第54話 同床異夢の舞踏会
舞踏会の夜。
会場の上座には数十人規模の楽団が並び、優雅ながらも伸び伸びとした曲を奏でていた。
そこから扇状にテーブルが並び、着飾った千近い招待客とその間を縫うように使用人たちが歩いている。
彼らの視線を集めるのは、中央の開けた場所。
そこで、曲に合わせて踊る十一組の男女。
今代の〝勇者〟たちだ。
夫や妻、婚約者とパートナーは様々だったが、やはり、目を惹くのは最年少である〝勇者〟とそのパートナーを務める姫巫女だ。
二人は周囲の視線をもろともせずに互いに口元に微笑を浮かべ、楽しげにステップを踏んでいた。
(ひとまず、終わった……)
一曲、踊り終えたところで響輝はレナを伴って下がり、三院長の下へ向かった。
舞踏会は始まったばかりだが、既に一仕事終えた気分だった。
ただ、ひしひし、と感じる視線が逃れられない未来を暗示しているが。
(とんずらは――まぁ、無理だよな…………はぁ)
響輝が一息ついたのが分かったのか、隣を歩くレナがくすりと笑う。
三院長の下に着くと、ふっとラフィンは笑い、
「なかなか、様になっていたよ」
「――いえ」
響輝は曖昧な笑みを返した。
ラフィンは界導院の紋章と似た色――濃いエメラルドグリーン色の長袖のラウンドネックのドレスに身を包み、ぴんと伸びた背筋は凛とした気配を漂わせ、どこか気品さがにじみ出ていた。
ジェルガとマロルドも同様に、それぞれ務める院の紋章の色に近い――ジェルガは濃紺色、マロルドは少し光沢のある濃い灰色の正装を着こなしている。
また、カルマン近衛騎士団長と数人の近衛騎士たちが従いつつも周囲に視線を向け、キルエラやセリアもいた。
キルエラが差し出したトレイからグラスを二つ手に取り、一つをレナに渡した。
響輝は口に付けて喉を潤した後、
「挨拶は予定通りに……?」
二曲目が始まり、踊る者たちを見ながらジェルガに尋ねた。
「ああ。まずは『オメテリア王国』だ」
その視線の先には、王と二人の美女が立っていた。
***
「お会い出来て光栄ですわ、異世界からの〝勇者〟様」
そう言って艶やかに微笑むのは、六十代前半ぐらいの赤い髪の女性だった。
波打つようなウエーブがかかった髪は一つにまとめられ、にこりと笑う表情は人を安心させるような穏やかさがあり、不思議な雰囲気を持っていた。
『オメテリア王国』王妃――エスタレーテのその雰囲気は、実子である王太子とよく似ていた。
そして、その隣には五十代後半ぐらいのブラウン色の髪の女性がいた。側妃のイヴェルザだ。つり目がちの瞳は強気な印象を抱かせるが、王妃をたてるように少し後ろに下がった位置に立っていた。
(やっぱ、一夫多妻か……しかも、美女)
王妃も側妃も人目を惹きつけて見惚れさせる美貌を持っているが、その顔立ちはクランジェには似ていない。
もう一人、側妃がいたが既に故人らしく、その人物がクランジェの実母だとは聞いていた。
「こちらこそお会い出来て光栄です。エスタレーテ様、イヴェルザ様」
微笑を浮かべながら言い、響輝は礼をした。普通ならここで女性を褒める言葉でも投げかけるのかもしれないが、そこまでのスキルはない。
下げた視線を上げれば、じっ、とこちらを見つめている王妃と目が合った。
「………王妃様?」
何か言うべきだったか、と内心でひやりとしていると、ふわり、と王妃は微笑み、
「王や息子から、クランジェよりも若い〝勇者〟様だとお聞きしていましたが――可愛らしい方でよかったですわ」
「かわっ――えっ?」
言われた事のない言葉に素が出かけ、慌てて呑み込んだ。
それでも、少し頬が引きつるのは止められなかったが。
「王妃様。男性にそのようなお言葉は……」
少し困ったように眉尻を下げ、側妃が言うが、
「ふふっ。娘はまだまだ可愛いのだけど、最近、息子たちは可愛げがなくなってきたものだから――」
王妃は気にした様子もなく楽しげに目を細め、好奇心に満ちた瞳で見つめてくる。
『オメテリア王国』は王子が五人と王女が一人。最年長は王太子で御年三十八歳、一番若いのが二十七歳のクランジェになる。
(さすがに三十代後半の人に可愛げを求めるのもなぁ………)
肯定も否定も出来ず、曖昧な笑みを浮かべている響輝に王が苦笑混じりに言った。
「すまないな。聞き流してほしい」
「………………………いえ。初めて掛けられた言葉でしたから、少し驚きましたが」
戸惑ったまま答えると、くくっ、と喉の奥で笑う声がした。
振り返った先にいるのは、ラフィンだ。
「エスタ。若くは見えるが可愛げはないよ、特に戦闘ではね」
「――そうですの?」
あら、と王妃は少し目を見開く。
まるで、子どもの可愛いイタズラを聞いた母親のようだ。
「………………界導院長様」
響輝はラフィンにじと目を向けたが、ラフィンは気にした様子もなく右手に持つグラスに口を付けた。
そんな二人の様子に、ふふっ、と王妃は笑い、側妃も微笑を浮かべて口を開く。
「界導院長様がそう仰られたのは、フィーフルゴ様以来ですね」
「騎士団長様と……?」
響輝は小首を傾げた。
(………それって、どういう意味なんだ?)
「いやぁははっ! なかなか、面白いな貴殿は!」
自己紹介を終えた途端にそう言い放ち、バンバンッ、と響輝の肩を叩くのは『クリオガ』の評議会の評議長――アシュンダ・ウルジスだ。
五十代半ばほどの男性で、赤みがかったこげ茶色の髪に金色の瞳を持ち、熊の様に大きな体格をしていた。
その右目は眼帯で隠れ、額から頬に走る傷は隠しきれずに強面の顔を彩っていため、近寄り難い雰囲気を漂わせているが、豪快に笑う姿は見た目の恐ろしさを吹き飛ばしていた。
「面白い、ですか?」
上から押さえつけるような衝撃に少しよろめきながらも、響輝は目を瞬く。
どこからの情報から、そう言っているのだろう。
(誰だよ、そんな報告した奴は……)
部屋の周りに掛けていた魔術が見破られた気配はなかったが、気付かぬ間に見破っていた隠者がいたのだろうか。
(あの変な視線は初日だけだったんだけどなぁ………)
内心で大きく首を傾げつつ、ちらり、とラフィンを見た。
(にしても――)
ラフィンと同じく〝ウルジス〟の名を持つ評議長。
それが意味する理由は一つしかない。
(直系ってことだけど…………玄孫、来孫―― 一体、何孫になるんだ?)
評議長から見れば、二百二十年以上前の先祖と肩を並べていることになる。
あちらの世界でも同類の中には、所謂、子孫と肩を並べて戦う者もいたが、つい、マジマジと二人を見比べてしまった。
「ははっ。珍しいか?」
響輝の視線の意味を察して、評議長はそう言って来た。
ええまぁ、と響輝が答えると、
「俺も大婆様と仕事を共にすることがあるとは、子供の頃は思わなかったよ――」
くくっ、と喉の奥で笑い、ラフィンを見ると、一瞬、左目に鋭い光を宿らせた。
「ただ、ちゃんと公私は分けますがね……」
「………」
それに対して、ラフィンは一瞥するだけで何も言わなかった。
「知り合いにも何人か仕事を共にしている者もいますが……驚きました」
「ほぅ。知り合いに……?」
ふむふむ、と顎を右手で撫でながら、覗き込むように身を屈めて来た。
頭一つ分違うため圧し掛かられるような気がして、思わず、一歩足を引いた。
「……何か?」
「いや何、ウィツィロが面白いと言っていたのが、よぉく分かったよ」
身を引くと、にぃ、と獰猛な笑みを浮かべてそう言って来た。
(情報源って、あの人かよ。――ってか、そんなに喋ってねぇんだけど……)
話題になる事となると薄茶の魔刻師との一件と〈魔眼〉の事ぐらいだった。
一体、どの様な話をしたら、そんな感想を抱くことになるのだろう。
内心で小首を傾げていると、
「鍛えているようだが、もっと食べて力を付けないといけないな――」
ほれ、と付き添いの男性から受け取った大皿を響輝に差し出してきた。
そこには肉料理を多めにして、バランスよく料理が盛られている。
(………肉を勧めてくるのは国柄なのか?)
礼を言って受け取り、視線を評議長に戻すと、じっと見下ろして来る目と目が合った。
「…………」
その無言の圧力に、今食えってことか、と料理に手を出す。
食べ始めた響輝を見て、うむうむ、と評議長は満足げに頷いた。
「今度、とっておきの食材を送ろう――」
「とっておき………」
おお、と少し目を輝かせた響輝を見つつ、
「……相変わらずですね、アシュンダ殿」
どこか呆れたようにマロルドが言った。
「ん? 食事は身体作りには重要だぞ?」
小さく息を吐くマロルドを横目に「ありがとうございます」と響輝は礼を言った。
「お初にお目にかかる。『ナカシワト』の首長会代表、リトリック・ゴズマンだ」
重低音の渋い声で名乗るのは、『ナカシワト』の首長会代表――大首長の男性だった。
年は五十代後半ぐらいで、黒に近い深緑色の髪に黄色い瞳を持ち、背は響輝よりも低いが横幅は大きい。
髪は朱色の紐を組み込んで編み込まれていて、会場内にも何人か同様に施した者もおり、恐らく、国柄のものなのだろう。
響輝も名乗ると、ふむ、と見定めるような目を向けて来て、
「貴殿は、少々不思議な御仁だな」
ふっ、と口元をほころばせたかと思えば、そう言って来た。
それは決して馬鹿にした口調ではなく、どこか面白がっているような口調だった。
「………?」
その意図を図りかねていると、「いや。悪い意味ではないのだが」と大首長は言い、
「あの模擬戦の映像や教導院からの報告から思い浮かぶ御仁と実際に貴殿と会って受ける印象が、少々違ったからな。気を悪くしたら申し訳ない」
「いえ、そのようなことは……」
「正直なところ、第一階位魔法師と同等クラスの魔力と技量があると報告を受けた時は半信半疑だったのだが……あの模擬戦を見る限りでは十分納得出来るものだった」
「そう言っていただけると――」
ありがとうございます、と軽く頭を下げる。
「ただ、魔法に関してはまだ甘いところもありますので――」
響輝に「それはそうだろう」と大首長は頷いた。
「騎士団長との模擬戦では、貴殿の技量の高さは疑いようがない。魔法に関してはしっかりと指導を受け学んでいただければ、誰もが納得するだろう」
響輝は曖昧に笑った。
(やっぱ、謙遜はダメか……)
あっさりと〝上げて落とす〟――のではなく、釘を刺されてしまった。
「確か、〝異域〟への訪問と先代〝勇者〟への面会を求めてみえたな」
『ナカシワト』で最も気になっている場所のことを話題にしてくれたので、響輝は「はい――」と笑みを浮かべた。
「何でも〝異域〟内はいくつかの〝場〟に分かれ、魔物も突然出現するとお聞きしましたが……」
「そこまでご存知でしたか。……〝異域〟は大陸の中心部にあるが、その中は大陸全土の広さを持つと云われ、魔物が出現することもある」
「云われ……? 正確な広さは判明されていないのですか?」
「知っての通り、いくつかの〝場〟に分かれているのが原因なのだ。その大きさは微妙に変動し、〝出現〟する魔物も異なっている。現在、先代様が調査と管理を行っているので、少しずつだが確実な情報は得られてきているが……」
「先代様は、野守と似たようなお仕事をされているとか?」
基本的には同じだな、と大首長は頷いた。
「………その魔物が出現するというのは、〝魔素の淀み〟から堕ちてくる魔物とは違うとお聞きしましたが、姿や力も変わらないということでしょうか?」
「通常個体と変わりないが――よくご存じで」
少し驚いたように大首長は言った。
「――ええ。興味深いことばかりでしたから」
ぎくっ、としつつも響輝は微笑を返す。
(あっぶね――セーフ、か?)
少し聞き過ぎたか、と内心で冷や汗をかいた。
「三導護衛騎士団長殿との模擬戦を拝見させていただきましたが、かなりの腕をお持ちの様で――」
微笑を浮かべながらもその緑色の瞳は細められ、響輝を射抜いていた。
『トナッカ公国』大公――ルチリエ・シュクセ・カルムションと名乗ったのは灰青色の髪を持つ小柄な女性で、六十代ほどに見えるが実年齢は九十代を越えていた。
その佇まいに隙はなく、全身にくまなく魔力が巡っていた。
(結構、見た目と実年齢が違う人が多いな……)
響輝は頭の片隅でそんなことを思いつつ、
「いえ。未だ、技術は未熟だと騎士団長様との模擬戦で身に染みました……」
微笑を大公に返した。
「出来ることなら、この世界の方々と交流を持ちたいですね。それが師の教えでもありますので」
「お師匠様の――」
その言葉に幾度か大公は頷き、
「よろしければ、どの様な方なのか教えていただけますか?」
「………師のこと、ですか?」
「その若さであれほどの技術を体得させたとなると、術者としてもご高名な方なのでは……?」
「ええ、そうですね……魔術師に限らず、知らない者はいないでしょう」
色々な意味で知らぬ者はいなかったが、公の場に姿を見せることがないために都市伝説と化していた。
バカ師匠のことを説明しようと思うと、最初に〝えげつない〟と言う言葉しか出てこないが、さすがにそれは自重した。
「魔術に関しては一切の妥協を許さない、厳しい師ですね」
響輝は親の仕事関係で〝あの人〟と知り合い、その伝手で顔見知りではあったが、言葉を交わしたのは〝弟子入り〟してからだ。
「特に魔術師の基盤となる魔力制御については、徹底的に叩き込まれましたので、その点についてはかなりのものだと自負しています」
先ほどの失敗もあるので、アピールしておく。
正直なところ、〝弟子入り〟した頃の記憶は曖昧だった。通常、数年がかりで仕上げるところを必要だったとはいえ、一年ほどで魔力制御を叩き込まれた。それも一般的な合格ラインではなく、師が納得できるラインだ。
その後もその制御訓練がなくなるわけではなく、色々と基礎訓練がプラスされてやっと修行の〝準備運動〟となり、それから実戦形式の修行が始まるのだ。
「魔力制御を……それでギリアン近衛騎士団副団長殿との模擬戦では、同威力の魔法を放って見えたのですね」
「魔法と魔術は似ていますが、少々違う点もありますので。実戦形式で行うのは、師の修業が実戦形式だったことから、そちらの方が身に付きやすかったのが理由ですね」
「では、フィーフルゴ三導護衛騎士団長殿との模擬戦では、上位魔法までしか使用していないのも……?」
「騎士団長様には上位魔法までで、とお願いして手合わせをしていただきました」
すぐに意図を汲んだ大公に響輝は頷き、苦笑を浮かべた。
「理解できても経験不足は否めませんから、その隙が致命的になることもあるかと思ってのことでしたが……騎士団長様も幾度かそこを突かれました」
僅かな隙に気付き、そこを突いて来る鋭さに関しては師匠と同じだった。
「とても有意義な模擬戦になりましたが……出来るなら様々な方とお手合わせしたいですね」
「なるほど。そういう事でしたか……」
響輝の説明に大公だけでなく、付き人たちも頷いた。
「『公国』では、魔法師の育成に力を入れていると伺いましたが……?」
そこで、響輝は話を変えた。師匠のことを話していると、つい愚痴りたくなるからだ。
大公は驚いたように僅かに目を開き、ええ、と頷いた。
「お越しの際には、我が国独自の教育方法も見学いただこうかと思っています」
「それは楽しみですね」
「お会い出来て光栄です。クジョウ殿」
にこやかに笑いながら手を差し出してきたのは、『シドル』の首相――ヤテカ・エックテスだ。
まだ四十代後半ぐらいの男性で、薄茶色の髪はふわりとワックスで整えられ、赤い瞳は楽しげに細められていた。中肉中背の優男で、きっちりと礼服を着こなしているが、どこか軽い印象を受ける。
ただ、握った手の皮は厚く、ぎゅっと握り返す力もあって、職人の手をしていた。
「送っていただいた魔術具を拝見させていただきましたが、大変、興味深い代物でした」
「そう言っていただけて、何よりです」
ああやっぱりな、と最初の話題に内心で頷きつつ、響輝は笑みを返した。
「貴方が作られたとかで……術者であり、技術者であるのは貴方の世界では一般的なことなのですか?」
「いえ。そういう訳ではないですね。術者としての教育は、こちらの世界でいう学導院のような場所で学びますが、その製作技術はまた別の場所か〝弟子入り〟で覚えることになりますから」
「なるほど。ちなみに……?」
問いかける視線に「私は〝弟子入り〟のようなものですね」と響輝は答え、
「姉たちのついでになりますが」
そう付け加えた。
「……ついで?」
「姉たちが根っからの技術者で、その影響で色々と覚えるようになりまして。……こちらの世界では学導院で専攻し、そのあと『工房』に〝弟子入り〟をすると伺いましたが?」
「そうですね。そのまま、家に入る者もいますよ」
首相はそう答え、また魔術具の話題に戻した。
「………あの魔術具は貴方の世界では一般的な物だとか」
「はい。量産されている物ですね」
各国に渡したのは二つ。
一つ目は一定範囲内の〝魔〟の動きを映し出す〈羅針盤〉で、魔力を流して発動させるタイプのもの。
二つ目は〝結界〟を張る〈コイン〉だが、刻まれた〈魔成陣〉によって効果は異なり、魔石をコーティングしているので、魔力なしでも――回数制限があるが――発動出来るタイプのものだ。
ちなみに魔石を使っていない物や回数制限を越えた物をそのまま使っていることもあった。
「〈コイン〉の方は、効果が大きい物だと自力で発動する物しかなくなりますけどね」
「効果が大きい……どれぐらいの種類があるのかな?」
首相の口調が崩れた。
視界の隅で「ああ……」と三院長が呆れや諦めを含んだ視線を向けてくる。首相に付き従う数名の男女も同様だ。
(ん?――スイッチが入ったってことか?)
ある意味、地雷を踏んだかと内心でため息をつく。
「数は……五十種類以上あるかと」
一般的に知られているのは――誰もが扱える種類で、それぐらいだ。色々と凡庸性に優れているので、使い手が限られるものも含むと、正確な数は分からない。
「一つの魔石でまかなえているのかな?」
「魔石のようなものは一種しかないので、そうですね」
「おぉ……!」
かっと目を見開いた後、にやり、と笑うのは何故なのか。
「アレは風属性だったけど……」
「ええ。一番、解析しやすいものだったので……」
恐らく、もう素で話しているだろう。
どこか有無を言わせない雰囲気を漂わせているので「ははは……」と乾いた笑みを返す。
三院長は巻き込まれないためか、口を挟んでは来ない。
(クリラマとかとはちょっと違うけど………職人のおっさんたちに似てるな)
「なら、他のは――っ」
ぐいっ、と身を乗り出してきた首相に身を引いたその時、
「―――こほんっ!」
首相の後ろに控えていた一人の女性が咳払いをした。
おっと、と言う表情をして、首相は身体を元に戻す。
(――――ん?)
ちらっと女性に視線を向けて、響輝は内心で小首を傾げた。
淡い茶色の髪に細面の顔立ちには伏せられた瞳があり、背は高く、ドレス姿だったが、その佇まいはどこか有能な秘書のようだった。年は四十代半ばほどだろう。
すっと開かれた瞳は橙色で、そのまま、じとりと首相の後頭部を見据えた。
「首相――」
何気ない呼びかけだったが、首相は「分かっているよ」と言いたげに小さく笑う。
「すまない。つい、熱くなってしまって」
「……いえ」
つと女性に視線を戻すと、会釈をされた。
「申し訳ございません。拝見させていただいた魔術具が、既知の物とは大きく異なっていた物ですから――」
「それは構いませんが……」
語尾を濁すと、はっと何かに気付いたように目を瞬く。
「申し遅れました。エックテスの秘書をしています、シルリ・ペリメンテと申します。エックテスともども、よしなに」
こちらこそ、と響輝は礼を返し、
「教授には別の事を頼んでいるようなので、〈コイン〉の別種についてはお渡ししていません」
「別の……」
ほう、と興味深げな声を上げた首相に「首相――」と秘書が呼び、
「……そうでしたか。それは残念です」
少し苦笑して、首相はそう言った。
どこか気の置けない二人の様子に、
「…………失礼ですが、お二人はご親族でしょうか?」
「!」
二人は揃って目を見開いた。
ふっと首相は笑い、
「ええ、そうですよ。よくお分かりになりましたね。あまり似ていないのですが、院長様たちにお聞きに?」
「いや。私たちは話してないよ」
ラフィンが首を横に振るい、つと視線を向けて来た。
「いえ。魔力の質がよく似ていたので」
「魔力の質が……?」
首相と秘書は顔を見合わせた。
(ばぁさんの時は離れすぎて分からなかったけど……やっぱ、あっちも――)
ふふ、と笑い声が上がった。秘書だ。
「魔力の質で、ですか。……そこから指摘されたのは初めてです」
「あと、血縁者は波長も似やすいですから」
そう言うと、きらり、と首相の目が光った気がした。
「もしかして、それが分かる魔術具とかも?」
「えっ? ……ええ、ありますよ」
「その質が一体どんな感じなのかも分かるのかな?」
再び、身を乗り出して来た首相に「首相!」と小さかったが強く叫ぶ秘書。
(自由人な兄とそれを諌める妹ってところか………)
***
各国の首脳陣との挨拶を終えて、響輝は一息ついた。
周囲では話しかけようとタイミングを図っているような気配がするが、歩み寄ってくる二つの気配に気づいたら、誰もがその足を止めていた。
『――キタヨ?』
ずっと、大人しく黙っていたウルが声を掛けて来た。
(ああ。分かってるよ……)
今ならな、と呟いて小さく息を吐く。
いつかは来るだろうと思っていたが、この場で接触を図ってくるとは思わなかった。
「――それじゃあ、離れるよ」
ラフィンの言葉に響輝とレナは頷いた。
三院長が護衛の半数を引きつれて離れ、その場には響輝とレナ、セリア、キルエラの四人に騎士が二人だけ残った。
離れていく三院長に招待客の視線が集まる中、響輝たちは一組の男女を迎えた。
「クジョウ殿、姫巫女様。楽しんでいただけていますか?」
微笑を浮かべながら尋ねてくるのは、クランジェだ。
「はい。少々、緊張していますが……」
「その様には見えませんでしたよ」
ふふっ、と笑いながらそう言い、クランジェはつとレナに視線を向けた。
「―――では気分転換に一曲、踊っていただけますか?」
「はい。喜んで――」
レナは笑みを返し、差し出された手を取った。
(なるほど……)
ゆっくりと会場の中央に向かうその背を見送って、響輝はケイシアに振り返った。
手を差し出し、礼をするように腰を折る。
「私と踊っていただけますか?」
「――はい」
儚げな微笑を浮かべ、ケイシアは響輝の手に手をのせた。
先を歩く二人に続き、少し離れた場所でケイシアと向き合う。
曲が始まった。
最初に踊った曲よりもやや早いテンポでステップを踏む。
周囲に意識を向けつつ、視線は真っ直ぐにケイシアを見た。
(中々、手の込んだことをするんだな――――星霊)
ウルに呼びかけるように呟くと、
『――ふふ。やっぱり、気付いていたの? ヒビキ・クジョウ』
ウルとは違った若い女性の、涼やかで笑いを含んだ声が返ってきた。




