第33話 災いの到来を告げる鐘の音
クキはギルと交代で――魔力の節約のため――[影渡り]を使い、二手に分かれた町にたどり着いた。
予定通りにゴウンドたちと合流し、マッカートたちが商品の確認を行っている間に情報を交換する。行き先の村が〝鵬我鳥〟の襲撃を受けていたことを話すと、彼らもこの町に戻る途中で〝鵬我鳥〟の襲撃を受けたとのこと。まだ、〝森〟の異変は収まっていないようだ。
「フルイルドの行商に会ったのか……」
村で共闘したフルイルド商会の話になると、ゴウンドが呟いた。
「お知り合いですか?」
片眉を上げたクキにゴウンドは頷き、
「少しな。幾度か、仕事先で会ったことがある」
「あそこの若旦那を含めた幼なじみ三人は、色々と有名だからね」
ゴウンドに続いて、ミフィサルも頷いた。「え?」とサザミネを見ると、サザミネは驚いたように少し目を見開く。
「知らなかったのか?」
「少し前に『アダナク』でちょっと言葉を交わしただけだったので、全然……」
「なんだ、そうだったのか。若旦那のセロンは商人としての腕だけでなく、魔法師としての腕はかなり立つことで有名なんだ。……確か、第三階位魔法師だったな」
「! それで、あの[結界]の制御が出来たんですね」
おぉ、と頷いていると「いや、君の方が……」とサザミネに言葉を濁された。
「護衛隊長のメヴィーユやディビオも、武技者の〝技能〟は一流だ」
「けど、メヴィーユは好戦的な女性だからねぇ……君たちは大丈夫だった? ゴウンドとか、仕事が一緒になる度に手合わせに誘われていたんだけど」
「あー……誘われました」
クキが苦笑を返すと、「やっぱり?」とミフィサルは笑った。
異変は最初に訪れた村に着いた時だった。ガラガラと音を立てながら幌馬車が村の広場に入り、その隅に停車した瞬間――
―――ピリッ、
と。一瞬、肌に静電気が走ったような衝撃を受けた。
(何だ?)
クキはとっさに魔力感知の範囲を広げるが、近くには獣や飛行型魔物の気配はない。
眉を寄せたクキの眼前に、ふわり、とウルが姿を現した。
『ナニカクルヨ』
(何か……来る?)
「クキさん? どうされました?」
ウルを見てキルエラが声をかけてくるが、クキは無視して幌馬車から飛び降りた。
「ギル!」
前方に停車している幌馬車。そこから降りて上空を睨んでいたギルに声を張り上げる。周囲の視線が集まるのを感じたが、クキは無視してギルに尋ねた。
「おたくも感じたか?」
「ああ。だが、周りには獣も〝鵬我鳥〟もいないぞ?」
「あの感じは――」
「クキさん! ギルさん! 何か感じたのですか?!」
キルエラやマリアーヌ、ローザの三人もクキの後を追いかけてきて、隣の幌馬車からサザミネやホルンも降りてきた。オクバルは不安げな顔を覗かせている。
「魔物か?!」
駆け寄ってきたマッカートの問いにギルは首を横に振り、クキに目を向けてきた。
「周りには何もいないが……」
それにつられて、全員の視線がクキに集まる。
「妙な感じがします」
「妙?」
ゴウンドが眉を寄せた――その瞬間、
―――カラァァーーンッ、
と。鐘の音が響いた。
「っ?!」
その場にいた全員が、鐘楼に振り返った。
カラァーン、カラァーン、と幾度も鳴り響く鐘の音。それに呼応するように上空が揺らめき――[結界]が村を覆った。
それを見て、周囲が騒然となる。
「……キルエラ」
隣に立つキルエラを小声で呼ぶと、
「〝障壁〟に何かが――恐らく、魔物の襲撃かと思います」
「っ……そうか」
『シュウゲキ。イッパイ?』
クキはウルの声に眉を寄せ、ゴウンドとサザミネに振り返る。
「これは――」
ゴウンドは顔をしかめ、全員の顔を見渡した。
「〝障壁〟だな。……俺とサザミネ、商会の何人かでギルドで詳細を聞いてくる。何らかの情報が入っているはずだ」
そして、〝オリオウ〟に視線を留めると、
「念のため、〝オリオウ〟は周辺の索敵をしていてくれ」
「分かりました」
「〝障壁〟に接近する大型の魔物ですか?」
ゴウンドたちが村のギルドで聞いてきた情報に、クキは眉を寄せた。
「そうだ。情報では〝障壁〟に向かってくる大型の魔物と、それに追い立てられて下位クラス(八等級以下)の魔物が押し寄せてきているようだ」
「いつも通り、〝障壁〟に近い町村には避難勧告が出されて『アダナク』のギルドが中心となって対処するらしいよ」
「大型の魔物……それでは魔物の出没が多かったのは――っ」
ゴウンドやミフィサルの言葉に、〝氷鋼の斧〟のメンバーの一人が顔をしかめた。
「向かってくる大型の魔物が原因だろう」
「……多分、〝魔素の淀み〟だね」
「!」
ミフィサルの言葉に誰かが息を呑んだ。
(〝魔素の淀み〟……高濃度の魔素による歪み、か……)
〝魔素の淀み〟とは、魔素が〝猛毒〟になるほどの濃度まで集まり、〝歪み〟が生じた場所のことだ。
〝歪み〟に触れた魔物は、濃密な魔素を取り込み、急激に上昇した力が制御できずに暴走。魔力を撒き散らし、暴虐の限りを尽くす。さらに消費した魔力を補うために周囲の魔素を取り込むという悪循環が生じ、死ぬまで暴走が止まることはない。
また、放たれる魔力――歪んだ力に触れた他の魔物たちもその影響を受け、増幅した力に理性を失って狂乱してしまう。
誰もが黙り込んだ中、マッカートはクキとギルを見た。
「坊主たちに確認したいが、すぐにでも『アダナク』に移動することは出来るか?」
「……それは全員ですか?」
「ああ。今までの魔物の行動を見るに大型の魔物の等級は上位クラス(四等級以上)の可能性が高い。応援も呼ぶだろうが、〝プルアタン〟全体で異常が見られていたからな。ゴウンドやサザミネたちは貴重な戦力になる。……まぁ、〝障壁〟や[結界]もあるから、よほどのことがない限りはこちらに被害は出ないと思うが――」
そこで言葉を濁したマッカートにクキは眉を寄せ――ふと、サザミネが顔を強張らせていることに気づく。索敵に集中していたので気づかなかったが、〝飛炎の虎〟のメンバー全員も似たような表情をしていた。
「どうかしたんですか?」
問いにサザミネは一瞬、眉を寄せ、
「……今日、チームメンバーの半分が〝森〟に行っている予定なんだ」
「!」
「浅いところにいると思うが……」
「………」
オクバルに目を向けると唇を噛みしめ、じっと地面を睨んでいた。その肩に手を回し、マリアーヌは安心させるように抱き寄せた。
「あと、〝障壁〟までの移動には、闇魔法が一番手っ取り早い。『アダナク』には、坊主たちしか闇魔法を使える魔法師がいないし、二、三日で現れるものでもないからな。派遣されてくるとは思うが、」
「分かりました。移動は大丈夫です」
マッカートの言葉を遮り、クキは言った。
「! そうかっ!」
「まずは影のあるところ……森にでも移動してもらってもいいですか?」
「ああ! ……すまないな」
マッカートは、ほっ、と息を吐き、他の面々を見渡して「移動するぞ!」と声を張り上げた。
持ち場となっている最後尾の幌馬車に戻ろうとして「……クキくん」と名前を呼ばれた。振り返ると〝飛炎の虎〟の面々が立っていた。サザミネは緊張した面持ちながら、口元に小さな笑みを浮かべ、
「すまない。ありがとう」
「いえ。『アダナク』も心配ですから……」
「クキさん……ギルさん」
不安げなオクバルの肩にギルは手を置いた。
「チームの人も一緒なんだろう? 心配するな」
「そ、そうだぜ! リメイ姐が一緒なんだ」
「戻っているかもしれないわ!」
ホルンとローザの言葉に、オクバルは力なく頷いた。
「……マリアーヌさんとローザさんも付いていてあげて下さい。最後尾には私とギルさんが乗りますから」
「え? ……えぇ。それじゃあ、お言葉に甘えて」
キルエラの提案にマリアーヌは頷き、ローザと一緒にオクバルたちの幌馬車へと移動した。最後尾の幌馬車には〝オリオウ〟の三人だけが乗り込む。少しして、ガラガラと音を立てながら幌馬車が村の外に動き出した。
「悪い、キルエラ」
「いえ。オクバルくんのこともありましたので……」
クキが三人だけにしてくれたことに礼を言うと、キルエラは微笑した。
「それにしても、四等級以上の大型の魔物か……」
ぼそり、と呟いたクキにキルエラは頷き、姿勢を正した。
「最低で四等級となりますね。これまでにも中位クラス(七等級から五等級)の魔物の出没も多かったことを考えると、三等級の可能性も十分に考えられます」
「……〝魔素の淀み〟の影響はどれぐらいあるんだ?」
「個体差がありますが……最高で等級が一つ上がるかと」
「………」
「……『アダナク』にいる冒険者の戦力は?」
ギルの問いにキルエラは少し考える素振りを見せ、
「私たちが『アダナク』を出発する前の情報になりますが、主戦力として考えられるチームとしては〝氷鋼の斧〟や〝飛炎の虎〟を含めたランク五のチームが八組と、ランク六のチームが十数組ほどですね。ただ、ランク三のチームが一組いましたので、彼らを中心に討伐隊が編成される可能性は高いと思います」
『アダナク』で別行動を取ったことはなかったが、どこから集めてきたのかサラサラと情報を話すキルエラ。サザミネたちの情報も知っていたことといい、「いつ調べたんだよ……」とクキは呆れたが、ふと気になる単語が出てきた。
「ランク三?」
「チームランク三が〝プルアタン〟にいるのか?」
クキとギルの視線を集め、キルエラは頷いた。
「一ヶ月ほど前から滞在しています」
「何で、また……」
「それは――」
キルエラが説明しようとしたところで「待て」とギルが制止の声を上げた。
「その話は後でもいいだろ」
「あー……そうだな」
ランク三のチームがまだ『アダナク』にいるのなら心強い――それだけだ。
「俺もお前も一度で『アダナク』に移動させることは出来るが、襲撃のこともある。どうする?」
[影渡り]の移動距離は、術者がどれだけの魔力を込めたかによる。『アダナク』に戻り、そこからさらに〝障壁〟に向かうことは一人でも可能だったが――。
「〝障壁〟までの足か………すぐに応援の〝闇〟の使い手が来るってわけでもないんだよな?」
「緊急時には優先的に転移魔法陣が使われますが、首都や他の都市で確保してからとなると、少し時間がかかるかと思われます」
「なら、出来るだけ魔力を温存しておいた方がいいな……」
「……〝歪み〟のこともあるからな」
ギルの言葉に片眉を上げてクキは目を逸らしたが、ギルだけでなくキルエラからも視線を感じ、ため息をついた。
「……分かってるよ」
ちらり、と視線を向ければ『本当だろうな?』という顔のギルと、心配そうに見つめるキルエラが目に入った。二人の視線から逃れるように顔を背け、
(……『アダナク』になら、魔術で転移魔法陣を使った方が一番楽なんだけどなぁ)
『アダナク』にある転移魔法陣は覚えているので移動することは可能だったが、さすがにギルド内に移動すれば大騒ぎになるのは目に見えているので使うことは出来ない。
「人数を分けるか、移動距離を分けるか……いや、時間が惜しいな」
クキかギル、どちらかが[影渡り]を使って『アダナク』に帰還し、その後は疲労がない方が〝障壁〟への対応に手を貸せばいいが、詳しい状況が分からない以上、無駄な疲労は避けたい。
『イッパイ、アツメルー?』
(集める、な……ん?)
ウルの言葉に引っかかりを覚え、「……なぁ」とクキはギルに声をかける。
「何だ?」
「[影渡り]も闇魔法の一つなら、魔法を吸収出来るんだろ? なら、魔法を吸収させれば、その分だけ移動距離が伸びる――よな?」
ギルは片眉を上げ、
「……そうだな。最低限に力を抑えた最上位魔法でも、発動すれば力が増幅されているから、それなりに距離は伸びるだろうな。魔法を吸収させるのなら、転換率の良い闇魔法――それも攻撃系より、結界系がやりやすいぞ」
「――え?」
キルエラが驚いた声を上げたが、クキとギルはあえて無視した。
「よし。じゃあ、それで行こう」
村から少し離れた森の奥。薄暗くなった場所に幌馬車が四台、〝灰馬〟が向かい合うように二列に並んでいた。
四頭の〝灰馬〟に囲まれて、クキとギルは立っていた。
「この並びでいいのか?」
御者台で訝しげに尋ねてくるマッカートにクキは頷いた。ほぼ、全員の視線を感じながら、隣に立つギルに視線を送る。
「行くぞ?」
「ああ、いいぜ」
まず、クキは[影渡り]に吸収させるための魔法陣を展開した。
最上位闇魔法[常世ノ懐]
足元に広がった魔法陣から[闇]が溢れ、地面を黒く塗りつぶしていく。
幌馬車を乗せるように円形に広がった[闇]は、空へと立ち上ると中心部――クキの頭上で交じり合い、半球状の漆黒の[結界]となった。
「なっ?!」
結界系闇魔法の発動に周囲から驚きの声が上がる。
風景が消えた闇の中で、再び黒い輝きが放たれた。それを発しているのは、ギルの足元を中心に広がっている最上位闇魔法[影渡り]だ。
その光を受け、一瞬で[結界]が粉砕された。
だが、砕かれた[結界]は漆黒のボタン雪のようにヒラヒラと魔法陣に降り注ぐ。魔法陣に触れた[結界]の力は溶けるように吸収され、魔法陣の輝きが増し―
ずぶり、と、足元が[闇]に沈んだ。
暗転した視界。
その先に僅かな光明を捉えた瞬間、ぐんっ、と身体が強い力で引っ張られた。光明に近づくにつれて、その先にある風景が目に付いた。
その中に飛び込み、いつの間にか閉じていた目を開けると――
「っつ?!!」
突然、倉庫の影から現れた四台の幌馬車に、近くにいた従業員が驚愕して尻餅をついた。
「え?――はぁっ?!」
幌馬車に乗っている面々からも一度の移動でトゥルハ商会の敷地内に出たことに驚いた声が上がった。
「……大丈夫か?」
「ああ。問題ない」
クキが息を吐きながら隣に立つギルを見ると、ギルは、こきり、と首の骨を鳴らしながら頷いた。
「い、一気に移動したのか?!」
幌馬車から飛び降りて駆け寄ってきたマッカートたちにクキとギルは頷いた。
「そのための[結界]でしたから。――それより、どういう状況なのか調べないと」
軽く説明して、追求を逃れるために話題をそらす。
「あ、ああ。そうだったな。……ゴウンド、サザミネ」
マッカートは何かを言いたそうに眉を寄せたが、頷くと二人に振り返った。
「皆さんっ!!」
そこに、事務所からソラナムや数人の男女が飛び出してきた。
「何故、ここにっ?!」
「坊主たちに闇魔法で送ってもらったんだよ。それよりも魔物の襲撃だ! 状況はどうなっている?」
ソラナムたちの動揺を見て反対に冷静になったのか、マッカートは移動の動揺を消し、険しい表情で尋ねた。
「っ……相手は三等級の魔物で、〝障壁〟まで数クム(キロ)の地点で突然現れたということですっ。今はギルドが緊急招集をかけて――っと、そうだ。君たちの帰りを待っていたんだ」
ソラナムはクキとギルに目を向けた。
「それは移動手段として、ですよね?」
「ああ、そうだ。闇の使い手の派遣も頼んでいるが、何分、他にも出没しているようで確保に時間がかかっているようなんだ。そこで、疲れているところ悪いが、余裕があるのなら行ってくれないか? こっちの報告はマッカートさんたちに聞くから後でいい」
「はい。分かりました」
ソラナムは続いてゴウンドとサザミネに目を向け、
「高ランクの冒険者の力もいるだろう。君たちも行って欲しいが……」
「そうさせてもらう」
「分かりました」
二人が頷いたのを見て、クキは声をかけた。
「特に問題がなければ、[影渡り]でギルドまで行きますが……?」
その提案にゴウンドとサザミネはそれぞれのチームメンバーを振り返った。
「いつでも行けます」
〝氷鋼の斧〟と〝飛炎の虎〟のメンバーは、それぞれにリーダーに頷きを返す。
サザミネはオクバルに視線を向け、
「オクバルは――」
「行きます! せめて、ギルドにいさせてください!」
珍しく、オクバルはサザミネに噛み付くように言った。他の訓練生が心配なのだろう。
サザミネは顔をしかめたが、
「分かった。行こう」




