第52話 才能と魔眼
※ 途中で視点が変わります。
ひとまず自己紹介も終わり、響輝はお茶を飲むことで一息ついた。
(あー……やっちまったな)
入室した時よりも強い視線を感じつつ、茶菓子に手を伸ばす。
キルエラから〝勇者〟たちについての話を聞いた時、まさか、とは思っていた。
その後、改めて関連する本を読み漁って分かったことは基礎理論だけだったので、クリラマに聞こうとしたが、反対に魔術の質問攻めに遭って出来なかった。
実際に施された能力者に会った方が早いかと思っていたところに「気になりますか?」とキルエラに訊かれたので、会いたい旨を伝えれば――
―――「それでしたら、すぐにお会いできるかと」
―――「?」
―――「『シドル』の〝勇者〟様、タシテュール・トリプソン様はご自身にも〝魄紋〟を施しておみえですから」
返ってきたその言葉には驚いたが、とりあえず、お茶会を待つことにした。
それでも、つい、王城の図書室で調べてしまったが、そこで知り得たのはテスカトリ教導院で分かった事と大差なかったので、あまり知られていない技法なのかもしれない。
(まさか………ホントに、アレが――)
ちらっ、と『シドル』の〝勇者〟――タシテュールを盗み見ると、
「………」
その向こう側から、もう一人の『シドル』の〝勇者〟――オネットが身を乗り出してきたので、ばちり、と目が合った。
「ねぇ、一つ聞いてもいいかしら?」
金茶色の瞳は爛々と輝き、さらに興味津々の声を掛けられて、
(………嫌な予感しかねぇんだけど)
内心で顔をしかめつつ、響輝は小首を傾げた。
「何でしょうか?」
「さっきの事! トリプソンさんの〝魄紋〟を見て、能力がどうこう言っていたじゃない?」
「………そこは見逃していただけると、ありがたいんですが」
あぁやっぱりな、と視線を逸らした。
このまま、先ほどの一件はなかったことにしてくれないかと思っていたが甘かったようだ。
(魔具工なら、魔術具の方を聞いてくると思ったんだけどなぁ……)
いくつか魔術具を送っているはずなので、魔術具の方の話を振って欲しかった。
「ううん、物凄く気になるわ! どうして、能力の発現条件に至ったのか!」
ですよね、と緑の魔具工は、隣に座る薄茶の魔刻師に話を振った。
彼は無言で響輝を見た後、目を伏せて口を開く。
「…………多少は」
薄茶の魔刻師が頷くと緑の魔具工は満足げ笑みを浮かべ、
「皆さんはどうかしら?」
周りを見渡した。
その問いに他の〝勇者〟たちは、視線を交わす者や好奇の視線を向けてくる者、目を伏せる者など様々な反応を見せる。
(おいおい、この流れって…………まさか、説明させる気か?!)
頬が引きつるのは、カップを口元に持ってくることで隠した。レナに視線を向けると、少し戸惑った様子で面々を見渡していた。
止めるべきか話を進めるべきか、迷っているようだ。
「――そうだな。君の世界の話も興味深いが、君から見た我々の世界の〝才能〟についても気になるな」
「えぇ。よかったら話してくれないかしら? クジョウくん」
そして、同意の声を上げたのは『トナッカ公国』の〝勇者〟――ゼヴィータと『クリオガ』の〝勇者〟――サリティリアの二人。
「そうですね……」
響輝はカップをソーサーに戻しながら、少し固い笑みを返した。
『サビ! サビ!』
(おたくは黙ってろ……!)
ウルの言葉が〝身から出た錆〟の略だと直感し、内心で叫ぶ。
「あくまでも主観の事で、分かりにくいこともあるかと思うのですが――」
「いや、そう気にするな」
それでも何とか断ろうとしたが、『クリオガ』の〝勇者〟――ウィツィロに朗らかに笑いながらそう言われてしまい、響輝は口を閉ざした。
「他の世界の者から俺たちの〝才能〟がどう見えたのか、知りたいだけさ」
「ですが……」
問う様な視線を薄茶の魔刻師に向けると、何を言いたいのか察したようで頷いてきた。
「オダッシオ殿が言うように異世界人には〝魄紋〟がどう見えたのか、気にはなる――」
「………そうですか」
これで、半数の〝勇者〟に話を聞きたいと言われてしまった。
他の面々は何も言わないので、止めるつもりはないのだろう。
(ここまで来たら仕方ねぇか……………たぶん、試しも入っているんだろうし)
レナと視線を交わすと、お願いします、と頷かれた。
「――分かりました。ただ、考えがまとまったわけではないので、支離滅裂な部分があると思います。そこはご容赦ください」
うんうん、と無言で頷く緑の魔具工の姿が視界の隅に映り、響輝は内心で大きくため息をついた。
「元々、こちらの世界の〝才能〟に興味がありました。自分が知る〝能力〟とは、色々と違っていましたから」
「そうなの?」
緑の魔具工は、パチパチ、と目を瞬いた。
「あちらの世界では〝能力〟と呼ばれる力は一種類で、所有者の数も七人だけです。こちらの世界の〝才能〟のような力は、空想上の――物語の中の代物ですね」
「七人だけって……」
その表情が言外に「少ないのね」と言っている気がして、響輝は苦笑を返した。
(ホントは〝最大で〟だけどな……)
何故、最大七人しか現れないのか――様々な推測がされているものの、未だに結論は出ていない。
その辺りのことに触れると更に説明が長くなるため、何も言わずに話を進めた。
「ひとまず、〝能力〟についてご説明させていただきます。その方が、皆さんも〝才能〟と比較しやすいと思いますので……」
「―――」
そう提案すると、全員が頷いた。
「〝能力〟については、簡潔に教導院には説明しましたが……?」
最初にそう問うと、藍の魔法師長が口を開いた。
「確かに、教導院から報告は来ている。魔力感知と魔力量の増加――主にこの二つだと」
「はい。もう少し正確に言えば〝魔を制する能力〟となります」
「〝魔〟を制する?」
ぴくり、と藍の魔法師長は片眉を動かす。
「あちらの世界の〝能力〟は、こちらの世界の〝才能〟のように先天的なものではなく、後天的に発現する力であり、その発現条件も確認されています」
銀の冒険者は「ほぅ?」と声を上げ――にやり、と笑った。
「――だが、誰でも得られるわけではないと?」
「ええ、まぁ……」
響輝は曖昧な笑みを返した。アピールには気づかれたようだ。
「こちらの世界で言えば…………そうですね。第一階位魔法師となった〝証〟――と表した方が分かりやすいでしょうか」
「……第一階位の〝証〟?」
第一階位魔法師と聞いて、『ナカシワト』の〝勇者〟――ソレファラは、初めて無表情の顔を動かした。
その形の良い眉を僅かに、だが。
「第二階位魔法師から第一階位魔法師に至るにあたって〝壁〟があるように、魔術師として一段階上がるために越えなければならないもの――と言う事です。
魔術師が魔術を極めた時、〝外〟――〝とある場所〟に触れることで〝能力〟は発現します」
「………〝とある場所〟?」
白銀の魔法師は、さらに眉を寄せた。
「それは、今いる〝世界〟とは別の空間――次元と次元の狭間のことであり、無限に広がり続けるその中には無数の〝世界〟を抱いている、と言われています。
また、ありとあらゆるもの全てが生まれた場所で、死が訪れた時に還り着き、様々な記憶を内包するのだとも――。
〝魔〟と〝記憶〟に満ち溢れたその場所の名は――〝原初の海〟。
そして、その一端に触れた〝証〟として発現する〝能力〟を〈オリンの眼〉――通称〈魔眼〉と呼んでいます。
〈魔眼〉が発現した魔術師は魔導師と呼ばれ、〝原初の海〟から〝魔〟を体内に取り込んで己の力とすることや、そこから〝世界〟を覗くことによって〝世界〟に満ちる〝魔〟の流れを読み解くことが出来るようになります」
そこまで話したところで響輝は口を閉ざし、カップに手を伸ばした。
お互いに一息つくためだ。
「〝原初の海〟か……」
藍の魔法師長は目を細めて呟いた。その表情から、今一つピンと来ていないのは察することができ、それはこの部屋にいる響輝以外の全員だった。
彼が呟いてから誰も口を開かないため、室内に沈黙が降りた。
「君はこの世界の――その、〝外〟にも〝原初の海〟が広がっていると考えているということかな?」
やがて、声を響かせたのは『オメテリア王国』の〝勇者〟――ミゼラルドで、この場にいる全員の疑問を投げかけて来た。
響輝はカップをソーサーに戻し、赤銅の騎士に頷いた。
「そうでなければ、私はこの世界で〝能力〟が使えませんから」
「! それは一体、どう言う……?」
ぴくり、と赤銅の騎士は片眉を動かした。
「〝能力〟の発現条件の一つに、〝原初の海〟との道を保つ必要があります。………もし、道が途切れた場合、〝能力〟を使うことは出来ませんので」
「!」
誰もが驚きで息を呑んだ。
(やっぱり、使えなくなることはないのか……)
なら、〝能力〟を失うことへの恐怖もないのだろう。
〝能力〟は〝原初の海〟に触れた〝証〟――触れ続けることで現れる力であり、その力を得られたわけではなかった。
そのため、〝能力〟を使う度に道を伝って――正確に言えば〝繋いだ痕跡〟を辿って――〝原初の海〟に触れなければ、発動することが出来ないのだ。
ならば、何故その力を得られないのか――。
その理由は簡単で、魔術師は常に〝原初の海〟に触れ続けていることが出来ないからだ。
〝能力〟を発動すれば〝原初の海〟から流れてくる高濃度の〝魔〟をその身に受けることになるが、それは身体に多大な負荷をかけた。
例え、それを最小限に抑えようと制御能力を高めたとしても、完全にゼロに抑えることは出来ず、徐々に身体は蝕まれていき――やがて、耐え切れずに身体が壊れ、〝魔術師としての死〟を迎えることになるのだ。
そして、〝原初の海〟への道も消え、〝能力〟も失うことに――。
(ホント、悪友の言う〝能力〟だな。こっちの世界の〝能力〟は……)
力を求めていながらも〝魔術師としての死〟を恐れた防衛本能がソレを拒むと言う矛盾を孕んでいる〝能力〟と比べると、〝才能〟はあまりにも皮肉に満ちていた。
(まぁ、【嚇怒】の旦那もいるし………どれだけ力を扱えるかは実力次第、ってことは変わらねぇか)
ただ、現在の【魔王】の中には二百年以上、その座についている怪物や、長時間発動し続けても――今の響輝のように――問題ない者もおり、実力次第では長く〝能力〟を持ち続けることが可能だと、証明はされている。
こちらの世界で〝才能〟を与えられた者も、その力を最大限に発揮できるかどうかは与えられた者次第だろう。
「ですから、この世界で〝能力〟が発動出来るのなら、この世界の〝外〟にも〝原初の海〟が広がっていると言う事になります。………それに姫巫女様が異世界人を召喚されているのでしたら、尚更――」
「………」
すぐに理解してもらうことは難しいと予想していたので、困惑した彼らの反応に慌てることなく響輝は話を続けた。
「簡単にお見せすることは出来ませんが――」
そして、つと、クランジェに視線を留める。
それにつられるように、他の〝勇者〟たちの視線も彼に集まった。
「殿下なら、よくご存知の場所ですよ」
「―――私が?」
クランジェは僅かに目を見開いた。
響輝は右手を掲げて、手の平を上に向けた。そこに収まるように、ウルが姿を現す。
『ナニナニ?』
「〝使い魔〟と同調した時に辿りつくその場所こそ、〝原初の海〟ですから」
「!」
クランジェは目を見開き、「あそこが……?」と呟いた。
(あとは…………)
『モヤモヤダネ!』
(モヤモヤって……)
恐らく、〝魔素の淀み〟の向こうに広がる場所も――。
「あちらの世界の常識では、魔術を極めなければ〝原初の海〟に触れることも存在を感知することも出来ないのですが………」
響輝は苦笑しながら、ウルをテーブルの上に置いた。尾ビレの寝床に収まったウルから視線を上げて、〝勇者〟たちを見渡した。
「以上があちらの世界の〝能力〟と、その発動条件となります」
(………ふぅ)
〝能力〟について話し終えたところで、響輝は深く息を吐いてカップに手を伸ばした。
喉を潤し、かさついた唇を舐めてから本題に入った。
「テスカトリ教導院で、こちらの世界では先天的に〝能力〟を得ることが――授かるのだと聞いて、あまりにも〝能力〟の発現の仕方と違ったので驚きました」
薄茶の魔刻師の両腕に視線を向けて、つと目を細めた。
「ただ、何人かの能力者の方とお会いして思ったことですが…………発現の仕方こそ違いますが、こちらの世界の〝才能〟も〝外〟と関わりはあるようです」
「………我々の〝才能〟も、〝能力〟のように〝外〟に触れて得たと?」
藍の魔法師長は眉を寄せて尋ねて来た。
「いえ、そういうわけではなく……」
直感と〈魔眼〉で得た情報を思い出しながら、響輝は視線を泳がせた。
「先天的な開花ならば〝加護〟の一種――そうですね……例えるとしたら、流れる力の傍流………いえ、〝欠片〟を手に入れたということではないかと――」
「〝欠片〟?」
訝しげな藍の魔法師長の声。
―――〝欠片〟
そう言葉にしたら、すとん、と納得できた。
響輝は内心で頷きながら、少し目を伏せて話を続けた。
「この世界も内包している〝原初の海〟から零れ落ちた〝欠片〟を得て………いえ、零れ落ちることはあり得ないので、それが星霊の祝福と言うことではないでしょうか。
〝欠片〟を育んだものこそ、この〝世界〟での能力であり、発現する力が各国で異なるのは育った環境――空気中の魔素やその国柄が要因ではないかと。
〝強化〟は体内の魔力循環器官に特化され、
〝装化〟は同じく魔力循環器官に加えて、魔力の制御能力が備わり、
〝獣化〟も同じく魔力循環器官と魔力の制御能力――さらに魔素の魔力への転換器官が発達したものでしょう。
そして、唯一の例外――突然変異としての〝異化〟です」
そして、顔を上げて全員を見渡してから、付け加える。
「〝欠片〟として授かるのでしたら、召喚された異世界人が〝才能〟を得ることの理由もつきます。恐らく、この世界に呼び出された時点で〝欠片〟は与えられていて、〝契り〟を交わすことで開花する――」
ここまでが響輝がたどり着いた〝才能〟の結論だった。
「以上が、私の〝才能〟についての考察ですが……?」
いかがでしょうか、と尋ねると、目を細めた薄茶の魔刻師が口を開いた。
「…………俺を見て、君はその結論に達したのか?」
「はい。それまでは確信していなかったのですが……」
数秒、話すべきか否か迷ったが、響輝は言葉を続けた。
「〝魄紋〟は〝使い魔〟と同様〝外〟と――〝原初の海〟と繋がっていたので、確信に至りました」
「………」
ぴくり、と薄茶の魔刻師は眉を動かしたものの、何も言わなかった。
「〝魄紋〟は能力強化だと伺いましたが、その根本的な役割は〝能力〟の根源を元にして〝外〟との繋がりを作り出し、そこから〝魔〟を魔力に転換していたので……」
「――!」
「〝外〟から得た〝魔〟は、容易に制御することは出来ません。ですが、〝魔〟を基にした〝器〟があるのなら、受け入れることも――自らの能力の強化に繋げやすいのではないかと……」
「………そうか」
目を伏せた薄茶の魔刻師に、響輝は言葉を続けた。
「魔術は〝世界の理〟を書き換える力ですが、魔法はその全てが〝法則〟として〝世界の理〟の一部となっています。……恐らく、〝魄紋〟の陣構成は〝使い魔〟との繋がりを魔法陣にしたものでは……?」
「!」
薄茶の魔刻師は、はっと顔を上げた。
驚きの色を浮かべた瞳に、やっぱり、と思いながら、
「……………素晴らしい才能をお持ちだったんですね、開発された方は」
「――っ!」
その言葉に、薄茶の魔刻師は息を呑んだ。
とある本に〝魄紋〟の開発者は『ゾデューク工房』の初代工房長だと記されていた。
先の〝ゲーム〟に向けて開発され、先代のテスカトリ教導院の〝勇者〟にも施されていた――と。
「………」
薄茶の魔刻師は無言で目礼した。
「中々、興味深い話だな……」
藍の魔法師長は、一瞬、薄茶の魔刻師を見てから、そう感想を漏らした。
「我々の〝能力〟は、世界の〝外〟にある〝原初の海〟の〝欠片〟……星霊様が摘み取り、与えて下さったものか」
「はい。〝使い魔〟も〝卵〟でしたから、そう言い表した方が――」
カップに手を伸ばしながら、何となしにそう言った時だった。
一瞬、周囲の気配が変わった。
(――ん?)
何だ、と顔を上げると、訝しげな視線ばかり目に付いた。
「――〝卵〟?」
何だそれは、と言いたげな表情で『トナッカ公国』の〝勇者〟――テオフォルは呟いた。
「………〝使い魔〟をテスカトリ教導院の星霊から授かった時に、頂いたものですが――」
言葉を続けていくと、全員の目に驚きの色が見えて来たので口を閉ざす。
「………何か?」
「〝使い魔〟の〝卵〟とは、何のことだ?」
訝しげに眉をひそめた藍の魔法師長に「〝卵〟は〝卵〟ですけど……」と少しズレた返答をして、クランジェに振り返った。
目が合うと、クランジェはパチパチと目を瞬き、
「〝使い魔〟を授かった時は〝卵〟は見てはいませんが……?」
「………そう、なんですか?」
はて、どういう事だと響輝は小首を傾げた。
(んん? 普通は違うって、ノースは言っていたが………)
ヒビキ様、と呼ばれてレナに振り返れば、困惑した様子が目に付いた。
「そのお話は……」
「……話してなかったか?」
星霊から〝使い魔〟を貰った時の事を詳しく話していなかったかと思い小声で尋ねると「……はい」と小さく頷かれた。
(…………直接貰った、としか言ってなかったか?)
正直、旅に出る前日のことだったので、〝卵〟のことまで話したかは覚えていない。
(――ってか、何で知らないんだ?)
ノースが〝正式な貰い方ではない〟と言っていたのは、〝星霊から直接貰ったこと〟だと思っていた。
まさか、〝卵〟で授かることを知らないとは思わなかった。
〝契約〟する時は、立会人はいないのだろうか。
(さて、どするか……)
この状況をどう収めようかと悩んだのは数秒。もうここまで来たらやけっぱちだ。
「私が〝使い魔〟を授かった時は、〝卵〟の形をしていましたので――」
右手を前に出し、魔力を集める。
(あの時は……鶏の卵ぐらいだったな……)
〈魔剣〉の要領で、手の中に〝虹色の卵〟を作り出した。
ころり、と手の中に転がるソレを見て、周囲の気配が驚きで揺れた。
出来上がった〝虹色の卵〟を左手の親指と人差し指で摘み、目の前に掲げる。
「ちょうど、この様なものですね。中心部から、強い力を感じました……」
「えっ? 何それ?」
目を大きく見開いた緑の魔具工に、どうぞ、とテーブルの上に〝卵〟を転がした。
ころころ、とカップや皿を避けるように転がっていき、ピタリ、と彼女の前で真っ直ぐに立つように止まった。
「えぇっ……!」
緑の魔具工は、ぎょっとして身を引いた。
恐る恐る、指先を近づけ、ちょんちょんと〝卵〟の表面を突いた。
「…………えっ……魔力の塊?」
「魔剣みたいなものですね。……こちらでは、あまり剣以外の形にはしないようですが、あちらでは様々な形にすることが普通ですから」
「魔剣……確かに、魔力と少しの魔素しか……」
『ナカシワト』の〝勇者〟――ハーティスは僅かに目を見開き、〝卵〟を凝視している。
「魔術師は、その特性から魔力制御に力を入れて鍛えますから〈魔剣〉の形状は多種多様になります。そのまま、魔術の源にする場合もありますし……」
「源に?」
やはり興味があるのか、尋ねてくる白藍の魔剣使いに響輝は頷き、
「………使っても?」
せっかくなので魔術の実演もしようと、レナや他の〝勇者〟たちに視線を向けた。
「…………」
レナや〝勇者〟たちは無言で頷いてきたので、右手を挙げた。
〝卵〟が浮き上がり、ぱしっ、と勢いよく手の中に戻る。
「!」
そのことに誰もが目を丸くする中、響輝は右手の平の上で、ころころ、と〝卵〟を転がした。
〝何〟をしようかと悩んだのは数秒。
「―――【乞う】」
ポーン、と跳ねるように〝卵〟が天井に向かう。
「―――」
ソレを全員が視線で追った。
〝卵〟は頭上にあるシャンデリアのすぐ近くまで上がると弾け、虹色の光が天井いっぱいに広がった。
「ぅわっ……!」
誰かが、感嘆の声を上げた。
頭上に広がった虹色の光――それらは小さな塊となって、室内に降り注いだ。
ヒラヒラ、と舞い落ちてくるのは、様々な色をした小指の先の大きさの〝花びら〟だ。
淡い光を纏う〝花びら〟は、シャンデリアの光でその色を変えながら舞い落ちてくるが、響輝たちに触れる前に虚空に溶けるように消えていった。
イメージは、〝百花繚乱〟。
色々な花が咲き乱れる――というわけではないが、輝き舞う色とりどりの〝花びら〟に誰もが視線を奪われていた。
「これが魔術です――」
半ば呆然と頭上を仰ぎ見る彼らに対し、響輝は口元に笑みを浮かべながら言った。
***
お茶会を終えたヒビキと共に、キルエラは彼があてがわれた部屋に戻った。
「―――はぁ……」
ヒビキはラフな服装に着替えると、ソファに身を投げ出して大きなため息をついた。
背もたれにのけ反るようにもたれかかり、片手で目元を覆っている。半開きの口からは「あー……」と間伸びた声が漏れており、精神的な疲労が大きいようだ。
キルエラはその様子に声を掛けるべきか悩んだが、
「………キルエラ、お茶を頼む」
「すぐ、ご用意いたします」
お茶会から戻ってきたばかりだったが頷きを返し、失礼します、と部屋を後にして廊下を歩く。
彼が何について考えているのか――思いつくのは一つだけだ。
(〝魄紋〟について………)
各国の〝勇者〟について説明してから、改めて魔法陣の刻印に関する本を読み出した時は気づかなかったが、ベルフォン教授に〝魄紋〟について尋ねたのを聞いて、興味を持ったのだと分かった。
ただ、ベルフォン教授は魔術の解析に忙しく、全く相手にされなかった――むしろ、魔術についての質問攻めに遭ったので、聞くのを断念していたが。
その後、考え込むヒビキに確かめてみると「〝魄紋〟を施した能力者に会いたい」と言われ、それならばタシテュールに会った方が早い事を伝えた。
タシテュールは『ゾデューク工房』を継いですぐに隠居したため、能力者に〝魄紋〟を施したという話は聞かず、先代が施した能力者を探すには、多少時間がかかるからだ。
―――「本人も〝魄紋〟があるのか? ――ってか、どうやって施したんだ?」
―――「それは……分かりかねますが、その両腕に施されているのは確かです。トリプソン様は〝強化〟の能力者でもありますから」
―――「ふぅん……」
―――「早く面会できるように手配いたしましょうか?」
―――「…………いや、いい。隠居しているなら、根掘り葉掘り聞くのは難しいだろ……」
―――「それは、そうですが………よろしいのですか?」
―――「別に、何でもかんでも聞くことはしねぇよ」
―――「………」
―――「一応、これでも技術者の端くれなんだけどな……」
それに見ればだいたい分かる、と付け加えながら、肩をすくめていたヒビキ。
その後はニカイヤ団長との模擬戦に明け暮れていたので、それほど〝魄紋〟に興味を持ったわけではないのかと思っていたのだが、
―――「なん……だと……?」
タシテュールを見た時のヒビキの様子――愕然とした表情は、初めて見る反応だった。
それも『クリオガ』の〝森〟に行った時や魔動車を見た時、サザミネとの模擬戦の時の表情――未知に対する興味から来る感情ではなく、むしろ、正反対の感情を抱いているような気がした。
(一体、何を……?)
ヒビキは〝魄紋〟に何を見たのか――何を、求めていたのだろう。
お茶の用意をして部屋に戻ると、ヒビキは相変わらずソファに座っていたが、肘掛けに頬杖をつき、目の前に浮かべた虹色の魔法陣を睨んでいた。
キルエラはお茶をテーブルに並べてからソファの脇に控え、視線は魔法陣に向けつつ口を開いた。
「お探しのモノはありましたか――?」
「ん? あー………そうだな」
ふぅ、と息を吐く音がして振り返ると、ヒビキはいつの間にかカップを手にし、その水面に視線を落としていた。
「どちらとも言えないな……」
その口元の端が上がり、歪んだ笑み――自嘲を浮かべていた。
(どちらとも……?)
ヒビキは一口飲んで、目の前の魔法陣に視線を向けた。
静かな室内に、カチャ、とカップがソーサーに置かれる音が響く。
「本に載っていた基礎理論と〈魔眼〉で見えたもので、だいたいの構成は分かったけど…………能力者でも、こうも違うんだな」
「〝才能〟と〝能力〟、ですか……」
ヒビキの〝才能〟に関する考察は、レティシアナが三院長に――〝勇者〟たちも各国の首脳陣に――報告しているだろう。
〝原初の海〟や〝欠片〟など、聞きなれない概念や単語には〝勇者〟たちと同様に困惑したが、その時のヒビキの表情から、彼が確信していることは気づいていた。
興味を示したモノにはその身を削るほどに没頭し、それを理解した時に浮かべていた表情と全く同じだったからだ。
「〈魔眼〉は魔術の極みで、〝才能〟は加護の一つ…………魔法も加護だ。〝枷〟もなく、属性が限定されるのなら苦も無く扱える」
その言葉はキルエラに対してのものではなく、独白に近かった。
「加護………星霊の加護………世界の祝福が〝力〟を与えるか…………」
「………ヒビキ様の世界には、そういうモノは……?」
ヒビキは、ちらり、と視線を向けてきて、
「加護か? 加護、なぁ………」
思い出すように視線を彷徨わせ、小首を傾げた。
「あるような、ないような………いや、この世界で言う加護みたいなものはないな」
「………そうなのですか?」
「ああ。………むしろ、貰ったら呪われそうだ」
顔を逸らして紡がれた言葉。
何故、そう声を漏らしたのか理由が分からず、問う様な視線を向けていると「いや、忘れてくれ」とヒビキは首を横に振った。
再び、肘掛けに頬杖をつき、
「こういう時に限って来ねぇな……」
「それは………星霊様のこと、でしょうか?」
誰のことを言っているのか、推測でしかなかったが「ああ……」とヒビキは頷いた。
「旅に出る前は、あんなに菓子をたかりに来たのにな………」
「………確かに帰られてからは、一度も姿をお見掛けしませんね」
元々、その姿を見ることが稀だったので気にしていなかったが、その口ぶりからヒビキは待っていたようだった。
「お見えになられても、あまりお話はされませんが……?」
「まぁ、それはそうなんだけどな……」
「………何か、お心当たりが?」
つと目を細めたヒビキの気配が、僅かに揺れた気がした。
「ん? ……いや、別に」
ヒビキは首を横に振った。
(気のせい、かしら……?)
内心で小首を傾げていると、
「…………………考えていても、仕方ねぇか」
ヒビキが身を起こすと、ふわり、とウルが姿を現した。
魔法陣を散らして、一瞬で〝蒼い珠〟と化し、ぽとり、とヒビキの右手に収まる。
「………」
同調訓練の邪魔にならないように、キルエラは壁際に下がった。




