第34話 共闘
一ヶ月ぶりの更新……遅くなって申し訳ございません。
ギルド前にある広場の端――路地の影に移動すると、広場の屋台は全て閉まり、市民の代わりに武装した冒険者でごった返していた。
ギルドの出入り口前で支部長が冒険者たちに対して声を張り上げている。その近くでは白衣を着た十数人ほどの姿と、いくつかの木箱が置かれていた。医療班だろう。
「行くぞ!」
広場を見渡していたクキの背にゴウンドは叫び、アルゼの下に走り出した。クキはギルとキルエラに視線を向け、その後を追う。
「ローザはオクバルと受付に行って、リメイたちが帰ってきているか確認しろ。訓練生のことは把握しているだろうから教えてくれるはずだ」
「分かったわ」
ローザはオクバルを連れて、遠回りにギルドへと向かった。
「〝闇〟の使い手が到着次第、第一班と第二班を向かわせる。その後、医療班と――」
「支部長!」
ゴウンドの声にアルゼや冒険者たちの視線が集まった。
「ゴウンド、サザミネ――君たちも帰ってきたのか!」
どこかほっとした声で、アルゼが言った。
「鐘を聞いて、二人に無理を言って戻ってきた。我々も討伐に加わろう。状況はどうなっている?」
「深部に生じた〝魔素の淀み〟は浄化されたが、その影響を受けて暴走状態となった上位クラス(四等級以上)の魔物が三体、〝森〟に散ったことが確認された」
「それは、つまり――」
眉を寄せたゴウンドにアルゼは頷いた。
「他の場所でも、襲撃を受けている。こちらに向かってきているのは、三等級魔物〝杈茨大猪〟だ。現在、〝障壁〟付近では冒険者十数名と警備兵が八名、追い立てられて姿を現した下位クラス(八等級以下)の魔物を迎撃している。もう一つ、西に向かう群れが確認されているが、そちらは行き先の〝門〟に警告と闇の使い手が付き次第、討伐隊を送る予定だ」
〝杈茨大猪〟は、名前の通り〝茨〟を操る〝水〟と〝土〟の二属性持ちの魔物だ。
アルゼはサザミネやマリアーヌに視線を向け、
「君のところのサブリーダーたちも〝杈茨大猪〟の迎撃に参加している」
「!」
アルゼの思わぬ言葉にサザミネとマリアーヌは目を見開き、「なっ?!」とホルンが声を上げた。
「訓練場の使用申請があった。どうやら、接近に気づいて向かったようだ」
「な、何で……っ」
唖然と呟くホルンに対し、サザミネは顔をしかめて口を開いた。
「〝使い魔〟ですか……」
「ああ。……〝飛炎の虎〟と〝氷鋼の斧〟は〝杈茨大猪〟討伐隊の第一班に加わってくれ」
サザミネとゴウンドは頷いた。アルゼは集まっている冒険者たちに振り返り、
「代わりに〝六昂〟と〝黄砂の剣〟は第二班に移動だ」
近くにいる冒険者たちの中から、十数人ほどが移動を始める。移動を告げられたチームだろう。
アルゼはクキとギルに視線を移し、
「現場まで送れるか? すでに先遣隊は〝風〟と馬で向かっているが、君たちの方が早い」
「はい、大丈夫です。どう送ればよろしいですか? 群れの方にも?」
「いや、〝杈茨大猪〟討伐隊の第一班と下位の魔物を討伐する第二班、そして、医療班を合わせた五十名ほどを移送するだけでいい。……送った後は、君たちも〝杈茨大猪〟討伐に加わってくれ」
「!」
「し、支部長っ?!」
思わぬ申し出にクキはおろか、周囲の冒険者たちも目を丸くした。
若いクキたち――その後ろにいるギルとキルエラも見て――の参加に広場が騒然となるが、
―――しゃんっ、
と。軽やかな金属音が響き、辺りが一瞬で静まり返った。
その音と共に、周囲を威圧するように魔力が放たれたからだ。
「!?」
その場にいる全員の視線が、ある一点に集まった。
いつの間にかクキの手に収まっている細身の錫杖。その石突が地面を叩いたのだ。
錫杖から放たれる虹色の輝きで、魔力で作られた物だと気づくと、誰もが目を剥いた。
「他チームの依頼に口を出すのは、ご法度ですよ」
冒険者たちはクキから放たれる威圧――その魔力量に絶句していた。
クキは冒険者たちが口を閉ざしたのを見て、アルゼに視線を戻す。
(討伐に三チーム……俺たちを入れて四チームか)
通常、三等級魔物の討伐はランク三のチームなら一つのチームでも可能だが、〝魔素の淀み〟によって暴走している場合ともなれば、倍以上の戦力が必要となる。
その原因は〝魔素の淀み〟によって歪んだ魔力で、新たに〝魔素の淀み〟を生じさせるだけでなく、魔法による攻撃にも作用し、上位魔法以上の威力がなければ打ち消されてしまうからだ。
その上、急激な肉体活性によって治癒力が高まっているため、半端な攻撃ではダメージを与えることもままならない。
「……理由を伺っても?」
アルゼは訝しげに眉をひそめたが、すぐに納得したように頷いて口を開いた。
「暴走状態の厄介さは知っていると思うが、魔力の歪みを消すには光魔法しかない。〝闇〟の使い手もそうだが、派遣されてくるまでには、まだ時間が掛かる。ひとまず、ギルくんの闇魔法と君の〝使い魔〟の能力で、それを最小限に抑えてもらいたい」
そこで言葉を切り、見定めるように目を細める。
「或いは――出来るか?」
光魔法は覚えているが、光魔法の中でも浄化系光魔法は異質だ。
ただえさえ、五大基礎に比べて特殊四種の魔法は威力が高く、制御には慎重を要する。[影渡り]や[常世ノ懐]のようにイメージがしやすいわけでも、似た魔術があるわけでもない。浄化と聞けばある程度はイメージできるが、〝魔素が歪む〟という現象を知らないクキはどの程度の威力があれば浄化が可能なのか、判断することは出来ない。
(〝空間の歪み〟なら慣れてるんだけどな……)
浄化するだけなら、神格魔法ないし最高位魔法の威力を最大限に高めれば可能だろう。
問題はそれが過剰な威力だった場合、〝森〟の生態や〝障壁〟への影響、周囲にいる冒険者にも被害が出る可能性もあることだった。そうなれば、本末転倒になる。
「……最高位魔法なら使えます」
ただ、アルゼが使えるかどうか尋ねてくるということは、神格魔法でなく最高位魔法で浄化が出来る可能性が高い――そう思って告げると、
「――十分だ」
冒険者たちから息を呑む音がする中、アルゼは頷いた。
「……分かりました」
クキの顔から、表情が消えた。
〝鵬我鳥〟の迎撃の時にもあったが、クセなのだろう。自然と、スイッチが入る。
(まぁ、無理なら――使うか)
偽名を名乗っているが、やり過ぎないための枷としては丁度いい。テスカトリ教導院からは「目立つな」とは言われてはいるが、非常事態ともなれば煩くはないだろう。
「……頼む」
クキの気配が変わったことに、一瞬、アルゼは眉を寄せたが、大きく頷いた。
クキは共に戦うことになる冒険者たちに向き直り、
「チーム〝オリオウ〟のリーダー、クキです。お聞きの通り、〝障壁〟への移送と討伐時の支援をさせていただきます。何か質問があれば、手短にお願いします」
その声で、広場にざわめきが戻った。チーム内で顔を見合わせる者、小声で話し合う者はいるが、誰もクキに問いかける者はいない。
彼らを見渡していると、すぐ近くにいた四十代ほどの薄茶色の髪の男性が一歩、前に歩み出た。
「第一班の指揮を行う〝樺珠旅団〟のリーダー、ラルグだ」
男性――ラルグはクキよりも頭一つ分背が高く、体格も約二倍とカルマンにも劣らない巨漢で、左上腕部に獣が切り裂いたような傷跡があった。革鎧という軽装で、大槍を背負っている。
(〝樺珠旅団〟……ランク三のチームか)
「よろしくお願いします」と会釈をすると、ラルグは、ちらり、とクキが持つ錫杖を見て、
「信用しても大丈夫だな?」
鋭い眼光を放つ目を細めた。
「支部長が依頼するに値する、と判断された実力はありますよ?」
「ほぅ?」
ラルグは片眉を上げたが表情に一切変化はなく、真っ直ぐにクキに目を向けている。
「――大言でないことを祈ろう」
挑発にしか聞こえない言葉だったが、不思議と不快には思わなかった。一瞬、ラルグの目にこちらの身を案じるような感情が浮かんだからだ。
それに虚を突かれ、クキは目を丸くした。
「――おっさん、面白いな」
くくっ、と喉の奥で笑い、素で尋ねた。
「初対面だぜ? 討伐対象は暴走した三等級魔物だ。普通は反対するところじゃないのか?」
その言葉にラルグは片眉を上げた。
「他チームの依頼に口出しするな、と言ったのはどの口だ? 俺は支部長の目を疑うつもりはない――まさか、そこまで言って覚悟がないとは言わないよな?」
ラルグから感じる威圧が増し、クキは笑みを消した。
「ああ。――こちらの害となるのなら、潰すだけさ」
「それならいいが」
二人から漏れる不穏な空気に、広場に緊張が走った。
「……何でケンカ腰になるんだ?」
だが、それらを無視して呆れた声が響いた。
「………」
「………」
クキとラルグは互いに視線を外し、声の主――ギルに振り返った。
それだけで広場の緊張が消え、ざわめきが戻る。
「……君は?」
ラルグの問いにギルは会釈をして、
「サブリーダーのギルだ。移送は俺も行う」
「そうか。頼む」
クキはため息をつき、意識を切り替えた。
「……浄化系光魔法を使うのならある程度弱らせた方が効くから、それまでは余力を残しつつも後方支援に徹する方向でいいのか?」
「ああ。後方はうちのサブリーダー――ヤナナに任せてあるから、彼女の指示に従ってくれ」
ラルグは背後を親指で指した。それを視線で追うとラルグと同い年ぐらいの赤い髪の女性と目が合う。会釈をされたので、彼女がヤナナだろう。その手には一メルほどの長さの無骨な杖があり、裾の長い濃い緑色のローブに身を包んでいる。
「……なら、後は移動する前にもう少し情報が必要だな」
「どうする気だ?」
ギルの問いに口の端を上げて笑い、錫杖の石突で石畳を叩く。一瞬で錫杖が縮まり、手の平よりも少し大きめの――約二十シム(センチ)程度の長さとなった。「ウル」と名を呼べば、水中から跳ね出たように目の前に姿を現す。
「索敵。方向は〝森〟に向けてだ」
『ワカッタ!』
頭上に向けて、短くなった錫杖を放り投げた。その後を追ってウルが飛び跳ね、落下を始めた錫杖にその口が当った瞬間、
―――しゃんっ、
と。ひと際大きく音が鳴り響き、錫杖が霧散して虹色の波紋となった。
それに魔素が弾かれ、大気が震える。
「っ?!」
魔力と魔素の脈動に広場にいる誰もが身を竦め、息を呑んだ。
目を閉じたクキの脳裏に、ウルからの情報が流れ込んでくる。
「………〝障壁〟まで、あと数百メル(メートル)もないな………周りには〝暴双熊〟クラスの魔物が百十体近く………北北西に向けて進む群れが数十体以上………あー、厄介だな」
クキは目を開け、アルゼに振り返った。
「飛行型魔物が十体ほど、こっちに向かってきています」
「!?」
「種類は分かるか?」
アルゼの言葉にクキは視線を泳がせ、
「………〝鵬我鳥〟と、もう一種いますが……〝雷〟の魔素を纏っていることしか……」
「二種類か……」
「支部長。それなら、飛行型魔物は俺たちが相手をする」
ゴウンドが声を上げた。
「あと〝獣化〟の能力者がいるチームがいればいいが……」
「それでしたら、私たちが」
第二班から女性の声が上がり、前に歩み出た。その後ろにはチームメンバーらしき者が追随している。先ほど第一班から移動した女性たちだ。
「〝六昴〟か……分かった。飛行型魔物の討伐に回れ。悪いが、〝黄砂の剣〟は第一班に戻ってくれ」
「先遣隊はどうしますか?」
「……拾ってくれるとありがたい」
クキの問いに数秒ほど黙考し、アルゼは答えた。
「なら、ギル。おたくはゴウンドさんたちを飛行型魔物の進行方向に置いたら、先遣隊を回収してこっちに合流してくれ」
「了解」とギルは頷き、ゴウンドたちと共に少し場所を離れる。
クキはラルグに頼んで〝杈茨大猪〟討伐隊と周辺の魔物討伐隊――そして、医療班の三班のうち、前衛はクキの近くに、後方支援と医療班を遠くに置く形で陣形を整えてもらう。
ラルグの指示で動く冒険者たちを横目に、
「キルエラは負傷者の治療中、医療班の護衛を頼む。それまでは第二班の援護だ」
「分かりました」
キルエラが離れたところで、
「リーダー!」
ギルドに行っていたローザとオクバルが戻ってきた。
「大変っ! リメイさんたちが――」
「迎撃に向かったのは聞いた。リメイのことだ、無茶はしていないだろう」
顔をしかめて告げるサザミネに「えっ」とローザは言葉に詰まった。
「今から俺たちも討伐に向かう、ローザも来い。オクバルは……ギルドで待っていろ」
「っ! ……はい」
オクバルは血の気が失せた顔で唇を噛みしめ、頷いた。ローザはその肩を叩き、第一班に加わった。ホルンに言われて、奥に向かう。
オクバルは付いてきたギルド職員に促さされ、広場の端へと踵を返した。
「――オクバル」
「………」
振り返ったオクバルは、不安げな目でクキを見つめた。
「大丈夫だ。サザミネさんたちを信じろ」
「……はいっ!」
唇を噛みしめ、力強く頷いたオクバルから視線を外し、冒険者たちに向き直る。
クキの前には前衛と後衛に分かれた第一班が並び、その左右に二手に分かれた第二班がいた。医療班とキルエラは、第一班の奥に一塊になっている。
「………」
ラルグが頷いたので、クキはギルに合図を送った。
ギルの足元に魔法陣が浮かび上がった。最上位闇魔法[常世ノ懐]だ。『アダナク』に戻った時のように、まずは移動するエネルギーとするため、結界系闇魔法を発動。
半球状の漆黒の[結界]が広場を覆った。
「っ?!」
結界系闇魔法の発動に冒険者たちが頭上を振り仰ぐ中、再び[結界]の中に黒い輝きが灯った。
前回とは違い、その輝きは二つ――クキとギルの足元。
クキは[常世ノ懐]を吸収して輝きを増した[影渡り]の魔法陣を確認し、
「そういえば――」
ふと、思い出したように声を上げた。
その声に、上空や足元を見ていた冒険者たちの視線がクキに集まった。
彼らに、にやり、と嗤い返して尋ねる。
「飛び出すのは真正面でいいですよね?」




