閑話5 隠者、暗躍する?
※ 第3章の総集編のようなものです。
※ キルエラ視点です。
各国の〝勇者〟が招集され、エカトールに披露される日まで一ヶ月弱。
お披露目までの準備期間となるその僅かな時間を裂いてヒビキを旅に出すことが決まり、同行するキルエラは彼が魔界から持ち帰った書状の内容について、三院長から聞かされた。
「我が愚息も同様の条件の下、彼の者と旅を共にしたい」との言葉に驚き、最後に添えられた言葉に絶句した。
そして、非公式の使者としてギルミリオが訪れ、ヒビキとの面会した時の様子から旅の同行は魔王の命だけでなく、彼自身も積極的だということに気付いた。
―――「二人の監視を頼むぞ」
キルエラの役目は二人に同行し、旅の補佐を行うことだ。
また、ヒビキがやり過ぎないように諌める目付け役であり、ギルミリオを監視して彼が旅に同行する真意を探るように三院長から命じられていた。
ギルミリオとの会談を経て、「彼の真意は陛下に近いものだろう」と三院長は推測していたが、それを確信させる理由がなかったからだ。
旅の中で少しでもソレを探り、〝あの言葉〟の真意を知る必要があるのだが――。
「うぉぉぉぁぁああっ!」
べりっ、と音を立てて背中の毛が剥がれ、〝一角兎〟が地面に落ちる。
ヒビキ――クキは大きく目を開き、叫びながら掴んでいる毛皮を地面に叩きつけた。
その様子を少し離れた場所――木陰に隠れて見ていたキルエラは、クキから視線を外し、隣に振り返った。
「―――くくっ」
そこには肩を震わせ、笑いをこらえているギルミリオ――ギルの姿があった。
***
「よっしゃぁ!」
「おいっ!」
『クリオガ』の都市の一つ、『アダナク』に転移し、手続きを終えた途端に駆けだしたクキをギルは追いかけていった。
キルエラはゆっくりと二人を追いかけ、ギルド前で〝ディスタの鞄〟を掴まれて止められたクキと疲れた様子のギルに「お二人とも楽しそうですね」と笑みを向ける。
それにギルは苦い顔を向けて来た。
ひとまず、今後の予定を確認するために落ち着いた場所――〝蒼の六花亭〟に先導する。そこは界導院が経営する冒険者への支援を目的とした宿で、ギルドに関する簡単な手続きと情報の売買が行えるが、もう一つ、ある役割があった。
それはテスカトリ教導院の諜報機関としての役割だ。
〝蒼の六花亭〟に集められる情報は、町の些細な噂から滞在する冒険者やその動向などと様々で、冒険者に向けた情報の売買はその副産物でしかなかった。基本的に同じ町内にあるギルド支部を通じて首都のギルド支部――国内にある全ての支部の取り纏め役――に集約されるが、重要度によってはテスカトリ教導院まで届くものもある。
そして、その情報はごく一部の者――キルエラたち神導院所属の隠者など――に限り、どのギルド支部や〝蒼の六花亭〟でもある方法で入手することが出来た。
キルエラたちは個室で三部屋取り、その内の一つの部屋に集まった。
今後の予定を確認し終えたところで「魔術についても話しておいた方がいいか」と、クキが魔術で〈結界〉を張り、彼の世界の魔法――魔術について語り出す。
ギルに教えるのは大まかな概要であり、〝契約〟によってその情報が彼の口から魔界に漏えいすることはないが、僅かに揺れた感情を悟られないようにキルエラは目を伏せた。
ギルはその内容に少し驚いたように片眉を上げたが、さらに詳しく追求するようなことはしなかった。
「………なら、完全に理解しない限りはこの魔法陣――〈魔成陣〉を描いたとしても発動しないということか?」
ただ、確認としてそう尋ねた。
クキは「まぁ、そうなるな」と楽しそうに笑い、
「その魔術具、一応、解析妨害もかけてあるからいい暇つぶしにはなるぜ?」
「……妨害な」
ギルは右耳につけた耳輪に触れ――そして、にやり、と笑った。
その笑みがクキの言葉を肯定しているのだと気づき、キルエラは小さく息を吐いた。
そして、その翌日―― 一時間ほど前のことだが――ギルドで支部長との顔合わせを終え、依頼を受ける前にチーム登録を行った。
キルエラが振り返って「リーダー、サブリーダーはいかがしますか?」と尋ねると、クキとギルは無言のまま、互いに身振り手振りで押し付け合い始めた。
(お二人は………)
そんな二人に一息つき、キルエラはリーダーにクキ、サブリーダーにはギルと書いた。
「あ。おい!」
「キルエラ……」
「チーム名の案はありますか?」
二人の抗議に笑みを向けると、ギルは息を吐いて「納得しているのならかまわないが」と白旗を上げた。
あっさりと頷いたギルに「おい!」とクキは声を上げるが、彼が肩をすくめてキルエラを視線で指すので、ちらり、とキルエラに視線を向けて来た。
「………」
満面の笑みを浮かべていると、クキは大きくため息をついて了承する。
無事に二人に任せることが出来たので、キルエラは内心でほっとした。
予定通り、簡単な依頼を受けて〝プルアタン〟へ。
闇魔法で移動できるため、十分とかからずに〝第一障壁〟に着き、簡単な手続きを終えて〝プルアタン〟に通じる〝門〟を潜った。
ギルから助言を貰い、フラフラと〝森〟に歩いていくクキ。
キルエラとギルはその場に留まったまま、互いに視線を向けた。
「それでは、お願いしますね」
「………ああ」
やれやれ、とギルは息を吐く。
通常ならリーダーのクキが指示を出すが、彼が〝森〟に慣れるまでは別の者――キルエラかギルが指示を出そうと言うことになり、
―――「クキが慣れるまでは、キルエラが――」
―――「それではギルさん、お願いしますね」
―――「……いや。別に俺でなくても、」
―――「いえ、そこはサブリーダーが行うべきことかと」
―――「………」
正論に口を閉ざしたギルはしぶしぶ引き受けたが、じと目を向けてきたので、キルエラは微笑でそれを受け流した。
サブリーダーを引き受けたのだから仕方がない。
彼のことを注意深く見ていると、基本的な行動の指針はクキに任せ、必要とあれば助言するような形を取っていることに気付いた。
キルエラとしては、彼が旅に同行する理由――その真意を知るためにも積極的に行動して欲しいので、押し切ってでも関わらせるつもりだが。
「………」
しばらくの間、無言で視線を交わし、キルエラは視線を逸らした。ギルの視線に気圧されたのではなく、クキが気になったからだ。
視線を巡らすと〝森〟への入り口で満ちている魔素を物珍しそうに見ているクキの後ろ姿が見えた。
「………〝一角兎〟のことですが、あのことは伝えないのですか?」
少し気まずい雰囲気を消すためにも、一つ、気になっていたことを尋ねる。
つい先ほど、クキに〝一角兎〟の仕留め方について助言をしていたが、ギルはある事を口にしていなかった。
例え、ソレを知らなかったとしてもクキが八等級魔物に後れを取るとは思えず、ギルに従うと言った手前、早々に前言撤回をするつもりはなかったので指摘はしなかったが、あえて教えなかった理由が気になった。
ギルは一息つき、クキの意識がこちらに向いていないことを確認してから口を開いた。
「………基本だろう? 一通り、調べて来たのなら知っているはずだ」
「それは、そうですが……」
「あの様子だと、覚えていないと思うけどな」
揃ってクキに視線を向け、同時に小さくため息をつく。
「はい。ですから、」
「あいつが八等級程度で怪我を負うと思うか?」
「いえ、それは……」
「なら、問題ないだろ。油断は禁物だが、何事も経験だ」
真剣な声で告げるギルに「分かりました……」とキルエラは頷いたのだが――
(これは……楽しんでいますね)
〝一角兎〟の頭――その角を手にしたまま、いつもの飄々とした雰囲気を消して「何だよ、コレ!」と動揺した声で叫ぶクキと、その様子に爆笑するギル。
キルエラはギルに呆れた視線を向け、「ただの悪戯だったのでは……?」と疑問に思うのだった。
***
『アダナク』に戻ってギルドで依頼の報告を行った後、「初めての依頼でしたが、いかがでしたか?」と尋ねてくる受付嬢にクキは「仲間の信用はガタ落ちですね」と答えた。
意外と根に持つようだ。
夕食の前に〝森〟での汚れを落とすため、一度、それぞれ部屋に戻った。キルエラはシャワーを浴びてさっぱりとした後、〝ディスタの鞄〟を手にイスに腰掛けた。
(やっぱり〝使い魔〟との同調が……)
〝森〟を奥に進んで少し経った頃、「魔力感知の調子が悪い」と言ったクキ。
彼の魔力感知の方法がウルの〝魔素を拡散する〟能力と相性が悪いようで、普段よりも感知範囲が狭まっているらしい。
クキが〝使い魔〟を授かったのはテスカトリ教導院も予想外のことで、さらに授かったのが出発の前日だったこともあって〝使い魔〟の基礎知識しか教えられず、同調訓練は行っていないのだ。上手く制御できていないのも無理はない。
そして、クキとウルの同調だけが問題ではなかった。
(―――どうして……?)
先日、使者として訪れたギルと面会した時も顔を合わせたのが二度目にも関わらず、気兼ねなく話す二人に驚いたが、それ以上に驚愕したのが今日の〝一角兎〟だった。その時の二人は、まるで――
「………」
キルエラは僅かに眉を寄せて、目を伏せた。
胸の内に沸き起こった感情――ソレを散らすために深く息を吐く。
(ひとまず、私の仕事は……)
目を開いて〝ディスタの鞄〟からある魔法具を取り出した。
それは手の平に収まるほどの大きさの長方形で、表面はつるりとしていて、右横に細長い穴が開いていた。
その穴に冒険者証を差し込むと表面に光が灯って数字が浮かび上がったので、決められた数字を打ち込む。
数字は文字の羅列となり、冒険者証に記録された〝ある情報〟を示した。
それは〝蒼の六花亭〟が集めた『アダナク』内の情報で、特定の魔法具を使ってパスワードを入力すれば、開示されるのだ。
一度、魔法具を使って情報を開示すると冒険者証から魔法具に移って冒険者証からは消えてしまう。
キルエラはギルドに集約された情報と、宿が得たばかりの最新の情報に目を通した。
***
ある朝。
食堂に現れたクキの顔は疲れでぐったりとし、肩も力なく落ちていた。
クキは朝が苦手というわけではなく、朝も昼も夜も調子は変わらない。
唯一、興味を引いたもの――例えば魔法に関することなど――があれば、我を忘れたように己の身体を顧みず、没頭してしまうのだ。
テーブルに顔を伏せ、「あー……」と小さく呻くクキにキルエラは、思わずギルと顔を見合わせた。
注文していた料理が来ても片手で目元を覆い、のそのそと動いて食事が進まないので「どうされました?」と尋ねると「〝使い魔〟の声がうるさいんだ」と答えが返ってきた。
「声が……同調率がそこまで上がったのですね」
キルエラは目を丸くした。その隣でも「へぇ?」とギルが感心したように片眉を上げている。
「うるさいぞ、ウル!」
クキは大きくため息をつき、〝使い魔〟の名前を呼ぶ。その声に答えて姿を現したウルが、彼の頭の周囲を飛び出した。
「うるさい……」
同調による声が頭の中で大きく響いているのか、クキは苛立ったように呟くとフォークをウルに突き出す。
だが、ウルはひらひらと躱してしまうので、クキの目元が大きく歪んだ。
「かなり、参っているようだな」
苦笑気味に告げるギルに「声が届いて、嬉しいのですね」とキルエラは頷いた。
「どうにかならないのか?」
「興奮しているだけだ。すぐに落ち着く」
「そうですね」
〝使い魔〟との同調に関しては、他人ではどうすることでも出来ないので、キルエラとギルは食事を再開した。
クキは顔をしかめていたが、おもむろに手を伸ばしてウルをテーブルの上に押し付ける。
手の平で覆い、じっ、と視線を向けているところを見るに、契約を通じて会話をしているのだろう。
契約者と〝使い魔〟の同調が高まれば、契約者以外にも声が聞こえるようになるが、そこまで同調率が高まったわけではないようだ。
(でも、どうしていきなり……?)
昨日、ギルの助言を受けて僅かな時間で〝使い魔〟との同調による魔力感知のコツを掴んだことには驚かされたが、一夜で〝使い魔〟の声が聞こえるほどに同調率が上がったことは、驚きよりも不安がこみ上げて来た。
通常、〝使い魔〟を授かった後は同調訓練を受けることになっており、それによって〝使い魔〟の声が聞こえるのも早くなるのだ。
だが、彼はその訓練を受けていないにも関わらず、たった数日で声が聞こえるほどの同調率を得た。
(そのような事例は今までは……)
それはクキの才能がキルエラたちの予想を大きく超えているのか、それとも星霊が自ら〝使い魔〟を授けた理由が関わっているのか――キルエラには分からなかった。




