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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
間章2 〝オリオウ〟の隠者と赤
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閑話7 赤と隠者、括目する

※ ギル視点です。途中でキルエラ視点になります。




「少し場所を移動しよう」

「ああ。――行くぞ」


 ギルはクキとキルエラの二人と別行動となり、〝氷鋼の斧〟と一緒に隊列から外れた。

 〝プルアタン〟での異変を聞き、急遽、[影渡りヌワール・ブリーズウェイ]で『アダナク』に帰還してギルドに駆け付けると、支部長アルゼから冒険者の移送と討伐隊への参加――援護と浄化――を依頼された。

 移送の行き先は魔物の襲撃を受けている〝第一障壁〟と、飛来する飛行型魔物の進路及び先遣隊の回収の二箇所。

 ギルとクキ、共にどちらでも移動は可能だったが、浄化が出来るクキが〝第一障壁〟へ、ギルが飛行型魔物の方へ向かうことになった。


「作戦だが――」


 対飛行型魔物への作戦を話すゴウンドたち〝氷鋼の斧〟と〝六昴〟のチームから視線を外し、ギルは背後を振り返った。

 目についたのは〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟討伐を指揮する〝樺珠旅団〟リーダーのラルグとクキの姿――そして、その二人を遠巻きに見つめる冒険者たちの強張った表情だ。


(時間が惜しいのは分かるが……全く。強引な奴だな)


 周囲を威圧するように放たれたクキの魔力はすでに抑えられているが、〝あの感覚〟は早々に忘れることは出来ないのだろう。

 アルゼが〝オリオウ〟に「討伐に参加してほしい」と告げた時、戸惑いの声を上げた冒険者の口を閉じるためにクキは抑えていた魔力を解放し、さらにその手に錫杖型の魔剣を出現させて周囲を威圧した。

 その後、ランク三のチームリーダーのラルグに一歩も引くことなく――半ばケンカ腰に――言葉を交わし、錫杖型の魔剣を使って超広範囲の索敵を行った。その結果に作戦の変更を話している頃には、集まった冒険者たちから〝オリオウ〟の参加を危ぶむ声は途絶えていた。


(三等級か。ランク三なら問題はないが……)


 一つ、気がかりな事はある。

 クキが〝プルアタン〟での異変――〝堕ちた〟瞬間を感知したことだ。

 クキの魔力感知の範囲が異常なことは魔界キアウェイで会った時に気付いていたが、その感知方法と〝使い魔プロテニア〟の能力の相性が悪いようで、多少は改善されて調子を取り戻しているはずだが、それがどこまで戻っているのかは分からない。

 だが、もしそれほど調子を取り戻していない状態で〝森〟の異変を感知したのならば、それだけ影響を受けた(・・・・・・)ことになる。


(そうなると……)


 ふと、近づいてくる気配に気づき、ギルは振り返った。


「〝オリオウ〟のギルくん、だったわね?」


 声を掛けて来たのは、〝氷鋼の斧〟と打ち合わせをしていた〝六昴〟メンバーの女性だ。

 三十代後半ぐらいの金色の髪に青い瞳を持つ長身の女性で、軽鎧をつけているが露出度の高い服装に腰の後ろには大振りのナイフを吊っている。

 少しタレ目がちの瞳が、真っ直ぐにギルを見つめていた。


「……ああ。そうだ」

「〝六昴〟のリーダー、エイレインよ。あっちがうちのサブリーダーのコルミア」


 エイレインはそう言ってメンバーを振り返った。その視線の先には〝氷鋼の斧〟サブリーダーのミフィサルと話している薄い緑色の髪の女性がいたので、彼女のことを言っているのだろう。


「他の子も紹介したいけど、時間もないから省くわ。――移動の件、よろしくね」


 ギルはエイレインに頷いて〝六昴〟の面々――全員が女性だ――に視線を向ける。


(ランクは〝飛炎の虎〟と同じだったか……)


 キルエラによると六人中四人が〝獣化(アニエタ)〟の能力者だという珍しいチームだ。

 大まかな作戦が決まったのか、振り返ったゴウンドもギルに視線を向けて来た。


「ギル。移動先だが……」

「ああ。なるべく、魔物の進路に近い岩陰に出るつもりだ。ただ、先遣隊との位置もある――どっちに行く?」

「………先遣隊に近い方だ」

「分かった。こっちは新参者だ。先遣隊への説明は頼む」


 ああ、とゴウンドは頷いた。「……そういえば」とエイレインが口を開き、


「さっきのアレには驚いたけど、あなたのところのリーダーさん、大丈夫? 浄化も使ってもらわないといけないのだけど……」


 エイレインが抱く不安は、〝第一障壁〟までの長距離の[影渡り]だけでなく、ギルが行くまでの援護と最後に浄化を行わなければならないからだろう。


「――問題ない」


 ギルよりも早く答えたのは、ゴウンドだった。

 確信に満ちたその声に、エイレインは目を瞬いた。

 どう説明しようかと、ギルは片眉を上げ、


「ギル!」


と、名前を呼ばれた。


「ゴウンドさんの言う通り、アイツなら問題ない」


 それだけ答え、ギルは振り返った。

 こちらを見るクキに頷きを返し、まずは移動する力を増幅させるための[結界]――[常世ノ懐ヌワール・インブレイス]を張った。

 戸惑いからか周囲からざわめきが起こったが、気にせずに[影渡り]を発動させる。[結界](魔法)の吸収量は均等――少し多めにクキに回し、ゴウンドたちを連れて[影]を渡った。

 行き先は、飛行型魔物と先遣隊の間――やや、先遣隊に近い場所にある岩陰だ。

 周囲を確認するゴウンドたちから視線を外し、飛行型魔物の気配がする方角を指す。


「魔物はあっちだ。それほど距離は離れていない。先遣隊は――見えているな……」


 岩陰から出て『アダナク』がある方角へ振り返ると、こちらに向かってくる大きな影が三つ――先遣隊が乗る馬車が見えた。


(馬車が三台と……風の使い手が四名か)


 〝灰馬ソイルホース〟に引かれた三台の馬車と、その上空を先行しながら風の使い手が飛行している。馬車には風魔法が使われ――軽量化するためだろう――その速度はかなり速い。


「それじゃ、私たちは陣を張っておくわ」

「ああ。すぐに追う」


 エイレインたち〝六昴〟とミフィサルを含めた〝氷鋼の斧〟の三人が外れ、彼女たちを中心に風が吹いて緑色の球体が覆った。ふわり、と球体ごと浮かび上がり、ギルが示した方角へと飛び去った。


「……合図を頼む」


 それを一瞥し、ゴウンドは残ったチームメンバーの男性に振り返った。

 男性は頷くと右手を挙げ、上空に向かって[火の玉]を放つ。数個の[火の玉]は上空でそれぞれぶつかり、消えた。

 その合図に気付いたのだろう。四名の風の使い手のうち、二人が速度を上げてこちらに近づいて来た。


「ゴ、ゴウンドさんっ?!」


 ギルたちの姿を――ゴウンドを見て、驚愕の声が上がった。

 風の使い手は二十代後半ぐらいの男女で、目を大きく開きながら地に降り立った。


「どうして、ココに?」

「リーダーっ、〝氷鋼の斧〟のゴウンドさんたちが――」


 驚く男性の隣で、女性がすぐ傍に浮かんでいた緑色の球体――[風信ヴェルド・クライ]に向かって叫ぶ。


「〝闇〟の使い手である彼に連れてきてもらった。状況が変わった。そっちの指揮はホドだったか?」


 男性は「〝闇〟の、って……」とギルに視線を向け、


「は、はい。そうです。今、繋げますので!」


女性に振り返った。

 その視線を受け、報告をしていた女性は「――どうぞ」と[風信]をゴウンドに向ける。


「ゴウンドだ」

『――ホドです。お帰りになっていたんですね』

「ああ。すでに〝障壁〟には第一班と第二班が向かっている。俺たちは、こっちに飛来する飛行型魔物の討伐に来た」

『向かっている――それでは、〝闇〟の使い手がっ?』

「そうだ。ただ、冒険者の使い手が二人だがな。飛行型魔物は、俺たちと〝六昴〟で対応する。今からお前たちを回収して[影渡り]で〝第一障壁〟に送る。着いたら第二班の援護をしてくれ」


 一瞬、相手は言葉に詰まり、


『――分かりました。すぐにそちらと合流を、』

「いや。時間が惜しい。こちらで迎えに行く」


 ホドと呼ばれた男性の言葉に被せるように言い、ギルは[黒盤ヌワール・ノート]を発動させた。

 ゴウンドに視線を向け、頷いたのを確認してから[黒盤]に乗って移動する。


(――気が短い奴だ)


 移動してゴウンドたちと話している間も、ギルは〝影〟を通じて〝第一障壁〟の状況を確認していた。

 〝森〟から吐き出された百近い魔物、それに追従する巨大な魔力の塊、それらを迎え撃つ冒険者たち。

 〝第一障壁〟に向かって放たれた攻撃を間一髪、クキが防いで第一班が展開され、キルエラたち第二班が下位ランクの魔物に向かい――そして、サザミネとラルグが能力を使った時、クキの気配が変わったことも気づていた。


『ギル――』


 大きく広げた[黒盤]で下から呑み込むように先遣隊を回収し、[影]に潜った瞬間――声が聞こえた。


『そろそろ、いいだろ』


 闇の中、虹色に輝く光を宿したクキの目と目が合った・・・・・


「――やれやれ」


 先遣隊を〝門〟の近くにいる医療班の傍に放り出し、ギルはクキの近くに飛び出した。


「痺れを切らすのが早くないか?」

「おたくが遅いからだよ」

「いや、早いと思うぞ?」


 互いに軽口を叩きつつ、ギルは飛び出した地面に視線を向けた。

 展開されているのは、最上位闇魔法[遥夜回廊ヌワール・ラストロード]。

 結界系最高位闇魔法の中でも上位クラスの魔法であり、魔力を注ぐ限り無限の〝回廊〟を作り出し、中に閉じ込めたモノから吸い出した魔力も糧とするものだ。

 魔法陣は、直接、地面に刻まれ、そこから伸びる[闇]が戦闘区域の大地を覆っていた。

 それは〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟の最大の攻撃手段である〝茨〟の脅威を大幅に削いでいたが、歪みのせいだろう、その巨体を中心とした直径数メルほどは近づけないようで、そこから無数の茨が生えている。


(選択は、いいな……)


 〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟が動かないのは、一歩でも闇に触れれば呑み込まれることを本能的に悟っているからだろう。

 ギルが魔法陣を踏んで魔力を注ぐと、乾いた大地に水が染み込むように魔法陣に魔力が行き渡るのが分かった。


(………クキ(術者)と違って素直だな(分かりやすいな)


 何を考えているのか分からないクキとは違い、その魔法陣は教本から写し出したように丁寧に描かれ、扱いやすいものだった。


「茨は任せた」

「ああ――」


 頷く間もなく、クキは虹色の光を纏って消えた。


『クキくんっ!?』


 近くに浮かんでいる[風信]から聞こえるのは〝樺珠旅団〟サブリーダーの声だ。背後にいる後衛のうち、一人の女性が大きく目を見開いたのを見て・・、ギルは告げた。


「……問題ない。余力は残すさ」


 [風信]の向こうで、息を呑む音がした。


(――さて。どうする気だ?)


 『ラルグ、そっちにクキくんが――』と[風信]の声を聞きながら[魔封ノ手(ヌワール・タイダウン)]を発動させる。

 突然現れたクキに、前衛の冒険者たちの意識が向けられたのを敏感に察した茨が襲い掛かろうとしたので、[魔封ノ手]を絡みつかせる。

 だが、完全に吸い尽くす前に[魔封ノ手]は崩れるように消えてしまった。

 [魔封ノ手]は〝魔力吸収〟に特化しているため、茨に触れれば数秒しかもたないが、彼らが逃げる時間は十分に稼げる。

 [魔封ノ手]で茨を牽制しつつ、隙があれば〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟の巨体の下にも[闇]を伸ばすが、直接、足が触れている場所だけは空気に溶けるように消えてしまうため、完全に地面との接触を閉ざすことは出来なかった。


(この状態だと無理か。それにしてもあの攻撃………勘づいているのか?)


 無魔法の身体強化に加え、錫杖に風魔法を纏わせて放たれたクキの一撃に続き、数秒も置かず攻撃を放ったラルグ。

 あと一秒でもクキが避けるのが遅ければ、クキは串刺しになっていただろう。

 反対に考えれば、迷いなく撃ち込んだということは「避けられる」と確信していたことになるが――。

 つと、目を細めたギルの前方では前衛の攻撃が激化し、後衛からの魔法の援護も合って追い込みをかけていた。

 クキはと言うと、上空に飛び退いたまま[黒盤]に乗って手にした錫杖で魔素を散らしている。


(アレは――何だ?)


 そのいただきに虹色ではない〝何か〟――蒼い珠が填められていることに気付き、眉をひそめる。


『ブォォ――ッ!』


 咆哮と共に〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟の体内の魔力が爆発し、茨となってクキに襲い掛かった。

 とっさに[魔封ノ手]を伸ばそうとして――ギルはその手を止めた。

 クキの口元に獰猛な笑みが浮かんだのが見えたからだ。

 クキの眼前に浮かんだ魔法陣から放たれる[炎の小鳥]――[純乎鳳舞ルジュヴェルド・フラッター]によって茨を吹き飛ばされるが、クキへの攻撃を止めない〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟。

 茨がクキに向かうことで、サザミネたちの攻撃が段違いに当たりやすくなり、次第に〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟の気配が弱まっていく。

 そして、それに対してクキの魔力が高まっているのに気付き、


(そろそろか……)


そう、内心で呟いた。それを肯定するかのように、制止の声を振り切って巨大な手と化した茨を引きつれながら上空に向かうクキ。


「避けろよ!」


 笑いを含んだ声と共にクキから六つの竜巻が放たれ、茨と激突した。

 六つの竜巻は、一つの巨大な竜巻となって茨を呑み込みながら進み続け、〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟を覆ってしまう。


「ギル!」


 そして、クキは一メルほどの大きさがある[火球]を竜巻の中に放り込んで後退した。


(――っ?)


 何故、名を呼んだのか――その意図を正確には読み取れなかったが、嫌な予感がして、とっさに[遥夜回廊]の一部を上げた・・・

 〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟を覆った竜巻をさらに囲うように地面が――[闇]が天を突くように吹き出し、〝回廊〟を重ねた瞬間、




―――ドォォォンッ!!




と。轟音が轟き、上空で爆風が立ち上った。

 〝回廊〟の中で炎と爆発の衝撃にさらされた〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟は身体を覆う茨を失い、すでに虫の息だった。


「――終わりだな」


 炎と雷に貫かれて倒れた〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟に、上空から[白銀の柱]が降り注いだ。






         ***






 キルエラは下位ランクの魔物を掃討し、その場を他の冒険者に任せてクキとギルの下に向かった。

 クキたちは〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟を浄化した場所から少し離れた所に留まったままだった。そこには後衛の面々も合流しており、けが人も軽傷ばかりで、一足先に駆け付けた医療班の数人が手当を行っている。

 〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟がいた場所の近くでは、ラルグやサザミネたちが警備兵たちと検分し、[風信]に向かって何かを話していた。

 そして、目的の人物は手当を受けている者たちの傍で、他チームの冒険者たちに囲まれていた。


「お前……食い意地張り過ぎだろ」

「アレはさすがに食う気にはなれねぇぜ?」


 呆れた声に笑い声が上がった。

 彼らの視線は、その中で最年少である一人の青年に注がれている。


「だから、そういう意味じゃねぇって言ってるだろ!」

「どういう意味だよ……」


 その青年――クキにギルはじと目を向けた。


「クキさん! ギルさん!」


 駆け寄ると振り返った二人は、軽く手を挙げる。

 キルエラは他の第一班のメンバーに会釈をしてから、二人に向き直る。


「お怪我はありませんか?」

「俺は支援だけだったからな」

「ないよ」


 ギルは肩をすくめ、クキも小さく首を横に振った。「おたくも大丈夫そうだな」と言われ、キルエラは頷いた。


「……一体、何のお話を?」


 無事に討伐をした事から和やかな空気が流れているが、クキが叫んでいたことが気になって尋ねるとクキは目を逸らし、ギルはにやりと笑った。


「こいつが〝肉がねぇ〟って叫ぶからだよ。食べる気だったんだろう」

「だから、身体が消えたことだって言っているだろ!」


 くくっ、と肩を震わせて笑うギルに、クキは顔をしかめた。


「いや、アレは絶対食い意地から来る叫びだったよな」

「ああ」

「だな!」


 クキのその叫びを聞いたのか、周りにいる者や手当を受けている者は何度も頷いている。

 からかわれているクキに目を瞬き、キルエラはギルに視線を向けた。

 それに対し、ギルは肩をすくめるだけだ。


(それほど歪みが――あ。クキさんは、そこまではまだ……)


 浄化によって消えたとなれば〝魔素の淀みシャンネトル〟の影響による身体の浸食が深かったのか、浄化の力が強すぎたか――或は、その両方の可能性も高い。

 そして、あまりにも影響を受けていた状態で浄化を行えば、その身体も消えることがあると言うことは、光魔法を使える者と浄化の現場に居合わせたことがある者――つまり、『クリオガ(この国)』では常識だったが、初めて〝魔素の淀み(シャンネトル)〟による事件に居合わせたクキは知らない――そこまでは勉強していないはずだった。


「――そんなことより、まだ西に向かった群れがいるだろ」


 何を言っても無駄だと悟り、クキは話題を変えた。


「その討伐に行こうぜ。だいたいの方角は分かってる」


 その言葉に、弛緩していた空気が張りつめた。


「……そうだな。一応、警備の奴を残して、余裕のある奴を集めよう」


 クキに一人の冒険者が言い、その場にいた全員が頷いた。

 とりあえず、第一班のリーダーであるラルグに提案しようとそちらに足を向け、




―――かくっ、




と。クキの身体が、僅かに前のめりに傾いた。


「クキさんっ」


 キルエラはとっさにその腕を掴み、支えた。

 踵を返そうとしていた冒険者たちは、キルエラの声に振り返ってクキを見た。


「ん? ああ、悪りぃ」


 当たった身体を離そうとクキは身を引くが、


「………何だよ?」


キルエラが腕を離さないので、眉を寄せた。

 キルエラはじっとその顔を見つめ、僅かに揺れる目と冷や汗に気付く。


「……体調が、優れないのでは?」

「!」


 その言葉に冒険者たちはぎょっとしてクキを見た。


「は? 確かに魔力は減ってるけど、まだ移動ぐらい――ぃっ!」


 頭を鷲掴みにされ、ぐいっ、と下に抑えられたクキは大きく体勢を崩した。踏鞴を踏んで身を起こすクキを支え、キルエラはクキと一緒に頭を押さえつけた者――ギルに振り返った。


「何、するんだよっ、ギル!」

「無理はするな。〝使い魔プロテニア〟持ちが〝杈茨大猪(シュートフォースボア)〟に近づいて酔わないわけがないだろう」


 呆れたギルに周囲の冒険者たちも「あれだけ暴れればなぁ」と納得したように頷いた。


「………油を売っている暇はねぇよ。結構、範囲は広がっているんだぜ?」


 クキの言葉にギルが何かを言う前に、別のところから声が上がった。


「どうしたんだ?」


 その場にいた全員の視線を集めたのは、近づいて来たサザミネだ。


「いえ、西に向かった群れの討伐に行こうかと」

「いや、止めとけよ!」

「お前、魔力酔いなんだろ?」


 周囲から制止の声が上がる。魔力酔いという言葉にサザミネは眉をひそめ、


「それは本当か? 酷いようなら、診てもらった方が――」

「別に何と――ぉっ!」


 ぐいっ、と後頭部を押さえつけ、ギルはクキの言葉を遮った。


「戯言は無視してくれ。討伐に行くのなら、俺が送ろう」


 サザミネはそんな二人のやり取りに苦笑し、


「いや。それについては大丈夫だ。応援に来た闇の使い手が、討伐隊を連れて向かったようだ」


さっと周りにいる冒険者たちを見渡した。


「第二班と先遣隊を後始末と警備に残して、俺たち第一班は報告に戻るつもりだ。ただ、〝障壁〟のこともあるから幾度か行き来をしてもらいたいが……」


 ちらり、とクキを見てから、ギルに視線を向けた。


「クキくんは休んだ方がいいな。ギルくん、頼めるか?」

「ああ。俺は[結界]を維持していただけだから問題ない」

「……だけって」

「支援、結構してくれていたよな」

「お前も大概だな……」


 さらり、と言うギルに呆れた視線が集まる。

 サザミネは「いや、そんなことはないさ」とギルの言葉を否定した。


「君たちのおかげで、戦うのがとても楽だった。……けが人も軽傷ばかりだし、助かったよ」


 ありがとう、と告げるサザミネの言葉に他の冒険者たちも大きく頷いた。









「俺が話をするから、キルエラはコイツを監視して(看て)いてくれ」


 ギルにクキを任され、キルエラはクキと一緒に〝第一障壁〟まで下がった。

 襲撃が無事に収まっても後始末で冒険者たちは駆けまわっていたが、クキの暴れっぷりを見ていたからか、キルエラたちを――キルエラと腕を掴まれて引きずられるクキを止める者はいなかった。

 クキは〝第一障壁〟に背を預けて腰を下ろし、深く息を吐く。

 その様子に「……やはり」とキルエラは口を開き、


「無理をされていたんですね……」


 〝ディスタの鞄〟から水が入ったビンを取り出し、クキに差し出した。

 悪りぃ、と一言断ってからクキは受け取り、一気に半分ほどを飲む。


「無理ってほどじゃねぇよ。……まだ、戦えるのは確かだ」


 ウルが姿を現してクキの周囲を泳ぎ出し、魔素を遠ざける。

 キルエラはクキの傍に屈み、茶色の瞳を覗き込んだ。


「使い、ましたね?」


 何を・・とは言わずともクキは察したようで、ぴくり、と片眉を動かした。


「『アダナク』で行った索敵とあの錫杖に……」

「………」


 『アダナク』での超広範囲の索敵は、周囲一帯ではなく一定方向に向けたものだった。〝使い魔プロテニア〟持ちならば、同調率によっては一定方向に向けることは可能だが、クキの同調率では不可能に近い技であり、魔素の拡散(ウルの能力)が付与された錫杖型の魔剣――その〝使い魔プロテニア〟の能力の使い方は、今までに見たことがないものだった。

 そのことから、キルエラは「クキは魔術を使ったのではないか」という結論に達していた。


「本当に、大丈夫ですか?」


 ギルには、魔術師が背負う〈枷〉のことは話していないが、〝何か〟があることには気づいているだろう。それを追及してこないのは立場から一線はわきまえているからだ。

 クキは目を伏せ、


「ああ、アレは軽い方だ。問題ない」

「………」


 キルエラは僅かに眉を寄せた。クキの性格から考えるに、誰かに弱さを悟られることはしないはずだからだ。

 クキは大きく息を吐いて目を開き、


「ただ単に歪みに当てられただけだ。まさか、〝魔素の淀みシャンネトル〟に触れた魔素が、あんなにも気持ち悪いなんて思わなかったからな……」


肩をすくめた。その目を見ると、嘘は言っていないようだ。


「それより、何で身体まで消えたんだ?」


 そして、話題を逸らすように尋ねてきた。


「初めて使うから、それなりに魔力は込めたが……それが原因か?」


 キルエラは少し言葉に詰まったものの「……原因の一つではありますね」と答えた。


「〝魔素の淀みシャンネトル〟に触れれば魔力が変質し、そこから身体が作り変えられます。浄化によって影響を消した時、浸食が酷ければ身体も世界に還りますが、今回は出現からそれほど時間は経っていません。ですから――」

「威力が強い浄化に変質した体がもたなかった、ってことか……」

「はい。そうです」

「……〝魔天骨(ヴィネトル)〟が残ったのは?」

「〝魔天骨(ヴィネトル)〟は、魔物の体内で魔素が物質化したモノですので〝魔素の淀みシャンネトル〟に触れたとはいえ、そう易々と変質することはありません。むしろ、その影響で魔素の循環が激しくなりますから、より多くの魔素を吸収して肥大化することがありますね」


 へぇ、とクキは呟いて、水を口に含んだ。

 キルエラは体調のことを追求したかったが、クキの雰囲気から話す気はないのだと悟り、目を伏せた。


(………帰ってからが大変かしら)


 瞼の裏に浮かぶのは、クキとギルによる最高位魔法を使った合体魔法だ。




―――「[影渡り]も闇魔法の一つなら、魔法を吸収出来るんだろ?

    なら、魔法を吸収させれば、その分だけ移動距離が伸びる――よな?」




 『アダナク』に移動するために近くの森に向かっていた時、投げかけられたクキの疑問に「そうだな」と頷いたギルは、よりやりやすい方法を告げた。

 あっさりとあり得ないこと・・・・・・・を言われ、白く染まった頭の中に「え?」と自分の声が微かに聞こえた。

 そして、二人が作り出したあの光景――






―――薄暗い木陰の下。足元に浮かんだのは巨大な闇の魔法陣。

   そこから吹き上げた闇が頭上で集束し、四台の幌馬車を闇が覆った。



   光が閉ざされた漆黒の世界。



   闇が広がる中でありながら、何故か自分の身体や幌馬車は、

   はっきりと見ることが出来た。

   それは〝闇〟を〝色〟で塗りつぶしているような、

   或は、自分たちだけ取り残されたような違和感があった。

   再び、闇の輝きが迸り、ビシリッ、と世界()に罅が入って、

   一瞬で世界が砕け散った。

   砕かれた世界の欠片が大地に降り注ぎ、

   二つ目の魔法陣に吸い込まれていく。

   そして、その場にいる全て()が〝闇〟に沈んだ―――






 クキとギルによって引き起こされた光景を、キルエラはただ呆然と見つめることしか出来なかった。


(どのような騒ぎに……)


 それは『アダナク』でも行使され、あの場にいた多くの者が目撃している。

 その時は襲撃への緊張から大騒ぎにはならなかったが、無事に討伐された後ではその噂が広まるのは目に見えていた。

 キルエラは目を開き、クキを見つめた。

 色々と騒ぎを起こす人だが――


「……クキさん。お疲れ様でした」


 二度に渡る長距離の移動に超広範囲の索敵、前衛の支援――そして、最後の光魔法に加えて、魔術の使用。

 クキ自身が旅を望んだとはいえ、偽名を名乗っている状態で魔術を使えば、反動がくることは分かっていたはずだ。

 戦闘を楽しむ性癖があることから、その場の勢いだけで使った可能性も小さくはないが、『アダナク』で依頼を受けた時、クキの気配が変わったことには気づいていた。


「………おたくもな」


 突然のことに驚いて目を瞬いていたクキは、顔を逸らすと素っ気なくそう言った。

 その仕草が照れ隠しのような気がして、キルエラは口元に微笑を浮かべる。


「――クキ! キルエラ!」


 キルエラとクキは声がした方向――〝門〟の方に振り返った。〝門〟の前でラルグやサザミネたちと一緒にこちらを見ているギルの姿がある。


「『アダナク』に戻るぞ!」


 クキは「ああ!」と答えて立ち上がり、キルエラに視線を落とす。


「……行こう。キルエラ」


 はい、とキルエラは頷いた。



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