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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
間章2 〝オリオウ〟の隠者と赤
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閑話6 赤、黒と月夜に語る

※ ギル視点です。





 エカトール――テスカトリ教導院の勇者、ヒビキ・クジョウの突然の訪問。

 その混乱が落ち着いた頃、テスカトリ教導院から正式に「魔界を旅させたい」と申し出があり、クジョウの一件を任されたギルミリオは〝ある事〟を条件に加えて〝議会〟に承認させる(・・・・・)ため、奔走した。

 少し手こずったものの無事に〝議会〟を通り、その返答といくつかの手札――エカトールの他国を納得させるもの――を持って、テスカトリ教導院を訪れた。

 三院長の様子からクジョウの魔界訪問が本当に独断だったのだと確信し、彼らがクジョウに渡した手紙の内容に困惑していることに気付いた。


(無理もないか……)


 ギルミリオがクジョウの言葉に困惑したことと同じだろう。

 改めて魔王からの書状を渡し、三院長との会談も無事に終わったところでクジョウと面会した。さすがに誰でも面会が可能というわけではなく、すでに顔を合わせている者に限られたので、ガイアスだけを伴う。同席するのは、姫巫女とその侍女だ。

 程なくして、一人の侍女に先導されてクジョウが姿を現し、


「おたく……本当に王子だったんだな」


まじまじ、とこちらを見てきたので何を言うかと思えば、そんなことを言ってきた。


「おいおい。失礼な奴だな」


 クジョウを連れて来た侍女に視線を向け――(くだん)の相手だろうと――声を掛けると、やはり、勇者付の侍女だった。

 お返しとばかりに(くだん)のことを突くと、


「……おたくには関係ないだろ」

 

クジョウは顔をしかめた。

 初対面の時は(魔界では)人を食ったような雰囲気を纏っていたが、嫌そうに敬語を使うクジョウ――その子供っぽい反応に笑いがこみ上げる。


「ついでにお前の要望についても、もう一度こちらの条件を話しておいた」


 さっそく面会の目的である旅の話を振ったが、「どんな条件を出したんだ?」とクジョウは訝しげに眉を寄せた。

 どうやら、まだ魔界を旅する条件を知らされていないようだ。

 姫巫女に了承を得てからこちらが提示した条件を教えると、表情を消し「何が目的だ?」と射抜くような鋭い視線を投げてきた。

 魔界(あっち)の時とは反対だな、と思いながらギルミリオは目を細め、


「お前とエカトールを旅するのも面白そうだと思ってな」


 なっ、と絶句するクジョウに、知らずと口元に笑みが浮かぶ。


「〝契り〟の罰則は、互いの信用とその世界での加護の低下だ。……ただ、それが続く限りは旅の仲間――遊び相手(・・・・)ということだぞ?」


 びくりっ、と身を強張らせた姫巫女に対し、クジョウは「へぇ……?」と僅かに口の端を上げた。

 あと「お互いに消化不良だったからな」と付け加えたが、「他には?」とあっさりと流されてしまった。


(……理由の一つなんだが)


 ギルミリオは内心で苦笑して、ソレを言うべきか否か逡巡し――




―――「それにエカトールを旅して、俺が〝ゲーム〟に出る意味、その結果が世界に与える影響を知りたいんだ」




ふと、クジョウの理由を思い出した。


最後のチャンス(・・・・・・・)だからさ」


 気が付くと、口にしていた。それに対し、クジョウは無言だ。


「各国への周知もあるから確定という返事はもらわなかったが、あとは交渉次第だな。………まぁ、問題はないだろう」

「どういうことだ?」

「こっちの事情だ。ちょっと込み入った話になるぞ?」

「………なら、いい。政治関係は面倒だ」


 クジョウのうんざりとした表情が引っかかったが、特に関係がないと思い、追及はしなかった。

 ギルミリオとクジョウの間で張りつめていた空気が弛緩したことで、表情を強張らせていた姫巫女は小さく息を吐いた。

 二人の話が途切れたことで、姫巫女が「十五日ほどだけエカトールを旅する許可がおりました」と告げた。


「よっしゃ!」


 それを聞いたクジョウは満面の笑みを浮かべ、どこからか取り出した地図をテーブルに広げ出した。

 ギルミリオは嬉々として旅の行先を決めるクジョウと、地図の上で頭を突き合わせる。


「レナ。どこかオススメの場所はないか?」

「おい。観光に行くわけじゃないぞ?」

「分かってるよ。大事な事だ」

「本当に分かっているのか……?」


 クジョウだけでなくギルミリオも浮き足立っていたことは、ギルミリオ(本人)とクジョウだけが気付いていなかった。






         ***






 クジョウ――クキとのエカトールでの旅が始まって数日。

 〝オリオウ〟は引き受けた護衛依頼で『アダナク』を離れていた。

 ガタガタと少し揺れる幌馬車の中、〝鵬我鳥(コロナロンバード)〟が討伐されたのを見て(・・)、伏せていた目を開く。

 対の席にキルエラが腰かけていたが、他には誰もいない。〝飛炎の虎〟のリーダーと彼らが預かっている訓練生は前の幌馬車だ。

 キルエラは神妙な顔をして「いかがですか?」と尋ねてきた。


「……大丈夫だ。問題なく討伐された」

「! サザミネさんたちに伝えますね」


 口元に笑みを浮かべ、下位風魔法[風信(ヴェルド・クライ)]でサザミネやマッカートたちに連絡を取る。

 ギルは視線を外に向け、内心で小さく息を吐いた。


(討伐問題なかったが……)


 次の目的地である村が〝鵬我鳥(コロナロンバード)〟の襲撃を受けていることに気付き、クキと〝飛炎の虎〟のメンバー三人が救援として先行した。

 クキは村に駆け付けると、張られていた水属性の[結界]に魔力を注いで防御に回っていたが、唐突に駆け出したかと思えば、ほぼ一人で倒してしまった。

 『アダナク』を出る前夜、「他のチームの連携を見て、今後の参考にするか」と言っていたが、あれでは参考も何もないだろう。


(あの感じだと戦い慣れていたが……連携は得意じゃないのか……?)


 先日、クキが〝森〟で見せた一撃。

 〝一角兎(ホーンラビット)〟の首を落としたその攻撃に、躊躇いは一切なかった。

 最も効率が良い方法――暗に一撃で屠れと伝えた時も、クキから窺えた感情はその方法への疑念だけで〝殺す〟ことへの忌避感はなかった。

 むしろ、その後も的確に一撃で屠っていたほどだ。

 生と死に対して〝覚悟〟がある一方で〝森〟の様子にはしゃいだり、魔動車に不用意に近づいて問題を起こしかけたり、嬉々として突撃したり――ただ、本能の(思う)ままに突き進んでいる。


(戦士なのかガキなのか……分からない奴だ)






         ***






「―――……」


 〝何か〟を感じ、ギルは目を覚ました。

 眠気は一瞬で消え、反射的に周囲を探るが、特に異常は感じられない。

 狭い部屋に押し込められた二つのベッド。その内の一つに横たわっていたが、身を起して隣に視線を向けた。

 〝闇〟の使い手であるギルに暗闇であることは関係がなく、はっきりと室内を見渡すことが出来る。

 ベッドはもぬけの殻で、出ていったことを感じたのかと思ったが、シーツは冷たい(・・・)のでクキが出て行ってから時間は経っているようだ。


(……なら、何だ?)


 何が引っかかったのか、疑問に思いながら〝影〟を渡った。

 外。

 人の気配を感じるままに宿の屋上に出ると、隅の方に黒い影――腰を下ろして夜空を見上げているクキの背中があった。肌寒い風が吹き抜け、


「―――起こしたか?」


そう、言葉をのせてきた。


「……まぁな。何をしている?」

「月見酒。――って言っても、酒じゃねぇけど」


 クキは左手を後ろにつき、のけ反って顔を向けてくると右手を持ち上げた。その手には昨日立ち寄った町の名産品、エプアのビンが握られていた。


「飲むか?」

「……ああ」


 クキの隣に腰を下ろすと、すぐに差し出されたのは、栓が開いていないエプアのビンだ。

 時折、一体どこから取り出しているのか、ギルの感覚に引っかからないことがある。

 それは決まって〝ディスタの鞄〟ではなく、魔術を使って取り出した時だった。


「……悪いな」


 ギルはビンを受け取り、内心で息を吐く。


(……()でもダメか)


 能力が最大限に発揮される〝夜〟という時間帯でさえ、分からなかった。

 そのことに動揺し、一瞬、ビンを受け取るまでに間が開いてしまったが、どうやら気づかれなかったようだ。


「それにしても……いつ買った?」

「出発前だ」


 クキはビンの口に直接口をつけ、傾けた。コップも出せるだろうに。

 ギルも栓を抜き、同じように直接口をつけて一口飲んだ。


「……そういえば、酒は飲まないな? 飲めないのか?」

「いや、飲めるぜ。ただ、仕事中は飲まないようにしているだけさ。……まぁ、つい飲み過ぎると絡み酒になるから、同類がいない時は控えているけどな」

「絡み酒か。だいたい想像はつくが……」

「ひでぇ……」


 くくっ、とクキは喉の奥で笑った。


(仕事中か……少しでも制御が甘くなることを嫌ったのか?)


 本当に意外なところで真面目だ。


「で? 何でいきなり月見をしているんだ?」

「そりゃ、いい満月だからな」


 投げやりな返答にギルは眉を寄せたが、


「……〝満月〟? お前の世界だと(リューン)のことをそう呼ぶのか?」

「あ? ……あぁ、こっちだとずっと満月だからな、区別はねぇか」


 問いにクキは眉を寄せたが、すぐに納得したように頷いた。顎で(リューン)を指し、


「あんな風に丸い(リューン)のことを俺たちの世界では〝満月〟って言うんだよ」

「? (リューン)は丸いだろう?」

「あー……あっちの世界の(リューン)も丸いけど、日によって形が変わるんだ」

「形が変わる?」


 ギルは、思わず月を見上げた。

 見慣れている巨大な二つの(リューン)

 大きい(リューン)玄月(ウィチロ・リューン)と呼ばれ、〝境界線〟の先にある〝聖域〟であり〝ゲーム〟に勝つことで道が繋がる場所だ。

 そして、その隣に寄り添う小さい(リューン)桂月(マキス・リューン)――〝ゲーム〟の舞台だった。


「それは……元に戻るのか?」

「いや、戻るっていうか、丸い形なのは変わらねぇんだけど、(リューン)は衛星だから公転との関係で――」

「?」

「……あー……まぁ、形は変わるけど、時が経てば戻るってことで」


 適当な口ぶり。途中で説明が面倒になったのは明らかで、じと目を向けているとクキは顔を逸らした。


「こっちの(リューン)はデカいな」

「………俺たちにとっては、この大きさが普通だが」

「普通、な。……あちらの世界の(リューン)は、こんなに近づいてこねぇし、もっと小さくて一つしかないんだぜ?」

「一つだけか……」

「何ていうか、落っこちてきそうだよなー…………当たるか?」


 ぼそり、と不穏な言葉が呟かれた。

 〝何を〟とは問うまでもなく分かったので、「無駄なことは止めておけ」と釘を刺すと「冗談だ」とクキは肩を竦めた。


「確か、デカい方が〝聖域〟で、小さい方が〝ゲーム〟の舞台だったか?」

「……ああ。そうだ」

「〝境界線〟って言いながら(リューン)にあるのか……まぁ、その先にあるような感じなんだろうけど……」


 訝しげなクキに、ギルは苦笑した。


「間違いないぞ。それに〝ゲーム〟の舞台は、エカトールと魔界(キアウェイ)――どちらの世界でもない場所だったからな……」


 (リューン)を見上げ、目を細める。


「〝ゲーム〟が始まる前――数千年前の(リューン)は、これほど大きくはなかったと云われている。〝ゲーム〟とその〝掟〟を定めた折りに創造主によって創りかえられた、と」

「……そうらしいな。だから、エカトールと魔界の(リューン)の呼び名が同じなんだろ?」

「ああ。それまでにも創造主が御座(おわ)すのは〝太陽(ソレイユ)〟とされていたから、その対としてある〝(リューン)〟には、何か〝特別な役割〟がある――と、云われていたようだ」

「へー……それにしても(リューン)で戦闘か。それはそれは」


 クキは幾度か頷き、口元にエプアのビンを傾ける。


「それで? まさか、昼間の件で眠れないから月見をしているとか、言わないよな?」


 ごぼっ、と飲みかけたエプアを吹きかけ、クキは少し咳き込みながら振り返った。


「おたっ……けほっ……そこで話を戻すか?」

「………」

「……あー……まぁ、な」

「おいおい……」


 クキはため息をつき、眼下――村の中心部の広場へと視線を向けた。

 つられてギルも視線を向けるが、広場に人影はない。

 そもそも、寝静まった村の中で動いている(起きている)者はここにいる二人のみで、音も風に揺れる木々のざわめきと虫の鳴き声が響いているだけだった。


「魔法の扱い、なってなかったんだよなぁ……」


 ため息交じりの声にクキに視線を戻すと、クキは広場に目を向けたままだ。

 恐らく、見ているのは〝鵬我鳥(コロナロンバード)〟が落下した場所だろう。

 予定では、今夜はこの村の次に訪れる町で泊まることになっていたが「礼がしたい」と村長に懇願されたトゥルハ商会は村に泊まることを決めた。

 突然の変更は分かれた隊との合流(今後の予定)に狂いが出るが、合流場所はその隊と別れた町だ。すでに行ったことのある場所ならば、闇魔法での移動は容易に出来るため――距離が掴みやすいので――大した問題にはならなかったことが変更の決め手となった。


「こればっかりは、意識的に魔法を使っている弊害だろうな。試したり、見たりした魔法ばっかり使ってしまう。………知識はあっても扱いきれていないってことさ」


 それは〝鵬我鳥(コロナロンバード)〟討伐戦のおり、[水の結界]が張ってある中で[魔封ノ手]を使おうとしたことを言っているのだろう。


「つまり、魔法を上手く使えなかった苛立ちから眠れないのか?」


 ここ数日の付き合いとその表情から「違うだろうな」と思いながら尋ねると、案の定、クキは「心外だ」とでも言うように片眉を跳ね上げた。


「おたく、わざと言っているだろ?」

「何がだ?」

「………」


 すっ呆けるとクキはじと目を向けて来たが、


「まぁ、おたくらにとっては朗報だろ?」


何が楽しいのか、にやり、と笑った。

 確かに対戦相手が魔法に不慣れなことは、魔界(こちら)にとっては有利と言えるが――。


「鍛える気満々の顔で言われてもな……」


 闇の中でも爛々と輝く瞳に、ギルは顔をしかめた。

 その状態でありながら、魔界では――互いに殺す気はなかったとはいえ――互角に()り合い、先日は、一言、助言をしただけで調子が悪いと言っていた魔力感知の感覚を取り戻していた。

 〝ゲーム〟まで一年弱。

 その実力があれば、慣れる(習得する)ことも可能だろう。


「まだ伸び代があるのが、そんなに嬉しいのか?」

「お? 分かるか?」

「……見ればな」


 一目見れば誰でも気付くだろう。すっ呆けるクキに呆れた視線を向けるが、クキは楽しげに笑った。


「魔素や魔力を使うと言っても魔法と魔術の〝理〟は違う。似て非なる力だ。けど、完全に〝未知の力〟ってわけじゃない。理解は出来るし、成り立ちも面白い」

「成り立ち、な……」


 クキの世界の魔法――魔術は、己の魔力と少しの魔素を使って世界に顕現する。

 構成が事細かく記されている魔法陣に対し、〝言葉〟でどう顕現するのか書かれている魔成陣は、陣を描いて魔力を込めれば発動出来る――ことはないらしい。

 それはどう顕現させるか、術者の確固としたイメージが必要となるためだ。

 

「……魔術師は魔法を再現できる(使える)が、魔法師が魔術を使うのは難しいか」


 厄介だな、と呟くとクキはニヤニヤと笑いながら、


「そこをどうにかするのが面白いんだろ?」

「………お前の場合、魔法に慣れていくだけだろう」


 やれやれ、とギルは息を吐き、


「それ以上、力を得てどうする気だ?」


何気なく、口から漏れた言葉だった。ビンの口を口元に近づけ――




「―――〝さぁな〟」




 一瞬で空気が張り詰め、しんっ、と静まり返った夜に、小さくもよく聞こえる声が響いた。

 ギルは、ぴくり、と眉を動かし、ビンを下ろす。

 魔力が放たれたわけではないが、明らかにクキの〝気配〟が変わり――それによって音が消えた。


(この気配(感じ)は……)


 表情を動かさず、クキに振り返る。

 クキは、ただ夜空に浮かぶ(リューン)を見上げていた。

 つい先ほどまで浮かべていた笑みを消し、その瞳を(リューン)と同じく黄金色に輝かせながら――。


「〝魔術師って生き物は、どこまでも力に強欲なだけさ〟」


 つと、細めた瞳に感情は一切窺えず、夜空に浮かぶ(リューン)ではなく、何か〝別のモノ〟を見ていた。


「………悪い。人なら当たり前に持つ欲望(モノ)だったな」


 ギルは(リューン)を見上げ、一口、エプアを飲む。

 隣から視線を感じたが、無視して(リューン)を見ていると程なくして圧し掛かるような〝気配〟が消えた。

 再び、風が音を運び出し――


「……いや」


 その中に苦笑混じりの小さな声があった。



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