第31話 〝オリオウ〟のリーダーの青年
※〝飛炎の虎〟マリアーヌ視点です
〝氷鋼の斧〟と別れ、〝飛炎の虎〟と〝オリオウ〟は次の村に向かった。
二台となった幌馬車のうち、マリアーヌは二台目に乗り込んでいた。メンバーは昨日とは一人だけ違い、オクバルの代わりにキルエラが座っている。二人が交代したのは、昨夜、ギルに指導を受けてからというものオクバルが質問攻めを行っていたため、サザミネが便宜を図ったのだ。同じく、見学したホルンもギルの剣士としての実力に魅せられたのか、興奮気味に話しかけていた。
(……よかった)
最初は〝オリオウ〟に対して緊張していたオクバルだったが、それが解れたことにマリアーヌはほっとしていた。
正直なところ、まだ若い〝オリオウ〟と仕事を一緒にすることは、少し不安だった。
彼らの実力ではなく、〝守の儀〟のことで――だ。
『クリオガ』の国民や長い間拠点としている冒険者たちは〝守の儀〟を理解しているので協力的だったが、国外から来た者たち全員がそうだとは限らなかった。
初めてクキに会った時は、ホルンのように〝ヤンチャ〟そうな印象を受けたので不安だったが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
(魔剣を出した時は、どうしようかと思ったけれど……)
突然、魔剣を作り出した時のことを思い出し、内心で苦笑する。
魔法特化だと彼は言うが、魔剣を作り出した速度を見ると、かなり使い慣れていることが分かる。
マリアーヌも魔剣を作り出せるが、彼のように瞬時に作り出すことは出来ない。それは、ほとんどの魔法師にいえることだ。
今回の〝ゲーム〟の勇者として選ばれた者の中には、魔剣の使い手として有名な人物もいるが、一般的に魔儀仗が主流となっている昨今では使い手は少なかった。
幾つかの原因があるが、最も大きなものとしては上位魔法クラスと位置づけられながらも魔剣を形成する瞬間の消費魔力量が最上位魔法にも匹敵し、維持するにも常に上位魔法を使用するに値する魔力が消費されるからだ。
いい経験になるだろ、と気軽に作るものではない。
(……変わった人)
クキは――信用を得るためだろうが――第二階位魔法師等、あっさりと手の内を話したり、魔法陣を研究しているのに魔儀仗ではなく魔剣を使っていたりとヤンチャそうな第一印象から一転、変わり者だという印象が強くなっていた。
(実力はあるのだと思うけど……)
第八階位冒険者だと聞いたが、隊列の相談をした時の口ぶりや普段の身のこなし、移動中だけでなく常に周囲に気を配っている姿を見ると、学導院で教授の助手をしていたのではなく、危険に身を置くことの多い冒険者――常に命を賭ける場所にいたかのように隙がなかった。
チームメンバー全員が第二階位魔法師だと聞いた時もそうだ。耳を疑ったものの、頭の片隅ではすんなりと納得している自分もいた。
それは三人と初めて会った時、今までに感じたことのないほどの高い魔力を――特にクキとギルからは底知れないモノを感じていたからだ。
彼らの魔力を探ろうとすると呑まれてしまいそうな――まるで、深淵を覗き込んでしまったかのような畏怖を抱きかけてしまうほどに。
「じゃあ、弟みたいなものなの?」
「ええ。少し手がかかりますが」
ローザにキルエラは苦笑しながら頷いた。
「………」
クキはキルエラを睨んだが、キルエラは気にすることなくローザとの会話に花を咲かせている。そのまま、外の風景に視線を戻すかと思えば、マリアーヌと目が合った。『何かしら?』と小首を傾げると、
「マリアーヌさんたちは、何回か訓練生を受け入れたことはあるんですか?」
ホルンが「敬語はいい」と言った後は砕けた口調で話し、その後も年の近いホルンやローザには変わらなかったが、少し年が離れているマリアーヌとサザミネに対しては律儀に敬語を使ってくる。
やっぱり第一印象とは違うわね、と少し失礼なことを思いながらマリアーヌは答えた。
「受け入れは、今回で四回目よ」
〝飛炎の虎〟を結成して十年ほど。数年前に中級者の中でも上位となるチームランク五になることが出来た。チームランクは冒険者の階位と同じで、一定のランクを超えると上がりにくくなる。
それが〝六〟から〝五〟であり、〝守の儀〟を引き受けられる一線だ。
〝飛炎の虎〟は平均年齢が二十代後半と若いながらもチームランクが五のため、冒険者の間ではそこそこ有名だった。
「引き受けたのは次世代の育成とか……引き抜きとかで?」
「私たちは育成の方かしら。サザミネ――リーダーが世話好きでもあって……それにメンバー全員が『クリオガ』生まれでビオプロム学導院出身でもあるから、少しでも手伝いが出来ればと思って依頼を受け始めたの」
「ビオプロム学導院の卒業生で、この国で活動する人は多いんですか?」
「……半々ぐらいね。野守の技術は応用がきくから引く手数多だから」
へぇー、と何度か頷くクキにマリアーヌは笑みを深くして、
「……ホルンから、昨夜のオクバルくんとの訓練のことを聞いたわ」
「はぁ……?」
「ゴウンドさんとミフィサルさんも観えたそうね」
「あー……はい。よろしく頼む、と言われました」
クキは苦笑した。
「ゴウンドさんたちもビオプロム学導院出身で?」
「ええ、四人の方が先輩よ。〝氷鋼の斧〟は〝守の儀〟を終えたばかりで――」
「え?」
ぎょっとした声にマリアーヌは「ふふっ」と笑った。
「見えないかしら?」
「えーと……まぁ、厳しそうなので」
「そうね。けれど、彼らに鍛えて欲しいという訓練生は多いのよ?」
「それは……教えるのが上手ってことですか?」
「ええ。それに十二人は主にしている〝技能〟も違うから、あらゆる状況下での経験を積むことが出来るのも人気の一つなのよ」
〝氷鋼の斧〟のメンバーの〝技能〟は高く、あらゆる状況下を計算して構成された上にバランスもいい。個々の〝技能〟や依頼達成率が高いことから、噂ではチームランク四か三はあると云われているほどだ。そんな彼らが未だランク五の理由は、チームランクを上げるよりも個々の〝技能〟を上げることを優先していた時期があったからだった。
「……それって」
感心半分呆れ半分のクキの顔に、マリアーヌは小さく頷いた。
***
出発して一時間半ほどが経った頃。何事もなく進んできた道程で、
「ん?」
不意にクキが声を上げ、幌馬車の外に顔を向けた。
初めてクキが何かに反応したので、マリアーヌたちに緊張が走った。
「何か見つけたの?」
「いや、接近する飛行型の魔物も獣もいないが……」
ローザが弓を手にして尋ねると、クキは片眉を上げた。
「進行方向の魔素が乱れているんだ」
「え?」
「クキさん。それは――」
「ちょっと待ってくれ。サザミネさんたちにも繋げるから」
キルエラにそう答え、クキが掲げた右手の手の平に緑色の魔法陣が浮かんだ。そこから、ぽぅっ、と緑色の球体――直径十シム(センチ)ほどの大きさのものが四つ、浮かび上がった。
下位風魔法[風信]
通信系風魔法で、四つの球体は共振し合い、一つの球体に向かって話しかけると他の三つから声が聞こえるというものだ。
ふよふよ、と三つの球体は前方に流れていき、一つは四人の間に留まった。
「クキです。前方に魔素の乱れがあります」
『サザミネだ。距離は?』
「そこそこ離れていますが……魔法によるものかと。ギル、おたくはどうだ?」
『周囲には気配はないが、確かに前方から乱れを感じるな……』
『マッカートだ。町の可能性は高いのか?』
「少し距離があるので、細かいことは近づかないと……」
マリアーヌはキルエラやローザに視線を向けるが、二人とも首を横に振った。
(私も乱れは感じないけど……)
マリアーヌは第四階位魔法師。〝飛炎の虎〟の中では頭ひとつ分ほど魔法師の階位が高く、魔力感知の範囲は広いが、第二階位魔法師で闇魔法を使って索敵を行っているクキとギルに比べると狭いのだろう。
ただ、嫌な予感はした。
魔力感知から来るものではなく、本能的な警告だ。
『嫌な感じはするが……マリアーヌはどうだ?』
「私の感知範囲には何も。……ただ、嫌な予感がします。調べますか?」
『いや。ギルくんかクキくんで、その辺りを調べに行ってもらえるか?』
「なら、俺が行きます」
『マッカートさん、ウィコンさん。すみませんが、幌馬車を停めて下さい。ギルくんは索敵、マリアーヌは念のために[結界]の準備を』
「分かりました」
しばらくして、幌馬車が停まった。
「それじゃ、行ってきます」
「お気をつけて」
幌馬車から飛び降りるクキの背中にキルエラが声をかけた。
クキは軽く手を振り、地面に沈むようにして姿を消した。
マリアーヌたちは幌馬車から降りてサザミネたちと合流し、戦闘準備を整えてクキの帰りを待っていた。
幌馬車の辺りから僅かな魔素の乱れを感じて幌馬車へ振り返れば、その下から這い出るようにクキが現れた。その表情は固く、眉は寄せられている。
「この先の村が〝鵬我鳥〟ニ羽に襲撃されていました!」
「なっ…!」
その言葉に全員が目を剥いた。
「状況はっ?!」
「火災の様子はありません。水属性の[結界]が張られていたので、それで抑えられているんだと思います。救援に向かいますか? 距離的には[影渡り]で行けますが」
「この近くに獣や他の〝鵬我鳥〟はいないな?」
問いにマリアーヌやクキ、ギルが頷くと、サザミネはマッカートに向き直った。
「マッカートさん。何人か救援に向かわせてもよろしいですか?」
「あ、ああっ。そうしてくれ!」
固い表情のまま、マッカートは頷いた。
「なら、こっちには俺が残る。マリアーヌとローザ、ホルンで救援に向かい、マリアーヌが指示を出せ。そっちはクキくんに行ってもらいたいが……」
「大丈夫です。ギル、馬車の周辺の索敵は頼む」
「ああ」
クキはさっとマリアーヌたちを見渡して、
「準備はいいですか?」
「ええ!」
「じゃあ、一気に村近くの森まで移動します」
幌馬車の影に立つと、ずぶり、と足が影に埋まった。
視界が暗転し、僅かな浮遊感が襲う。
ふと、気がつけば、マリアーヌたちは森の中に立っていた。
『ギャオォォォーッ!!!』
突然、鳥の鳴き声が辺りに響き渡った。
空を振り仰げば、村の中心部――その上空にニ羽の〝鵬我鳥〟の姿があった。
六等級魔物〝鵬我鳥〟。橙色の毛並みを持ち、頭は赤茶色で首周りだけが何かを巻いているように白かった。体長は二メル(メートル)近くあり、広げられた翼も加えると十数メルはある巨鳥だ。火魔法を扱い、その巨躯からは想像が出来ないほどの速度で空を舞う上に番で行動するために連携行動が多く、遠距離攻撃が当たりにくいので厄介な相手だ。
「行きましょう!」
マリアーヌは声を上げ、村の中へと向かう。その後を三人が追ってきた。
辺りを見渡し、人の気配がないことに気づく。すでに避難は終了しているのだろう。
村は鐘楼による[結界]が張られていたが、さらにその上に覆いかぶさるように水属性の結界が張られていた。
(これは……誰が?)
高位の水魔法――それも魔力量からして、十人近い水属性の魔法師によるものだ。村には何度か来たことはあるが、それほどの使い手はいなかったはず。
「来ます!」
クキの声に〝鵬我鳥〟に視線を向けると、二匹の嘴の先に火球が出現していた。燃え盛る炎は数秒で一メルほどの大きさに膨れ上がり、眼下――村へと放たれた。
二つの火球が螺旋を描きながら村に迫る。その火球の下へ、人影が躍り出た瞬間、
―――パンッ、
と。一つの火球が弾けて消えたが、もう一つの火球は消えずに村に迫った。
村から火球を打ち落とそうと矢や魔法が放たれるが、その全てを炎が呑み込んでしまい、効果はなかった。
「ローザ!」
「分かってる!」
背後から二本の矢が放たれた。
矢は水しぶきを撒きながら――水を纏って一直線に火球に向い、射抜く。
[結界]の数メルほど手前で、火球が爆散した。
「[黒盤]で移動させる。牽制を!」
「了解!」
ローザはクキに叫び返すと、次々と矢に水を纏わせて放ち、〝鵬我鳥〟の攻撃の手を止めた。
それに合わせて村から〝鵬我鳥〟へと雷撃や風の刃などの魔法攻撃が行われるが、空中を縦横無尽に飛び回る速さと連携には敵わず、一撃も浴びせることが出来ない。
「大丈夫ですか?!」
村の中心に着いた所で、マリアーヌは声を張り上げた。
何かが燃えたような臭いが鼻をつき、辺りを見渡すと村の中心――広場になっている場所の一角の建物が半焼していた。地面にもいくつか焦げ痕が付いている。
だが、それよりも目に付くのは、水色に輝く巨大な魔法陣だ。
上位水魔法[深淵ノ水底]
結界系水魔法で[結界]の内部を浄化し、体力回復の向上と共に水魔法の効果を上げるものだ。
その魔法陣が五つ連なり、十人ほどの水属性の魔法師が魔力を注いで[結界]を維持していた。
魔法陣の中や周りの建物には、武器を手にした数十人の男女が油断なく上空を睨んでいる。
マリアーヌは[結界]の要となっている魔法師――同い年ぐらいの水色の髪のメガネをかけた男性に駆け寄った。幾度か訪れたことのある小さい村の中、大規模な魔法を制御するほどの腕がある魔法師なら顔を知っているはずだが、男性は見たことはなかった。恐らく、村人ではないのだろう。
「君たちか!」
近くにいた壮年の男性――この村の警備隊の隊長が大きく目を見開いた。
周囲にいる他の村人たちも、マリアーヌたちを見ると固い表情を僅かに緩める。
「援護します! 状況は?」
「すまないね――あれ?」
[結界]を維持していた男性が顔だけを振り返り、こちらを見るとメガネの奥で目を丸くした。それに対してマリアーヌが問う間もなく、後ろでクキが驚いた声を上げた。
「あれっ? おたくは……」
「お知り合いですか?」
「そうなのか?」
マリアーヌはクキに、隊長は男性に尋ねた。
「え? いえ、知り合いというわけでは……」
「少し言葉を交わしただけですね」
二人からは苦笑が返ってきた。
「奇遇ですね、と話している暇はないですね」
クキは、ちらり、と上空に目を向けて、
「ニ羽だけですか?」
「ああ。少し前に現れて倉庫をやられた。鐘楼の[結界]が間に合わなくてな。今は彼が[結界]を張ってくれているから問題はないが……」
「手が出せないのですね」
マリアーヌに「そうだ」と苦い顔で隊長は頷いた。
「なら、彼が――」
「[結界]を強めろ! 来るぞ!」
怒声に顔を上げると、距離を取ったニ羽が身を重ねるようにして頭から落下。翼をたたみ、かぱり、と開いた嘴から吹き上がった炎が全身を覆い、炎を振りまきながら突撃してきた。
「水が使えるなら、陣を踏んでくれ!」
[結界]を張っている男性の声で我に返り、マリアーヌは魔法陣を踏んだ。その隣にローザとクキも立つ。足の裏が地面に吸い付かれるような感覚があり、魔力が魔法陣に注ぎ込まれていく。
[結界]が輝きを増した次の瞬間、[結界]に〝鵬我鳥〟が激突し、爆音が轟いた。
「っ!」
思わず身を縮め、マリアーヌは顔をしかめた。
上空を霧が覆い、ニ羽の姿を隠す。
広場の中心に黒い魔法陣が浮かび上がったが「ちっ!」とクキが舌打ちをすると、魔法陣は掻き消えた。
「クキく――えっ?!」
広場にいた金髪の女性が、一足飛びに霧に迫った。
十メル近い跳躍にマリアーヌは目を見開いたが、その四肢を覆う黄色い毛並みに気づき、〝才能〟の一つ――〝獣化〟だと悟る。
腰の剣を抜きざまに一閃。
だが、一瞬早く霧の中から飛び出した〝鵬我鳥〟に当たることはなく、霧を払うだけに終わった。
「くっ!」
金髪の女性から悔しげな声が上がる。
飛び上がった〝鵬我鳥〟を待ち受けていたかのように、その背後に黒い魔法陣が生まれ、[黒い球体]が出現した。〝鵬我鳥〟を呑み込むように広がり――
『ギ――ァッ!』
〝鵬我鳥〟から炎の息吹が放たれ、[黒い球体]と激突した。炎の息吹が[黒い球体]を押し留めて発動までの僅かな時間を稼ぎ、さらに放射した反動を使って距離を取ると、身を翻して上空に逃れた。
数秒ほど遅れて[黒い球体]が周囲の空気を巻き込むようにして消失する。
「ダメかっ!」
すぐ近くで苦い声が上がった。
再び上空に逃れた二羽は、ぐるぐる、とタイミングを測るように旋回している。
「負傷は……していないようだな」
「もう一度、来るようですね。君、激突する瞬間に捕まえられるかい?」
隊長の言葉に男性が頷き、クキに尋ねた。
クキは上空を睨んでいたが、声をかけられると男性に視線を向けた。
「出来ると思いますが――それよりも一つ、いい手があります」
一瞬、その瞳に怪しい輝きが灯った気がした。
「いい手?」
「[結界]の維持で消耗しすぎですよ。それと鐘楼の[結界]、広範囲では調子が悪いんですか?」
「!」
クキの指摘に目を見開く男性や隊長たち。
その様子に「え?」とマリアーヌやローザ、ホルンも驚いて隊長を見た。
「そうなのですか?」
「あ、ああ。中心部は問題ないが……何故、気づいた?」
クキは口の端を上げて笑い、上空に視線を戻した。
「周りに被害が出ても大変ですから……ちょっと叩き落してきますので、中心部だけに穴を開けてください」
「は?」
「出来ますよね?」
「出来なくはないけど……」
ぎこちなく頷いた男性に「じゃ、お願いします」と言って、クキは広場の中心に向かった。
「ク、クキくん?!」
マリアーヌは止めようと手を伸ばすが、魔法陣に魔力を注いでいるので動けない。
「ホルン、止めて!」
「あ?――あ、あぁっ!!」
少し遅れてホルンも後を追うが、その背に追いつくまでにクキが叫んだ。
「今から鳥を叩き落すっ、止めを刺してくれ! あと、ニ羽が離れるように援護も!」
その声に全員の視線がクキに集まった。
すると、先ほど飛び上がった金髪の女性から声が上がる。
「えっ? あんたは――」
問い詰めるような声は、唐突に途切れた。
クキを囲むように黒い円盤が四つ――[黒盤]が出現したからだ。
「っふ!」
クキは〝鵬我鳥〟に向かって[黒盤]を二つ、投げつけた。
〝鵬我鳥〟は旋回を止め、ぱっと左右に分かれる。
「左から落とす!」
「っ――援護しろ! 右の奴を離せ!」
クキと隊長の声に我に返った村人たちが右側の〝鵬我鳥〟めがけて、魔法や矢を放つ。〝鵬我鳥〟は翼を動かし、さらに上空へと逃げるがもう一羽との距離が開いていく。
「ローザ!」
呆気にとられていたローザはマリアーヌの声で我に返ると、水を纏わせた矢を放った。さらにニ羽の距離が開いた。
クキはそれを見届けてから、とんっ、と[黒盤]に飛び乗り、
―――ふっ、
と。その姿が掻き消えた。
クキを追っていたホルンが「なっ」と驚いた声を上げる。
『ギャォオッッ!!!』
その姿を探す間もなく、突然、苦悶の声が辺りに響いた。
マリアーヌが頭上を振り仰げば、左側の〝鵬我鳥〟の片翼が切り捨てられ、空中を舞っていた。
その背中には、虹色の剣を手にしたクキの姿がある。
(い、いつの間にっ?!)
クキは〝鵬我鳥〟の背を蹴りつけ、くるり、と身体を回して最初に投げつけていた[黒盤]の上に飛び乗った。
蹴りつけられた〝鵬我鳥〟は片翼を失っているために飛ぶことが出来ず落下――広場へと落ちてきた。
「くっ!」
男性が片手を〝鵬我鳥〟へ――落下地点に向ければ[結界]の頂点が下がり始めた。地面に接すると左右に広がって〝穴〟が生まれた。
『ギョガッ!』
〝鵬我鳥〟が地面に叩きつけられた衝撃で地面が揺れた。
数十メルから落下しても即死はしなかったようで、痙攣する〝鵬我鳥〟に数人が向かって止めを刺す。
「何、アレ……」
呆れたローザの声。
マリアーヌは上空に視線を戻し、目を見開いた。
目に付いたのは三枚の[黒盤]に囲われた〝鵬我鳥〟だ。
ただ、[黒盤]は〝鵬我鳥〟の周りを縦横無尽に動くものの、一定の距離を保ったままだった。
そして、マリアーヌは三枚の[黒盤]を行き交う黒い線に気づいた。
クキだ。
クキは三枚の[黒盤]の間を飛び交いながら、〝鵬我鳥〟が放つ三十シムほどの大きさの火球を手に持つ魔剣と一枚の[黒盤]によって防いでいた。
「………」
誰もが援護を忘れて、それを見つめていた。
〝鵬我鳥〟は仲間を落としたのがクキと分かっているのか次々と火球を放つが、クキに一撃も当たることはなく、徐々に苦しげな声に変わっていく。
三点を繋ぐ線は、次第に幅を狭めていき――
『ギィィィ!』
〝鵬我鳥〟が高く鳴いたかと思うと炎を纏い、クキに突撃した。
「クキくん!」
マリアーヌは届かぬ声を上げた。
迫り来る炎の塊に、クキは右手を掲げてそこに緑色の魔法陣を作り出した。
―――ボシュッ、
と。〝鵬我鳥〟が纏う炎が掻き消える。
僅かに勢いが衰えた攻撃をクキは、さらり、とかわした。
不発と悟ったのか〝鵬我鳥〟はすぐに翼を広げて滞空するが、
『ギョエッ……!』
ビクンッ、と身体を震わせて、その動きが止まった。
胸の中心――そこから、虹色の魔剣が生えていた。クキが投げつけたものだ。
ぐらり、と〝鵬我鳥〟は身体を傾けた。クキはその頭上に躍り出ると、容赦なく踵落としを放った。
広場へと墜落した二匹目にも止めを刺したところで、男性が[結界]を解いた。
ニ羽の脅威は去ったが、誰も声を上げることはなくゆっくりと[黒盤]に乗って降りてくるクキを見つめていた。
「何とか、終わりましたね」
「………」
地面に降り立ち、軽く告げたクキをマリアーヌたちは唖然と見つめていた。




