第51話 勇者邂逅
※ 途中で視点が変わります。
テスカトリ教導院主催のお茶会――他国の〝勇者〟との顔合わせ当日。
身支度を終えた響輝は、近くの部屋で呼ばれるのを待っていた。
ウルとの同調訓練をしながら――。
『キンチョー、シテル?』
(ん? してねぇよ)
『ドキドキダヨ?』
(そりゃ、他の〝勇者〟と会えるからな……)
緊張というより、高揚に近い。
この世界の魔素を初めて見た時や魔界に転移した時のような――。
『タノシミ?』
(………………まぁな)
少し鼻歌混じりに〝蒼い珠〟をこねくり回す。
『キテルネ?』
(ああ……)
少し離れた場所にある、いくつかの気配。
時間が経つにつれて、一つまた一つと高い魔力を持つ気配が――〝勇者〟たちが集まってきていた。
その中にはラフィンやニカイヤと同等クラス――第一階位魔法師らしき気配もあり、さらに、それに近い潜在魔力量を持つ気配も一つだけではない。
『キラキラシテル!』
(キラキラって………まぁ、そうだけどさ)
もうちょっと別の言い方はないのかと、響輝はため息をついた。
魔法師は魔力を感じることが出来ても適性のある魔素しか見えないが、魔術師は双方ともに〝光〟として――こちらの世界では〝色付き〟で――見えた。
それは、例え根源が異なっていても、同じ〝魔〟の輝きであることに変わりはないからだ。
〈魔眼〉を持つ魔導師は、特にその力が強く――ウルも同じものが見えるため、キラキラ、と輝いていると言うのだろう。
(………似たような能力もあるんだな)
昨日会った、萌黄の公爵令嬢。
その能力は、魔法師の属性や潜在魔力量が〝オーラ〟として見え、その色や強弱で実力も図る事が出来る力だと言う。
―――「端々から黄金色の光が漏れていて」
響輝の〝オーラ〟に見えたと言う〝黄金色の光〟は、〈魔眼〉の影響によるものだと、すぐに分かった。
『王国』を訪れてから、常に〈魔眼〉が発動状態だったとはいえ、易々とその〝オーラ〟に能力が表れていたのなら、例え、魔力を抑えたとしてもその力を欺くことは出来ないだろう。
恐らく、〈魔眼〉同様、見え方が違うのだ。
(〝異化〟ってことは、多くはないないか……一人の可能性もあるし)
元々、魔力を完全に隠せるわけではないが、そこまで正確に見抜く事に――〈魔眼〉に似た力があることに、驚いた。
『イロイロダネ?』
(………そうだな)
一息つき、響輝は閉じていた瞼を開く。右手の中にある蒼い珠は、そのまま虚空に溶けるようにして消えた。
響輝はソファから立ち上がると、軽く身だしなみを整える。服装は『王国』を訪れた時に着ていた正装と似たデザインのもので、多少は装飾が少ない。
(大人しくしていろよ……)
ウルに軽く声を掛けたところで、ドアがノックされた。返事をする間もなく開かれ、キルエラが姿を現した。
「――ヒビキ様、お時間です」
「ああ。分かった」
〝勇者〟との対面だ。
お茶会の場所は、二部屋離れた談話室。
ドアの前でキルエラが振り返ったので、響輝は小さく頷いた。
それを見てキルエラはドアに向き直り、
「失礼します。ヒビキ・クジョウ様をお連れしました」
ノックして中に入ると、ドアを留めた。
響輝は小さく息を吸い、開かれたドアをくぐって、部屋に足を踏み入れる。
その瞬間、いくつかの感情をのせた視線が身体に突き刺さった。
(うぉっと……)
久しぶりの感覚に内心で声を上げつつ、室内に数歩ほど進んで「失礼します」と軽く頭を下げた。
顔を上げると、ドアの正面にレナと十人の〝勇者〟が並び立ち、部屋の隅には侍女たちが控えていた。
〝勇者〟は二十代半ばから五十代ほどの男女で、つと、右端の人物へ視線を向ける。
そこに立つのは、昨日、図書室で会った白銀の王子――クランジェだ。
「―――」
目が合うとクランジェは、にこり、と笑った。
その隣には赤銅色の髪に金色の瞳を持つ、三十代半ばほどの白い騎士服を着た男性が立っていた。
クランジェの隣に立つ騎士となれば、もう一人の『オメテリア王国』の〝勇者〟――ミゼラルド・コンフィアだろう。
更に左に視線を移すと、見定めるような視線を向けてくる男性が二人。
(男二人ってことは『トナッカ公国』か……)
一人は三十代ほどの常盤色の髪を短く切った、スラリ、と背の高い男性で、貴公子然とした顔立ちは、その視線の鋭さに拍車をかけている気がした。
もう一人は五十代ほどと、見た目は十人の中で一番年上に見える男性だ。
露草色の髪をオールバックにしているため、その甘いマスクが晒されているが、切れ長の淡褐色の瞳に宿る強すぎる眼光が、何処か近寄り難い雰囲気を醸し出している。
(――ん?)
ふと、誰かに似ている気がしたが、響輝は次の二人に視線を移した。
続く男女のペアは、一目見て『クリオガ』の〝勇者〟だと分かった。
こちらに興味深げな視線を投げかけて自然体で立っているものの、全く隙が見えず、響輝の一挙一動に注意を向けているからだ。
一人は四十代後半ぐらいの銀髪の男性で、中肉中背でありながらも見える両腕はしっかりと筋肉がつき、肌は小麦色に焼けていた。その赤い瞳は、楽しげに揺れている。
そして、もう一人はこの世界に来てから初めて見る黒色の髪を持つ女性だ。
四十代ほどの女性で、冒険者ながらもあまり日に焼けていない肌に切れ長の瞳、薄く形の良い唇には微笑を浮かべていて、じわり、と大人が持つ色気を纏っていた。
(おぉー……黒髪か。初めて見たな)
互いに、一瞬だけ髪に視線を向ける。
続く男女二人も『クリオガ』同様、一目で『ナカシワト』の〝勇者〟だと分かった。今、室内にいる〝勇者〟たちの中で、一、二を争うほどの魔力を持っているからだ。
一人は白銀色の髪に二十代半ばにしか見えない若い女性で、その表情は人形のように乏しく、興味の欠片もない瞳を向けてくる。
(この人か……)
彼女の魔力が〝勇者〟たちの中で一番高いので、第一階位魔法師だろう。二十代半ばに見えるが、百歳は越えていたはずだ。
もう一人は、その女性の後ろに控え、まるで執事のように立っていた。四十代半ばほどの男性だが、実年齢は七十代だったはず。白藍色の髪に濃い灰褐色の瞳を持ち、軽く目にかかるほどの長さがある前髪の下から窺える瞳には探るような感情はなく、ただ真っ直ぐに見つめて来た。
(あとは――)
見透かされるような瞳からそっと視線を外し、残る『シドル』の〝勇者〟二人に目を向けた。
一人は臙脂色のメガネの奥にある金茶色の瞳を大きく見開き、口元に笑みを浮かべた三十代ほどの女性だ。癖のある緑色の髪を肩ほどに伸ばし、邪魔にならないように一つにくくっていた。一般な女性よりも少し背が低く、とても戦う者には見えない。
そして、二人目――最後の一人は、四十代ほどの薄茶色の髪の男性だが、『ナカシワト』の〝勇者〟と同様、見た目と実年齢は違って六十代後半だったはずだ。感情の窺えない浅葱色の瞳と目が合い――
「―――っ?!」
それを見た瞬間、響輝はぎょっとして息を呑んだ。
(な、ん………っ!)
両腕に刻まれている魔法陣。
〈魔眼〉で見えたモノに、大きく目を見開く。
そのあり得ない光景に愕然とし、ふらり、と身体がよろめくように前に傾いて――気付かぬうちに一歩、足を踏み出していた。
***
「――失礼します。ヒビキ・クジョウ様をお連れしました」
一足先に各国の〝勇者〟を談話室で迎えていたレティシアナは、〝勇者〟たちと一緒にヒビキの到着を待っていた。
来訪の声に振り返ると、ドアが開いてキルエラに案内されたヒビキが姿を現した。
ヒビキは「失礼します」と軽く頭を下げ、顔を上げると立ち並ぶ〝勇者〟たちをゆっくりと端から――彼から見て右から――見渡した。
好奇や探るような視線を受けても、平然としている姿をレティシアナは傍で見つめていたが――
「――っ?!」
『シドル』の〝勇者〟の一人――タシテュール・トリプソンを見た瞬間、ヒビキはぎょっとして目を見開いた。
(………ヒビキ様?)
絶句し、タシテュールを凝視するヒビキに驚きつつも、レティシアナは声を掛けようと口を開き――
―――ふっ、
と。その姿が掻き消えた。
えっ、と声を上げる間もなく、
「―――なっ?!」
驚いた声に振り返れば、タシテュールに飛びかかるヒビキの姿が目に入った。
振り上げられたヒビキの手刀が、真っ直ぐにタシテュールに振り下ろされる。
タシテュールはとっさに左腕を掲げ、身構えた。
「ヒビ――っ!」
制止の声を上げかけ、はっと言葉を呑み込んだ。
振り下ろされた手刀が、がしっ、と掲げられたタシテュールの左腕を掴んだからだ。
「おい………っ?」
腕を掴まれたタシテュールは眉を寄せ、困惑した声を上げる。
だが、ヒビキは掴んだ腕をじっと見つめていて、
「―――擬似的な〝加護〟、か?」
ぼそりっ、と呟いた。
「…………」
その言葉は、突然の出来事で静まり返った室内によく響いた。
タシテュールは、更に眉を寄せる。
「体内の魔力制御に特化しているわけじゃなくて、〝外〟にアクセスしている? 魔素の魔力転換に加えて、術者によっては繊細な制御も可能に……転換にいくつかの段階的な制御装置をかけてあるから、急激な魔力増幅による術者への負荷の軽減と力が制御不能に陥るリスクが抑えられていて……コレが重なって、アクセスした負荷が最小限になっているのか?……しかも常に接続状態……いや、接続はしていても〝力〟が流れてきていない? ――だから、常に……っ」
腕を掴んだまま、ぶつぶつ、と呟くヒビキは思考に没頭しており、周囲から様々な感情をのせた視線を集めていることには気づいていなかった。
「―――この流れ……転換した力の、受け皿に? ってことは、〝外〟にアクセスしたことで発現しているんじゃなくて……与えられ、肥大化した部分が〝能力〟に……?」
はっ、と顔を上げて呟かれた言葉は、はっきりと聞こえて来た。
「そうか! だから、国で〝才能〟が違うのか……」
呆然としたまま、虚空に視線を向けて口を閉ざした。
「………ヒビキ様?」
レティシアナは、今までに見たことがないほどに動揺したヒビキの様子に戸惑ったが、このままではまずいと思い、近づいてそっと腕に触れた。
ヒビキは、ぴくっ、と身体を揺らし、顔だけ振り返った。
金色の――黄金に輝く瞳が、真っ直ぐにレティシアナを射抜く。
(――っ?)
ぞわり、と背筋が震えた。続けようとした言葉を呑み込み、ぱっと手を離す。
だが、目が合うと、一度、ゆっくりと瞬きをして再び現れたヒビキの瞳からは、内から漏れ出しているような輝きは消え失せていた。
我に返ったのか、ヒビキは身体から力を抜き、ぱちぱち、と目を瞬いている。
「…………悪いが、離してくれないか? 異世界からの〝勇者〟殿」
ヒビキが我に返ったことに気付き、タシテュールは声を掛けた。
僅かに息を呑む音がしてタシテュールの腕を離すと、「――すみません」とヒビキは頭を下げた。
「取り乱してしまいました……」
タシテュールはその後頭部を見つめ、「いや……」と首を左右に振った。
「………何か、気になる事が?」
そして、掴まれた左腕を右手でさすりながら、ヒビキに尋ねた。
頭を上げたヒビキは「それは……」と口にしたものの言葉は続かず、気まずそうに視線を逸らした。
「………」
「………」
「………トリプソン様、ヒビキ様。ひとまずは」
無言のまま、向き合う二人にレティシアナが声を掛けると、揃って振り返った。
「そうだな……」
トリプソンは、ちらり、と他の〝勇者〟たちを見て、頷いた。
「………」
ヒビキも無言で頷くと、タシテュールから距離を取る。
レティシアナはヒビキに小さく笑みを向けた後、未だに、様々な感情をのせた視線を向けてくる〝勇者〟たちに振り返った。
「お騒がせして申し訳ございません。――皆様。どうぞ、お席におかけください」
円卓を囲んで座ると、控えていた侍女たちが動き出した。
全員にお茶とお茶菓子が配られたことを確認し、レティシアナは立ち上がった。席に座る一同をさっと見渡してから一礼し、口を開いた。
「皆様、本日はお忙しい中お越しいただき、誠にありがとうございます」
一度、集まった時に謝礼は述べていたものの、改めて口にし、
「本来なら〝開会宣言〟の折りに〝勇者〟様方の顔合わせとなるところでしたが、この時期まで遅延してしまったのは、私の不徳の致すところでございます――」
申し訳ございません、と頭を下げた。
「ですが、遅ればせながら異世界からの〝勇者召喚〟に成功し、召喚した方にその役目を引き受けていただくことができましたので、本日の顔合わせの運びと相成りました。………それでは、改めて我がテスカトリ教導院の〝勇者〟をご紹介いたします」
視線をヒビキに向けると、席につく全員がヒビキを見た。
ヒビキはレティシアナに頷いて立ち上がり、
「先ほどは大変失礼しました。……テスカトリ教導院の姫巫女、レティシアナ様より召喚されましたヒビキ・クジョウと申します。若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「―――」
一礼するヒビキに〝勇者〟たちはそれぞれに目礼や会釈を返す。
レティシアナとヒビキは揃って席に座り直した。
「それでは、皆様も自己紹介の方をお願いしてもよろしいでしょうか……?」
そう声をかけつつ、右手側に視線を向ける。
目が合うと、ふっ、と第五王子はその美貌をほころばせ、
「『オメテリア王国』の〝勇者〟、クランジェ・サンクエタ・オメテリアです。よろしく、ヒビキ殿」
――『オメテリア王国』第五王子であり、フォルグリフ騎士団騎士団長を任された武人。
赤銅色の髪の騎士が、金色の瞳をヒビキに向けて口を開いた。
「同じく『オメテリア王国』の〝勇者〟、ミゼラルド・コンフィアだ。よろしく頼む」
――〝剣聖〟の称号を持ち、若くして近衛騎士団の団長に選抜された近衛騎士団第二騎士団長。
その隣に座る常盤色の髪の貴公子は、つと、金色の瞳を細めながら、
「私は『トナッカ公国』の〝勇者〟、テオフォル・シュクセ・イリタブールだ。よろしく」
――〝聖槍〟の称号を持ち、過去にも〝勇者〟を輩出した名家の次期当主。
露草色の髪の男性は射抜くような強い光を放つ瞳を向けるが、ヒビキは気にした様子はない。
「同じく『トナッカ公国』の〝勇者〟、ゼヴィータ・シュクセ・グランティスだ。よろしく頼む」
――第二階位魔法師ながら、卓越した魔力の制御能力を持つ『トナッカ公国』の宮廷魔法師長。
続いて口を開いたのは、にかっ、と笑みを浮かべた銀色の髪の男性で、
「俺は『クリオガ』の〝勇者〟、ウィツィロ・オダッシオだ。よろしくな」
――第一階位冒険者であり、〝拳聖〟の称号を持つ、最強の〝獣化〟の能力者。
その隣で妖艶な微笑を浮かべている黒色の髪の女性が、さらに笑みを深くした。
「同じく『クリオガ』の〝勇者〟、サリティリア・ジュワイラよ。よろしくね」
――同じく第一階位冒険者であり、ランク一のチームだけでなく、ランク三以上の五つのチームをも束ねる女傑。
ちらり、と何の感情もない、冷めた瞳を向ける白銀色の髪の女性は、淡々とした声で名乗る。
「………『ナカシワト』の〝勇者〟、ソレファラ・アンパシアよ」
――今回、唯一、参加する第一階位魔法師であり、〝異域〟の鎮守一族の長の一人。
彼女とは反対に、目礼しながら口を開いたのは白藍色の髪の男性で、前髪の隙間から額を横切る傷跡が見えた。
「同じく『ナカシワト』の〝勇者〟、ハーティス・サンセンだ」
――第一階位魔法師に近い魔力と実力を持つ魔剣の使い手であり、〝異域〟の鎮守一族の長の一人。
その隣で緑色の髪の女性が目を輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。
「私たちで最後ね。『シドル』の〝勇者〟、オネット・デリカよ。よろしく!」
――変わった〝才能〟から〝風雲の奇術師〟と異名を持ち、世界にその名を轟かせている『デリカ工房』の次期工房長。
そして、最後にタシテュールが口を開いた。
「同じく『シドル』の〝勇者〟、タシテュール・トリプソンだ」
―― 一つの『工房』を背負い、世界でもトップクラスの技術を持つ魔刻師。
(………よかった)
タシテュールは、先ほどのヒビキの行動に対して怒っているようには見えなかったので、レティシアナは内心でほっと息を吐いた。
「――よろしくお願いします」
全員の自己紹介が終わると、もう一度、ヒビキが小さく頭を下げた。




