第41話 問題児の帰還
大変遅くなりましたが、第4章開始します。
※ 主人公表記は本名に戻ります。
※ レティシアナ視点です。
ひと時の旅を終え、ヒビキがテスカトリ教導院に帰還した次の日。
旅に関する報告を受けるため、レティシアナは会議室に向かった。
三院長と騎士団長の二人の他に、報告を行うキルエラとギルド長がテーブルを囲む。
キルエラが道中での二人の様子、タルギがギルド支部からの報告を上げ、
「『アダナク』支部からの報告は以上です」
タルギの締めくくりの言葉が響いた後は、室内に沈黙が落ちた。
レティシアナは手元の資料に落としていた視線を上げ、テーブルを囲う面々を見渡した。
ジェルガ学導院長は目元を指先でもみ、ラフィン界導院長は片眉を上げ、マロルド神導院長は眉根を寄せている。
レティシアナの左右に立つ二人の騎士団長――カルマン近衛騎士団長は無表情で目を伏せ、ニカイヤ三導護衛騎士団長はいつも通り柔和な笑みを浮かべていた。
「……意外と、上手くやっていたようだね」
しばらくして、ラフィンが笑いながら口を開いた。
それをきっかけに、静まり返っていた室内に音が戻る。
「そのようだな」
ジェルガは目元から手を離し、その言葉に同意した。
そんな二人の様子にマロルドはじと目を向け、
「そんなことを言っている場合では、」
「重要なことだ。殿下の希望とはいえ、粗相があっては困るからな」
「それは……そうですが」
ジェルガに何かを言いかけたが、小さく息を吐いて口を閉ざす。
だが、ラフィンはソレを察し、口の端を上げた。
「討伐の時、小僧らが行使したのは最上位闇魔法の合体魔法や上位融合魔法――そして、最上位光魔法による浄化か……殿下なら、合体魔法は可能だとは思うけどね」
ちらり、とラフィンから視線を向けられ、キルエラは頷いた。
「結界系闇魔法を吸収させ、移動距離を伸ばす案はヒビキ様のものです。殿下に出来るか否かの確認を行った後は、すぐに」
「その時、移動させたのは小僧かい?」
はい、と答えたキルエラに「……ふむ」とラフィンは頷き、
「―― 一ヶ月、もてばいいね」
マロルドは「ラフィン殿……」とため息をつく。
「何かやらかさないかと懸念はしていましたが………これでは気付かれる可能性があります」
今回、ヒビキたちが討伐に参加したことについては『アダナク』のギルド支部長からの依頼と言うこともあって咎めるつもりはない。
ただ、彼らが見せた実力の一端は、あまりにもレティシアナたちの常識からかけ離れていたため、五カ国の情報網に引っかかる可能性が高くなった。
五カ国の情報網は、〝ゲーム〟に向けて優秀な人材の発掘を目的とした、〝勇者〟の選出のためのモノだ。
それはより優秀な者を自国の〝勇者〟に選出して勝利に貢献し、今後の〝境界線〟に関する発言力を得るためだった。
〝勇者〟が選出された現在は、選出中ほど活動しているわけではないが、その情報網はギルドや学導院など――中立の立場であるテスカトリ教導院にも広がっていた。
テスカトリ教導院としては、〝掟〟に従って公平に情報を流している事を証明するため、敢えてギルドや学導院に張り巡らされた情報網の排除は――総本部内部を除いて――行っていなかった。
「〝第三の森〟付近には、そう細かく網は張っていないさ。『アダナク』の支部は支部長がしっかりと手綱を握っているからね、信頼は出来る」
ラフィンは口の端を上げて笑い、
「それに神導院で手は打ってあるのだろう? ギルドだと、せいぜい詮索しないように言い渡すしか出来ないからね」
「それは、滞りなく。信憑性を疑う噂をいくつか拡散させてあります」
テスカトリ教導院では、主に界導院のギルドが情報収集、神導院に属する隠者が情報操作を行っていた。
魔界訪問のことを踏まえ、念のため影武者を数組ほど『クリオガ』に向かわせており、討伐後もキルエラが〝蒼の六花亭〟を経由して情報操作を行ったので、すでにいくつもの偽情報が『クリオガ』各地に拡散されていた。
「なら、大丈夫さ。……問題は界導院に来ている小僧たちの階位を上げる旨の報告だね」
「階位を上げるとなると、どれぐらいになる?」
ジェルガの問いにラフィンは資料に視線を落とし、
「依頼達成率は規定に達していないけど、やらかした功績から考えるに上げざるを終えないから……まぁ、第六階位ぐらいだろうね」
「第六階位、か……」
冒険者の中で中堅クラスとなる第六階位は、昇格試験を必要とする第五階位の手前ということもあって、最も人数が多い。
そこまで上がってくれば、名が知れ渡っている者もおり、一人前から一気に駆け上がれば目を引いてしまうだろう。
冒険者にではなく、ギルド職員に――だ。
眉を寄せたジェルガにラフィンは肩をすくめ、
「あの〝旅団〟がいたとしても、暴走状態の三等級魔物を討伐するのに被害が軽傷者だけだというのは些かね……」
今回、〝魔素の淀み〟によって魔物が堕とされたのは三カ所。
その中でヒビキたちが討伐した魔物が最も〝障壁〟に近かったが、結果を見れば、三カ所のうち、一番被害が少なかった。
その最大の理由が、闇魔法を使えるヒビキとギルミリオがいたことだ。
緊急時には優先的に転移魔法陣が使えるようになっているが、真っ先に〝魔素の淀み〟の収束に向かわせたため、堕ちた魔物の討伐隊を送り込むには多少の時間がかかった。
だが、〝第一障壁〟近辺に堕ちたということもあって『クリオガ』から救援要請があり、レティシアナがテスカトリ教導院が用意した討伐隊を『アダナク』に近い中都市に送ったのが緊急連絡から数十分後のこと。
そこから『都市』を経由しても、それほど時間がかからずに『アダナク』に着いたはずだが――
(でも、その時には……)
すでにヒビキたちが現場に到着し、奮戦していた。
本来なら援護に行くところ、『アダナク』のギルド支部長と討伐隊隊長が双方ともに不要だと判断し、派遣された討伐隊は暴走した魔物の群れの討伐に向かって二次被害を防いでいた。
ギルド支部長がそう判断した理由は、討伐に向かった冒険者たちの実力をよく知り、参加したヒビキたちの実力――タルギからの手紙も一因だろう――を見越してのものだと推測出来る。
一方、討伐隊隊長は、応戦している討伐隊や状況――結界系闇魔法で〝茨〟の被害が抑えられていることなど――を聞いた上で判断した、と報告が上がっていた。
「大規模な闇魔法での移動の後に最上位闇魔法による結界を行使するか……討伐隊をこちらで派遣出来たのは僥倖だったな」
呆れ、ため息交じりにジェルガは呟いた。
闇魔法で一度に移動出来る人数は限られるので、移動させる人数によっては何度も現場と行き来する必要があり、使い手が戦闘に参加するには時間がかかった。例え、参加したとしても移動による消耗もあるため、援護がままならないことがあるのが常識なのだ。
それをヒビキたちは一度で討伐隊と医療班を合わせた五十人近くを移動させた上に、戦闘に参加して十分な援護を行っていた――ともなれば、使い手の実力の高さが窺え、討伐隊隊長の判断も頷けた。
ちなみにテスカトリ教導院で派遣した討伐隊のため、まずはタルギに報告が上がってくるので口止めも問題なく行えている。
(合体魔法が行えたのなら、お二人は――)
殿下だけならまだしもヒビキは魔法に慣れていない――合体魔法は見ていないはず。
だが、彼らは事もなげに合体魔法を使ったのだ。
それは合わせられるだけの技量、さらに互いの技量を理解しているということを表していた。
「元々、旅をさせることが目的だからね。第六階位なら受けられる依頼も多くなるし、試験のことを理由にすれば不自然ではないさ」
「第七階位は難しいか……」
ジェルガは小さく息を吐いた。
それに対してマロルドは小さく首を横に振った。
「十分、目立ちますよ……」
「選定は終えているから、そう早く情報が渡ることはないだろうさ。……ただ、旅の件を通達すれば、動き出すかもしれないね」
どこか含みのあるラフィンの視線を受け、マロルドは僅かに表情を強張らせ、
「……そちらの手配は念入りに行っています」
力強く頷いた。
室内に緊張が走り、レティシアナは顔を俯かせた。そっと、少し震える息を吐く。
「なに、そう心配することもないよ」
「――!」
不安が表情に出ていたのだろう。安心させるように言うラフィンの声にレティシアナは、びくっ、と肩を震わせて顔を上げた。
ラフィンは真っ直ぐにレティシアナを見返し、言った。
「キルエラもついているし、小僧も色々と場数は踏んでいるようだからね」
「………………はい」
ジェルガは、ちらり、とレティシアナに視線を向け、
「本格的に旅に行く前には、話しておいた方がいいな」
「そうですね。……さすがにお披露目には手を出してこないでしょうから」
その言葉にマロルドは頷いた。
「討伐の後、魔力酔いになったということだが………酷かったのか?」
続いて議題に上がったのは、討伐後のヒビキの体調に関する報告だ。
ジャルガは眉をひそめてキルエラを見た。
「はい。ヒビキ様は〝魔素の淀み〟のためだと仰っていましたが――」
「魔術を使っている、か」
症状は軽い貧血に近く、数時間程休んだら回復したということから、それほど重いものではなかったようだが――
「彼女たちが魔術師の〈枷〉について調べていたようですが?」
「特に何もなかったようだ。……もう一度、〈枷〉について聞くしかないな」
マロルドにジェルガは首を横に振った。
そうですね、とマロルドは頷き、キルエラに視線を向けた。
「この、〝使い魔〟を魔剣に組み込んだというのは?」
「魔剣と言ってもその形状は錫杖で、頂にウルの姿を球体に変えられたモノが取り付けられていました。あとで〝珠〟にした理由を尋ねたところ、魔素の拡散能力を高めて発動しやすいようにした、と仰られていました」
キルエラは「そして――」と続けたが、一瞬、言葉に詰まり、
「魔術で魔儀仗を再現した物に近い、と」
「!」
キルエラの説明にマロルドやジェルガだけでなく、カルマンやニカイヤも眉を寄せた。
ラフィンだけは、口の端を上げて笑っていたが。
「魔儀仗を再現……?」
レティシアナは呆然と呟いた。
高密度の魔力の塊である魔剣は、使い手によっては魔法を切り裂くことも可能だが、ソレに〝使い魔〟を組み込むことなど、聞いたことはなかった。
「魔術師が魔剣と称するものは、こちらの世界と同様に純粋に魔力を圧縮したモノと魔術で能力などを付与されたモノの二種類があるそうです」
「魔術で能力を付与? ……確かにソレは魔儀仗だね」
「はい。そして、高められた能力の効果は〝魔素の淀み〟で歪んだ魔素を払い続け、その〝茨〟さえ消し飛ばすほどのもので――ヒビキ様の〝使い魔〟との同調率を考えれば、かなり強力なものかと思われます」
しばらくの間、沈黙が室内を満たした。
「………そのことも見られている、か」
やがて、こめかみの辺りを指先でもみながら、ジェルガが口を開いた。
レティシアナはマロルドを見て、
「〝使い魔〟との同調率が上がったことと、何か関係が……?」
「……その点については、何とも言えませんね」
マロルドは首を横に振った。ジェルガはため息をつき、
「……想定外のことが多すぎるな」
その言葉にレティシアナは目を伏せた。
残されている記録や先代の〝勇者〟であったラフィンの証言、そしてレティシアナが受け継いだ記憶――。
それらの情報を元に召喚した異世界人の勇者を鍛えようとしているが、今代勇者は過去のどの記録にある異世界人の勇者からも逸脱した存在だった。
二つの世界を旅したい、と言った彼の願い。
〝掟〟に従い、出来る限り叶えようと手をつくしてきた。
あとは五カ国へ説明した後の最終調整を待つばかりだったが、今回の一件で、より一層、旅に出た後の対応が重要になってしまった。
(でも、あれは……)
エカトールと魔界との関係が異常だ、と言った時に垣間見た、彼の感情。
ソレをこの世界に抱いたまま、いて欲しくはない。
もし、〝あの方〟のように――。
「………」
僅かに眉を寄せたレティシアナに、左右に立つ騎士団長たちが視線を向けるが、レティシアナは気づかなかった。
「けれど、それでもやるしかないでしょう」
ため息交じり紡がれたにマロルドの言葉に「くくっ」とラフィンが笑い声を上げた。
レティシアナが目を開くと、苦い顔をしたマロルドがラフィンにじと目を向けていた。
「……何か?」
「いや、なに……珍しいと思ってね」
にやり、と嗤うラフィンにマロルドは目を逸らし、
「……それが今代勇者ということでしょうから」
「開き直ったかい」
ひくっ、とマロルドは頬を引きつらせた。
ヒビキの旅に最後まで反対していたマロルドが肯定すると思ってもいなかったのは、ジェルガやカルマン、ニカイヤも同じようで、驚いたようにマロルドに視線を向けた。
だが、レティシアナに驚きはなかった。
ヒビキが旅に出てから、彼のことで幾度もマロルドと話し合っていたからだ。
「………」
視線を感じ、そちらに振り返るとラフィンの金色の目と目が合った。
ふっ、とからかうような笑みがその口元に浮かび、レティシアナは目を伏せた。頬が熱くなる。
「……想定外のことは多いですが」
マロルドの苦い声に瞼を開くと、気まずげに視線を逸らしたマロルドが目に入った。
「アレを読むに、彼がエカトールのことを知りたいというのは事実のようですし……その実力も申し分ありません。何かを強制して魔界の訪問が起こる可能性も捨てきれませんので、希望に沿いながらもこちらで上手く手を回す他にないでしょう」
この場にいる全員が、ヒビキが提出してきたこの世界についての考察には目を通している。
独断での魔界訪問の罰としてエカトールの世界情勢について教え、それに対しての報告書だったが、各国の歴史や特徴、現状など的確に要点が抑えられ、添えられた考察には考えさせられるものもあった。
さらに、今回行われたひと時の旅の行先としてあげられた五カ所の考察も、その合間に作成したとは思えない出来だったのだ。
「――ああ。それが今代だね」
ラフィンは、楽しげに笑いながら言った。
何かが起こったのなら、その時に対処をするしかないと諦めとしかいえない結論に達したのはマロルドだけではない。
ソレを確かめるようにラフィンが全員を見渡せば、誰もが頷いた。
「全く、手のかかる勇者様だよ――」




