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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第3章 旅は計画的に
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第38話 二人の無

※ フレノア視点です。途中で主人公視点になります。



 不思議な人だった。

 初めて見たのは〝第一障壁〟で巨大な茨の塊を防いだ時。依頼で『アダナク』を離れているはずのサザミネたちと一緒にいたので、すぐにホルンとローザが言っていた人だと分かった。




―――「ちょっと、驚くわよ?」




 ちょっと(・・・・)どころではなかった。

 あれだけの威力を持った魔法――それも複数の属性を扱う人は、初めて見た。

 使用した魔法は風と火、闇、光の四属性に風と火の融合魔法、しかも上位と最高位クラスのものばかり。それを平然と連発し、討伐後には疲労した様子は見せていなかった。

 宿に戻ってからホルンに「アイツ、西に向かった群れの討伐に行こうとしたんだぜ?」と聞いた時には、そのタフさに愕然とした。さすがにそれは止められた――主にチームメンバーに――らしいが。

 そして、あの戦闘で何よりも驚いたのが〝使い魔(プロテニア)〟を組み込んだ錫杖だ。


(カマラ。何、アレ……?)


 蒼い珠と化した〝使い魔(プロテニア)〟を(いただき)に置き、魔素の拡散能力を最大限に高めていた代物。

 そんな〝使い魔(プロテニア)〟の能力の使い方は、今までに見たことがなかった。


『すごいたかい。たかまってるよ、フレノア』


 〝魔素の淀み(シャンネトル)〟によって、通常の数倍の魔素で形成された〝茨〟を触れただけで消し飛ばすほどに強化された〝使い魔(プロテニア)〟の力。

 さらに錫杖から放たれる波紋が魔素を散らし、火と風の魔素だけを広げていく。


「………」


 錫杖を中心に渦巻く魔素に、フレノアはただ目を見開いていた。







         ***







 〝オリオウ〟と訓練場に行く約束の日。

 外壁の西門、その門前広場に着くと、早朝にも関わらず人で溢れかえっていた。そのほとんどが冒険者だ。


「あいつらはどこだ?」


 人ごみに目を凝らすホルン。フレノアもオクバルと一緒にキョロキョロと〝オリオウ〟の三人の姿を探し、


『あっちだよ』


肩にいたカマラが飛び立ち、門の方へと向かった。


「あっち、みたいです!」


 サザミネたちに叫び、フレノアはカマラの後を追った。小走りに追いかけていくと「急がなくても逃げないわよ」とローザの声が背にかかる。

 カマラが向かうのは門の右側――そこから少し離れた辺りで、何故か人垣が出来ていた。


『フレノア。いたよ』


「――え?」


 カマラは人垣――冒険者たちだ――の向こう側に飛んでいくが、フレノアは走る速度を落として人垣の手前で立ち止まった。


「おい。あいつ……」

「討伐に行った時の〝無〟の使い手か」

「一緒にいるのって――」


 囁きあう声。隙間から中をのぞき込むと、壁際に十人ほどの集団が見えた。


「――ぁ……」


 その内、三人は待ち合わせの相手で、彼らと話しているのは、現在、『アダナク』で最も実力のあるチームだった。


「フレノア、速いって――うわっ……」


 追いついたオクバルは人垣を見て、頬を引きつらせた。

 カマラは真っ直ぐに彼らに近づいていく。


『カマラ、キタヨー』

『おはよ、ウル』


 クキが羽織っているコートのフードから、ウルが姿を現した。


「――お? 来たか」


 カマラはクキが掲げた手に止まった。

 クキはカマラに向けた視線を横にずらし、真っ直ぐにフレノアとオクバルに向けてくる。どうやら、気付いていたようだ。


「――……」


 クキの視線を追って、フレノアたちの前に立っていた冒険者たちがさっと左右に分かれて振り返った。

 周囲から好奇の視線を向けられ、びくり、と肩を震わせてフレノアとオクバルは顔を俯けた。


「おはようございます。フレノアさん、オクバルくん」


 涼やかな声が聞こえて顔を上げれば、いつの間にかキルエラが目の前に立っていた。


「お、おはようございます!」

「そう緊張しなくても大丈夫ですよ」


 キルエラは微笑を浮かべ、フレノアたちの背後に視線を向けた。


「皆様もおはようございます」


 フレノアたちが振り返ると、苦笑するサザミネたちが目に入った。

 サザミネはキルエラに挨拶を返し、


「すまない。少し遅かったか」

「いえ。私たちも来たところです」


 キルエラに先導されて、クキたちと合流する。

 クキの手から飛び立ったカマラは、フレノアの肩に止まった。

 挨拶を交わし、サザミネはクキたちと一緒にいた〝樺珠旅団〟のラルグに視線を向けた。


「一昨日はお疲れ様でした。……また、どうしてクキくんたちと?」

「ああ、お疲れさん。いや、偶々、通りがかっただけさ」


 ラルグは肩をすくめた。


「外にお仕事ですか?」

「ええ。〝森〟の確認にね」


 リメイの問いにはヤナナが答えた。

 ラルグは、ちらり、とフレノアとオクバルに視線を向けて、サザミネに戻す。


「お前たちは、坊主たちと一緒に訓練場だって?」

「はい。またとない機会ですから」


 笑みを浮かべるサザミネに「そうよねぇ」とヤナナがため息をついた。 


「私たちも同行したいわ……」

「姐さん。仕事、仕事」


 〝樺珠旅団〟のメンバーの男性がヤナナを諌めた。

 クキたちから、訓練場に向かう理由を聞いたのだろう。

 そんな様子にクキは苦笑して「いやいや」と手を横に振るう。


「基本的なことしかしないんで、ヤナナさんたちには面白くないですよ」

「それはないな」

「ないでしょ」


 その場にいるほぼ全員――〝オリオウ〟の二人やフレノアとオクバル以外――から否定の声が上がった。

 予想外だったのか、クキはぎょっとして身を引いた。


「坊主。アレだけやって、何もないとは言わせないからな?」

「……そうか? 慣れれば――」


 クキは小首を傾げ、さらに何かを言おうとしたが、


「おい。合流したんだ、移動しよう。……変に目立つ」


 周囲に視線を向け、ギルがクキを小突いた。


「あー、そうだな」


 クキは横目に周囲を見渡した。

 フレノアもつられて振り返ると、先ほどよりも遠巻きにする冒険者の数が増えている気がした。


「〝森〟に行くのなら、おっさんたちも一緒にどうだ?」


 クキの提案にラルグは片眉を跳ね上げた。


「いいのか?」

「〝第二障壁〟まで、だけどな。ちょっと人数が増えても変わらねぇよ」

「なら、頼もうか」


 ああ、と笑いながら頷くクキに、ギルは眉を寄せた。


「移動させるのは俺だろ。……少し手伝え」

「へいへい」


 クキは肩をすくめ、フレノアとオクバルに振り返った。


「じゃ、行くか」

「はい!」









 [影渡り]で〝第二障壁〟の手前に移動し、手続きを終えて中に――訓練場に入った。

 〝障壁〟のすぐ近くで行うわけにもいかないので、歩いて適当な場所に移動する。

 先頭はクキとギル、サザミネ、ラルグの四人で、そのすぐ後ろをフレノアはオクバルやリメイ、ヤナナと共に歩いていた。


「〝森〟の調査ってことは、この前の件なのか?」

「ああ。最終確認のようなものだ」

「大変だな。おたくらも……」


 ラルグに気さくに声をかけるクキを見て、フレノアは目を瞬いた。


(ラルグさんとは……?)


 そのことを気にした様子もなく、ラルグは普通に受け答えをしている。


「まぁ、受けていた依頼の延長みたいなものだからな。そっちが保留状態になったから、どの道、暇だったことも理由だろう」

「〝守の儀(エグザマ)〟の準備か……やっぱり、延期になったのか?」


 ギルの問いにラルグは頷いた。


「安全が確認されたとしても、恐らく、お披露目の後の再開になるだろうな……」


 ランク三のチーム(ラルグたち)が『アダナク』にいたのは、〝守の儀(エグザマ)〟に関することで、ギルドの依頼を受けていたからだ。

 〝守の儀(エグザマ)〟は二段階に分かれており、訓練生が冒険者チームに混じる第一段階目を経て、第二段階目に移る。その第二段階目の準備兼監視として高ランクチーム――つまり、ラルグたちへ依頼が出されていたのだ。

 ただ、今回の騒動が起こったことで、ギルドを通じて訓練生に〝守の儀(エグザマ)〟の一時休止が伝えられており、第二段階目は調整を経ての再開となっていた。

 結果として、ラルグたちが受けた依頼も一時的に保留の状態となるため、その埋め合わせとして〝森〟の深部に関する調査を依頼されたのだろう。


「生態調査か……」

「坊主らが受けることが出来れば、楽なんだけどな」


 興味ありげなクキにラルグが呟くと、サザミネは苦笑して「さすがに深部への調査は無理ですよ」と言った。

 感知系魔法の中でも高精度の闇魔法が使えるクキとギルなら、今回の騒動で変化した〝森〟の生態調査も容易だ。

 ただ、引き受けられる技術も実力もあるとはいえ、第八階位では〝森〟の深部への依頼は――特殊な事情がない限り――受けることは出来ない。


「いや、コイツの場合、後先考えずに突っ込んでいきそうだからな……こっちが困る」


 ギルが肩を竦めながら言うと、サザミネとラルグは「確かに」と頷いた。

 それに対してクキは、ふん、と鼻を鳴らした。


「[影渡り]で戻れるから問題ねぇし」

「いや、迷う話じゃないからな?」


 ギルはじと目を向けた。くくっ、とラルグは笑い、


「突っ込むことは否定しないのか……」









 〝樺珠旅団〟と別れた後、岩陰にリメイが土魔法でテーブルとイスを作り出し、サザミネたちは腰かけた。

 その前でフレノアはクキと向かい合っていた。すぐ隣には、オクバルとギルも向かい合って立っている。二人も一緒なのは、




―――「せっかくだ。俺たちもやるか」




と。ギルからオクバルに提案があったからだ。

 クキの合体魔法を見た後、二人は剣の稽古に入ることになっていた。


「よろしくお願いします」


 二人揃って頭を下げる。


「ああ」


 ギルは軽鎧を付けて模擬剣を手にしていたが、クキはコートとジャケットを脱ぎ、手ぶらだった。


「始める前に、フレノアの得意な属性を聞いてもいいか?」

「〝風〟と〝火〟で……他はあまり」

「階位は?」

「中位魔法が少しです」


 ふぅん、とクキは口元に手を当て、ちらり、とオクバルを見た。


「ちなみに、オクバルは?」

「俺は〝水〟で、中位が少し。他の属性は〝風〟に適正はありますが、全然」

「〝風〟と〝火〟、〝水〟な……」


 幾度か頷いて、クキは手を下した。


「とりあえず、オクバルは剣の練習もあるから、さっさと進めるぞ」


 右の手の平を上に向けて、そこに二色の魔法陣を展開させた。



 下位水魔法[水弾(プル・ボール)


 中位風魔法[風塵刃(ヴェルド・チョップ)



 直径三十シム(センチ)の[水の玉]が生まれ、その下から放たれた[風の刃]が激突。[水の玉]は霧散することはなく、ギュルリ、と音を立てて[風の刃]を覆ったかと思えば、頭上に放たれた。

 二人揃って上を振り仰ぐと、ぐるぐると円を描いている水を纏った[風の刃]が目に入った。


(………え?)


 一瞬で、何気なく放たれた合体魔法にフレノアとオクバルは、ぽかん、と口を開けた。


「す、すごい……」

「本当に合体魔法を……」


 呆然と空を見上げ、呟いた。


「これが合体魔法だ。二重発動になるから、そこそこ難易度はあるな」


 パンッ、と音を立てて弾ける。さらさら、と冷たい風がフレノアたちの頬を撫でた。


「おさらいだが、合体魔法は大きく三つに分かれる。一つは自分で行う二重発動、二つ目は〝使い魔(プロテニア)〟との発動――そして、他人の魔法との発動だ。難易度は、その順番のまま、だんだん難しくなるな」

「………」

「コツは昨日言った通り、魔力制御と顕現した時のイメージ()を強く念じることだ。……一度、やってみてくれ」

「え? あ、はい!」


 突然のことにフレノアは目を見開いたが、慌てて頷いた。


「がんばれ! フレノア!」

「う、うん!」


 オクバルにフレノアは頷き、少し離れた場所に立つと、誰もいない方向に向けて両手を出す。掬うように合わせた手の中にカマラが収まった。


(えっと……制御と形、形……)


 脳裏に浮かべるのは、燃え盛る炎。

 炎に逆らわず、下から手刀のように指を合わせた風の手を差し入れ、ゆっくりとその中を手でかき回す。

 変化する流れに炎が揺れるが、徐々に風の手を呑み込んでいき――


「――!」


〝何か〟を感じて、フレノアは目を開いた。


『[火弾(ルジュ・ボール)]!』

「[旋風(ヴェルド・ツイスター)]!」


 [火の玉]に先が尖った[竜巻]が突き刺さった。

 一瞬、[火の玉]は揺らめくが、[竜巻]を呑み込んでいき、大きく膨張した。

 炎が揺らめいて渦を描き出し、ごぉっ、と火炎が渦巻く[竜巻]となって放たれる。


「!」


 数メルほど進んだところで、内側から弾けるようにして消えてしまったが、フレノアの顔には笑みが浮かんでいた。


(こ、れ……!)


 かちり、と何かが嵌りかけた――今までにない感覚があった。

 それに僅かに発動速度が速く、距離も少しだけ長くなったような気がした。


「クキさ――っ」


 振り返ったところで、フレノアは言葉を止めた。

 感情の窺えない、凪いだ水面のような瞳と目が合ったからだ。


「――どうした?」


 言葉を詰まらせたフレノアに気付き、クキは片眉を上げた。

 フレノアがはっと我に返ると、数秒前までの水面ような瞳ではなく、少し訝しげな瞳と目が合った。「い、いえ……」と首を横に振り、


(さ、さっきのは………?)


 無意識に胸元の服を握りしめた。


『フレノア?』


 カマラの気遣う声にフレノアは詰めていた息を吐いた。


(ううん。何でもないよ……)


 カマラに答えて、クキに向き直る。


「えっと……あの、どうでしたか?」


 クキは「そうだな……」と少し口ごもり、


「魔力制御が甘いな。形にはなっていたけど、あれは同調率に助けられているだけだ」

「っ! そ、そうですか……」


 がっくり、と肩を落としたフレノアに、クキはため息をついた。


「―― 一つ、勘違いをしている」

「え?」

「……勘違いですか?」


 目を丸くしたフレノアの隣で、オクバルは小首を傾げた。


「同調率が高いからといって、〝使い魔(プロテニア)〟との合体魔法は成功しない」

「!」

「合体魔法に限ったことじゃないが、魔法を使うにあったって必要なのは繊細な魔力制御と、顕現した時の形をどれぐらい強くイメージしているかによる。〝使い魔(プロテニア)〟との合体魔法は顕現した時の形を伝えるために同調率が必要になるだけで、他人との場合は合わせるためにどれだけ相手のクセを知っているかによるしな。おたくとカマラの場合、同調率の高さがイメージを通りやすくしているから上手く形になって発動しているが、おたくの魔力制御が甘いために維持が出来ていないんだ」

「それって……じゃあ、カマラが……?」


 そう言われ、フレノアはカマラに視線を向けた。


「ああ。カマラが形を整えている」

「!」


 びくりっ、と肩が震えた。


『フレノア?』


 フレノアは、カマラの声に答えることは出来なかった。 


「これは答えたくなければ、答えなくてもいいが……」

「えっ………あ、はい……?」


 少し言いにくそうなクキの声に、はっとしてフレノアは顔を上げた。


「おたく――能力者だよな?」


 突然の問い。それも確信しているような口調にフレノアは「え?」と目を見開いた。その様子で分かったのだろう、「やっぱり…」とクキは呟く。


(……どう、して?)


 ぱくぱく、と口を動かすと、クキは右の手の平を向けて来た。


「あー……詳しく聞くつもりはない」

「は、はい……」

「………ただ、それが、魔力制御が甘い原因だな」

「!」

「魔力の制御を補佐するために〝使い魔(プロテニア)〟を授かるが、補佐と制御を任せることは別だ。合体魔法が使える魔法師は、自分だけでも高い魔力制御を行えているだけだからな」

「………っ」


 ぎゅっとフレノアは手を握りしめた。顔を俯けないようにしようとしても、自然と視線が下がっていく。


「………クキ」


 フレノアのその様子を見てか、ギルが口を開いた。


「悪いが、魔法に関しては譲れない」


 きっぱりと言うクキにギルの小さなため息が聞こえた。


「まぁ、別に〝合体魔法の訓練をするな〟とは言っていないぜ?」


 フレノアは勢いよく顔を上げたが「でも……」と口ごもった。

 クキの口ぶりは、魔力制御が甘い今の自分では合体魔法を練習しても意味はないと言っているようにしか聞こえない。


「さっきみたいなカマラとの訓練は、無駄にはならない」

「……?」

「それは、どういう……?」


 言葉が出ないフレノアに代わって、オクバルが尋ねた。


「さっき言ったことを反対に考えてみろ」

「……反対に?」

「魔力制御が甘い中、数秒は形を取れている――反対に考えれば、もう少し制御がマシになったら、十分、発動することが出来るってことだよ」


 クキの言葉に「ほ、本当ですか?!」とフレノアは叫んで詰め寄った。

 クキは少し身を反らし「ああ……」と頷いた。


「だから、これからも並行して……魔力制御の訓練を増やしつつ、カマラとの訓練もこなしていけば上達していくさ」


 クキが示した可能性に、フレノアは大きく目を見開いた。


「フレノア! 良かったね!」

「う、うんっ。うん!」


 オクバルの声で我に返り、フレノアは何度も頷いた。

 その様子にクキは苦笑して、


「ただ、魔力制御をカマラに頼りすぎるなよ?」

「はい!」







         ***







 フレノアに「魔力制御が甘い」と言った時は顔を曇らせたが、アドバイスをすると元気よく頷いた。


(………やれやれ)


 一喜一憂する姿に「若いなぁ」と一回りも離れていないが、年寄りくさい感想を抱く。

 色々と話を聞こうと詰め寄ってくるフレノアとオクバルだが、その理由は少し違った。

 オクバルは魔剣とそれを使った戦闘術――ほとんど剣術に興味があったのに対し、フレノアは純粋に魔法について知りたがっていた。

 クキは魔術抜きでも十分に戦えるように鍛えられたが、その本質は魔導師だ。剣術について聞かれるより、魔術――魔法そっちの方が口も軽くなる。

 その代わり、妥協は一切しないので、ばっさりとダメなものはダメだと切り捨てるが。


「あ、あの! それじゃあ、あの時のは……っ」


 フレノアは意気込んだように声を上げたが、突然、はっ、として口を閉ざした。


「何だ?」


 さっきの説明で、おかしなところはなかったはずだ。

 フレノアは少し言いにくそうに目を泳がせていたが、意を決したように真っ直ぐにクキを見つめてきた。


「ウルちゃんを錫杖に……魔力で作った錫杖に付けていましたよね?」

「――え? 錫杖に付けた?」


 それを見ていないオクバルが小首を傾げた。


「うん。それで、茨を消してて……」


 ぎょっとして目を丸くしたオクバルから視線を外し、フレノアは尋ねてきた。


「アレもクキさんのいうことが?」

「あー……アレなぁ」


 一言でいえば、アレは魔術だ。

 ウルの魔素を散らす力(能力)を〝珠〟に圧縮し、周囲の魔素が集束すると錯覚させて無理やり能力を引き上げただけ(・・)のものだ。

 ただ、魔法を打ち消すほどの効果を発揮したのは予想外の事だったので、説明はしにくい。

 

(………まぁ、こっちの魔剣は魔力を圧縮するだけだから使えないことはない、か)


 ちらり、とフレノアの肩に止まるカマラに視線を投げる。


「……まぁ、そうだな。アレは〝使い魔(プロテニア)〟の能力の一つを特化させて、それっぽく錫杖にしただけだ」

「特化?」


 フレノアとオクバルは、揃って小首を傾げた。


「それっぽくって、お前なぁ……」


 黙って様子を見ていたホルンが、口を挟んできた。ちらり、とそちらに目を向けると、全員の視線が集まっていた。アレのことについては、誰もが気になっていたようだ。


「魔剣は魔法陣のように法則はなからな。構成するのは、純粋な魔力とどれだけ想像力を確固としたものにするかだ。別に魔()と言っても、剣の形を取らせることもないだろ? 形は様々でもいいはずだ」

「いいはずだって……いやいや」


 ホルンは「理解できねぇ……」と呟いた。


「そうか? 理論としては魔儀杖(フィクンド)と同じだぜ?」

「同じ……?」


 ぱちぱちと目を瞬くフレノアとオクバル。今一つ、ピンと来ないようだ。

 ギルとキルエラは特に反応はなく、〝飛炎の虎〟の年長者――サザミネ、リメイ、マリアーヌ――たちはどこか感心したように頷いている。


「ダメ出しだけでもヤル気が出ないからな――」


 そこでクキは、にやり、と笑った。


「一つ、面白いモンを見せてやるよ」

「面白いものですか?」


 右手を差し出し、手の平を上に向ける。


「―――カマラ」


 そして、フレノアの肩に止まるカマラに声をかけた。


『なに?』


 一瞬、戸惑ったように身を動かすが、カマラは手の上に乗った。


「目を閉じてろ」

「えっ……はい」


 フレノアが目を閉じたのを確認し、クキはウルを呼んだ。

 姿を現したウルは、カマラのすぐ隣に留まると、スルスルとその長い尾ヒレを動かしてカマラの身体を包んでいく。


「―――」


 クキも目を伏せ――そして、ウルにイメージを送った。

 クキとウルの同調率は、フレノアとカマラに比べると劣ってしまうが、緻密な魔力制御とイメージで魔術を扱う魔導師にとって、イメージを送ることは造作もないことだ。


 脳裏に浮かべるのは、一本の短剣。


 最近、手に入れた魔儀杖フィクンドを元に作り出す。フレノアの得物でもあるので、そちらも問題はないだろう。

 刀身に刻まれた魔法陣と、それに繋がった魔核(コア)

 魔核(コア)を〝使い魔(プロテニア)〟に変え、構築。イメージの中で、込めた魔力に刀身の魔法陣が輝き、〝使い魔(プロテニア)〟が別の魔法を展開させ――


「――っ!」


 一瞬、フレノアの魔力が大きく揺れた。


『あ、れ?』


 カマラの声に無事に届いたと分かり、クキは目を開けた。

 しゅるり、とウルの尾ビレが解けて、カマラが姿を現す。


(うまくいったか……)


 〝使い魔(プロテニア)〟は星霊(オミテクトリ)の一部だと、星霊(オクト)から教えられた。

 その時は大元――力を授ける星霊(オミテクトリ)限定だと思っていたが、ウルとの同調率に関係なく、他者の〝使い魔(プロテニア)〟の声が聞こえたので、〝使い魔(プロテニア)〟同士の繋がりも存在すると考え――クキが予想している以上に強いのではないかと思った。

 それなら〝使い魔(プロテニア)〟を通じての意思疎通も可能――強力なイメージなら見せることが出来るはずだと試してみたのだが、上手くいったようだ。

 言葉だけでなく、体感した方が感覚も掴みやすいだろう。


星霊(オミテクトリ)が本体で、〝使い魔(プロテニア)〟は端末ってところか)


 星霊(本体)から〝使い魔(端末)〟に向けて一方的な繋がりかと思っていたが、〝使い魔(端末)〟同士も繋がり(意思疎通)は可能なようだ。


『ミエタ? ミエター?』


 ウルはカマラの周囲を回り出した。


「………」


 フレノアは無言で立ち尽くしていた。大きく見開いた瞳は焦点が合っておらず、その奥で虹色の輝きが揺らめいている。

 カマラもクキの手の中で身動き一つせず、剥製のように固まっていた。


「フレノア……?」


 オクバルはクキとフレノアを交互に見つめ、恐る恐る声をかけるが反応はない。


「え? ちょっと、またなの?!」

「お、おい?!」


 ローザとホルンが、身動き一つしないフレノアに駆け寄った。ローザに両肩を掴まれても、フレノアは反応しない。その後ろでは、立ち上がったヤンコフがマリアーヌに止められており、サザミネたちは危害が加えられたわけでないと分かっているのか、少し表情を強張らせながらも無言でフレノアの様子を見つめている。

 ローザとホルンが説明を求めるように睨んできたが、クキは二人を無視してフレノアに声をかける。


「―――それが可能性の一つだ。フレノア」


 びくりっ、とフレノアの肩が震え、クキに焦点が合った。

 徐々に高まっていくフレノアの魔力に、ローザやホルンがぎょっとしてフレノアに振り返った。

 フレノアに呼応して、ばさり、とカマラは羽ばたき、上空に飛んだ。くるくると、フレノアの頭上を回り出す。


「魔剣は魔力制御の境地――だが、道は一つだけじゃない。それは分かってるな?」

「――はい」


 ついさっきまで見せていた興奮した声ではなく、落ち着いたフレノアの声にローザとホルンは目を丸くした。

 フレノアはただ、クキを真っ直ぐに見つめている。


「かといって、器用貧乏になるまで求めるなよ? もし、このままカマラとの合体魔法を極めるのなら、さっき見せたアレは切り札になる。頭の隅に置いておけばいいさ」

「……分かりました」


『フレノア……』


 カマラが肩に止まって声をかけると、フレノアはそっとその身体に手を添えた。

 何かを確かめるように――クキが見せたものを忘れないように、目を伏せる。


「――頑張れよ」


 フレノアは瞼を上げ、虹色の光が宿る瞳でクキを見据えると、力強く頷いた。

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