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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第3章 旅は計画的に
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第39話 黒と炎虎の乱舞

 百メル(メートル)ほど離れた場所に佇むのは、〝炎を纏う半獣〟――サザミネだ。

 身に纏う炎によって陽炎が生まれることで、ゆらゆら、と身体が左右に揺れているように見え、ピリピリ、とした威圧がクキの肌を炙っていた。 




―――「半獣化した状態で一戦、お願いしてもいいですか?」




 フレノアたちへの指導の報酬として〝飛炎の虎〟に提案したのは、半獣化したサザミネとの模擬戦だ。

 それは〝才能ディフェラ〟の力を知識としてだけでなく、実際に体感したかったことが理由だった。

 無理かなぁ、とダメ元で頼むと、サザミネは嫌な顔一つせずに二つ返事で了承したので、少し驚いた。

 クキがよく・・ケンカを吹っ掛けるのは、拳を交えたそちらの方が、相手の力量を見極めやすい・・・・・・からだ。

 それは師匠の下で行われた修行(訓練)が原因で、魔術に関する技術のほぼ全てを実戦で叩き込まれた―― 一歩、間違えば命取りとなる極限状態で覚えた結果、会得した分析能力。今となっては危機回避能力と共に欠かせない力だが、地獄の思い出(トラウマ)を思い出すこともあって、素直に喜べない代物だった。


(まぁ、ちょっと戦ってみたかったけど……)


 もう一つの理由としては、〝才能ディフェラ〟への興味だ。

 あちらの世界で〝能力〟といえば、たった七人しか得られず、力も知れ渡った味気ないモノであるのに対し、こちらの世界は四つの分類(タイプ)に分かれ、その力も様々だ。

 四つの分類(タイプ)の中で、特に興味を引いたのが〝異化シンジェ〟と〝獣化アニエタ〟の能力だ。

 〝異化シンジェ〟は能力者と聞いて浮かび上がるイメージ――悪友に刷り込まれたもの――と合致する能力が多く、〝獣化アニエタ〟の半獣化は悪友が見れば喜びそうな力を持っている。


(……教導院に戻ってからだと、色々と五月蠅いだろうし)


 三院長の中でも、特に神導院長辺りが。

 フルイルド商会の時は(前回は)仕事中だったので断ったが――あの女性が相手では歯止めが効かない気がして――二度とないこの機会を逃すつもりはなかった。

 ラルグから誘われた時には、誘惑に負けて「ぜひ!」と頷きたかったが、さすがに彼が相手では目立つと思い――若干、手遅れのような気もするが――諦めた。


「準備はいいな?」


 向き合う二人の間に立つのは、審判役のギル。他の面々はギルの後方――少し離れた場所にいた。

 ギルの問いに、クキとサザミネは無言で頷いた。


「――行くぞ」


 突き出された右手は握られ、人差し指に引っかけられた親指の上に銅貨が置かれていた。それが地面に落ちた瞬間、模擬戦の開始となる。

 親指が弾かれ、銅貨が頭上に飛ばされた。くるくる、と回りながら光を反射し、地面に落下していく。

 地面に落ちた音は一瞬。

 サザミネの姿が掻き消え、クキの足元に浮かんだ虹色の魔法陣が下から上に通り抜けた。

 クキの左腕が上に跳ね上がり、吸い込まれるように魔素が腕に――拳に集まっていく。




―――ギィィンッ




と。鋼が打ち合ったような音が響いた。

 クキの胴体を薙ぎ払うように振るわれた一撃を、左手で逆手に持った魔剣が防ぐ。

 魔剣の切っ先を下に向け、その刃に右手を添えつつ、軽く腰を落としただけで難なく受け止めたクキに、サザミネは僅かに眉根を寄せた。身を捻り、がら空きとなったクキの右わき腹に蹴りを放つ。



 上位闇魔法[魔封ノ手(ヌワール・タイダウン)



 二人が落とす影から[漆黒の手]が飛び出した。

 その気配を察し、ぴくり、とサザミネの眉が動く。クキに迫るサザミネの足先で、一瞬、ぼっと炎が迸った。炎の勢いに押され、空気を切り裂くような鋭い蹴りが[漆黒の手]を置き去りにしてクキの側頭部に吸い込まれていく。


「っ!」


 すでにクキは爪を押し返し、身体を左斜め後ろに倒して回避行動に移っていたが、さらに腰を落とした。

 間一髪、クキのすぐ右上をサザミネのつま先が通り過ぎた。

 斜めになった視界の中で、サザミネは蹴りを放った勢いを殺さずに身体を回す。クキに向き直ると、左手を軽く振り下ろした。

 ごぉっ、と荒れ狂う炎が斬撃となって放たれた。

 クキはサザミネを追う[漆黒の手]を戻し、盾にした。

 [漆黒の手]が炎の斬撃を受け止めた隙に、サザミネの姿が掻き消える。

 ちっ、と舌打ちをして、クキは魔剣を地面に突き刺した。

 


 眼前で、漆黒のペンキがぶちまけられたように闇が広がった。



 魔剣の魔力を吸い、急激に力を増した[漆黒の手]が数十本に増加したのだ。


『アソコダヨ』


 僅かな気配の揺れを感じ、体勢を整えながらクキは右に目を向けた。

 そこには大きく広がった[漆黒の手]。

 感知したサザミネの場所はクキから数十メルほど離れているが、[漆黒の手]はクキの意思をいち早く察し、すでに頭上から覆いかぶさるようにサザミネに迫っていた。

 サザミネの気配に意識を向けながら、クキは右手を腰に回して〝ある物〟の柄を逆手に掴んだ。

 引き抜いたのは、製作を依頼していた魔儀杖(フィクンド)

 柄頭から剣先まで三十シム(センチ)もない剣で、少し反った刀身には魔法陣が刻まれ、刀身の根本――柄との境目にひし形の緑色の魔核(コア)がはめ込まれていた。柄にも魔法陣――〈魔成陣〉が彫られているが、手の平で見えないだろう。

 魔力を込めれば、魔核(コア)が緑色に輝いた。

 緑色の光は刀身に刻まれた魔法陣を伝い、[風刃]となって刀身を伸ばす。

 続いて魔核(コア)の辺りに鍔のように水色の魔法陣が浮かび上がり、一瞬で剣先まで通り抜ければ、[風刃]が〝水〟を纏って[水刃]と化した。

 とん、と右のつま先で地面を叩く。

 [漆黒の手]が左右に分かれ、一直線にサザミネへの道が開けた。


「ふっ――!」


 短く呼気を吐き、下から上へと突き上げるように右手を振るう。[水刃]が斬撃となってサザミネに襲い掛かった。

 サザミネは顔の前で両腕を交差し――その両腕で炎が燃え上がった。

 パシュッ、と、斬撃は[炎の盾]に弾かれて消えた。


(中位クラスだと遠距離は無理か……)


 足を踏み出せば、地面に広がっていた闇に、ずぶり、と沈み込んだ。[漆黒の手]に重なりながらも一際、黒い輝きを放つのは[影渡り]の魔法陣。

 視界が暗転し、闇の先に浮かぶ光に飛び込んだ。

 見上げた先――真正面には、顔の前で腕を交差させたままのサザミネの姿がある。

 翳された腕の向こうで、サザミネが大きく目を見開くのが見えた。


「―――」


 それに対してクキは口の端を上げ、右手――魔儀杖(フィクンド)を振り上げた。刀身には、再び[水刃]が展開されている。

 交差した腕をかいくぐり、喉元に切っ先が突き立てられ――


『ウエ!』


 サザミネから魔力の高まりを感じ、とっさに頭上――額の上の辺りに緑色の魔法陣を展開して目を閉じた。




―――バンッ、




と。少しくぐもった音と共に突き飛ばされたような衝撃が全身を襲った。

 〝風〟で衝撃を流しきれず、後ろに吹き飛ばされる。


「クキ――っ?!」


 驚きの声が上がるが、それもすぐ止まった。

 クキの身体を[漆黒の手]が受け止めていたからだ。

 [漆黒の手]に掴まれることで転倒を逃れたクキは、[漆黒の手]でサザミネを牽制しつつ、距離を取る。

 ある程度――百メルほど離れたところで魔力が尽き、[漆黒の手]が消えた。

 屈むように着地し、サザミネに目を向ける。

 追撃はないようだ。


(あぶね……っ)


 ひやり、としたが、殺傷力のない爆発――ただの爆風だったので、アフロになる心配はないだろう。そう思いながらも左手で前髪に触れた。縮れた感触がないことにほっと息を吐き、身体強化の魔法を掛け直しながら立ち上がる。


(………あれに反応するのか)

 

 魔剣による[漆黒の手]の強化と魔儀杖(フィクンド)の斬撃――そして、[影渡り]からの奇襲。特に[影渡り]からの奇襲はサザミネも予想外だったはずだ。

 だが、爆発を起こすことで、あっさりと避けられてしまった。

 それは本能か、或は経験からくるものか――。

 サザミネの一挙一動を注視しながら、くるくる、と手の中で魔儀杖(フィクンド)を回した。


(あの身体強化、予想以上だな……)


 強化系魔法が多いのは無魔法のため、こちらの魔法師がよく扱っているのは、魔力を高めることで耐性を強くするというもの。

 無の使い手以外で〝身体強化〟が行えるのは、能力者――〝強化サヴェタ〟と〝獣化アニエタ〟だけになる。

 〝強化(サヴェタ)〟よりも〝獣化(アニエタ)〟の身体強化は劣るらしいが、実際に目の辺りにすると、その効果は見過ごせない――魔術にも劣らないものだった。


(爪は魔剣よりも魔力量が少ないが炎を纏えて(特殊効果ありで)……(アレ)は防御と身体の制御器官、か――)


 魔力を高めることで肉体(受け皿)を作り、取り込んだ魔素を魔力に変換して巡らせ、強大な力を得る〝獣化(アニエタ)〟。全身を駆け巡る力が暴走しないように余分な力――余剰魔力を〝()〟とし、さらに属性に合わせた力を顕現させて纏うことで制御下におく。




―――「サザミネさんは〝火〟に特化した方です」




 〝獣化(アニエタ)〟の能力者は、一つの属性だけ――生来の属性のみ――に特化した者が多く、サザミネも魔法属性は火だけだった。

 その理由は半獣化で、半獣化すれば〝毛〟が覆った部分に魔法属性に合わせて力が顕現する――火なら炎、水なら水を纏う――が、全身に行き渡らせるには、高い魔力と制御能力が要求される。

 だが、サザミネのように一つの属性に特化すれば、それだけに力を注ぐ(制御を集中する)ことで繊細な制御が可能となり、常に全身に纏うことが出来た。

 二つの属性を持つ能力者となると、状況によって使い分けられるが、特性の違うものを二つ扱っているためにそれぞれの制御が甘くなり、特化した能力者に比べるとその力は劣り、魔力解放を行わない限りは全身に纏うことは出来ない。

 一つの属性に特化して強力な力を得るか、二つの属性で手札を増やすか――個々の能力差もあるので、一概に二つの属性を持つ能力者が特化した能力者に劣るわけでもない。

 ただ、特化した能力者の中でも、サザミネは常に強力な炎を纏っている――トップクラスに近い実力者だった。


(……もう一つ、上げるか)


 クキは弄んでいた魔儀杖(フィクンド)を掴み、目を伏せると意識を内に――体内を巡る魔力の流れに向ける。

 ふぅー、と深く細い息を吐き、それに合わせて魔力の流れを速めていく。


「………っ!」


 魔力の高まりに気づいたのだろう。サザミネに緊張が走った。


「………」


 クキは目を開き、真っ直ぐにサザミネを見据えた。







         ***







 サザミネの前には、くるくる、と手の中で魔儀仗(フィクンド)を弄びながらこちらを注視するクキが立っていた。


(研究ばかりしていたと言っていたが……)


 その戦闘を見たのは、先日の討伐の時。それも遊撃役だったので、はっきりと目にしたのは追い込みをかける間際だった。

 だが、戦闘中――その背中にひしひしとクキの魔力(存在)は感じていた。

 後衛にいるマリアーヌや他チームの高位魔法師よりも高い魔力を――。


(……やはり、戦い慣れているな)


 トゥルハ商会の護衛依頼を受けている間、その若さでありながらかなりの場数を踏んでいるのではと感じていたが、〝杈茨大猪(ショートフォースボア)〟の一件で確信に変わった。

 そして、それはクキだけでなく、ギルやキルエラにも当てはまることだった。

 ホルンとそう年齢は変わらず、クキと軽口を交わしているものの、どこか老練とした雰囲気を纏い、剣筋は見惚れるほどの洗練さと魔法師としても高い技術を持つギル。

 三人の中では最年長だが、二人を補佐するように一歩引いた位置に立ち、討伐の時には医療班を護衛しながら下位ランクの魔物を数十体近く討伐したキルエラ。

 少数精鋭というべきか、その階位に似合わず、〝オリオウ〟のメンバー全員が高い実力を持っていた。




―――「あの子もだけど……あなたも嬉しそうね」




 クキが示した報酬――その提案を受ければ、リメイに呆れられた。

 確かにマリアーヌたちから話を聞いた後も、それほど興味はわかなかったが、


(アレを見たらな……)


あの戦闘を見た後――その異常さを目の辺りにすれば、実際に手を合わせてみたくもなる。




―――ピリッ、




と。クキから放たれた威圧に〝毛〟が逆立ち、サザミネは片眉を上げた。

 クキは手の中で弄んでいた魔儀杖(フィクンド)を掴み、閉じていた目を開いた。


「――っ?」


 茶色の瞳――その奥にある〝何か〟がサザミネを射抜き、〝本能〟が警鐘を鳴らす。

 一瞬で全身を魔力が駆け巡ってさらに強化が施され、〝毛〟から放出された余剰魔力が〝炎〟となって周囲にまき散らされた。

 クキの足元に緑色の魔法陣が展開される。中位風魔法[微風天衣(ヴェルド・シュラウド)]だ。

 風の球体がクキを中心に生まれ、ふわり、とその身体が浮かび上がるが、風はクキの身体に纏わりつくように流れていき[風の鎧]となった。

 すと、と地面に降りると[風の鎧]の調子を確かめるように左右に跳び、一歩、力強く踏み締めた――次の瞬間、クキの姿が掻き消えた。


「っ!」


 見失ったのは一瞬。次にその姿を捉えた時には、サザミネとの距離を十数メルまで縮めていた。強化された聴覚が、クキが踏み込んだ地面が、ばきり、と割れた音を拾う。


(さっきよりも――っ!)


 無魔法で強化された脚力に[風の鎧]の補助が重なり、百メル近い距離を一瞬で詰めたのだろう。

 半獣化の状態でありながら――身体強化を行っているとはいえ――相手を捉えきれなかったのは久しぶりだった(・・・・・・・)

 サザミネは気を引き締め、先ほどの攻防とは反対に迎え撃とう身構えた。

 だが、クキは左に大きく跳ぶと、サザミネを中心に一定の距離を取って円を描くように走り出した。手に持った魔儀仗(フィクンド)の剣先は地面に向けたまま、その眼前に水色の魔法陣が二つ(・・)浮かび上がる。



 中位水魔法[竜吐水(プル・バレット)



 拳大に圧縮された[水弾]が次々と生み出され、サザミネに向かって一斉に放たれる。

 強化された目と直感でその軌道を予測し、サザミネは最小限の動きで数百近い[水弾]を避け、或は爪で撃ち落とす。半獣化した状態では、中位水魔法が数十発当たったとしても多少煩わしい程度のものだ。このまま、クキのところまで押し通ることも可能だったが、接近することに警鐘が鳴るため、防御に徹していた。


(これは……?)


 その感覚は〝獣化(アニエタ)〟の能力者特有のもので、半獣化によって周囲の魔素を取り込み、又は〝毛〟を通じて魔力を放出することで飛躍的に感知能力が高まり、現れる危機回避能力――所謂〝生存本能〟だ。

 複数の属性を操るクキ。その周囲で渦巻く魔素に〝本能〟が畏怖を抱いているのだろう。


(何か仕掛けて……)


 攻められず、クキに押し負けることもない状況――膠着状態に陥っているが、先ほどの攻防から考えるに、クキがただ牽制を行っているわけがない。ふと、その行動に疑念が高まったその時、




―――にやり、




と。口元を歪め、嗤う姿が目に入った。


「っ?!」


 ぞわり、と背筋が震え、サザミネは反射的に地を蹴った。一瞬遅れて、その足元に(・・・・・)水色の魔法陣が浮かび上がる。



 上位水魔法[深淵ノ水底(プル・ピュアビス)



 サザミネを中心に薄い青色の膜が半球状に広がった。水の結界だ。

 結界内の浄化作用によって、炎を纏ったサザミネの全身に突き刺さるような冷気が叩きつけられた。

 その衝撃に身体が揺れ、「ぐっ……」と声が漏れる。


「――なっ!」


 観戦している仲間から驚きの声が上がった。

 じわじわ、と身体を浸食してくる冷気――その不快さに顔をしかめつつ、着地した。少し身体がよろめいたが、膝をつくほどのものではない。

 纏っていた炎はなりをひそめ、〝毛〟の――肌の表面を薄っすらと覆って、結界の影響を抑え始めた。


(―――コレは……っ)


 甘く見ていた――その隙を突かれたのだろう。

 地面に広がった魔法陣の縁――クキが描いていた円に視線を落とすと、何かに削られたように少し窪んでいるのが分かる。

 クキが周囲を回りながら攻撃を行っていたのは、サザミネの隙を伺うのではなく、[深淵ノ水底]の範囲を定めるためだったのだろう。

 そう気付いた瞬間、内からある感情(熱いモノ)がこみ上げて来た。


「――ふっ」


 思わず嗤い声が漏れ、ぶるり、と身体が震えた。高ぶる感情のままに、身体の奥に生じた〝熱〟を解放する。



『GURUAAAAaaaaa――!!』



 咆哮と共に放出された魔力が〝炎〟となって全方位に放たれる。

 空気を叩いたような音が響き、[深淵ノ水底]が弾け飛んだ。身体を浸食する冷気も消え失せる。

 サザミネは全身を激しく燃え上がらせながら、ギロリ、とクキを睨んだ。

 魔儀仗(フィクンド)に[水刃]を纏わせ、突撃してくる姿が目に入る。


(―――面白いっ!)


 口元に獰猛な笑みを浮かべ、〝獲物〟を見据える。腰を落とし、後ろに伸ばした右手に炎が迸ると爪に吸収され、白熱の輝きを放ち出した。


「―――っ!」


 サザミネは地を蹴った。

 一瞬で距離が縮まり、間合いに入る。

 サザミネは爪を、クキは魔儀仗(フィクンド)を振るった。




「そこまでっ!」




 互いの得物が激突する寸前、遮るように地面から黒い[壁]がそそり立ち、二人の攻撃を呑み込んだ。


「っ?!」


 サザミネは腕が絡め取られる前に背後に飛び退き、[黒い壁]から距離を取った。ギルに振り返ると、呆れた表情で立っているのが目に入る。


「――時間だ」


 模擬戦が始まる前。制限時間を五分とし、その時間が過ぎれば、ギルが強制的に止めるように決めていたのだ。

 サザミネは炎を揺らめかせながら、つと目を細め――


(……いや、ここで止めておいた方がいいか)


高揚する感情を抑えるために、小さく頭を振るう。

 一方、クキは無言でギルを睨んでいた。

 その様子にギルは少し眉をひそめ「……おい」と不機嫌な声を掛ける。


「……ああ、分かってるよ」


 クキは大きく息を吐いて高まっていた魔力を収め、魔儀杖(フィクンド)を腰の鞘に戻した。

 それを見て、サザミネも半獣化を解いた。身体を巡っていた()が収まり、さぁーっと〝毛〟が空に溶けるように消えて、姿が元に戻る。


「ここまで、ですね………」


 クキはサザミネに向き直ると、肩を竦めた。ぽつり、と素の声で「物足りねぇけど……」と付け加える。


「そうだな……」


 拗ねた子供のような態度に、サザミネは苦笑した。不完全燃焼であることは、大いに同意する。

 クキは姿勢を正すと、軽く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 サザミネは少し目を丸くして、口元に笑みを浮かべた。


「……ああ。こちらもいい経験になった」








         ***








「変人だ」


 クキが少し離れた場所で観戦していたキルエラたちの下に戻ると、開口一番、ホルンがそう言った。


「……何?」


 突然の暴言に、クキは眉を寄せてホルンを睨んだ。


「変人だっ、変人!」

「何を言っているんだ、お前は!」


 ホルンの頭をヤンコフが(はた)いた。


「ぃつ!――お前も見ただろ! なんだよ、アレ! ばっかじゃねぇの!」

「馬鹿はお前だっ!!」


 クキは口喧嘩を始めた二人から視線を外し、他の面々に向けた。

 フレノアとオクバルは呆けた表情で固まっており、ローザが「終わったわよ?」と声を掛けるが反応はない。

 リメイは変わった様子もなく、「お疲れ様」とサザミネに飲み物を渡していた。


「クキさん、どうぞ」

「あ。悪い」


 クキもキルエラから貰って、喉を潤した。ふと、視線を感じて振り返ると、じーっ、とこちらを見つめているマリアーヌと目が合った。


「……何ですか?」


 にこり、と笑みを浮かべたマリアーヌに言い知れぬ圧力を感じ、頬が引きつった。


「クキくん、さっき、中位クラスを二重発動していたけど?」

「はぁ?……まぁ、合体魔法と似た感じで」

「似た感じ………そう。へぇー」


 マリアーヌの笑みが深まった。


(――っ?)


 ぞわっ、と両腕に鳥肌が立ち、反射的に距離を取ろうとしたが、一瞬で距離を詰められ、がしっ、と腕を掴まれてしまった。


「―――ちょっと、聞きたいことがあるのだけど?」


 大きく目を見開いて尋ねるマリアーヌに気圧され、「……軽くなら」とクキは頷いた。





 その後、数時間に渡ってマリアーヌと魔法談義が行われたのは、言うまでもない。


~模擬戦の後~



クキ  「まさか、力任せの咆哮で上位クラスの結界を破るとは思いませんでしたよ……」

サザミネ「いや、ついな。……君こそ、俺はあの爆発で決まると思ったが……。

     あっさりと避けたな?」

クキ  「いえ、結構ギリでしたよ?」

サザミネ「こちらもそうだ」

クキ  「………」

サザミネ「………」

ギル  「――おい」

リメイ 「……サザミネ?」

サザミネ「分かってる。いい時に止めてくれたよ、ギル君は」

リメイ 「そうね。あのまま続ければ、止まれなかったと思うわ。

     あなた、熱くなると見境をなくすのだから……」

サザミネ「………」

クキ  「やっと、本気になってくれた時に……

     (絶対狙ったよな、アレ)」

サザミネ「お互いに、な?」

クキ  「それは………まぁ……」

リメイ 「――ふふっ。クキくんもですね」

クキ  「……けど、不完全燃焼過ぎる(チラリ)」

ギル  「(次は俺か……)今日はもういいだろ」

クキ  「今日は、か……」

キルエラ「クキさん。明日は町での依頼を受ける予定ですよ?」

クキ  「ぐっ………」

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