第44話 お披露目準備(1)
お披露目までの日程の説明を受けるため、会議室に案内された響輝はレナや三院長たちと向かい合って座っていた。
「全く。油断も隙もない小僧だね」
ラフィンの言葉に、響輝は眉を寄せた。
「アレは、あっちのせいだよ」
昨日、〝使い魔〟との同調訓練中にクリラマの強襲を受け、響輝は二つの騎士団の合同訓練――魔術の発動実験に参加させられた。
ただ、クリラマは寝不足による体調不良なのか顔色が悪かったので――〈枷〉を試したことに多少の苛立ちもあって――響輝は強制的に眠らせることで、休息を取らせた。
その後、響輝はネリューラたちと検証を始め――そこまでは、大きな問題はなかったのだ。
(いつも通り、疲労回復もかけるんじゃなかったな……)
つい熱中し過ぎて時間が経ち、ぐっすりと眠って体調が回復したクリラマが響輝の予想よりも早く目を覚ました事を除けば――。
「………」
ラフィンだけでなく室内にいる全員の視線を集め、響輝はそっと目を逸らした。
クリラマは目を覚ますと勝手に検証が始められていた事に怒り、魔術の実演を行っていた響輝に魔法を放ってきた。【煉獄の檻】を張っていたので難なく防いだが、やられたらやり返すタイプの響輝は、すぐに魔術で応戦し――ついでに身体の調子を確認しようとして――なし崩し的に模擬戦が始まったのだ。
「………」
「………」
「………」
「ちゃんと、元通りにはしただろ……」
無言の圧力に負け、響輝は小さく声を漏らす。
研究者とは言え、クリラマは第一階位魔法師。
模擬戦が終わった後、演習場の地面の一部が隆起し、ある所は氷の柱が乱立し、またある所は木の根が這い回り――と、魔法や魔術の名残が蹂躙していたとしても不思議ではない。
結局、連絡を受けてやってきたラフィンに横やりを入れられて模擬戦は終わり、大目玉をくらった響輝は演習場を元通りに直して部屋に戻ったのだった。
「――ひとまず、お披露目までの話をしましょう」
マロルドがため息交じりに言うと、仕方ないね、と言いたげにラフィンは肩をすくめた。
「お披露目まで今日を入れて二十日です。それまで、貴方にはこちらの世界の礼儀作法を学んでいただきます」
ひとまずか、と思いながら響輝はマロルドに視線を向け、頷いた。
「お披露目はテスカトリ教導院の神導院で行いますが、『オメテリア王国』で各国の首脳陣や〝勇者〟たちとの顔合わせがありますので、一週間ほど『オメテリア王国』に滞在することになります。
まず最初に会場となる『オメテリア王国』の首都――王城にて、首脳会談が五日間行われます。
その後、数日程あいて、お披露目の前々日に首脳陣たちへの顔見せとしての晩餐会、その翌日に交流会としての舞踏会が行われます。
そして、テスカトリ教導院に戻り、神導院にて〝勇者〟お披露目の式典となります。
三院長とレティシアナ様は首脳会談に出席しますので、先に『王国』に向かいますが、貴方は我々より数日遅れての『王国』入りとなります。『王国』に到着後は、国王陛下へ滞在の許可を踏まえての謁見がありますので、ご承知おき下さい。晩餐会までには、各国の〝勇者〟との顔合わせも出来るでしょう」
さっとお披露目までの日程を説明され、響輝は頷いた。
(挨拶は必要だろうけど……)
面倒だな、と思った響輝の感情を敏感に察したのか、マロルドは小さく息を吐いて説明を付け足した。
「………陛下との謁見と言っても、滞在するにあたっての顔見せも兼ねた挨拶だけですから、そう堅苦しく捉えなくても大丈夫ですよ。レティシアナ様も同席しますし、会談中でもあるので陛下と近衛の数名だけで行われるかと思います」
(じゃあ、謁見の間とかじゃなさそうだな……)
「それは他の〝勇者〟とも同様で、テスカトリ教導院主催のお茶会のようなものですから。……ただ、各国から召集される関係で、『王国』入りから少し日が空くかと思います。その間は自由行動になりますが――」
そこで、マロルドは一息入れ、
「くれぐれも面倒事を起こさないようにお願いしますね?」
くれぐれも、と言う部分を力強く言われて響輝は片眉を上げたが、何も言わなかった。
(………そんな、トラブルメーカーみたいに言われてもな)
念押しするマロルドに何とも言えない表情を返す響輝を見て、くくっ、とラフィンは笑った。
「まぁ、〝暇つぶし〟は用意してあるから、そんな事は起こらないだろうさ」
響輝はその言葉に眉を寄せるが、「……暇つぶし?」と訝しげな視線をラフィンに向けた。
「城内にある図書室――そこの利用申請をしてある。滞在中は、好きに行くといい」
「!?」
図書室、と聞いて、響輝は目を丸くした。
「教導院にない書物もあるからね。退屈はしないだろうさ」
予想通りの食いつきだ、と言わんばかりに笑うラフィン。
コロコロと手の平で踊らされている気がして、響輝は顔をしかめたものの、
「…………………分かったよ。そこで大人しくしているさ」
口元が緩むのは抑えられず、せめてもの抵抗にと、しぶしぶ頷いた。
(城内の、ってことは国立図書館とかよりも蔵書はすごいよな? 公には出来ない研究書とか……っ!)
旅の行き先を何処にするか悩んでいた時、エカトールでも二番目に大きく、蔵書も豊富な『オメテリア王国』の国立図書館を行き先にしようかとも考えていた。
トップは魔法に関する研究が盛んな『トナッカ公国』だが、そこの国立図書館は入館規制が厳しすぎたので諦めたのだ。
(ってか、入れるように頼めばよかったんだよな……)
別段、旅の途中に寄らなければならない、と言うわけでもない。
少し浮ついた様子の響輝に「――こほん」とマロルドは咳払いを一つ。
「………」
響輝がマロルドに視線を向けると「……説明を続けます」と前置きしてから話を続けた。
「お披露目にて全世界に〝勇者〟が紹介されますが、各国の首脳陣への顔見せは晩餐会となりますので、気を引き締めて下さい。それと、翌日に開催される舞踏会のパートナーはレティシアナ様が努めることになりますので」
ふむふむ、と聞き流そうとして、一つの単語に引っかかった。
「……ん? 舞踏会?」
そういえば、さっきも言っていた気がしたが、聞き流していた。
マロルドは小さくため息をつき、
「晩餐会の次の日――つまり、お披露目の前日ですが、交流のために舞踏会が行われます。その時のパートナーはレティシアナ様が努めますので、よろしくお願いしますね?」
「………何でまた、舞踏会なんだ?」
嫌そうに眉を寄せた響輝に、マロルドは強い口調で無慈悲に答えた。
「――交流のため、です」
「……………」
「これも〝勇者〟の役目だ」
さらにジェルガが釘を刺してきた。
「………いや、ダンスは〝勇者〟に関係ないだろっ?」
「おや、ダンスは苦手かい? これはみっちりと練習しないとねぇ」
仕方ないねぇ、とラフィンが笑う。
「っ! 別に――」
とっさに言い返そうとして、響輝は慌てて口を閉ざした。
だが、時すでに遅く、言質は取ったと言わんばかりにラフィンは笑みを深めていた。
「そうかい。なら、問題ないね」
「っ……!!」
世界を上げての行事だ。今更、何を言ってもどうにもならないだろう。
響輝は観念して大きくため息をつくと、小さく頷いた。
「ダンスはレティシアナ様、礼儀作法はこちらで教務官を用意します。詳しい説明は、その時に」
マロルドは響輝たちのやり取りがなかったかのように話を進め、お披露目までの日程表――ダンスと礼儀作法の授業を含めたもの――を差し出してきた。
「………」
響輝はのっそりとソレに手を伸ばし、目を通した。
ダンスと礼儀作法は、レナたちが『オメテリア王国』に向かう前々日まで行われ、彼女たちが出発する前日に三院長による試験があるらしい。
ただ、それが終われば『オメテリア王国』に行く日まで自由となっている。
「なお、テスカトリ教導院の神導院で行うお披露目ですが、その様子は全世界に中継されます」
「……中継? どうやって?」
この世界には、記録できる魔法具は一般にも広く出回っているが、テレビのような物はギルドや行政関連の施設ぐらいしかなかった。
以前は広く普及していたらしいが、使用する魔核の問題から、光魔法が使える魔法師ぐらいしかその魔法具が使えなくなったからだ。
「神導院の〝宣譜〟には〝掟〟が示してあるだけでなく、〝ゲーム〟に関連する事でいくつかの役目があります。中継もそのうちの一つで〝ゲーム〟に関する行事に使用されているのです」
〝宣譜〟とは、テスカトリ教導院の地下深く〝召喚の間〟よりも下部にある場所で採取される特殊な石で造り出される〝神器〟のことだ。
ただ、〝造り出す〟と言っても魔具工などの職人の手でなく、姫巫女の神格二種融合魔法で造りだされるため、〝精製された〟と言った方が正しいが。
「……動力源はどうするんだ?」
「転移魔法陣と同様に周囲の魔素を吸収し、その力で発動させます。〝ゲーム〟関連のみに使用しているので、それだけで十分事足りるのですよ」
ふぅん、と呟く響輝に「ここまでで、何か質問は?」とマロルドは尋ねて来た。
「………お披露目はテスカトリ教導院で行うのに、何でわざわざ『オメテリア王国』に?」
「〝ゲーム〟に関しての行事は、各国で一度は行うように決められているからです。
今回は〝ゲーム〟開始の二年前に行われる〝開催宣言〟を『トナッカ公国』、お披露目前の晩餐会と舞踏会を『オメテリア王国』、半年前の対戦相手との顔合わせは『ナカシワト』と魔界、前夜祭は『シドル』――そして、後夜祭は『クリオガ』です。
魔界の対戦相手との顔合わせは、魔界の大使館がある『ナカシワト』で行われることに変わりはありませんが、それ以外の行事を開催する国は事前に決められています」
(後夜祭をやる国は大変だな……)
ちらり、とレナを見やってから、もう一つの疑問を口にした。
「なら、〝開催宣言〟があるってことは――」
言葉を濁すと、何が聞きたいのか分かったのか「ええ、そうです」とマロルドは頷いた。
僅かにレナの気配が揺れたが、響輝は気づかない振りをした。
「本来なら、その時に各国の〝勇者〟たちは顔を合わせるのですが……今回は、お披露目での顔合わせとなります」
「じゃあ、俺以外の〝勇者〟は既に会っているってことか……」
ぽつり、と呟いた響輝にマロルドは頷いた。
「……確か、その会談の時に〝旅〟の事を話すんだよな?」
「ええ。混乱を招くでしょうから、お披露目の後も『オメテリア王国』に戻って会談が行われるでしょう。……提案後の各国の様子にもよりますが、お披露目後の会談に召喚される可能性は高いので、そのことは留意しておいてください」
「……了解」
「五カ国がその件を他の〝勇者〟に話すのも、お披露目の後だろう。その事も気に留めておいた方がいい」
続いて告げられたジェルガの言葉に、だろうな、と思って頷きを返し、響輝はカップに手を伸ばした。
「……召喚された時は、粗相のないようにな?」
カップごしにジェルガを見て、「……分かってるよ」と言葉を返した。
ジェルガに「何、心配はないさ」とラフィンは笑い、
「『アダナク』の支部長の話では、なかなかの好青年だったということだったからねぇ」
「―――はぁっ?」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「小僧たちの階位を上げるように報告があったのさ。……『アダナク』の支部長とは、上手くやっていたようだね」
「………」
響輝は眉を寄せ、目を逸らした。
「……………それなりに、処世術はある」
「そう言い切るのかい」
楽しげなラフィンに響輝はため息をついた。
別に、敬語を使う事が苦手というわけではない。
ただ、魔導師としてスイッチが入るといつもの癖で素が出てしまい、すでに召喚直後の威嚇や模擬戦などで知られていたこともあって「まぁ、いいか」と敬語を使っていなかっただけだ。
それでも、三院長たちには敬語で接していたが、
「気色悪い、と言ったのはおたくだろ……」
「そんな事もあったねぇ」
とぼけるラフィンに、響輝はじと目を向け、
「………旅に行って、分かったことがあるんだけどさ」
「ほう?」
少し、興味深げにラフィンは片眉を上げ、レナたちも響輝に視線を向けた。
全員の視線を集める中で響輝は嗤い、
「やっぱ、覚えた魔法を一度は試し撃ちをした方がいいと思うんだよ……」
その魔力が高まり始めたところで、マロルドとジェルガは眉をひそめ、レナは目を見開いた。
響輝の言葉に、ラフィンは一つ頷くと、
「―――まぁ、一理はあるね」
魔力を高まらせた。
一触即発。
いち早く、その事に気づいたマロルドが声を荒げた。
「ラフィン界導院長、戯れはそこまでにしてください!」
一方、ジェルガは響輝に視線を向け、
「クジョウもだ」
「………」
諌められた二人は視線を交わしたまま、ゆっくりと魔力を収めていった。
二人の間で視線を揺れ動かしていたレナは、何事もなく収まったことにほっと息を吐く。
ちらっ、とレナに視線を向けて、ラフィンは言った。
「何にしろ、上手くやるんだよ」
「…………公認は、どうかと思うけどな」
「おや、自信がないかい?」
響輝は胡乱げにラフィンを見るが、
「………善処は、する」
小さくため息をつきながら、そう答えた。
~響輝とラフィンのやり取りを見て~
ジェルガ「………さすがに(人生)経験には勝てないか」
マロルド「そのようですね……」




