第32話 フルイルド商会
クキはマリアーヌ、ローザ、ホルンの三人と〝鵬我鳥〟の襲撃を受けていた村に先行し、無事に討伐することが出来た。
村の被害は、倉庫の半焼で備蓄品が失われたことと、怪我人が十数人ほど。怪我人の治療は魔法で行われたので、被害は備蓄品の焼失だけとなった。
マッカートたちは、村長から感謝の言葉と共に焼失した備蓄品の代わりを購入したいという話を受けて、ほくほく顔だ。
昼過ぎには次の町へ出発する予定だったが、
「是非、もてなしをさせてください!」
と。言われ、商品を大量に購入されたことや[影渡り]で移動出来ること――何よりもニ羽の〝鵬我鳥〟うち、ほぼ一羽を買い取ったことが大きな理由となって、宿泊が決まった。
備蓄用の物資の購入や襲撃の後片付けもあって商いは行えなかったが、片付けなどがひと段落ついた夕方。
村の集会所で、宴会が始まった。
「――それでは、今回、村の危機を救っていただいたフルイルド商会とトゥルハ商会の皆様へのお礼と致しまして――乾杯!」
長い口上が終り、村長の音頭で「乾杯!!」と声が上がる。
参加者は〝鵬我鳥〟迎撃に参加した村人と逗留していた旅の行商――そして、クキたちだ。
村長たちの相手はマッカートやウィコン、〝飛炎の虎〟に任せ、〝オリオウ〟は数日前に『アダナク』の門前広場で出会った三人――魔動車を所有している商人たちと向かい合っていた。
「改めて自己紹介をしようか」
村で水属性の[結界]を張っていた水色の髪の男性は笑みを浮かべ、
「僕はセロン。フルイルド商会の者で、旅をしながら行商をしているんだ。今回は、たまたま立ち寄ったら襲撃に遭ってね。[結界]を維持しながらだといい手がなくて、助かったよ」
「私はメヴィーユよ。一応、護衛隊長をしているわ。あと、セロンとはくされ縁かしら」
金髪の女性――メヴィーユも笑みを浮かべながら名乗る。
ただ、その笑みはセロンのような柔らかさはなく、好戦的なものだったが。
「俺はディビオ。同じく護衛で、セロンとはくされ縁だ」
こげ茶色の髪の男性――ディビオは表情を変えず、小さく会釈をした。
「チーム〝オリオウ〟のリーダー、クキです。……その節はどうも」
軽く頭を下げると「いや」とディビオは小さく首を左右に振った。
「メンバーのギルだ。コイツの目付け役かな」
「おい……」
「同じくメンバーのキルエラと申します」
ギルとキルエラが名乗ったところで、「あれ?」とメヴィーユはギルを見る。
「〝あの時〟は、いなかったわよね?」
「コイツのトラブルにイチイチ首を突っ込んでいたら、きりがないからな」
肩をすくめるギルをじろりと睨むが、ギルは無視して料理に手を伸ばした。
「フルイルド商会といいますと……トナッカ公国の?」
キルエラの問いに「そうだよ」とセロンは頷いた。
「どうも、僕はどこか一つに留まっているより、旅をしながら商いをする方が性に合っていてね。行商が主だけど、職人さんの仕事を見学したりするのも楽しくて」
「……物好きなのよ」
にこにこと笑うセロンに、メヴィーユは肩をすくめた。
「こう言うのもなんですが……アレを見ると、商人というよりも魔法師って言われた方がしっくりときますよ?」
「そうかい? でも、君も二属性を扱っていたから階位も高いよね……」
セロンは苦笑しながら告げた。
「アレ?」
「アレ、とは?」
セロンの[結界]を見ていないギルとキルエラは眉をひそめる。
「水属性の[結界]だよ。結界系上位水魔法が五つ、上手く組み合わさって発動していたんだ。……アレはもう一つの大規模魔法だな」
村に着いた時に見た、ドーム型の[結界]。十人ほどの魔法師がいたが、彼らはただ魔力を供給していただけで[結界]を統べ、維持していたのはセロンだった。
「一見は普通の[結界]だったけど、よく見ると五層になっていたんだ。しかも、外側から内側にいくにつれて一層一層の厚さは厚くなっていった。例えば、外側から二シム(センチ)、四シム、六シム、八シム、十シムって感じだな。内側にいくほど厚く強力になっていたけど、それは各層に送られる魔力の質と供給速度が違ったからだ。ここは、術者の腕によるものが大きいんだろうな。で、五つの魔法陣で五層なら一層に対して一つの魔法陣が使われていると思うだろ? けど、一つの魔法陣は、他の四つの魔法陣を総括する役割を担っていて、外側の二層を一つの魔法陣で成り立たせていたんだよ。もちろん、その分、外側の二層が脆くなるけど、魔力の供給速度を上げて外部からの攻撃の威力を弱める役割に徹していた。あとは三層目、四層目でほぼ威力を消して、一番強固な五層目で完全に防ぐって寸法だ。しかも〝水〟と言う柔軟性は失われていなかったから、衝撃は受け流しやすい[結界]だった。たぶん、見た目以上に強力だったんだろうな……十人の魔法師で発動させていたけど、技術と魔力量が多い高位の魔法師で使えば、人数の削減は出来るだろうな」
まくし立てるように一息に説明して、クキは、ふぅ、と息を吐いた。
その説明に呆気に採られていた面々は、考え込む者と目を見開く者に分かれた。
前者は〝オリオウ〟、後者はフルイルド商会だ。
〝オリオウ〟はクキの説明で張られていた[結界]を理解し、感心したように頷いていて、フルイルド商会の三人はクキが見抜いたことに驚いていた。
「一目で見抜かれたのは初めてだよ……」
感心半分呆れ半分の声で、セロンは言った。メヴィーユも「ホントよねー」と呟いてから目を細め、
「でも、〝鵬我鳥〟の攻撃……〝風〟で防いでいなかったかしら?」
「!」
その言葉に忘れていたセロンは目を見開き、ディビオは眉を寄せた。
「ああ、それは――」
フォークを立てるように手で持つと、
『ヨンダ?』
と。その先にウルが姿を現した。
そのまま、フォークで突き刺そうとするが、あっさりとかわされてしまう。
「〝使い魔〟ってことは……無属性なの?」
メヴィーユにクキは頷いた。セロンは目を丸くしてウルを見ていたが「あ!」と何かに気づいて、申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「あの時……悪いことをしたね」
「は?」
「[結界]に激突された時だよ。闇魔法を使おうとして止めたのは、僕の[結界]があったからだろう?」
「あー……あれは、こっちの不手際です」
その時のことを思い出し、クキは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
魔力吸収の効果が多い闇魔法。動きを封じようとして[魔封ノ手]の魔法陣を展開し、セロンが張った[結界]にも効果を及ぼすことに気づいて寸前で止めたのだ。
鐘楼による[結界]は魔法具によるものなので[結界]に触れて魔力を吸収しても反動はないので問題はないが、セロンたちが張った[結界]から魔力を吸収していたら、彼らに大きな負荷がかかっていただろう。
『フテギワ。フテギワ』
「………」
左手でウルを鷲摑みにして、腰のポーチの中に突っ込む。
(魔法の選択ミスって……まだ、慣れていないってことだよな……)
チームメイトから突き刺さる視線を無視し、クキは料理を口に運んだ。
「〝鵬我鳥〟の翼を切り落としたのは、魔剣よね?」
「そうです――って、見えていたなら、無属性って分かるじゃないですか……」
魔法師は適性のある魔素以外は見えず、魔力も〝感じる〟ものであって目で〝見る〟ことは出来ないが、魔法陣となった魔素や高密度の魔力ならば、その色を認識することは出来た。
物質化するほどの高密度の魔力を宿す魔剣なら、虹色に輝いて見えていたはずだ。
「まぁね」
「いや、それどころじゃなかったよ?」
「………」
メヴィーユは頷くが、セロンは苦笑し、ディビオにいたっては目を逸らしていた。メヴィーユ以外は気づいていなかったようだ。
「………」
「そんなことより、魔剣よ。魔剣!」
クキがじと目を送ると、メヴィーユは手を振ってそれを振り払う。
「魔剣の使い手なの? 使い慣れているようだったけど」
「……まぁ、そうですね。無手の方が油断を誘いやすいですから」
「へぇー……じゃあ、魔法師の階位を聞いてもいい?」
一瞬、メヴィーユが浮かべている笑みに狂気が混じった気がして、クキは、ぴくり、と片眉を上げた。
〝森〟で初めて魔物を見た時は比べ物にならないほどの〝獣〟の気配に、知らずと口の端が上がる。
〝その気配〟を隣にいるキルエラも感じたのか、僅かに身を固くした。ギルは気にせずに料理を口に運んでいたが。
「そちらの剣士の階位と交換ならいいですよ?」
「第三階位よ」
即答だった。
少し面食らって、クキは目を瞬く。
(第三階位……騎士団の小隊長クラスの実力か)
一部を除いて、ほとんどの〝技能〟は平均的な実力者は第六階位と第七階位だ。
キルエラにテスカトリ教導院の二つの騎士団の実力を聞いたところ、騎士団への入団条件の一つに〝主要となる武技者の〝技能〟階位が第四階位以上〟というものがあり、テスカトリ教導院の騎士団では第四階位で平団員となるらしい。そこに実績などが加えられて昇進すると、だいたい第三階位からが小隊を任される。
それを踏まえて考えると、三十代ほどに見えるメヴィーユが第三階位剣士だというのなら、かなりの実力者なのだろう。
「……どうぞ」
クキは首から提げている冒険者証を取り、魔力を通してからメヴィーユに差し出した。
表示されているのは、名前と冒険者の階位、チーム名、そして、主な〝技能〟とその階位だ。
魔法師を主な〝技能〟としているので、〝第二階位魔法師〟と表示されている。
「あら。ご丁寧に」
メヴィーユはソレを目にして、片眉を上げ――にぃっ、と獰猛な笑みを浮かべた。
それを目にしたセロンとディビオが、ぎょっとして身を引いた。
「なるほど、なるほど――ふふっ、ふふふふ」
顔を伏せて肩を震わせたかと思えば「あは、あはははははっ」と大声で笑い出した。
その声に驚いた周りの視線が集まるが、メヴィーユは構わずにバシバシとディビオの背中を叩いている。
「いたっ、いぃっ――おい! メイ!」
「あはははっ」
顔をしかめて逃れようとするディビオの首根っこに腕を回して捕獲するも、メヴィーユの笑いは止まらない。
クキは、ぽかん、とその様子を見つめていたが、セロンに問うような視線を向けた。
「悪いね。すぐに収まると思うから……」
「はあ……?」
ちらり、と仲間二人を見ると『またか』とギルにじと目を向けられていたので、『濡れ衣だ』と睨み返して料理に手を伸ばした。
村人たちは訝しげにメヴィーユを見ていたが、ペコペコと頭を下げるセロンに気づくと、それぞれ談笑に戻っていく。
「メイ。いつまで笑っているんだ?」
「はははっ……ははっ……だって、ねぇー」
セロンの呆れた声にメヴィーユは詰まるように答えて、眦に浮かんだ涙を指でぬぐう。
「離、せっ!!」
「あ。ごめん、ごめん」
メヴィーユが力を緩めたので、ディビオは身を捻って腕から逃れた。
「あー……笑った、笑った。まさか、ディビオに負けるなんて」
「は?」
クキたちは言葉の意味が分からなかったが、セロンとディビオは眉を寄せているので、〝何のこと〟を言っているのか、分かっているのだろう。
「勘が鈍ったのかな?……あ。コレ、ありがとう」
「……はぁ?」
クキに冒険者証を返し、メヴィーユは「ふむふむ」と頷きながらクキ、ギル、キルエラと順番に顔を見渡して――また、クキに視線を戻した。
「なるほど。リーダーね、リーダー……ふふ、ふふっ」
「……大丈夫ですか?」
また、笑い出した――声を殺しているが――メヴィーユにクキは眉を寄せた。
「あはは……たぶんね」
セロンは乾いた笑みを浮かべた。
「ふふっ……ごめん、ごめん。もう、大丈夫」
「……そう、ですか?」
少し引き気味のクキたちに「まあまあ」とメヴィーユは言い、
「クキく――あ。クキでいい?」
「はい。かまいませんが……?」
近くに寄ってきたメヴィーユはにっこりと笑い――その右腕が霞んだ。
とっさに身を捻り、首に絡みつこうとしていた腕を避けるが――
「ぅおっ?」
びしりっ、と目の前に丸パンが突きつけられた。丸パンから視線を上げると、メヴィーユの好戦的な笑みが見えた。
「……何ですか?」
「私と食後の運動って、どうかしら?」
「!」
「メイ……」
セロンは額に手を当ててため息をつき、ディビオは呆れた目を向けていた。
「何でまた……?」
「面白いもの」
にこにこと笑うメヴィーユから感じる気配に、クキは目を細めた。
(あー……だから、ちょっと引っかかったのか)
初対面の時、どことなく引っかかりを覚えたのは、直感で〝同類〟だと分かったからだろう。
怪しい輝きを放つ目を見返し、クキは手の甲でパンを退けた。
「せっかくのお誘いですけど、仕事もありますから……」
「あら、軽くよ? かるーく」
「メイ。止めろ、悪い癖だぞ」
ディビオがクキとメヴィーユの間に割って入った。「面白そうなのに」と唇を尖らせたメヴィーユは顔を背け、丸パンにかじりつく。
「すまない。戯言だと思って、忘れてくれ」
ディビオは顔をしかめてメヴィーユを見た後、振り返って申し訳なさそうに言ってくるので「はぁ……」とクキは頷いた。
「僕らも仕事はあるんだよ?」
「はいはい。そうね」
「メイっ!」
セロンが諌めるが、メヴィーユはどこ吹く風で気にした様子もなく料理に手を伸ばしていた。
やれやれ、と思いながら口を閉ざしたままの仲間に振り返ると、少し驚いたように目を丸くしている姿が目に入る。
「……何だよ?」
「変な物でも食べたのか? 何もなかったぞ?」
「断わられるとは……」
「おたくらなぁ……」
ひくっ、とクキは頬を引きつらせた。二人に口を開く前に、メヴィーユから声がかかる。
「ねぇ、それじゃあ〝鵬我鳥〟との戦闘の時に見た魔法について詳しく聞きたいんだけど」
振り返れば、メヴィーユだけでなくセロンとディビオにも聞きたそうな目を向けられていた。
「別に構いませんが……あ。じゃあ、メヴィーユさんの〝獣化〟について教えてください」
「気づいていたの?」
「いや、気づきますよ。アレは……」
一部の者に発現する特殊技能――〝才能〟。その能力には魔素が大きく関わり、主に四つの系統に分けられる。
能力者の半数が持ち、取り込んだ魔素で身体強化を行う――〝強化〟
魔素を物質化させ、身に纏う――〝装化〟
〝強化〟と〝装化〟の二つの能力を合わせ持つ――〝獣化〟
そして、他の三つのどの系統にも当てはまらず、能力者がごく少数しかいない――〝異化〟
それらの能力はどれも強力であり、テスカトリ教導院で近衛騎士団副団長と模擬戦をした時、近衛騎士団長が最上位魔法の激突を生身で防いだのも〝強化〟によるものだった。
国によって、開花する〝才能〟の系統に偏りがあるようで、『クリオガ』では〝獣化〟の能力者が九割を占めていた。
ミトリの姿もソレを現していたのだろう。
メヴィーユが〝獣化〟の能力者だと分かったのは、彼女が[結界]に激突した〝鵬我鳥〟に向かって飛び上がった時だった。
一度の跳躍で十数メルほどの高さまで跳んだ脚力は、身体強化が施されているはずだったが、彼女から魔力の高まりは見えなかった。
その代わりとでも言うように四肢を黄色の毛並みが覆っていたのだ。
毛並みは、取り込んだ魔素が身体能力の向上と共に身体を覆って防御力も上がるためで、〝獣化〟の能力者だけに現れるもの。むしろ、それを見て〝獣化〟の能力者だと思わない方がおかしい。
(あれが〝獣化〟か……サザミネさんたちには聞きにくかったし……)
キルエラの情報――いつの間にか調べていた――によると、〝飛炎の虎〟のサザミネとマリアーヌも〝獣化〟の能力者らしい。
ただ、奥の手と認識される〝才能〟のことを本人たちに根掘り葉掘りと尋ねるのは――すでに魔法属性や技能のことを聞いていることもあって――憚れた。
「そんなに珍しいことでもないけど……?」
「〝獣化〟と言っても、タイプは違いますから」
「……まぁ、それで教えてくれるのならかまわないわ」
あっさりと頷いたメヴィーユに、クキはほっとした。
***
夜空には、黄金に輝く二つの月が浮かんでいた。
クキはあてがわれた宿屋の部屋から抜け出し、宿屋の屋上であぐらをかいて月を見上げていた。
こちらの世界の月とあちらの世界の月が違う点は、四つある。日中も常に見えていること、寄り添うように二つあること、その大きさ――そして、満ち欠けがないことだ。
(欠けねぇなー……)
二つの月は日が傾くにつれて次第に大きくなっていき、日が沈んで黄金色に輝く頃には、圧し掛かるような威圧を放つ巨体となって夜空に浮かんでいた。その輝きは太陽のような眩しさはなく、仄かな月光が世界を照らしている。
クキは徐に右手を上げ――その手首から先が消えた。ごそごそと、何かを探しているように腕が動く。
(月見酒――っていっても、酒じゃねぇけど……)
〝ディスタの鞄〟に繋がった〈見えない穴〉から手を引くと、一本のビンが握られていた。昨日、泊まった町で買ったりんごジュースだ。直接、口をつけて飲むと、冷えたエプアが染みるように胃に入っていく。
一息ついて視線を下に向ければ、村の広場が一望することが出来た。
半焼した倉庫はすでに片付けられ、更地となっていた。焦げ付いていた地面も土魔法で元通りとなっているので、ぽっかりと空いた倉庫の場所だけが魔物の襲撃があったことを示している。
(久しぶり、だったな……)
魔法の選択ミス。
師匠の下にいた頃は覚えていないほどにやらかして怪我を負ったし、命のやり取りを行う緊迫した中で、最善を選び続けることは出来ないだろう。
使い慣れた魔術ならまだしも、魔法はその存在を知って数週間だ。
魔術を使っている経験があり、その知識もある程度は得たものの意識的に魔法を使っている時点で未熟だとは思っていたが――
「――くくっ」
クキは口元に笑みを零し、喉の奥で笑った。
悔しく思うよりも、嬉しさが勝っていた。
(……ホント、第八階位冒険者クラスだな)
いつもなら、やらかすことはなかっただろう。
襲撃を受けている村の広場に駆け込み、その場の雰囲気に触れた瞬間――意識が切り替わった。
あちらの世界でも、久しく触れていなかった〝空気〟だったからだ。
それに突き動かされてやらかしたのだ。未熟だとしか言えなかった。
そして、〝飛炎の虎〟と立てていた作戦も無視して討伐してしまった。連携などを今後の参考にしようと思っていたが――色々と問題が増えていく気がしてならない。
(……ま。これからの楽しみだな)
修業時代、「バカ弟子が」と言われ続けたことを思い出し――懐かしい感情が込み上げてきた。
〝あの日〟から、失っていた感情。
久しぶりに揺り起こされた感情に気分が高揚し、寝付けなかったので修業時代のように月が見たくなった。
けれど、その時に傍にいてくれた〝あの人〟はいない。
「………」
クキはエプアを飲んで、深く息を吐いた。
『ミジュクモノ?』
頭の中で響くウルの声に苦笑し、クキは目を細めて夜空に浮かぶ二つの月を見上げた。
***
翌日。
メヴィーユとセロン、ディビオの三人は、村長たちと一緒にトゥルハ商会の見送りに来ていた。村長が改めてトゥルハ商会に礼を言っている間、端にいる〝オリオウ〟の三人に声をかける。
「三人は『アダナク』を拠点としているの?」
「いえ、少ししたら別の国に行きます。〝ゲーム〟が始まるまでにさっとエカトールを旅する予定ですから」
「そう。また会った時にでも、一戦、お願いしたかったんだけど」
「はは……機会があれば」
メヴィーユの言葉にクキは苦笑した。セロンからの呆れた視線は無視する。
「僕らもフラフラとしているけど、時々は本店の方に戻っているから、トナッカ公国に来ることがあれば是非寄ってくれないか? その時、ゆっくりと魔動車を見てもらってもいいから」
「いいんですか?!」
おぉ、とクキは目を輝かせた。
「少し買い物をしてくれると、嬉しいけどね」
「魔法陣の研究をしていたので、変わった魔法具とかがあったら是非に」
「そうなのかい? なら、いくつかとっておくよ」
セロンが手を差し出すと、「よろしくお願いします」とクキはその手を握り返した。
トゥルハ商会の幌馬車が出発し、見送りに来ていた村人たちがまばらになった所で、メヴィーユたちは魔動車に向かった。
「全く。怒ってなかったからよかったものの、笑い出すなんて……」
はぁ、とため息をついて、セロンは言った。
「だって、まさか私の目が耄碌しているなんて思わなかったんだもの」
「……クキのことか?」
ディビオは眉を寄せた。
「そういえば、彼の魔法師の階位はいくつだったの? あの状況下で僕の結界の特性を見抜いていたけど」
「あの[黒盤]の使い方も、珍しかったな……」
クキが〝鵬我鳥〟との戦闘の時に見せた[黒盤]の使い方は、空中での足場だ。そこは一般的な方法と変わらないが、その移動速度が異常だった。
―――「[黒盤]は重力を操作する力ですから、その力の向きを〝くいっ〟と変えただけですよ」
[黒盤]が発する力の向きを変え、上空に身を飛ばして、それを[黒盤]で受け止めていたのだと彼は言っていた。ボールを板で打ち返し続けるように。
「力の向きを変える――簡単に言っていたが、そう易々とは出来ないぞ?」
二人から問いただすような視線を受けるが、
「秘密。あまり、言いふらしていいもんじゃないでしょ」
「………」
その返答に二人は顔を見合わせたものの、それ以上追求してくることはなかった。
(あーあ……久しぶりに面白そうな子だったのに……)
『アダナク』で会った時は、何も感じなかった。年齢に似合わず「強いかな?」と少し思っただけだった。
ディビオが手を出したと聞いた時は、さすがにやりすぎだろうと諌めたが――
―――「嫌な感じがした」
そう反論したディビオ。
一心不乱に魔動車を見ている彼に気づいた時、背中に悪寒が奔り、本能が激しく警告を発したために排除しようとした――と。
メヴィーユのクキの印象は、魔動車に興味津々ね、と呆れるものだったので、「何、言ってるの?」とディビオの言葉を一笑したが、あの動きを見てからはメヴィーユの方が間違っていたことに気づいた。
その身のこなしとがらりと変わった気配から、戦闘に慣れていることはすぐに察することが出来た。
それも対魔物に限らず、対人戦にも――意表をつくような魔法と「油断を誘いやすい」と言う理由で魔剣を使っていることから、対人戦の方が慣れているのではないだろうか。
あれほどの魔剣の使い手で第二階位魔法師なら、多少は噂になると思うが、全くと言っていいほどに名前を聞いたことが――〝オリオウ〟というチーム名でさえ――なかった。
(……まぁ、縁があったらまた会えるわね)
やっと、〝才能〟の説明が出来ました。
※ 補足:〝才能〟について(簡単にですが)
○〝強化〟
・能力者数:全体の半数
・主な出身地:シドル、オメテリア王国
・取り込んだ魔素で身体強化を行う。
※魔力や魔法による身体強化の数倍の効果があり、反動も少ない。
※能力が強いと、最上位魔法を平然と受け止められる
○〝装化〟
・能力者数:全体の約三割
・主な出身地:ナカシワト、トナッカ公国
・魔素を魔力と合わせて物質化させ、身に纏う。魔剣の鎧版(魔鎧)
※能力が高いと、いくつか効果があるモノを纏うことが出来る
○〝獣化〟
・能力者数:全体の約二割
・主な出身地:クリオガ
・〝強化〟と〝装化〟の二つの能力を合わせ持つ
※〝装化〟として魔素を纏うほど、獣の姿に近くなる。
また、その姿が持つ力も得ることが出来る。
※獣の姿には分類がいくつかある。
○〝異化〟
・能力者:全体の1割未満(少数か唯一無二の能力が多いため)
・主な出身地:なし
・他の三つのどの系統にも当てはまらないため、異質
※レナやクキの才能はココに当てはまります。




