力〟が強すぎてその身まで蝕まれそうだったから』
星霊は、そっと目を伏せた。
どうやら、響輝がケイシアに抱いた第一印象は気のせいではないようだ。
(……………なら、その姿の理由は――)
『こちらの方が公爵家に入りやすいし、守りやすいからよ』
恐らく、加護をするにあたって出来た〝繋がり〟の影響を利用し、〝ケイシア・クロイン・コワフリーズ〟という存在に触れたのだろう。
そして、その波長を合わせることで瓜二つの姿を得て、星霊の象徴でもある〝蒼色〟を隠した。
(…………本当にそれだけなのか?)
『―――』
星霊はただ微笑むだけで、答える事はなかった。
もう少し〝巫〟の名を持つ能力者について詳しく聞きたかったが、踊っている曲も半ばを過ぎてしまった。
時間がないため、響輝は最も気になっていることを口にした。
(それで、わざわざ会いに来たのは直接話したかったからなのか? それとも――)
そこで響輝が口を噤むと『それとも、何かしら?』と楽しげに尋ねて来た。
(…………もう、呼ばれているだろ?)
暗に必要ないだろう、と言えば、
『いいえ。はっきりと呼ばれたことはないわ』
と。星霊は言った。
『あなたから欲しいと〝ミトリ〟が言ったはずだけど?』
(………ああ。けど、どうして必要なんだ? おたくらにとっては、求めるほどのものじゃないだろ?)
ミトリに名付けた時から、オクトは響輝の前に姿を現すことがなかったので、未だに〝その理由〟については聞いていない。星霊から会いに来たのなら丁度良かった。
ゆっくりと星霊は瞬きをし、
「――っ!」
一瞬だけ、その瞳が〝碧眼〟に変わった。
『申し訳ないけど、理由を話すことは出来ないわ――【狂惰の魔王】』
ぞわり、と背筋に悪寒が走り、響輝は目を細めた。
『異世界の知識を得るために〝ゲーム〟に参加することを決めた――それが、あなたが交わした〝契約〟。そこには異世界を見て知ることが含まれているけど、名を貰う理由はあなたが求めているモノと違う』
そうでしょう、と尋ねてくる星霊に響輝は無言を返した。
『本当なら既に決めているあなたに頼むべきことではなかったのだけど……』
その言葉に、ぴくり、と片眉が動いた。
星霊はそれに気づいているのかいないのか、質問を投げかけて来た。
『〝オクト〟と〝ミトリ〟が〝名前〟を欲しがった理由が少しだけ違うことには気づいているわね?』
(それは………)
テスカトリ教導院の星霊に〝オクト〟と付けたのは、問答無用で〝使い魔〟を与えられ、その名前を考えていた時だった。
ただ純粋にウルへの〝名付け〟がうらやましそうで、やや強引にねだってきたのだ。
その時は、まだ〝名付け〟の影響はそれほど大きなものではないだろうと思っていたため、頼まれるままに〝名付け〟を行った。
その後、ミトリが〝名〟を欲しがった時は〝名〟を貰ったオクトへの羨望が半分、その効果を得ることが半分だった気がする。
『あなたが知りたいのは、〝ミトリ〟が強くねだってきた理由でしょう?』
(ああ。魔導師だから、って言っていたが……?)
『ええ。〝オクト〟もある意味ではそうだけど……』
少しだけ、疲れたような声色の星霊につと目を細める。
(理由が分からないまま、〝名〟を付けるのは嫌なんだけどな――)
答えそうにない様子に内心でため息をつき、今後も各国の星霊が会いに来ることを考えて、念のために釘を刺しておく。
オクトやミトリには、押し切られる形で〝名付け〟をしたが、何かしらの意図があるというのなら〝その理由〟は知りたかった。
それは名付けることの忌避だけでなく、ウルに発現した〝力〟の強さから与えた〝名〟の影響が響輝が予想していたよりも大きくなる可能性があったからだ。
〝名付け〟た相手が星霊なら、もしもの事がないとは分かってはいるが――。
『そうでしょうね』
響輝のその考えには気づいているようで、星霊は謝罪するように目を伏せた。
『でも、その理由を知ったら、あなたは〝もう一度〟選ぶことになるから』
だから話せない、という星霊に響輝は片眉を上げた。
『二回も〝名〟を貰っておいて、こう言うのもおかしなことだとは分かっているのだけど……』
(……………その理由を聞くまでは判断出来ねぇから〝名付け〟はしない、って言ってもか?)
『ええ。そうあなたが決めたのなら、私たちはそれに従うわ』
ひねくれた言葉に対し、星霊はあっさりとそう言い返した。
(――!)
てっきり、彼女も〝ミトリ〟と同様、強引に〝名〟を貰いに来たと思っていたので、響輝は驚いて僅かに目を見開いた。
それに〝私たち〟と言うことは、残る星霊の総意でもあることを示していることに気付き、少しだけ、唖然とした声を掛ける。
(おたくは――おたくらは〝ミトリ〟とは違うんだな。アイツは、半ば強引にかっさらっていったぞ?)
『それも申し訳なかったわ。………本当に』
星霊は苦笑を浮かべた。
その妹の悪戯を指摘された姉のような表情に、虚をつかれて言葉が出ない。
『でも、私たちが話さなくてもいつかは――』
そこまで言ったところで、『――いえ』と星霊は言葉を切った。
つと、見上げて来た瞳の奥に、蒼い光が灯る。
『あなたの師の言葉を借りるとしたら――それが知るべき事だとしたら、いずれ、自ずと知ることになるでしょう』
(―――っ!)
『その瞳――〈オリンの眼〉を持つのだから』
真っ直ぐに見つめてくる星霊から、そっと目を逸らす。
その言葉は、例え、星霊が干渉してこなかったとしても――どちらにしろ知ることになった、と言っていた。
ただ、それに気づくのが早いか遅いかだけの違いだと。
(…………………………いつ知るのか、それは分からねぇぜ?)
内心で大きく息を吐いてから視線を星霊に戻し、響輝は萌黄色の瞳を真っ直ぐに見返した。
『ええ。だから、あなたが〝それ〟を知って決断するまで、私たちは待つわ。それがせめてもの――これほど早くに〝契約〟を惑わすきっかけを作ってしまった贖罪よ』
響輝の心情に気付いているのかいないのか分からないが、星霊はそう言った。
『半身は外れ、瞳にその証を刻んだ〝魔を極めし王〟――〝魔〟を導く者よ。あなたはあちらの世界と同様、こちらの世界でも〝魔〟を見通し、その対価にふさわしいモノを得るでしょう』
(…………)
『〝外〟から見たこの世界に何を思い、何を得て、何を為すのか、或は為さないのか――それはあなた次第』
星霊は、そっと響輝の瞳を――その奥底を覗き込んだ。
『私たちが願うのは、あなたが選んだ道がこの世界にとっても最善であることだけ』
曲が終わり、響輝たちは身を離して片手を握り合ったままに一礼した。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ケイシア様と踊れて光栄でした」
星霊は微笑みながら、
『またいずれ、この地を訪れた時に会いましょう――【狂惰の魔王】』
***
(それが知るべき事なら自ずと知る、か……)
昨夜の舞踏会にて言われた星霊の言葉を思い出し、響輝は内心で息を吐いた。
『ミエルノ?』
黄金色の光の中に浮かぶ〝ウルの意識〟。
それを手の中で、グルグル、と転がしていると、呑気な声でウルが尋ねてきた。
(さぁな……)
〈魔眼〉は、それほど使い勝手が良い〝力〟ではない。より深く見るにはそれ相応のリスクもあるため、その理由に全く予想が付かない現状では冒すつもりはなかった。
『ミタラドウスルノ?』
それでもウルは〝先〟のことを尋ねてくる。
答えは決まっているはずだったが、何故か即答することが出来ず、響輝は無言を通した。
(…………あの口ぶりは――)
気長に待つ、と言った星霊は気づいているのだろう。
〈魔眼〉の性能と響輝の性格を――。
交わした〝契約〟上、〝ゲーム〟に勝つ義務は生じているが、それ以上のこと為すつもりはなかった。
〝あちら〟はあちら、〝こちら〟はこちらなのだから。
たが、〝魔術師〟であるが故に――今まで〝その役目〟を果たしてきたが故に、完全に割り切ることが出来ないのも確かで、星霊は目敏くその事に気づいたからこそ、あの言葉を投げかけてきたのだろう。
(いや、気付くのは……知ってるのは当たり前か)
師匠たちや片足を踏み入れただけの【魔王】でさえ知ることの出来るモノを星霊が知り得ないことはないだろう。
〝原初の海〟には内包されている世界――その全てが刻んで来た〝生〟の流れ、その〝記憶〟が存在しているのだ。
例え、遥か彼方にある世界のことだったとしても、捧げられた【真名】による〝繋がり〟を辿っていけば、そこで刻まれている〝流れ〟を集めることも――。
(…………………………………………………………あー、厄介事は勘弁してほしいんだけどな)
星霊が待つと言ってきた理由――その目的は二つ。
一つは、本来は〝契約〟を惑わせるべきではないため、これ以上は決断するまでは干渉しないということを誓って。
そして、もう一つは――
―――『あちらの世界と同様、こちらの世界でも〝魔〟を見通し、その対価にふさわしいモノを得るでしょう。〝外〟から見たこの世界に何を思い、何を得て、何を為すのか、或は為さないのか――それはあなた次第』
その性格を知っていたからこそ、もう一度この世界を見て選び直して欲しい、と告げたのだ。
ただ願うのはその決断が、この世界にとっても最善であることだと、言葉を添えて。
(そう易々とは…………)
これまで、師匠と〝あの人〟の教えに従って〝魔術師〟の役目を果たしてきた。
だが、たった一度――本当に一度だけだったが、その教えに反した事がある。
その結果が齎したモノは――。
『―――タノシマナイノ?』
思考の海に深く沈みかけた響輝をウルの呑気な声が引き上げる。
はっと我に返り、響輝は苦笑した。
(……………そんなわけねぇだろ)
少々、厄介事に巻き込まれそうな気がするが、それはいつものことだ。
どんな厄介事が降りかかってくるのか分かっていれば、何としてでも避けようと思うが、それが一体何なのか分からない現状では避けようがない。
なら、それまではとことんこの世界を楽しもう。
(――あ。星霊が旅を推奨してきたって言ったら、ちょっとは………いや、止めとくか)
すぐに〝何故なのか〟と理由を説明する必要が出てくることに気付き、黙っておこうと思い直す。
今でも巻き込まれそうな気がするのに、わざわざ飛び込む準備は必要ないだろう。
「――ヒビキ様。お時間です」
キルエラの声が聞こえ、響輝は閉じていた目を開いた。
現在、響輝がいるのはテスカトリ教導院総本部の自室だ。
〝お披露目〟のため、『オメテリア王国』から戻ってきたのは朝早く。身支度を整えた後は、少し出来た待ち時間に同調訓練をしていたのだ。
「ああ……」
ソファから立ち上がり、響輝はキルエラに振り返ると頷いた。
***
その日、世界中に点在する神導院を人々が囲んでいた。
一様に顔を上げ、正面の扉の上に位置している丸い窓を見つめている。
―――リィィィン、ゴォーーン……リィィィン、ゴォーーン
涼やかで重厚な音色が響き渡り、一瞬で人々の顔に緊張が走った。
ステンドグラスの窓の内側――教導院の中から光が溢れ、やがて、天にくっきりと映し出されたのは〝とある場所〟のテラス。
ちょうど、見上げる形で映し出されているそこは、テスカトリ教導院総本部の神導院だった。
建物の中に通じる扉は開かれ、その前に――テラスの中心にマイクがあり、そこに一人の男性が立っていた。
『――此度、この日を迎えられたことを〝創造主〟に感謝申し上げます』
テスカトリ教導院総本部の神導院長だ。
眼下――神導院の正面にある広場に並ぶ各国の首脳陣や招待客、さらに画面の向こうで映像を見ている世界中の人々に向けて言葉を紡いだ。
『長い歴史の中で、連続した敗北はこの世界に重い暗雲を齎すこととなりました。そのことを憂い、時には悲観したこともあるでしょう。
ですが、暗雲が消え去ることを諦めてはいけません。このまま、次世代にまで――私たちの子々孫々にまで、この暗き影を落とし続けるわけにはいかないのですから。
世界を覆う暗雲を切り裂き、希望を差し込ませるため――次世代に明るい未来を持たせるため、我らの剣としての役目を担うこととなった者がおります』
そこで神導院長は一息つき、口元に笑みを浮かべた。
『では、その者たち――我らが〝勇者〟を紹介しましよう』
朗々と、エカトールの代表――〝勇者〟となった十人の名を読み上げる。
その声に導かれるように、神導院長の背後――テラスに新たな人影が現れた。
『オメテリア王国』
クランジェ・サンクエタ・オメテリア
ミゼラルド・コンフィア
『トナッカ公国』
テオフォル・シュクセ・イリュタブール
ゼヴィータ・シュクセ・グランティス
『クリオガ』
ウィツィロ・オダッシオ
サリティリア・ジュワイラ
『ナカシワト』
ソレファラ・アンパシア
ハーティス・サンセン
『シドル』
オネット・デリカ
タシテュール・トリプソン
それぞれ、己が国の〝勇者〟が呼ばれる度に、世界各地で歓声が上がった。
『そして、最後の一人――』
と。最後に紡がれた言葉に、一瞬で音が消えた。
「――――」
誰もが息を止め、映像を食い入るように見つめた。
残る一人は、一年前、『トナッカ公国』で開催された〝開催宣言〟の折に発表されなかった、テスカトリ教導院の〝勇者〟だ。
唯一、〝姫巫女〟によって異世界から召喚され、この世界の未来を掛けた戦い――〝ゲーム〟に挑む者。
数カ月前に〝召喚成功〟の発表がされたものの、未だ、誰もその姿を見たことはないのだ。一体、どんな人物が〝勇者〟となったのか、固唾を呑んで神導院長の言葉を待っていた。
『我がテスカトリ教導院の〝勇者〟、ヒビキ・クジョウ――』
その言葉に促され、テラスに一人の青年が姿を現した。
「!」
黒い髪に金色の瞳を持つ、まだ年若い――二十歳にも満たないであろう青年。精悍な顔立ちをしているが、明らかに今代の中では最も若いと分かった。
身のこなしは軽く、見る者が見れば武芸に秀でていることは一目瞭然だったが、予想外の若さに映像を見る人々に動揺が走る。
「―――」
世界各地でざわめきが起こる中、並び立つ〝勇者〟たちを背にして神導院長は言葉を続けた。
『彼は〝姫巫女〟の呼びかけに答え、〝ゲーム〟に挑むことを引き受けてくださいました。簡単になりますが、一言、ご挨拶をさせていただきます』
神導院長は異世界人の青年に振り返った。
その視線を受けると青年は頷き、数歩ほど歩いて神導院長と立ち並んだ。
『只今、ご紹介に上がりましたテスカトリ教導院の〝勇者〟ヒビキ・クジョウです。〝姫巫女〟様の呼びかけによりこの世界に召喚され、〝勇者〟という役目を引き受けさせていただきました』
聞こえる声は耳に心地よく、不思議と惹きつけられて、人々は耳を傾けた。
『姫巫女様に召喚されてから数カ月。テスカトリ教導院のご指導の下、この世界のことを勉強している途中で、未だ、知らないことも多いです。ですが――』
「―――っ!!」
映像を注視していた人々から、どよめきが上がった。
突然、彼が纏った虹色の光――それは無属性の魔力であり、適性のない者たちにでさえ見えるほどの密度だったからだ。
そして、それは潜在魔力量の高さも示していた。
青年が右手を軽く上げると手の平の上に魔力が収束し、一つの塊となった。さらに周囲の魔素が吸い込まれるように蠢いて、その大きさが膨れ上がっていく。
『これを見ていただいたらお分かりいただけるかと思いますが、私がいた世界にも〝魔法〟は存在し、魔法師としてその力を研鑚していました。今はまだ、この世界の〝魔法〟に慣れている途中ですので、その力は微力なものかもしれません。ですが、他の〝勇者〟の皆さまと同様に〝勇者〟としての役目は果たしましょう』
人の頭ほどの大きさに膨れ上がった虹色の魔力の塊は、解けるように青年の頭上に広がり、一メルほどの魔法陣が四つ、少しの間を置いて重なるように展開した。
『―――【乞う】』
一番下の魔法陣から〈白銀色の光〉が天に立ち上り、さらに上にある魔法陣に触れた瞬間、その光を強くしていく。
「!」
映像がその〈白銀色の光〉を追い、天を映し出す。
その光は遥か頭上で大きく広がり、テスカトリ教導院総本部がある〝島〟の上空を覆った。
そして――
―――きらっ、
と。映像の中で、〝何か〟が光った。
きらきら、と虹色の〝何か〟が日の光を反射しながら雪の様に降り注いだ。
〝それ〟は、地に降りる前に儚くも消えてしまうが、まるで〝勇者〟を祝福するような、幻想的なその光景に世界中の誰もが視線を奪われていた。
それを為した青年は軽く一礼し、踵を返すと〝勇者〟たちの列に戻った。
『我らが〝勇者〟たちに勝利あれっ!』
虹色の光が降り注ぐ中で、声高に神導院長が叫ぶ。
『エカトールに希望をっ!! 次世代の子らに輝かしい未来をっ!!!』
「―――――ッ!!」
その言葉を受け、世界中で歓声が上がった。




