第50話 白銀の王子と萌黄の令嬢
「初めまして。『オメテリア王国』国王、トルビィオの子が第五子、クランジェです」
キルエラに連れられて現れたのは、一組の男女。
そのうち、中性的な美貌を持つ白銀色の髪の青年が前に進み出て、そう名乗った。
年齢は、響輝よりも少し年上――二十七歳だったはず。柔らかいウェーブがかった白銀色の髪は日の光で輝き、すっと通った鼻筋に、真っ直ぐに向けられた碧眼は潤んだような不思議な色気を放っていた。
右側の髪を耳にかけ、蒼色のピアスを付けているのが見える。
(さ、爽やかイケメン……)
響輝は知らずと息を呑んでいた。
同類の中にも美男美女はいるので――隣にいるレナもそうだ――見慣れていないわけではないが、王族としての威厳と気高さを纏う美貌の青年に少し気圧されたのだ。
(ギルはワイルド系というか、違うタイプだったからなぁ……)
ギルも人目を惹きつけるほどの整った顔立ち――男前だったが、出会って間もなく戦闘となり、その後も王族ながらもどこか気安い雰囲気を纏っていたので、気圧されることはなかった。
ただ、テスカトリ教導院に使者として訪れた時は、がらっと雰囲気が変わり、自然と人を従わせてしまうような〝何か〟を感じたので、そのギャップに驚いたが。
ぼんやりとそんなことを思いながらも礼儀作法を叩き込まれた身体は無意識に姿勢を正し、一礼していた。
「お初にお目にかかります。テスカトリ教導院の〝勇者〟、ヒビキ・クジョウです。お会いできて光栄です、第五王子殿下」
「堅苦しいのはなしにしよう、クジョウ殿。これから戦友になるのだから」
微笑を浮かべたままの白銀の王子に、響輝は少し間を置いてから頷いた。
「………そうですね。私のことは、響輝と呼んでください」
「私もクランジェと呼んで欲しい」
「分かりました。クランジェ殿下」
「クランジェで構わないよ?」
口調を砕けさせた白銀の王子に、苦笑を返す。
「いえ、それは――」
首を横に振ると「仕方ないね」と白銀の王子は笑った。
「クランジェ様……」
『クランジェ……』
白銀の王子を呼んだのは、残る二人――正確にはクランジェと同い年ぐらいの女性と蒼い毛並みを持つ鷹だ。
すまない、と白銀の王子は一歩後ろに下がると、女性の腰に手を添えてそっと前に押し出した。
「彼女はケイシア・クロイン・コワフリーズ――コワフリーズ公爵家のご息女で、私の婚約者だ」
「お初にお目にかかります、異世界からの〝勇者〟様。コワフリーズ公爵家が第三子、ケイシア・クロイン・コワフリーズと申します。お会いできて光栄です」
ドレスの裾を摘んで萌黄色の髪の女性が礼をすると、腰まで伸ばされた髪が流れて細面で綺麗な顔を隠した。日の下に出ていないであろう雪のように白い肌に細身で小柄な身体は、今にでも消えてしまいそうな儚げな印象を響輝に抱かせた。
長い睫の下から覗く、髪と同じ色の大きな瞳が、白銀の王子と同様に真っ直ぐに響輝を見据えてきた。
(深窓の令嬢と爽やかイケメン王子、か?………似合いのカップル過ぎる……)
あまりにも絵になる二人を見つめたのは数秒ほど。響輝は口元に小さく笑みを浮かべて口を開いた。
「こちらこそ、お会い出来て光栄です。コワフリーズ様」
「私も、どうぞお気軽にケイとお呼び下さい。クジョウ様」
「では、私も響輝と」
そう答えれば、深窓の令嬢は微笑んで頷いた。
「そして、この子が私の〝使い魔〟のアルクルだ」
白銀の王子が右肘を肩の位置まで上げると、ばさり、と蒼い翼をはためかせて鷹が止まった。
『よろしく頼む。異世界からの〝勇者〟』
碧眼が響輝を見据える。
流暢な言葉を紡ぐことから、ノースと同等ぐらいの同調率があるのだろう。
その言葉に誘われるように、隠れていたウルが姿を現した。ちらり、とウルに視線を送り、
「私の〝使い魔〟のウルです」
『ヨロシク!』
ぐるっ、と蒼い鷹――アルクルの周りを回り、ウルは響輝の下に戻った。
「すみません。忙しなくて……」
「そんなことはないよ。――よろしく、ウル」
白銀の王子は笑って、ウルに声を掛けた。
『ヨロシク! クランジェ!』
嬉しそうに声を上げたウルに「ん?」と片眉が動く。
(ウルが名前を呼んだ? ………これも訓練の成果、なのか?)
契約してから――〝使い魔〟を除いて――初めて契約者以外の名を呼んだのも、訓練の賜物なのだろうか。
「事前に連絡もなく、急に申し訳ない。一応、院長様方には了承を得てから来たのだけど……」
「………そうなんですか?」
レナに視線を向けると、突然の来訪に呆然としていたが、はっと我に返った。
「いえ……私も何も……」
そう言って小首を傾げるレナに「――いや」と少し困ったように白銀の王子は口を開いた。
「姫巫女様とは入れ違いになってしまってね。了承を得られたのも、ついさっきなんだ」
「そうでしたか……」
少しほっとするレナの隣で、あー、と響輝は内心で声を上げた。
(まぁ、昨日、了承を得るのは無理だよな……)
三院長から[風信]などで連絡がないのは、不用意に魔法が使えないことが理由だろう。
ただ、ニカイヤならば出来なくはないと思ったが。
(もしかして……わざとか?)
ふと、思い当たった可能性に響輝は内心でため息をついた。
相手も急の事だと分かっていたので、特に問題にならなかったのが幸いだ。
後で問い詰める事を心に決めて、
「それで、どのような……?」
白銀の王子に来訪の理由を尋ねた。
周りにいる監視者のことを考えると、響輝の居場所は分かっていたはず。それをわざわざ部屋に立ち寄ってきたとなれば、薄々とその理由に気づいていたが念のためだ。
「昼食を一緒にどうかと思ってね。もちろん、姫巫女様も」
「昼食ですか?」
ちらり、と二人の後ろに控えるキルエラに視線を向けると、小さく頷かれた。
やはり、すでに場がセッティングされているようだ。
無理に断る理由もなかったので「是非に」と響輝は頷いた。
***
キルエラに案内されたのは、王城の応接室の一つ――そこのテラスだ。
眼下に広がる城下町と薄靄のかかった空、そして、緑色の地平線が一望出来た。
広いテラスには長テーブルが置かれ、すでに数人の侍女とセリアが準備を終えて壁際に控えていた。
響輝はレナと並び、その前に白銀の王子――クランジェと深窓の令嬢――ケイシアが並んでイスに腰を下ろした。
『ヒローイ!』
ふよふよ、と周囲を漂うウルに対し、アルクルは手すりにとまってじっとウルを見つめている。
(ウル、落ち着け)
えらい違いだな、と呆れつつ声を掛けると、ウルはアルクルの隣に――いつも通り、尾ビレを寝床にして――落ち着いた。
前に視線を戻せば、ふふっ、と笑うクランジェと目が合う。
「……何か?」
「仲がいいなと思って」
「はぁ……?」
小首を傾げつつも、料理に手を伸ばした。
メインは葉野菜とベーコン、卵をクレープのような薄い生地で四角く包んだもの――ガレットそのもので、そこに白い冷製スープと数種類のパンと果物があった。
ガレットをナイフで切り分け、中身を巻き込むようにしてフォークで突き刺して口に運ぶ。
もちもちとした香ばしい生地に、シャキッとした野菜と半熟の卵か絡み、程よくベーコンの塩気が効いていた。
うまいな、と内心で一つ頷くと共に口の中の物を飲み込み、
「――一つ、伺ってもよろしいですか?」
「ん?」
「何故、今日に? 明日、他の〝勇者〟の方々とのお茶会のはずですが……」
さらに、昨日の首脳会談で旅のことを話したばかりのため、目下、各国の首脳陣は混乱の中にある。
そんな中、響輝と接触すれば、各国がどういう意味で捉えるのか、クランジェも分かっているはずだ。
(このタイミングで国王が俺に会うことを了承したってことは………まさか、聞いているのか?)
昨日の会談で、ひとまず、さらなる混乱を避けるためにも〝お披露目〟が終わるまでは旅のことについては、〝勇者〟の耳に入れないようにと決まっていた。
ただ、元々、『オメテリア王国』には事前に話を通していたので――国王がどのような意図があって教えたのかは分からないが――聞いている可能性はあるだろう。
「父たちから君のことを聞いてね――」
「………?」
思わず、響輝はレナと視線を交わした。
「ヒビキ様のことで何か……?」
不安そうに尋ねるレナに「悪いことじゃないよ」とクランジェは笑う。
「それにあの事についても、私も聞いているから」
気になって、と言うクランジェに、響輝は僅かに目を開いた。
(やっぱり、そうか。……けど、何で話したんだ?)
微笑を浮かべたままのクランジェは、すぐ横に座る婚約者に振り返り、
「――あとは、彼女が君に会いたがったことも理由だよ」
響輝とレナもつられてケイシアを見ると、彼女は苦笑を浮かべていた。
「クランジェ様………確かに、早くお会いしたいと申し上げましたが、そう急ぐことでもなかったのですよ?」
「それは分かっている。私の我儘だ」
クランジェは瞳を細め、ケイシアを見つめた。
一方、ケイシアは困ったように眉尻を下げているものの、心なしか嬉しそうだ。
(……あー………)
甘い雰囲気が二人の間で流れている気がして、響輝は視線を逸らした。
すると、同じように視線を逸らしたレナと目が合う。
「………」
「………」
視線の交差は数秒で、そっと手元の昼食に移した。どうしたものかと口を動かしていると視線を感じ、顔を上げた。
すると、ばちっ、とケイシアと目が合った。
「でも、早くにお会いできるとは思いませんでしたから――」
嬉しかったです、と髪と同じ萌黄色の瞳を細めるケイシア。
その瞳に光が灯った気がした次の瞬間、
―――そっ………。
と。腕の肌の上を撫でられたような感覚が走り、ぴくっ、と指先が動いた。
(―――何だ?)
周囲の魔力や魔素に動きはなかった――〈魔眼〉で捉えられなかったので、確かな事だ。
だが、気のせいかと流すには、響輝の中にその感覚は強く残っている――。
『―――ヒビキ?』
契約者の戸惑いを感じたのか、ウルの声が頭の中に響く。
そのことから、ウルも魔力や魔素の動きを感じていないのだと分かった。
(少し、あの時と――いや、気配が……?)
それに答えないまま、少し眉を寄せて考え込んでいると「――ヒビキ様」とレナに小さく名を呼ばれた。
「―――と。申し訳ありません」
ケイシアをじっと見つめていたことに気付き、響輝は軽く頭を下げることで視線を外した。
婚約者の前で――それも王族だ――探るように見つめていたのは、不躾すぎた。
やっべ、と内心で冷や汗をかくが、
「―――」
クランジェとケイシアは、何も言ってこなかった。
そっと視線を上げれば、少し困ったように笑うケイシアの姿が目に入った。
思わぬ反応に片眉が跳ね上がり、ゆっくりと顔を上げる。
「お気づきに、なられますよね――」
彼女は苦笑交じりの声で言葉を紡いだ。
(さっきの事か……?)
少し眉をひそめてクランジェとレナに視線を向けると、クランジェは特に怒っている様子もなく、面白そうにこちらを見ていて、一方のレナは響輝と同様に戸惑いの表情を浮かべ、ケイシアと響輝へ交互に視線を投げていた。
「こちらこそ、ご不快な思いをさせてしまって申し訳ございません」
すっと頭を下げるケイシアに、「――は?」と素の声が漏れた。
(全く、分からねぇんだけど……?)
『フシギダネー?』
いつの間にか、ウルがすぐ傍で漂っていた。無意識に手の平で上から軽く抑え、テーブルの上に置く。
顔を上げたケイシアは、胸元に右手をあてて言った。
「先ほど、ヒビキ様が感じられたものは、私の〝才能〟による影響だと思います……」
「!」
「大変、お恥ずかしいことなのですが、時折、能力の制御が甘くなることがありまして……人に害をなすモノではありませんので、ご容赦いただきたく――」
「〝才能〟、ですか?」
違和感があったものの、彼女の魔力と周囲の魔素に動きはなかった。
訝しげな声を上げると「はい――」とケイシアは頷いた。
「私の〝才能〟は〝異化〟――魔法師の方々の属性や魔力の質が〝オーラ〟として見え、また感じることが出来るのです」
「………〝オーラ〟?」
「それは魔力と同様に常に身に纏っていて、主に属性と同じ色をしているのですが、その方の実力によって見え方に違いがあります。………ヒビキ様の〝オーラ〟はこの国を訪れた時から感じていました」
(ってことは、かなり感知範囲と精度が高いってことか……?)
『オメテリア王国』に到着してからは意識して魔力を纏い、周囲の魔素への干渉を行っているが、それほど範囲は広くはない。
それを王城に張り巡らされた[結界]を物ともせずに感知したとなれば――城内からではなく王都から感知した可能性も考えると――その範囲は、かなりの広さと精度を持っているということだ。
「実際に目の前にしたら、感じた通りの………あまりにも綺麗な〝オーラ〟だったものですから――」
ケイシアはつと目を細め、響輝を――響輝が纏う〝オーラ〟を見つめながら言った。
「綺麗……?」
「〝オーラ〟は、魔力の質が高ければ高いほどに澄んだ色をしています。ヒビキ様の〝オーラ〟は、それはとても澄んでいて――まるで、輝いているような虹色をしていらっしゃるので、思わず、見とれてしまいました――」
ほぅ、と息を吐き、
「…………それに端々から黄金色の光が溢れていてもいて」
「!」
最後の言葉に、響輝は目を丸くした。
すぐ隣からも、レナが息を呑む気配がする。
「端々から〝黄金色の光〟が……?」
ぽつり、とレナは呟くが、それ以上は何も言わなかった。
「ですから、どうしても気になりまして…………クランジェ様の前で、早くお会いしたいと零してしまったのです」
そして、ケイシアは恥ずかしそうに目を伏せた。
『キラキラダッテ! キラキラー』
騒がしい声に、落ち着け、と手の平でテーブルの上に押さえているウルの身体を指先で軽くたたく。
(〝オーラ〟、なぁ……?)
ふと、視線を感じてそちらに目を向けると、じっとこちらを見つめてくるレナとクランジェがいた。
さらに、そっと上目遣いでケイシアが見つめてくるので――
「そう仰っていただいて、大変光栄なのですが………私としては普通だと……」
そこで、席についている四人のうち、自分以外の三人は美男美女ばかりだということを思い出し、ひくり、と頬が引きつった。
「いえ! それほどの〝オーラ〟を纏われているのなら、高い実力をお持ちかと……っ」
ケイシアは、今までにないほどの大きな声を上げた。
「……っ」
そして、何処か熱い視線――羨望も混じった瞳に見つめられ、響輝は無言で目を泳がせた。
その戸惑いを見て、「ケイ……」とクランジェが救いの手を差し伸べる。
「程々にしないと、ヒビキ殿が困っているよ」
「――ぁ……申し訳ありません」
はっ、とケイシアは目を見開き、慌てて謝罪してきた。
「こちらこそ、不躾に……」
すみません、と響輝も頭を下げて謝罪すると、ケイシアは頬を赤く染めて顔を俯かせた。
クランジェは、くすり、と笑って響輝に視線を向け、
「申し訳ない。注意をしていても、強い〝オーラ〟や魔力を感じると、制御が甘くなって見てしまうことがあるみたいなんだ」
「いえ……それなら、仕方がないことだと思いますから……」
魔法師同士では、魔力が高い者に惹かれること――〝魔〟が高い者に意識が向いてしまうのは、珍しいことではない。
それが属性に関係なく〝オーラ〟として見えるのなら――恐らく、魔力感知能力も高いのだろう――余計に惹きつけられやすくなるので仕方がない。
(ってことは、レナと似た状態――いや、大丈夫か……)
見たところ、ケイシアの体内の魔力の流れに問題はなかった。
それはレナのように精神的な負担がかかる〝過去を見る力〟ではなく、ケイシアの能力が〝相手を見抜く力〟のため、なのだろうか。
ただ――
(何で、見えなかったんだ……?)
〈魔眼〉を発動していたにも関わらず、何故、ケイシアが〝才能〟を使ったのが分からなかったのだろう。
『フシギダネ?』
(ああ。レナの時は分かったんだけどな………)
こちらの世界の〝才能〟も〝魔〟が関係していると思った矢先のことに、響輝は内心で小首を傾げた。
『チガウノ?』
(いや、そんなはずは――)
一度は〈魔眼〉で見て、〝魔〟が関わっている事を確認しているのだ。
ならば、何故――。
(…………今、考えても埒は明かねぇか)
思考の海に呑まれそうになり、響輝は小さく息を吐いて俯きかけていた顔を上げた。
能力者に会いたいという旨は、『クリオガ』への短い旅に出る前に三院長に伝えてあった。
ただ、戻って来てからも〝お披露目〟に向けて色々と忙しかったので、一息ついたら――〝お披露目〟が終わった後で会える様に取り計らってもらっている。
また別の能力者に会えば、何かしら理由は分かるかもしれない。
(まぁ、戻ってからだな――)
それに、今は調べたい事があった。
「――ありがとう」
目が合うと、ほっ、とクランジェは息を吐いた。
「君に会おうと思ったのは、その二つが理由だよ……」
そして、唐突に話が元に戻った。
「………それで、この状況下の中、昼食の誘いを?」
何とも言えない顔をすると、
「旅の事については、父が伝えたはずだよ」
「それは――」
本当に、と訝しげな視線を向けても、クランジェは特に気にした様子もなく微笑を浮かべていた。
「確かに初めて聞いた時は驚いたけれど、父と同様に私も賛成しているよ。ヒビキ殿」
「………」
その言葉に、響輝は口を閉ざした。
(ギルもそうだったけど………)
魔界でギルと会った時もそうだったが、中々、腹の内が読めない。
ただ、この混乱の中、クランジェが響輝に会いに来ることを国王が了承したのなら、各国は『オメテリア王国』の立ち位置を知っているのだろう。
そうでもなければ、国王が接触を許すはずがない。
そして、クランジェの訪問の理由はお茶会の前に異世界の〝勇者〟を知るためであり、その方法は――
(………食えねぇなぁ)
ちらり、とケイシアを見て、またクランジェに視線を戻す。
「………」
意図を悟られても、クランジェは何も言わなかった。
その様子に、敢えて悟らせたのか、と響輝は思った。
それからは旅の事やケイシアの〝才能〟に触れることはなく、クランジェとケイシアから召喚されてからの質問を響輝とレナが答えていた。
やがて、図書室の話題となり――
「図書室では、どんな本を?」
「読んでいたのは、主に魔法具関係の本ですね」
クランジェにそう答えると、少し不思議そうにケイシアが小首を傾げた。
「魔法具のことですか?」
「利用許可をいただいた時は、魔法に関する本を読もうかと思っていたのですが、私の世界にある物と色々と違いがあったので、少し気になってしまい……」
クランジェは「すると……」と小首を傾げ、
「………君は魔具工のような技術者なのかい?」
「いえ、仕事は騎士のような事をしています」
「なら、何故……?」
「魔法具については――趣味、のようなものでしょうか。身内に技術者が二人いるので、その影響で簡単な物なら作れるようになりまして」
「教導院から魔術具という物も届いていたけれど、本当にそれも……?」
はい、と響輝は頷いて、レナに視線を向けた。
レナはその意図を察し、左手から渡したばかりのブレスレットを外して、クランジェとケイシアに見せるように手の平に乗せて差し出した。
「こちらが、ヒビキ様が作られた魔術具です」
「えっ?」
「ソレが……?」
ケイシアは目を丸くし、クランジェも興味深そうにブレスレットを見つめた。
「拝見させていただいても?」
「はい。構いません」
「……やっぱり、変わった陣だね」
ブレスレットをまじまじと見るクランジェと、その手元を覗き込むケイシア。
「これには、どのような効果が?」
ケイシアは顔を上げて、そう尋ねて来た。
話してもいいか、レナに視線を向けると小さく頷かれたので、
「魔力の流れを安定させる効果があります。……少し疲れているようでしたので、お渡ししたんですよ」
「魔力の流れを……」
ケイシアは目を丸くして、ブレスレットに視線を戻した。
代わりにクランジェが顔を上げる。
「これも属性は――」
「ええ、特に関係はないですね。元々、私たちの世界では、魔素に属性はありませんから」
「………」
しばらくの間、クランジェはじっとブレスレットを見つめていたが、「ありがとうございます」とレナにブレスレットを返した。
「教導院から届いた時も驚いたけど……本当に属性に関係がないなんて……」
「ただ、成り行きで覚えたものですから、本職には負けます」
「いや、作る事が出来るだけでもすごいよ」
感嘆の声を上げるクランジェと、その言葉に同意して、こくこくとケイシアに、響輝は曖昧な笑みを浮かべた。
「――先々代の〝勇者〟が残した魔法具は、もう見たのかな?」
「いえ、まだですが……?」
「それなら、この後にでも少し見てみるかい?」
告げられた提案に、響輝は片眉を上げた。
「……よろしいのですか?」
「ああ。今から持ってこさせるよ」
「それは願ってもいないことですが……お二人は、この後のご予定は……?」
「大丈夫だよ」
にこり、と笑って、クランジェは壁際に視線を向けた。
そこに控えていた侍女たちの中から一人が前に進み出て、了承したように礼をすると、テラスから室内に入っていく。
その背を見送り、響輝は頭を軽く下げた。
「――すみません。ありがとうございます」
「それぐらい、構わないよ。本当は『シドル』の〝勇者〟たちも交えた方が有意義だと思うけど………長くなりそうだからね」
冗談めかして言うクランジェに、響輝は小さく笑った。
やはり、『シドル』の技術者二人はクリラマと似た気質なのかもしれない。
「ヒビキ様は、他にはどのような魔法具を作られるのですか?」
「他は――感知系の物ですね。ただ、魔術師は魔力を使うことが多いので、魔力制御系の物ばかりですけど」
「魔力を……」
小首を傾げるケイシアに「ええ、そうです」と響輝は頷いた。
「ですから、魔術師にとって魔力制御が全てなんですよ――」
〝外〟からの侵略から世界を守り、生き残るためには――。
昼食を食べ終えてからは、侍女が持ってきた先々代の〝勇者〟が残したいくつかの魔法具――ほんの一部――を見せてもらい、突然の王子来訪は終了した。
そして、翌日。
テスカトリ教導院と各国の〝勇者〟の顔合わせとなるお茶会が、ひっそりと王城の一角で開かれた――。




