第46話 五カ国の勇者事情
金色に染まる視界の中、目の前に浮かぶ蒼い珠を両手で挟み、グルグルと転がしていた。
最初は、触れようとする手から逃げる蒼い珠をお手玉のように動かしていたが、ふと思い立って両手の手の平でぎゅっと挟めば、見えない〝何か〟も圧縮され、手の中に柔らかくともしっかりとした抵抗感があった。
ナタデココより、少しだけ柔らかい感触だ。
おぉー、と音のない声を上げてグルグルと転がしているうちに、その感触が病みつきになり、止まらなくなったのだ。
グルグルと泥だんごを磨くように手の平で蒼い珠を動かしながら、同調訓練に必要なもう一つの要素――ウルに声を掛けていたが、
(……カモメ)
『メダカー』
(…………カラス)
『スイカ!』
(………………貝)
『イルカー』
(……………………蚕)
『コウカ(硬貨)!』
(…………………………紙)
『ミンカ(民家)!』
響輝は、ぴたり、と珠を転がすのを止め、
(おいっ、〝か〟返しは止めろ!)
『〝カ〟ガエシ、ガエシー』
笑いを含んだ声に響輝は瞼を開き、座禅を組んだ足の上に置いていた右手を目の前に持ち上げた。
手の平にある蒼い珠が空気に解けるように消え、ウルが姿を現す。
(どこからそんな知識が――って、俺か)
はぁ、とため息をつき、その背びれを摘んで振るう。
『ワァッ!』
ぶらんぶらん、と横に揺れるウル。
しばらくの間、そうしていると、
「ヒビキ様、それは可哀想ですよ?」
苦笑交じりの声で、キルエラに諌められた。
テーブルにお茶の入ったカップが置かれ、響輝はウルから手を離した。座禅を崩して靴を履き、カップに手を伸ばす。
(………やれやれ)
内心でため息をつくものの、その視線はふわふわと漂うウルに向けたままだ。
ノースから〝使い魔〟との同調訓練の方法を教わって一週間。
礼儀作法やダンスの練習の合間をみては同調訓練をしていたが、会話は独り言を言っている違和感しかなかったので、いつの間にかしりとりになっていた。
あまりに簡単な訓練方法に、本当に効果があるのかと甚だ疑問だったが――
『シリトリ、スル? スル?』
(……今日はもう終わりだ)
『オワリ? オワリー!』
それまでのウルとの会話がオウム返しや少しズレていた事を思えば、少しは成果が出ているのか会話が成り立っている気はする。
(それでも、まだ片言か……)
カマラぐらいにはしたいな、と遠い目をした響輝に「どうされました?」とキルエラが声を掛けた。
響輝はちらっとキルエラを見て、肩をすくめた。
「いや………本当に、この方法で同調率は上がるんだよな?」
「私は〝使い魔〟を持ちませんので、どこまで効果があるのかは分かりませんが、その方法が一番確実だと聞いています」
少し困ったような表情でキルエラは答えた。
その顔を見て、ふと、一週間前、最初の授業を終えたノースが帰り際に似たような表情を浮かべていたことを思い出す。
少し引っかかったものの、まぁいいか、とカップに口をつけた。
(このまま、コツコツとしりとりか………〝声〟を抑える方は上手くいったのになぁー)
〝声〟を抑える方法は、〝蒼い珠を魔力で覆い、周囲と隔離する〟というもので、魔力を隠蔽する感覚と似ていたために何度か練習したらコツを掴め、今では問題なく行えていた。
「――それに」と声が続いたので、キルエラに意識を戻す。
「ヒビキ様には〝会話〟が必要かと」
「………」
痛いところを突かれ、響輝はバツの悪い顔をしてキルエラに向けた視線をすぐに逸らした。
―――「きちんと同調をすれば不要だよ」
魔儀仗に組み込む陣についてのアドバイスを求めた時、少し眉を寄せたノースに言われた言葉だ。
呆れと僅かな怒りがこもった声に、やべっ、と思ったのは後の祭り。
(あっちの〈使い魔〉と違うって事は分かっているんだけどな………)
〈使い魔〉と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは姉たちが作った魔術具の一つだ。
魔力に目覚めれば、誰もが魔術に関する教育を受けたが、個々の才能によって実力差は現れてくる。
それを埋めようとして造り出された物が魔術具であるため、その製造コンセプトは〝戦闘〟に向けてのモノ――〝武器〟でしかなかったのだ。
〈使い魔〉と聞けば、武器として扱うのは仕方がないだろう。
―――「〝使い魔〟は兄弟であり、良き友人であり、相棒であり、――何より、〝半身〟なんだよ」
そして、ノースが苦言を呈したのは、響輝のその考え方―― 一方的に〝使う〟ことだけを念頭にして聞いて来たことが、契約者と〝使い魔〟の在り方と違っていたからだと、分かってはいる。
(根本的に……〝力〟の捉え方も違うんだよな)
ただ、分かっていても、常に戦場に身を置いていた身としては〝力〟を得れば戦闘に使おうとするのは当たり前――職業病だった。
ノースたちに懇々とその関係を説明された時のことを思い出し、響輝はため息をついた。
「………」
ちらり、とウルに視線を向ければ、名を呼ぶまでもなく近づいてくる。
『ナニ?』
掲げた左手に収まるウルに、響輝は目を細めた。
(………ホントは、同調率を上げる気はなかったんだけどな)
〝使い魔〟は生涯を共にする〝半身〟だ、と言われても、響輝にとってはあちらの世界に帰るまでの付き合いで、問答無用で与えてきた星霊への反発心もあって、素直に受け入れる気にはなれなかった。
それに、その〝力〟に頼ることで魔力制御が疎かになること――あちらの世界に帰還した後のことも懸念していた。
『ナイ? ナイノ?』
(今は、あるさ……)
〝魔素の淀み〟を見た時に〝その考え〟は変わり――そして、星霊が〝使い魔〟を授けた理由も分かった。
(無意識だったけどな――)
〝魔素の淀み〟に対する本能的な恐れからウルに呼びかけ――結果、気付けば使わないと思っていた〝力〟を使っていたのだ。
―――魔法を打ち消すほどに高められた魔素の拡散能力。
ウルとの同調率の低さを知るレナたちに「何故、それほどの効果を発揮したのか」と問い詰められて「魔術だ」と答えていたが、実際のところ、響輝は魔術を使ってはいなかった。
もし、あそこで魔術を使えば、酷い魔力酔いを引き起こす可能性が――結局、軽い症状は出たが――高かったからだ。
響輝が魔術を使ったのは〈魔剣〉にその〝力〟を繋げたところまで。
響輝の声に応え、魔法を打ち消すほどの力を発揮したのはウルの能力だった。
その〝力〟は星霊がウルに与えた力ではなく、響輝が与えた力のため、星霊以外は気づくことはないだろう。
〝力〟が発現する起因となったのは、魔導師としての〝名付け〟だ。
星霊に与えた〝あだ名〟と違って、それほど深くはないが、ある意味を込めて名付けていた。
名付けた瞬間、〝世界〟に己を確立させるとともに、〝名〟に込められた意味に準じた〝力〟が発現していたのだ。
(………けど、このままでもいいか?)
そして、その〝力〟が今まで発現していなかったのは、〝加護〟の影響を弱めるために【真名】を呼ばず、〝あだ名〟と呼んでいたからだ。
〝ウル〟とはあだ名であり、【真名】ではなかった。
魔術師や魔導師にとって【真名】の偽りは唯一の禁忌だが、世界を書き換えていない――ただの〝言霊〟による〝名付け〟のため、〝あだ名〟で呼んだとしても響輝に激痛は襲ってこない。
ただ、完全にその影響を受けていないわけではなく、僅かな歪みが生じており、その結果、〝ウルの意識〟と響輝を隔てるモノが現れて同調を妨げ、発現した〝力〟が抑えられていた。
(この状態でも【真名】によって発現した力は強かった………だから、【真名】を呼ぶ気はないぜ?)
〝使い魔〟を授けてきた理由も分かり、同調訓練を重ねている。【真名】を呼べば蒼い珠を覆っている見えない〝何か〟が消え、同調率が上がりやすいことも分かっている。
(……………応えて、くれたけどな)
けれど、完全にその〝加護〟を受ける気はなかった。
このまま――せめて、会話がスムーズに出来る程度でいい。
『オシエ? マモル?』
大きく跳ねて目の前に近寄ってきたウルに、響輝は苦笑で返答をした。
右手を出せば、その上にウルは収まった。
(それでもいいか?)
その問いに、ウルの金色の目が響輝を射抜いた。
響輝が持つ〈魔眼〉――〝外〟を写し出す鏡――と同じ色であり、同調した時にウルがいる場所の色でもある〝金色〟の目。
『――――――――ウン!』
澄んだ声が、頭の中に響いた。
低く響く声は心地よく、響輝は目を伏せた。
心なしか、右手首にある印が温かくなった気がした。
(そう、か…………悪いな、ウル)
『ウウン! マカセテ、ヒビキ!』
大して気にした様子もなく、ウルは喜びに満ちた声を上げた。
ふぅ、と息を吐き、響輝は僅かに瞼を開けた。
「――【乞う】」
そして、遮音効果と幻影を織り交ぜた〈結界〉を張った。
「………ヒビキ様?」
突然の事に、少し戸惑った声をキルエラが投げかけてくる。
手の中から浮かび上がったウルを見上げ、キルエラに振り返って言った。
「隠者としてのおたくに、他国の〝勇者〟について聞きたい」
「――!」
その言葉に、キルエラは表情を改めた。
首脳会談で〝旅〟について報告した場合、各国の反応についてはある程度は聞いていた。
だが、〝勇者〟に関しては、現在の立場や主な技能などの実力に関することだけで、その考え方はほとんど聞き及んでいない。
「簡潔でいいんだ。旅のこともあるから、少しは知っておきたい。出来れば、異世界人への考え方とかをさ」
恐らく、共に〝ゲーム〟で戦う者として、先入観を抱かせないようにするための配慮だろうが、各国の様子を聞く限りでは「面倒臭いことになっているんだろうなぁ」と察しはついている。
(あっちみたいにはいかないだろうし……)
あちらの世界では、最近は〝そういう場〟にとんとご無沙汰で、自身の部隊を持ってからは、政治面での腹の探り合いなどは〝右腕〟である悪友の領分となっていた。
「………分かりました。簡潔でよければ、ご説明させていただきます」
キルエラは少し逡巡する素振りを見せたが、最終的にはそう言って小さく頷いた。
「どの国の〝勇者〟様からご説明させていただきましょうか?」
「そうだな………とりあえず、『オメテリア王国』からかな」
まずは滞在することになる『オメテリア王国』からだ。
キルエラは頷き、他の〝勇者〟たちの説明を始めた。
――『オメテリア王国』
一人目〝ミゼラルド・コンフィア〟
・主な技能:第二階位魔法師、第一階位剣士
・才能:異化
・近衛騎士団第二騎士団長
二人目〝クランジェ・サンクエタ・オメテリア〟
・主な技能:第二階位魔法師、第一階位剣士
・才能:強化
・『オメテリア王国』第五王子、フォルグリフ騎士団騎士団長
「コンフィア様は平民出身ですが、三十歳の時に近衛騎士団の一角を任された武人で、次期近衛騎士団総団長と名高い方です。その剣の腕前はカルマン近衛騎士団長と同等――世界に数人しかいない〝剣聖〟の称号をお持ちです。
お二人目の方は、その名前からお分かりかと思いますが、『オメテリア王国』の第五王子殿下です。殿下も一つの騎士団を率いる猛者であり、その実力は〝剣聖〟に匹敵するほどだと言われています。〝時〟の使い手であり、〝使い魔〟を得るために一時期は教導院に見えましたので、カルマン騎士団長から剣の指導を受けられていました」
「王子と騎士団長か……」
「御二方も選定試験を経て、〝勇者〟に選ばれました」
その言葉に、響輝は片眉を上げた。
「そこはちゃんと受けるんだな……?」
「はい。御二方とも国内外で有名な武人でありますので、その結果は、半ば当然として受け入れられたようです」
「……へー」
「『オメテリア王国』はテスカトリ教の敬虔な信徒が多く、召喚に応じた異世界人の方には敬意を払い、五カ国の中でも特に友好的ですね。情報では、御二方も敬虔な信徒のようです」
「…………いや、そっちの方が厄介そうだ」
眉を寄せると、ふふっ、とキルエラは小さく笑った。
――『シドル』
一人目〝タシテュール・トリプソン〟
・主な技能:第二階位魔法師、第一階位拳闘士
・才能:強化
・魔法具工房『ゾデューク工房』工房長
二人目〝オネット・デリカ〟
・主な技能:第二階位魔法師、第三階位剣士、第一階位魔具工
・才能:異化
・魔法具工房『デリカ工房』の次期工房長
「トリプソン様は、ベルフォン教授に次ぐ魔法陣の研究者であり、魔法具に魔法陣を刻印する技術者――魔刻師の中でも、その腕前はエカトール一と言われています。業界内でも高難易度の技法である〝魄紋〟を習得し、その後、『ゾデューク工房』の工房長となられました。ただ、選定が始まるまでは副工房長に『工房』を任せ、表舞台から姿を消していましたが。
お二人目のデリカ様は、国内だけでなく世界にもその名を轟かせる『シドル』有数の工房の一つ、『デリカ工房』のご息女です。魔法具の製作者としての技術は魔具工の中でも一目置かれ、その能力から様々な魔法具を操ることが出来ます。
『シドル』も五カ国の中では『オメテリア王国』に続いて、異世界人の〝勇者〟には友好的です。ただ、別の意味で、ということになりますが――」
「別の意味?」
片眉を上げると、キルエラは少し言いにくそうに口を開いた。
「異世界の知識に興味があるようですね。特に『デリカ工房』は、先々代の〝勇者〟様が開発された魔法具の数々を中心に取り扱われていて、さらにそれを改良した魔法具の開発もされていますから……」
あぁなるほど、と響輝は頷き、
(……何か、嫌な予感がするな)
一瞬、脳裏を横切ったのは、クリラマの顔だ。
「…………その〝魄紋〟って?」
「魔法陣を刻印する技術の一つですが、習得の難易度の高さから業界以外ではあまり知られてはいません。代々、『ゾデューク工房』に師から弟子へ受け継がれる技法であり、習得した者が工房長に選ばれ、トリプソン様は第十五代継承者だと伺っています」
「? でも、早々に奥に引っ込んだんだよな?」
「はい。隠居したとの噂が広がっていますが、表舞台に姿を現すことがないだけで開発には携わっていたようです」
「ふぅん?―――で、どんな魔法具なんだ? ここにはないのか?」
身を乗り出して尋ねる響輝にキルエラは苦笑し、首を横に振った。
「いえ、〝魄紋〟は魔法具に使用するものではありません」
「……?」
「能力強化――能力者に直接施す刻印のことです」
「直接施す?………まさか身体に、か?」
そうです、と頷くキルエラに、響輝は目を丸くした。
「ただ、秘儀であるために私たちもどういった技法なのか、詳細は存じませんが――」
「………………………………へぇ」
――『トナッカ公国』
一人目〝テオフォル・シュクセ・イリタブール〟
・主な技能:第二階位魔法師、第一階位槍術士
・才能:装化
・四公爵の一つ、イリタブール公爵家の次期当主
二人目〝ゼヴィータ・シュクセ・グランティス〟
・主な技能:第二階位魔法師
・才能:なし
・グランティス侯爵家の現当主、『トナッカ公国』宮廷魔法師長
「イリタブール様は、『トナッカ公国』の四公爵の一つ、イリタブール公爵家のご子息です。
イリタブール家は、代々、高位の槍術士を輩出する名家であり、イリタブール様は〝剣聖〟と同格の称号である〝聖槍〟の称号をお持ちの方です。前々回の〝ゲーム〟には、当時の当主が〝勇者〟に選ばれています。
お二人目のグランティス様は、侯爵家のご当主であり、三種の属性を持ちです。また、魔力制御に長けていらっしゃるので、多種多様な魔法を扱われます。現在は『トナッカ公国』の宮廷魔法師長として辣腕をふるって見えますね。
『トナッカ公国』も『オルテミア王国』と同様、敬虔なテスカトリ教の信徒が多いですが、他国よりも〝ゲーム〟を神聖視し、〝勇者〟選出のために教育機関には最も力を入れています。
ただ、その分、〝ゲーム〟に関することには厳しい面が強く――」
言葉を濁すキルエラに何となく察し、話を切るために口を開いた。
「制御に長けているなら、その魔法師長さんは融合魔法も使えるのか?」
キルエラは少し困ったように笑い、響輝の問いに頷いた。
「グランティス様は融合魔法だけでなく合体魔法も扱われ、他者との合体魔法も可能です」
「!」
その言葉に響輝は片眉を跳ね上げた。
(けど、第一階位魔法師じゃないって事は………魔力バカじゃなくて技術屋タイプか)
高い技量を持ちながら第一階位に選ばれないとなれば、考えられる理由は潜在魔力量しかない。
「その、教育機関に力を入れているっていうのは、『クリオガ』みたいに特殊な学導院があるのか?」
「あの学院ほど特化しているわけではありませんが、『公国』が指定した特定の学導院では早くに学科が分かれ、様々な分野で高位の階位を持つ方々を外部講師としてお呼びして授業を行っていますね」
「へぇ……?」
「その学院への入学は十二歳からとなり、平民や貴族は関係がなく、それまでの成績と才能によって認められています」
「そこは『クリオガ』と一緒なんだな………」
――『ナカシワト』
一人目〝ソレファラ・アンパシア〟
・主な技能:第一階位魔法師、第一階位野守
・才能:なし
・『ナカシワト』の中心にある〝異域〟を管理する鎮守一族の長
二人目〝ハーティス・サンセン〟
・主な技能:第二階位魔法師、第二階位剣士、第一階位野守
・才能:強化
・『ナカシワト』の中心にある〝異域〟を管理する鎮守一族の長
「アンパシア様は、今回、出場される〝勇者〟の中で、唯一の第一階位魔法師であり、〝光〟と〝水〟の二属性を持ちます。
サンセン様は、第二階位魔法師ですが、第一階位魔法師に近い実力をお持ちの方で、世界でも珍しい魔剣の使い手として有名な御方です。
御二方は『ナカシワト』の中心部――〝異域〟と呼ばれる場所の監視及び管理を行っている鎮守一族と呼ばれる方たちです。
『ナカシワト』は前回の〝勇者〟が敗北してから、異世界人にというわけではありませんが、〝勇者〟としての自覚と責任に厳しくなり……その考え方としては『トナッカ公国』に近いかと思います」
また厄介な、と思いつつ、
「第一階位魔法師か……!」
おぉー、と感嘆の声を漏らした。
「確か、ばぁさんとクリラマ、ニカイヤ、その〝勇者〟――で、あともう一人いるんだったっけ?」
「はい。その方も『ナカシワト』の〝異域〟の鎮守で、先代の〝勇者〟に選ばれています」
(負けたのに、またその一族から選ばれたのか?)
響輝は眉を寄せた。
その様子を見て、キルエラは補足した。
「〝異域〟は『クリオガ』の〝森〟以上に特殊な場所であり、唐突に高位の魔物が出現することもあります。その中で活動することが認められた鎮守の方は、『ナカシワト』内でも指折りの実力を持っていることになりますので――」
「冒険者の第一階位と似たような感じか……」
ふぅん、と響輝は呟き、一つ、引っかかったことを尋ねた。
「そういえば、他の第一階位魔法師――クリラマや三導の団長さんは出ないんだな? 魔力が高ければ、それだけ有利なのにさ」
「ベルフォン様は研究者であるため、戦闘となると幾分か問題がありましたので。ニカイヤ団長に関しては実力は申し分ないので、その話も上がりましたが、本人の希望によって母国の選定に出ることはありませんでした」
(結構、戦闘が好きそうに見えたけどな……)
――『クリオガ』
一人目〝ウィツィロ・オダッシオ〟
・主な技能:第二階位魔法師、第一階位拳闘士、第一階位冒険者
・才能:獣化
・ランク一のチーム〝日向の景〟のリーダー
二人目の〝サリティリア・ジュワイラ〟
・主な技能:第二階位魔法師、第一階位剣士、第一階位冒険者
・才能:異化
・ランク一のチーム〝漆珠旅団〟のリーダー
「オダッシオ様とジュワイラ様は、御二方とも第一階位冒険者であり、『クリオガ』で活動する冒険者たちのトップに立つ方々です。
オダッシオ様は、ランク一のチームである〝日向の景〟を率いるリーダーで、〝拳聖〟の称号を持つとともに最強の〝獣化〟の能力者として有名です。
ジュワイラ様は、カルマン近衛騎士団長やコンフィア様と同様に〝剣聖〟の称号を持ち、ランク一のチーム〝漆珠旅団〟のリーダーであり、六つのチームからなる〝六珠〟を束ねる総団長でもあります。
『クリオガ』は、特に異世界人だからと行動や考え方が変わることはありません。〝森〟と共生しているために実力主義でもありますので、認められれば問題ないかと思われます」
「実力主義か……そっちの方が分かりやすくていいな」
響輝の言葉にキルエラは笑い、「そうですね」と頷いた。
「確か、第一階位冒険者やランク一のチームは〝第一の森〟を主な活動拠点にしているんだよな?」
「そうです。……ちなみに選出の基準ですが、冒険者階位が第一階位か、それに匹敵する第二階位の上位の者からとなっていました」
「げっ……最初から、かなり絞っていたんだな」
「冒険者の階位は総合的な実力と名声をお持ちですから、その事に関しては、特に不満は出ていませんでした」
(どんだけ、実力主義なんだよ……)
一通り、キルエラから話を聞き、ふむ、と響輝は口元に手を当てた。
(王子に騎士、貴族、技術者、冒険者、鎮守――てんでバラバラだな……)
―――〝ゲーム〟を神聖視するがために、他の〝勇者〟の動向にも厳しい『トナッカ公国』
―――前回の〝ゲーム〟にて先代の〝勇者〟が敗北したため、〝勇者〟の動向には神経質になっている『ナカシワト』
―――『トナッカ公国』と同様、〝ゲーム〟を神聖視しているものの、この世界の問題に巻き込まれる異世界人には比較的寛容の『オメテリア王国』
―――〝魔具工の聖地〟と言われるほどの技術大国であるためか、異世界の技術への興味から比較的友好な『シドル』
―――〝森〟と共存し、実力主義という国柄から実力が伴えば問題ないだろうと言われた『クリオガ』
響輝は、ちらっ、とキルエラに視線を向け、
「……召喚の遅れについて、糾弾の声が大きかったのも同じなのか?」
「―――」
その問いにキルエラは答えなかったが、肯定を意味していることと同じだったので「やれやれ」と口の中で呟いた。
(やっぱ、だいたいは国の方針と似ているか……)
多少は違うだろうが、根幹的には同じだろう。
厄介そうだと思うのは、自らも為政者側である〝勇者〟――『トナッカ公国』と『オメテリア王国』の四人だ。
その二カ国のうち、『オメテリア王国』は友好的だと言っていたが、立場から考えるとその発言は国が第一となるだろう。それに加えて、発言の影響も大きいに違いない。
(どちらにしろ〝異世界人の勇者〟って事だけで、見定める基準は厳しいだろうけど……)
先代、先々代の異世界人の〝勇者〟は、〝ゲーム〟にて二連敗を期していた。
先代であるラフィンがフォローをしていたとしても、言葉そのままに受け取るとは思えない。
『キビシイネ?』
楽しそうなウルにじと目を向けていたが、小さくため息をついてソファの背もたれにもたれかかった。
ぼんやり、と天井を見上げていたが、
(………………そういえば、何でまた)
本来なら〝開催宣言〟にて顔を合わせるのだと聞いた時、表情こそ変えなかったものの、レナの気配が揺れたことには気づいていた。
彼女の表情が変わらなかったのは、事前に話題に上がると心づもりがあったからか、感情を隠さす立場故か――恐らく、両方だろう。
(気にするなって言ったんだけどな……)
『キニナル? ナル?』
「………」
ウルの長い尾ビレが、ヒラヒラと鼻先で揺れる。
響輝は無言のまま、ぺいっ、と左手の甲で払った。
(………………まぁ、腹芸なんて久々だから、上手くやる自信がねぇけど)
政治の場に行っても面倒臭いことにしかならないため、正直なところ、行きたくはない。
誰が好き好んで針の筵に座ると言うのか。
『ヤメルノ?』
ウルの言葉に、響輝は片眉を跳ね上げた。
(止めるかよ……旅のために引き受けたんだ)
帰還に伴うタイムラグを踏まえた上で、魔法やエカトールへの興味から〝勇者〟を引き受けたのだ。
〝世界〟を守ろうとする意志と、真っ向から対立することになったとしても、旅だけは譲れない。
それに――
―――「それなりに良い手札を切ったつもりだ。それを無駄にさせないでくれよ?」
―――「上手くやるんだよ」
ギルミリオとラフィンから、挑発なのか激励なのか分からない言葉――ほとんど挑発に近いもの――を受けている。
(ああ言われたら、やるしかないだろ?)
『ヤル? ヤルーッ!』
何が楽しいのか、クルクルと回り出すウル。
(……………………………………アレで、マシだったのか)
あちらの世界で、入社式に出席した時――初めて公の場に出た時は、世界最古の魔術師であり、〝最凶〟と呼ばれている師匠の庇護があった。
だが、今回のお披露目では、魔導師としての実績もない上に、印象は会ってもいないのにマイナスに近いという状況下だ。
響輝は身を起こし、目を細めた。
(はてさて、どうしたもんかな………?)
自問したその口元は歪み――にやり、とした笑みが張り付いていた。




