第53話 黒、異世界の晩餐会へ
※ 途中で視点が変わります。
晩餐会当日。
〝勇者〟としての正装に着替え、響輝はキルエラの先導で控室に向かっていた。
『オメテリア王国』に来た時と同様に整えられた髪が気になり、ぽりぽり、と頭をかく。
微かにざわめきが聞こえるものの招待客や使用人たちが通る廊下とは別のところ通っているのか、響輝とキルエラ以外の人影はなかった。
等間隔に並ぶ窓の向こうはすっかり日が落ち、圧し掛かるような大きさの丸い月が二つ浮かんでいた。
(晩餐会、な………)
あちらの世界で、最後にパーティに出席したのはいつだっただろう。
入社してからいくつものパーティに引っ張り出されたがドロドロとした会話は面倒臭いだけで、ただひたすら出されている高い料理を悪友やチームメイト、久しぶりに会う同期と一緒に食べていた。
アレに就任してからは数えるほどしか出席せず、周りに来るのは悪友を含めた部下たちと同類ぐらいだったので比較的楽になったが。
(…………一応、初めて公の場に出ることになるのか)
―――「【凶魔】はそんなことは気にしないわ。もし、気にするとしたら――」
ふと、思い出すのは、師匠の下を離れる時に言われた〝あの人〟の言葉だった。
―――それは師匠の下を離れ、〝国際機関〟の本部があるアメリカに旅立つ日のこと。
短くとも濃密な時間を過ごした家の前には、姉二人と〝あの人〟――アメリカまで付き添うのは両親だけだ――さらに、近所の人たちが見送りに集まっていた。
その中に師匠の姿はなかったが、「だよなぁ」と納得しただけだ。むしろ、その姿を見ようものなら「何かの罠か?!」と警戒してしまい、ゆっくりと別れの挨拶をする事が出来なかっただろう。
「まずは第一印象が大事だからね? 日本人は若く見られがちなんだから、舐められないようにしっかりと魔力は練っておくこと! あっ……でも、背伸びをしていることに気づかれたら元も子もないから……えっと……つまり、大事なのは平常心よ平常心! いつも言っているでしょ? 手の平に〝人〟を三回書いて呑み込むのよ?」
そう言う〝あの人〟が、一番、慌てふためいていた。
仕事の事となれば厳しく、凛とした佇まいで何処か近寄り難い雰囲気を纏っているのに、普段はコロコロと表情の変わる――明るくて、優しい人だった。
「先生が慌ててどうするんですか? 手、出して下さい。手!」
その様子に呆れたように姉貴が言った。
周りも「先生は……」と苦笑している。
「えぇっ――だ、大丈夫よ?」
「早く早く!」
「……わ、分かったわ」
驚いて目を見開くも姉貴に促され、おずおずと右手を差し出した。
弟子に大人しく手を差し出し、そこに〝人〟の字を書いてもらっている師匠と言う光景に小首を傾げた。
時折、二人の立場が逆になることが不思議でならない。自分と師匠の場合、絶対に起こらない光景だからだ。
〝あの人〟のもう一人の弟子である姉さんは、そんな二人の様子に「もう……」とため息をついたが、
「まぁ、二人は放っておきましょう――」
そう言うと真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「あなたは落ち着いていますね……」
まぁ、と曖昧に答える。
多少はドキドキしているが、それは師匠たちや家族と離れて暮らすことから来るものだ。〝国際機関〟の入社式に対しては、まだ一週間も先のことなので不安や緊張でガチガチになることはなかった。
気負いのない様子に、よろしい、と言う風に姉さんは頷き、
「これから……いえ、ココを出ていくということは〝あの方〟の弟子として見られることになります。ですが、〝あの方〟に恥じないようにとは言いません。そのような些細な事に興味はないでしょう――」
〝あの方〟もあなたも、と、少し呆れたように姉さんは付け加えた。
確かに姉さんの言う通りだったので、こくり、と素直に頷く。
師匠の唯一の弟子だからと言って、恥じないようにと畏まるつもりは全くなかった。
自分が出来る範囲で、魔術師としての〝役目〟を果たそうと思っていた。
そう思うのは、師匠から「弟子にしたのは気まぐれだ」とはっきりと言われたからだ。
それに師匠は弟子が他者からどう評価されようと――例え、自分自身のことだとしても――気にしないだろう。
もし、気にするタイプだったら、〝最凶〟や〝魔の災厄〟などの様々な名で呼ばれてはいないはず。
だから、手元から離れた自分のことなど、馬鹿な事をしない限りは気にも留めないのではとも思っていた。
その考えが間違いだったと理解させられるのは、この日から二週間も経たない頃のことだ。
ただ、師匠の弟子と言う事実――〝弟子入り〟から魔術師となったことは、色々とトラブルを引っ張ってくることは容易に想像がついたので、その点に関しては考えると憂鬱になった。
さらに神出鬼没や都市伝説と化している師匠のことを何かと聞かれるから気を付けろと言われたことが、その気持ちに拍車をかけていた。
「………はぁ」
やれやれと思っているのを見透かしたのか、何故か姉さんは大きなため息をついた。
それに小首を傾げた時、
「ふふっ――そうね。【凶魔】はそんなことは気にしないわ」
姉貴のおまじないの効果が出たようで、だいぶ、落ち着いた声で〝あの人〟は言った。
その隣で、そうそう、と姉貴も頷いている。
「もし、気にするとすれば、一度、決めた事を諦めること――その意思を曲げないか、よ」
凛とした表情に、その気配が変わったことに気付き、はっとして姿勢を正す。
とても澄んだ――黄金の煌めきを宿す碧眼で〝あの人〟は見つめてくると、にっこり、と笑った。
見惚れるような綺麗な笑みに、息を呑む。
「例え、どんなことであろうと意思を曲げるだけは許さないと思うわ。だから、やると決めたのならやり遂げなさい。ヒビキ――」
「―――ヒビキ様」
ぼんやりと月を見上げながら歩いていると、キルエラの声が聞こえた。
「………」
窓の外に向けていた顔を前に戻すと、正面にある扉の前でキルエラは立ち止まって振り返っていた。
どうやら控室についたようだ。
響輝は少し距離を置いて立ち止まると、さっと身だしなみを整えてキルエラに頷いた。
―――「大丈夫。もし、それが愚かな事だったら、【凶魔】はあなたが何処にいようと全力で潰しに行くから。それはあなたもよく知ってるでしょ?」
そして、最後に付け加えられたその言葉が現実となったのは、まだ、ほんの数年前の事だった。
響輝が控室に入ると、既に『オメテリア王国』の〝勇者〟二人以外は揃っていた。
いくつかソファがあり、それぞれに思い思いに寛いでいる。
集まった視線に目礼で答えつつ、響輝は右側に足を向けた。
その先に待つのは、レナとセリアの二人だ。
「――ヒビキ様」
目が合うと、ソファから立ち上がったレナは小さく笑みを浮かべて声を掛けて来た。
響輝は僅かに目を見開き、無言で頷きを返してレナに歩み寄った。
「?」
その響輝の様子にレナが不思議そうに小首を傾げれば、その銀色の髪の中で青い光の粒がシャンデリアの光を反射して煌めいた。
彼女の長い髪は左右の髪を編み込んで後頭部でひとまとめにされ、小指の先ほどの大きさの青色の宝石が散りばめられた髪飾りをしているのだ。
淡い翡翠色のドレスは腰よりやや高い位置から薄いシフォンを重ねたようなデザインで、裾に行くにつれてその色を濃くしていき、裾の辺りには銀色の刺繍が施されている。
そして、Vラインのほっそりとした白い首元には、虹色の宝石が填め込まれたシンプルなデザインのネックレスをしていた。
「どうされました?」
「………いや、何でも」
目を瞬くレナから少し目を逸らしつつ曖昧に答え、そのまま、他の〝勇者〟たちに視線を向けた。
(だいたい、似た感じか……)
男性陣は――藍の魔法師長だけローブを羽織っていたが――落ち着いた濃いめの色の礼服を身に纏い、一方、女性陣はレナと同様に色鮮やかなドレス姿だ。
漆黒の冒険者は、鮮やかな赤いトランペットドレス――スカートのウエストから裾にかけて大きくフロアしたもので、スレンダーな身体がより一層際立ち、艶やかさが増している。
白銀の魔法師は、天色のリボンをモチーフにしたオフショルダーのドレスで、白銀の髪は蒼い紐を編み込んでいた。
そして、緑の魔具工は、東雲色のラウンドネックのレースのロングドレスで、癖のある髪はバレッタで一つにまとめられ、メガネはかけていなかった。
ばちっと目が合えば、ヒラヒラと手を振られたので会釈をした。
「……?」
不思議そうなレナの視線が頬に突き刺さるが、無言で受け流していると、くすり、とセリアとキルエラが同時に笑みを零した。
ぴくり、と肩を震わせてレナに視線を戻せば、「……えっ?」と不思議そうにセリアを振り返っていた。
「いえ……」
セリアはそれだけを言い、口元に笑みを浮かべたまま口を閉ざした。
響輝は、ちらり、とキルエラを見ると、微笑を返される。
(……何だかなぁ)
見惚れたことに気づかれて、響輝はため息をついた。
***
王城の大広間――晩餐会の会場。
その奥には天井まで届くほどの大きな扉があり、そこから続く階段の先に上座となるテーブルが横一列にあった。その上座から大広間に入る扉近くまでテーブルが三列、並べられている。すでに出席者たちは席に着いていた。
各国の首脳陣たちは上座に二席ずつ開けて座っており、ジェルガはそのほぼ中央に腰を下ろしていた。
右隣は『オメテリア王国』国王のトルビィオ、左隣はラフィンが座っている。
左側の壁際にある壇上に『オメテリア王国』の宰相が立ち、晩餐会の開始を告げた。
(――まずは初顔合わせ、だな)
ジェルガはそっと息を吐いた。
挨拶自体は明日の舞踏会となるが、これがトルビィオ国王を除いた首脳陣とヒビキとの初顔合わせだ。
首脳会談にてヒビキの〝旅〟のことを告げた時の各国の首脳陣の反応は予想通りであり、今のところ、その範疇を越えてはいない。
ただ、『オメテリア王国』から〝顕の巫〟との面会を申し出があったことは予想していたよりも早かったが、その結果が齎すものは有利にこそなれど不利にはならないという判断から承諾した。
〝顕の巫〟とは〝智の巫〟や〝姫巫女〟と同様に〝巫〟の名を与えられた――〝ゲーム〟に大きく関わる〝才能〟を持つ――能力者のことだ。
〝姫巫女〟のように創造主に選ばれたのではなく、
〝智の巫〟のように受け継がれる英知ではなく、
〝導き〟の一つとして、稀に顕現する〝才能〟――。
『オメテリア王国』はヒビキの〝願い〟に関しては理解し、その協力を約束したものの確信が欲しかったのだろう。
ジェルガたちの予想は当たり、面会後はより一層協力的となった『オメテリア王国』の手を借りて、『シドル』との交渉も随分と進んだ。
(内から漏れる光、か……)
〝顕の巫〟が見たモノについては、テスカトリ教導院だけでなく他の四カ国にも周知されている。
それは、彼女がヒビキと面会した事はすぐに各国の知るところとなったため、翌日の首脳会談で情報開示を求められた『オメテリア王国』が了承して伝えたからだ。
ただ、〝顕の巫〟の言葉は抽象的な事が多く、今回も黄金色の光を纏っていたと言う曖昧な結果となったため、『オメテリア王国』も詳しいことは未だ検証中としか言い様がなかったようだが。
(〝黄金色〟となれば、あの時と同じだが……)
ジェルガたちは〝黄金色の光〟とは、召喚した時に見た魔力の奔流から〝魔力〟のことではないかと予想していたが、先代たちが様々な〝加護〟を授かったように、未だにヒビキの内に眠っている〝力〟を示している可能性も捨てきれず、断言することは出来なかった。
ただ、それでもテスカトリ教導院だけでなく〝顕の巫〟でさえも〝解析不明〟と言う結果は、会談に小さくはない波紋を広げた。
〝顕の巫〟でも見通し切れぬ潜在能力への期待と〝旅〟に出すことへの不安を――。
宰相の口上が続く中、異世界人の〝勇者〟との邂逅が近づいてくることから、左右からピリピリとした気配を感じ、ジェルガはラフィンに視線を向けた。
(元々は〝掟〟に従ったまでのことだったが……)
ラフィンは視線を感じたのか、真っ直ぐに会場内に向けていた眼差しをジェルガに向けた。
何だい、と問いかける視線に小さく頭を振るい、目を伏せる。
(………情報があって理解はしていても、本当の意味ではしきれていないか)
テスカトリ教導院に定められた〝掟〟の下、ヒビキの〝願い〟を叶えようと出来得る限りのことをしてきたが、最も力を入れていたのが彼女だった。
前回の〝ゲーム〟の後、第一階位冒険者として活動を続け、冒険者を引退してから界導院に入ったラフィンは確実に実績を上げ、早々にギルド支部の支部長に就いた。
そして、数十年かけて各国を回った後に総本部入りを果し、院長となってからは、それまでの伝手を駆使してギルドの情報網を強化し続けたのだ。
その理由はただ一つ――。
〝とある理念〟の思想の下に我らテスカトリ教導院に害を為す存在、〝日天の福音〟。
世界の奥底に蔓延る狂気の闇――それから〝勇者〟を守り抜くために。
(全く、無茶をする……)
その存在を知りつつ彼を〝旅〟に出すのは、〝掟〟に従うと共に〝異世界人はテスカトリ教導院にいる〟という概念を目くらましにして〝彼〟を守ることにもなるからだ。
そして、手元を離れると言うことの危険性も踏まえて考えても、〝姫巫女〟と同様に〝その願い〟を――。
「それでは、我らが〝勇者〟様たちのご入場です。皆様、ご起立下さい――」
宰相の言葉にざっとイスを引く音が鳴り響き、全員が立ち上がって階段を振り返った。
どこからか華やかな曲が流れてくると、階段の先にある扉がこちら側に開かれる。
「『クリオガ』の〝勇者〟ウィツィロ・オダッシオ様、サリティリア・ジュワイラ様」
その先から一組の男女が姿を現し、一度、階段の最上部で立ち止まって礼をした後、二人揃って階段を降り始めた。
***
レティシアナは、大広間に通じる扉の前で〝勇者〟たちと共に入場までの僅かな時間を待っていた。
入場時には名前が呼ばれるのでその順番で並び、レティシアナとヒビキは最後尾だ。
「………」
静まり返っている中、レティシアナは目を伏せるとそっと息を吐いた。
もうすぐ入場となる。
緊張で鼓動が速くなり、それを抑えようと胸元に手を置いて深呼吸を繰り返した。
〝姫巫女〟として〝テスカトリ〟の名を賜ってからは〝勇者〟が選出される度にその国を訪れ、時に招かれることもあったが、千人近い前に出るのは『トナッカ公国』での〝開催宣言〟以来だった。
その頃は〝召喚〟に失敗し続けていたため、召喚した〝勇者〟と共にこの場に立つ日が来ると、想像出来なかった。
「お時間となりました。皆様、ご準備ください」
扉の前に控えていた騎士が告げると、扉の向こうから華やかな曲が聞こえ始めた。
そして、向こう側に向かって扉が開かれる。
『『クリオガ』の〝勇者〟ウィツィロ・オダッシオ様、サリティリア・ジュワイラ様――』
演奏と共に名が呼ばれ、先頭に立つ二人がその向こうに足を進めて消えた。
少しの間を置いて、『トナッカ公国』の〝勇者〟の名が呼ばれる。
「………」
ちらり、とヒビキを見ると、彼は真っ直ぐに扉の向こう――会場に視線を向けていた。
〝勇者〟を引き受けるまでの時と同じく、〝能力〟が発動している金色の瞳を。
―――「それに何を見出して、どうするかはおたく次第だ」
先代の時の悔恨や反省を踏まえ、今代が〝何か〟を願ったのなら出来る限りの手を尽くそうと思った。
それが望まれているから何度も過去を見るのだと、ずっと思っていた。
(………違うの?)
けれど、それは過去に囚われ過ぎていたということなのだろうか。
支えきれなかった――最後までこの世界に目を向けることなかった先代。
だから今代こそは、と。
―――「ただ、見るべきものを見逃すことだけはしてはいけないよ」
―――「何を見せたいんだろうな?」
ただひたすらに〝力〟と異世界の知識を求めた者がいた。
身に付けた技術を提供し、魔法具の発展に貢献した者がいた。
各国の〝勇者〟たちと多くの言葉を交わし、英雄と称えられた者がいた。
この世界を憂い、その身を削るように戦った者がいた。
〝才能〟が、今までのテスカトリ教導院の〝勇者〟たちが何を思って〝ゲーム〟に挑んだのか――その姿を見せてくる。
―――「だから〝ゲーム〟開始まで、〝旅〟をしようと思うんだ」
先代たちが〝ゲーム〟までにテスカトリ教導院に願った内容も様々で幾つもあったことが常だったが、今代が願ったのは唯一つ――〝この世界と魔界を旅する〟と言う事だけ。
その時、告げた声に込められた感情は好奇心で占められ、この世界への興味に満ち溢れていた。
前例のないことに戸惑いは大きかったが、その〝願い〟を聞けたことが嬉しかったのも確かだった。
『『オメテリア王国』の〝勇者〟クランジェ・サンクエタ・オメテリア様、ミゼラルド・コンフィア様――』
前に立つ二人が呼ばれて、いよいよレティシアナたちの番となった。
「〝――レナ〟」
不思議と、ヒビキの声は演奏で掻き消えることなくレティシアナの耳に届いた。
「?」
つと、問う様な視線を向けると、金色の瞳と目が合った。
「〝〝勇者〟を引き受けたのは、この世界を見たかったからだ。だから〝旅〟することを願った――〟」
「!」
ヒビキの突然の告白に大きく目を見開き、はっと扉の左右に立っている騎士たちに視線を向けた。
無言のまま立っている姿に、彼らにはヒビキの声が聞こえなかったのだと気づく。
どうやら、魔術を使ってレティシアナだけに声を届けているようだ。
ほっとして、レティシアナは無言でヒビキに視線を戻した。
「〝それを叶えてくれるなら、俺も全力を尽くす〟」
「………ヒビキ、様」
その瞳は黄金色に輝き、からかうような感情は一切見えず、真剣にレティシアナを見つめていた。
まるで、改めて宣誓しているような言葉に目を見開く。
「――どうして、それほどに?」
そして、掠れた声で呟くように尋ねた。
今なら、ヒビキは答えてくれる気が――その真意を聞ける気がした。
ヒビキは、ふっとその口元を緩め、
「〝ココが異世界だからさ〟」
その答えは、いつも彼が見せていた姿そのもの――〝好奇心〟だと告げていた。
「〝あちらの世界と異なる〝理〟が定められている――俺はただ、ソレが知りたいんだ〟」
ただ、それは本当に〝好奇心〟だけなのだろうか。
「〝理〟、を……?」
その瞳に呑まれながら尋ねると、ああ、とヒビキは頷いた。
『――そして、テスカトリ教導院の〝勇者〟ヒビキ・クジョウ様、〝姫巫女〟レティシアナ・テスカトリ・ミスフォル様』
名を呼ばれて、はっ、と我に返ったレティシアナは扉の向こうに視線を向けた。
「レナ――」
「………」
はっきりと聞こえたヒビキの声。
視線を戻すと、すっと目の前に手が差し出された。
「――行こう」
「はい……!」
レティシアナはそっとその手を取り、頷いた。
その名が読み上げられると、誰もが上座にある扉の先を見通そうとするかのように注視した。
姿を現したのは、まだ年若い二人の男女――。
階段を下りる手前で一礼し、二人が顔を上げた瞬間、大広間の空気が変わった。
煌々とした輝きを放つ黄金色の瞳が大広間を見渡せば、その身から滲み出る質の高い魔力を感じて、その場にいる誰もが息を呑んだ。
まだ十代後半にしか見えないものの精悍な顔立ちをしており、青年は堂々たる佇まいで〝姫巫女〟を伴い、ゆっくりと階段を降りてくる。
「―――」
時折、〝姫巫女〟を気遣うように視線を向け、それに気づいた〝姫巫女〟が小さく笑みをこぼした。
そんな二人に――〝彼〟の一挙一動に会場にいる全員の視線が集まっていたが、青年は毅然とした姿で受け止めており、むしろ、周囲を圧するような覇気を放っていた。
周囲の視線を集めたまま階段を降りきったところで、青年はさっと上座に立つ者たちを見渡すと――ふっ、と笑みを浮かべた。
それは、まるで、彼らに挑戦するような笑みだった。
―――それが、テスカトリ教導院の今代の〝勇者〟が初めて公の場に姿を見せた時のことだ。




