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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第4章 エカトールの勇者たち
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第42話 使い魔と魔儀仗


「んん゛ーっ……」


 響輝はソファに座ったまま両手を組むと、ぐぃーと頭上に伸ばした。勢いよく手を離して首を回せば、コキコキッ、と軽い音がする。


(構築の方は……まぁ、こんなもんかな)


 右手で凝った左肩を揉みながら、目の前のテーブルに視線を向けた。

 テーブルの上には数冊の本が開かれた状態で置かれ、魔法陣が書かれた紙が散乱している。

 一番上にある紙――書いたばかりの〈魔成陣〉を確認して、一息つく。


(問題は――)


 視線を上げれば、ふよふよと泳ぐウルの姿が目に入る。


『モンダイモンダイ、ムリムリー』


 歌うように紡がれた言葉。

 響輝は片眉を跳ね上げ、右手を前に伸ばした。


『ワァッ!』


 くるっ、と身体を回したウル。長い尾ビレは弧を描き、響輝の手から逃れた。

 むっとしてさらに手を伸ばすが、素早い動きで天井に逃げられてしまった。


(おい、ウル!)


 名を呼んでも『ヒビキ、ヒビキー』とクルクルと上空を回るだけで、降りてくる気配はない。

 わざわざ魔術を使って降ろす気力もなく、響輝は身体を回してソファに寝転ぶと、茫洋とした瞳をウルに向けた。

 書き上げた(考えていた)のは、魔儀仗(フィクンド)に刻むための〈魔成陣〉――魔素によって設定した(タイプ)に形状を変化させ、ウルの能力を纏うという代物(モノ)だ。

 先日、『クリオガ』でウルを魔剣に組み込んだ時、その力は魔素を払うだけでなく(魔法)をも打ち消すほどの効果を発揮した。

 その結果は、半ば無意識で魔剣に組み込んでいた響輝も予想外のことだった。

 これは使えると思ったものの、毎回、魔剣を作り出すのは魔力消費が激しい(面倒臭い)ので、




―――「なら、魔儀杖(フィクンド)にするか」




と。思い至り、さっそく製作に取り掛かった。

 魔儀仗(フィクンド)使用した(刻んだ)のは、あちらの世界の〈魔剣〉――能力を付与する方――の〈魔成陣〉を改良したものだ。

 魔力で発動させる顕刻式になるが、魔力の使用は発動時(トリガー)と基幹形成までにし、刃の展開(構築)は〝魔力〟から〝魔素〟に換え、形状も〝固定〟から複数の(タイプ)に変化できるようにして、〝魔術の付与〟の部分を弄ってウルの能力をより纏わせやすいように〝道標(模様)〟を付けた――のだが、


(……なかなか、上手くいかないな)


 あの時よりも力の効果が弱い――上手く魔儀仗(フィクンド)に纏わせることが出来なかった。


あっち(・・・)の術式も合わなかったし……)


 最初に試したのは、あちらの世界の〈使い魔〉――世界で唯一、姉二人だけが開発に成功した代物――に使われている〈魔成陣〉だ。

 ただ、試しても失敗すると予想はしていたので、上手く発動が出来なくても「やっぱりな」と納得して早々に使うのを諦めた。

 何故、失敗すると予想していたのかと言えば、あちらの世界の〈使い魔〉はこちらの世界の〝使い魔(プロテニア)〟と根本的な部分が違うからだ。


 こちらの世界の〝使い魔(プロテニア)〟は〝自我〟を持つモノであるのに対して、

 あちらの世界の〈使い魔〉は術者の意識を(・・・・・・)憑依させて動く(・・・・・・・)モノ。


 一つの入れ物に二つの〝意識〟が混在することになるため、あちらの世界の〈使い魔〉の術式では上手くいかないだろうと予想し、それが外れることはなかった。

 それでも、半ばダメ元で試してみたのは、その〈使い魔〉に使われている術式が――術者の意識を憑依させて魔術を行使できるという性能上――響輝が知る魔術具の中では、最も力の制御能力が高かったからだ。


(………〝保険〟とするなら、もうちょっと力の安定性が欲しいんだよなぁ)


 それを求める原因は『クリオガ』にて〝魔素の淀み(シャンネトル)〟の影響を見て、肌で感じたからだ。


 空間を歪めるほどに歪な魔素と、それを取り込んだ――或は呑まれた存在。


 その近くにいただけで――魔法や少し魔術を使ったが――魔力酔いになるとは思ってもいなかったのだ。

 『アダナク』からの索敵やウルを組み込んだ錫杖を作り出した時、多少、〈枷〉の影響はあったものの、それは微々たるもの――慣れている程度のものだった。

 さらに星霊(オクト)から貰った〝使い魔(ウル)〟だけでなく、魔術具等も身に着けていたので、そう易々と魔力酔いにはならないだろうと高をくくっていたが――


『ヤバイ?』


 ふよふよ、と近づいて来たウルの問いに、あの時の感覚を思い出して響輝は眉を寄せた。

 全身に纏わりつき、暴虐的に体内に浸食してくる魔素()――。


(ああ……アレは、ちょっとマズイな)


 小さく息を吐き、響輝は右手をウルに伸ばす。

 その身体に指先が触れたかと思えば、シュルリ、と長い尾ビレがウルの身体を包み込み、淡い光を放った。

 光りが収まると、ぽとり、と手の中に蒼い珠が落ちてきた。

 イメージ通りだ。


(まぁ、〝電池〟でもいいけど………見た目も大事だし、錫杖(アレ)も悪くなかった)


 能力を凝縮しようと、パッと脳裏に浮かんだのが〝珠〟だった。

 他国では〝魔素の淀み(シャンネトル)〟の出現が『クリオガ』の〝森〟のように頻発するわけではないが、いざという時の〝保険〟はあって困るものではない。

 蒼い珠を頭上に放り投げては片手で受け止めながら「さて、どうするか」と悩んでいると、


『キタキタ!』


 ウルの声に響輝は身を起こした。ぽいっ、とテーブルの方に珠を放り投げれば、ウルは一瞬で元の姿に戻った。軽く左手を振って〈風〉を吹かせ、テーブルに広がった紙を一まとめにし、本を閉じて隅に寄せる。




―――コンコンコン、




と。ノックの音が響く。ドアの向こうに感じる気配は三つ。


「―――どうぞ」


 いつもならキルエラが出るが、レナたちに報告しに行っているので響輝は了承の声を上げた。

 相手が名乗りを上げないのは、響輝が近づいていることに気付いているからだ。


「失礼します――」


 入ってきたのは、レナの侍女のセリアだった。レナが会議に出ているので、手の空いている彼女が案内をしてきたのだろう。


「教務官をお連れしました」


 そう言って身を横にずらすと、一人の青年が目に入った。

 響輝とそう年の変わらない――二十代前半ほどの青年で、癖のある銀色の髪にニコニコと細められた青い瞳は、真っ直ぐに響輝に向けられていた。服装は神導院のものだが、その立ち振る舞いから、どこか軽薄な印象を受ける。


「やぁ。初めまして」


 第一印象に間違いはなく、軽い口調で言うと青年は片手を上げた。

 響輝は立ち上がって「――どうも」と軽く頭を下げた。


『オマエが今代の勇者か――』


 そして、その足元に後ろからすり寄るように現れたのは、蒼い毛並みの猫――カマラ以外で初めて見る〝使い魔(プロテニア)〟だった。











 蒼い猫の大きさは成猫ぐらいで、その毛は短毛。ロシアンブルーに似ており、瞳の色は銀色だ。


『ネコネコ!』


 ウルは、騒ぎながら響輝の周りを泳ぎ出した。

 蒼い猫の瞳は、じっとその姿を追っている――獲物を追う、獣の瞳だ。


「………食うなよ?」


 つい、声が漏れた。

 蒼い猫は、じろり、と響輝を睨み、


『食うか!』


(おぉっ? つっこまれた……?)


 予想外の声に、響輝は片眉を跳ね上げた。


(――ってか、アイツらより聞きやすいな)


 少しだけ引っかかるものがあるが、カマラ以上に聞きやすい声だ。さらにツッコミを入れるなどと、自我もしっかりとしている。


(……まぁ、同調訓練を教えるために院長たちが寄越したんだし、当たり前か)


 旅に出る前に言われていた〝使い魔(プロテニア)〟との同調訓練。

 今日一日は旅の疲れもあるだろうと休むように言われていたが、〝使い魔(プロテニア)〟との同調率を上げるにはコツコツと続けるしかないので、軽い講義――その訓練方法だけを教えてもらうことになっていた。

 響輝と自分の〝使い魔〟のやり取りに「――ぷっ」と青年は吹き出した。


『ノース!』


 蒼い猫は肩を震わせて笑う青年を睨むが、青年は気にした様子もなく響輝に歩み寄ると、手を差し出してきた。


「ノギリアス・ボルファンナーレ――ノースと呼んでくれ。こっちは僕の〝使い魔(プロテニア)〟のエラン」

「よろしくお願いします」


 気さくに名乗る青年――ノースに頷いて、響輝は軽くその手を握った。


「ああ、敬語はいいよ」


 笑みを浮かべながら、ノースは言った。


「そんなに年も離れていないしね。僕も敬語なしでいくからさ。……ただ、さすがに呼び捨ては出来ないから、クジョウくんって呼んでもいいかな?」

「…………はぁ?」

「よかった。――君もよろしくね、ウル」


『ヨロシクヨロシク―!』


 ウルはノースの周りを泳ぎ、エランに向かう。


『エラン、エラン』

『―――』


 ヒラヒラと揺れる尾ビレを見るエラン。

 ノースはその様子を見て「……なるほどね」と呟いた。











 挨拶もそこそこに、響輝とノースはテーブルを挟んでソファに腰を下ろした。


「見たことがない魔法陣だね?」


 紙の山――その一番上に書かれたモノを見て、ノースは「もしかして、君の世界の?」と尋ねて来た。

 目ざとい――というか、ただ隅に寄せただけなので目に付くか。


「ああ、〈魔成陣〉だ」

「へぇー……ちょっと、見ていいかい?」

「別にいいけど……たぶん、分からねぇぜ」


 ノースは一番上にある紙を手に取り、マジマジと見つめた。エランはテーブルに飛び乗って、その手元を覗き込む。


『マセージン』


(―――ウル)


 目の前に浮かぶウルを呼ぶと、尾ビレで寝床を作ってその上に収まった。

 セリアがお茶を淹れ、一礼してから壁際に下がるのを見ていると、


「―――確かに、どういうものか分からないね」


 ノースは苦笑しながら紙から視線を上げた。


「どういう魔法――いや、魔術なんだい?」

「〈魔剣〉だよ」

「えっ――魔剣?」

「ああ。魔術には〈魔剣〉と呼ばれている物は二種類あるんだ。ソレを発動すると、こっちの世界で言う魔儀仗(フィクンド)みたいな物になるんだよ」


 へぇ、とノースは呟き、興味深げに〈魔成陣〉を見た。


『……それを紙に書いて、一体、何をするつもりなんだ?』


「この前、使った魔剣みたいな効果を魔儀仗(フィクンド)で再現出来ないかと思って、考えていただけさ」

「この前の魔剣って……ウルを組み込んだ錫杖のこと?」


 簡単に話は聞いているのだろう。ノースは興味深げな視線を響輝に向けて来た。


「ああ。で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど――」


 そう言いながら、響輝はノースの隣に座るエランを見た。


(………同調率が上がると、こうも違うのか?)


『何だ?』


 じっと見つめられ、エランは訝しげな声を上げた。

 響輝はそれに答えず、〈風の手〉でエランの首根っこを掴んで目の前に掲げた。


『おい! こら、離せ』


(こんなに流暢に喋られると……ウルやカマラより違和感があるな。管制(オペレーター)とも何か違うし)

 

 ウルはオウム返しに言葉を紡ぐことが多く、カマラはウルよりは言葉が聞き取りやすかったが拙さはあり、術者とは別の〝自我〟があると認識することはなかった。

 そんな二匹に比べ、エランはツッコミを入れたり、疑問を投げかけてきたりと、流暢に言葉を喋るので、術者とは別の意思――〝自我〟を感じ、違和感が大きかった。

 それは、あちらの世界の〈使い魔〉は、扱える者全員――十人もいない――を知っていたので、ほとんど通信機と変わらなかったことも理由の一つだろう。


『この――っ!』


 怒気と共に、エランに吸い込まれるように魔素が集束した。


「ん?」


 とっさに上に放り投げると、エランはクルクルと身を回し、ソファの向こう側にしなやかに着地した。

 その身体を一メートルほどに巨大化させて――。


「デカッ!」


 その姿を見た瞬間、叫んでいた。

 グルルッ、と威嚇する姿は、巨大化した猫というより豹に近い。


『デカデカー』


 その周りをウルが回り出す。


『クジョウ!』


 今にも飛びかからんと身を低くしたエランに、響輝は嗤った。

 エランから、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力を感じたからだ。

 エランはぐっと身を低くして――


「はいはい。遊んでいる暇はないよ」


パンパンパンッ、とノースが手を叩く。

 響輝とエランは同時に振り返り――そこには、呆れた表情のノースがいた。


「時間もないんだから、早く始めよう」

「………最初に脱線したのはおたくだろ」


『そうだぞ、ノース!』


 じと目を向けると「はいはい。ごめんね」と軽い謝罪が返ってくる。


「………いつも、こんな感じなのか?」


『……ああ』


 エランがため息交じりに呟くとその身体が縮んでソファの向こうに消え、ソファの背もたれを飛び越えて来た時には、元の大きさに戻っていた。

 どうやら身体のサイズは自由に変えられるらしい。

 エランはノースの隣で身を丸くし、


『ネル、ネル』


ぽすっ、とエランの中心に出来たくぼみにウルが収まった。その尾ビレが布団のようにエランにかかる。


(いや、寝るなよ……)


 呆れた表情で見ていると、


「それで聞きたい事って?」


 ノースに脱線していた話を戻された。

 響輝は魔儀仗(フィクンド)に組み込む〈魔成陣〉のことを相談しようとしていたことを思い出したが、


「あーと、特に急ぎでもないから、後でいいよ」

「そう? じゃあ、さっそく訓練方法を教えようと思うけど――」


 ノースはそこで言葉を切り、


「やることの半分ぐらいは、終わっているんだよね」

「――はっ?」


 思わぬ言葉に、響輝は眉を寄せた。

 「いや、だって」とノースは苦笑し、


「君はウルの声が聞こえているんだろう?」

「……ああ。聞こえているけど?」

「それで基準としている同調率は越えているから、急ぐ必要はなくなったんだ。……最初に三院長たちからその事は聞いてない?」

「……あー」


 そう言われてみれば、旅に出る前に三院長に聞いたのは、ウルの能力と〝使い魔(プロテニア)〟を持つ理由――そして、同調訓練の第一段階の終了としている同調率だった。

 そこまで思い出したところで響輝は片眉を上げた。


「………確か、声が聞こえれば基準値に達しているんだよな?」

「うん、そうだよ。完全同調を百とするなら……だいたい三十ぐらいになるかな。五十を越えると、もう少し、声も聞き取りやすくなるんだ」


 「もしかして、忘れてた?」と尋ねられ、響輝は目を逸らした。


(………ミトリに同調率を上げてもらってなかったら、フレノアと会った時やばかったな)


 祝福(アレ)を貰う前は、ウルの声は聞こえていなかった。

 なら、その時フレノアに会っていたら、同調率の低さを不審がられただろう。

 ただえさえ、祝福を受けた状態(その状態)で少し不思議がっていたのだ。


(あっぶね……)


 他の〝使い魔(プロテニア)〟に会うことに気を取られ、同調率の低さ(そんな事)はすっかり忘れていた。

 旅に浮かれていた、のだろう。

 だが、祝福(アレ)を貰うまでは、半ば強制的に与えられて感知能力が低下した状態だったのだ。〝使い魔(プロテニア)〟への印象は悪く、興味より鬱陶しさが勝っていた。


悪友(アイツ)なら、嬉々として貰っていそうだけどな……)


 響輝は顔を俯かせると無意識に額を指先でこすり、ため息をついた。

 その様子にノースは笑みを浮かべ、


「確か、他の〝使い魔(プロテニア)〟と会ったんだったよね?」


 響輝は額から手を離して、顔を上げた。


「……ああ。ビオプロム学導院の訓練生とな」

「その〝使い魔(プロテニア)〟の声は、どうだった?」

「…………ウルよりは聞き取りやすかったけど、エランよりは聞き取りにくかったな」

「そっか。教導院を離れた子で訓練生の年齢となると、だいたい同調率は五十前後になるから、ひとまずはその子と同じぐらいを目指してもらうよ」

「……了解」

「その後は――ちょっと問題があるみたいだから、別の訓練もしてもらうことになるね」

「ん? 問題?」


 ノースは「そうだよ」と頷き、


「君とウルの会話なんだけど」

「……ああ?」

「ダダ漏れなんだ」

「――は?」


 思いがけない言葉に、ひくり、と頬が引きつった。


「〝使い魔(プロテニア)〟を持つ僕らにだけなんだけど、君たちの会話は筒抜けになっているんだよ。そのままだと道中に本名を呼ばれたりして、それを聞かれると色々とマズイよね?」


 会話が筒抜け、と言われ、響輝は目を見開いてウルを見下ろした。


(筒抜け? マジかよ……)


 自分のだけでなく、他人の〝使い魔(プロテニア)〟の声も聞こえる――そのことに関しては、全く気にしたことはなかった。

 混乱したまま、響輝はノースに視線を戻し、


「それは………聞こえないように出来るってことか?」

「うん、普通に出来るよ」


 あっさりと頷かれた。


「正直なところ、君がこの短期間で同調率を上げるとは思わなかったからね。もし〝使い魔(プロテニア)〟持ちと出会っても、声が聞こえないのは制御が出来ているからだと誤解されるから問題ないと判断したらしいよ」


 響輝は「ああ、なるほど」と頷いた。


ウル(コイツ)が五月蠅かったのは、初日だけだったし……あとは特に)


 ウルの声が聞こえるようになってから、初日こそ騒がしかったが、フレノア以外に〝使い魔(プロテニア)〟持ちと会ってはいないはずだ。

 それにフレノアと会った時も、とぼけたことしか言っていなかった。


(…………………………けど、ダダ漏れか)


 はぁ、と大きくため息をつき、響輝は肩を落とした。

 師匠に魔力制御や隠蔽を叩き込まれ、それなりに〝制御〟というものには自信があったので、〝ダダ漏れ〟と言われるとショックは大きかった。


「ひとまず、同調訓練の方法から教えるけど……同調訓練を重ねれば、声の漏えいを抑える方法も簡単に出来るようになるから」


 慰めるように言うノースをちらりと見て、響輝は頷いた。


「まずは〝使い魔(プロテニア)〟と繋がっているところの確認からだね。君はどこにあるか分かる?」

「ああ、それなら――」


 星霊(オクト)から卵を貰った時、噛まれた場所は右手首――親指のつけ根から手首に向けて下がったところにある骨の辺りだ。

 そこに、常に何かが当たっているような感覚があった。左手でその辺りに触れると「なら、一つ目は大丈夫だね」とノースは頷いた。


「……分からないものなのか?」

「うん。ある程度、魔力制御が出来ていないとね。それに人によって場所も違うから」

「? 手にあるんだろ?」

「いや、全員が直接授かっていないからね? 普通は(・・・)儀式を行って授かるんだ」


 普通は、と強調され、「あー、なるほど」と響輝は頷いた。

 レナたちによれば、星霊(オミテクトリ)は滅多と姿を現さないという。

 儀式ごとに姿を見せていたら、そうは言わないだろう。


(……祈っているところに(アレ)が降ってくる、って感じなのか?)


「僕の場合は、ココになるよ」


 そう言ってノースが指した場所は、左上腕部――肩のつけ根に近いところだ。


「今はまだ何もないと思うけど、同調率が上がれば――」


 ノースの魔力が高まり、指で指している場所に光が灯った。

 それは魔素が集まっているのではなく、血管のように全身を巡る魔力の流れに生まれたモノ。

 光りは直径五センチぐらいの円を描き、中に見たこともない紋様があった。


「これが〝使い魔(プロテニア)〟との契約の証だよ」

「………同調率が高まると現れるのか?」

「そうだよ。正確には、同調率に合わせて描かれていくって感じだけどね」


 響輝は右手首に視線を落とし、何となしに左手の親指でその部分をなぞった。

 一円玉があたっているような感覚があり、そこに魔力を集めるとぼんやりとした光が見えるだけで、ノースのように紋様が浮かび上がることはなかった。


「証は、同調率が上がれば自然と描かれていくから、その場所に意識を集中させながら語り続けるだけだよ」

「は?」


 予想外の方法――そのあっけなさに響輝は顔を上げて目を瞬いた。


「はい。目を閉じて集中!」

「えっ――マジで?」


 思わず漏れた本音に、「マジ?」とノースは小首を傾げた。


「あー、いや。……ホントにそれだけなのか?」

「今はね。(繋がり)を持って〝使い魔(プロテニア)〟を認識し、意識を同調させて対話する。それを安定させるために証が記されるんだ」

「……はぁ?」

「〝使い魔(プロテニア)〟と同調――んー、波長を合わせると言った方が分かりやすいかな? 〝使い魔(プロテニア)〟は僕らを元にした自我を持っているから、一度、受け入れれば次からは繋がりやすいんだ。すでに声が聞こえているのなら、ある程度の波長は合っていることになるよ」


(なら、俺の場合はミトリに合わせられたって事か……)


 ウルとの同調率が上がったのは、『クリオガ』の星霊(オミテクトリ)であるミトリの祝福によるものだ。

 〝使い魔(プロテニア)〟の自我の形成は、契約者の生命エネルギー(魔力)を喰らって得た情報を元に形成しているため、何らかの影響はあるだろう。

 ほらほら、とノースに促され、響輝は靴を脱いでソファの上で座禅を組んだ。

 行儀は悪いが、この体勢が一番、精神統一がしやすい。


「………」


 ウルに視線を向けて右手を差し出すと、ふわり、と浮かび上がって手の中に収まった。尾ビレが右手首に巻き付く。

 〝使い魔(プロテニア)〟との同調。

 あちらの世界の〈使い魔〉で〝同調〟することには慣れているが――。


(すでに自我があるのが問題なんだよな……)


 組んだ足の上にウルを乗せた右手を置き、体内の魔力の流れを落ち着かせながら目を閉じる。

 道標となるのは、右手首にある痕。

 ゆっくりと息を吸いながら魔力を高め、留めていた流れを押すように深く、細い息を吐く。

 通常よりも高められた魔力がその痕に吸い込まれるように消えていき、尾ビレを伝ってウルに向かった。

 その流れをより一層押すように呼吸を繰り返し、魔力を注いでいると――



 ふとした瞬間、瞼の裏が金色に染まった。



 繋がった(・・・・)のだ。

 金色の輝きが前方から後方へ流れていくことで、意識が前に向かっているのだと分かる。

 やがて、先に何か(・・)が見えた。

 

 蒼く光る球体。


 仄かな光を放っているが、金色に染まる視界の中では、己が存在を強調していた。

 ウルの意識だ。

 響輝は徐に意識()を伸ばし、




―――ふいっ、




と。ソレに触れる寸前で、見えない〝何か〟に阻まれてしまい、手は虚空を切った。

 幾度と手を伸ばしても、触れることは出来なかった。

 まるで、磁石のS極同士を無理矢理合わせているかのような感覚に、ふっ、と笑みがこぼれる。


(――やっぱり、)




『クルヨ?』




 手の中から、ウルの声が響く。


(―――そうだな)


 急速に近づいてくる気配に、響輝は小さく息を吐いて目を開いた。

 しゅるり、と尾ビレが離れて、右手からウルが浮かび上がった。それにつられるように視線を上げれば、目を見開いて固まっているノースが目につく。


「どうした?」

「いや………えーと」


 はっと我に返り、ノースは困ったように笑った。

 響輝はその様子に片眉を上げつつ、


「――ここに来るな」


ドアに振り返った。「……そうだね」と苦笑混じりの声がして、ノースもドアに振り返った気配がした。

 対応のため、セリアがドアに近づき、




―――ドンドンドンッ、




と。激しくノックされ、返事をする前にドアが勢いよく開かれた。


「クジョウッ!!」


 叫びながら飛び込んで来たのは、小柄な人影だ。

 疲労と興奮が混じった声に呆れたものの、突然の来訪に驚きはなかったが、


「……っ?」


ギロリッ、と血走った目の奥――そこに狂気の光が見え、頬が引きつるのは止められなかった。


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