第29話 飛炎の虎
改めてソラナムから行商のルートなどを聞き、ゴウンドたちと別れるまでの配置や緊急時の対応を決めてから、サザミネとホルンに連れられて倉庫に向かった。
体育館が一つ半ほどの大きさはある倉庫。その出入り口の近くには木箱の山が出来上がっていて、その傍に二人の男と一人の少年が立っていた。
「おう。来たか」
五十代半ばほどの薄茶色の髪の男が声をかけてきた。薄汚れた作業着を着ていて、手にはバインダーを持っている。
「お前さんたちが、ソラナムが連れてきた追加の冒険者か?」
「〝オリオウ〟のクキといいます」
クキに続いて、ギルとキルエラも名乗った。
「マッカートだ。お前さんたちが付く行商のリーダーも兼ねている。で、こっちは副リーダーのウィコンだ」
マッカートに紹介され、同じく作業着を着た金髪の男が「よろしくな」と手を挙げた。
クキは会釈を返して、深緑色の髪の少年に目を向ける。
「〝飛炎の虎〟でお世話になっているオクバルです」
少し緊張が窺える瞳を真っ直ぐに向けてきた少年は、頭を下げた。年は十代半ばほどで、こちらはツナギ姿だ。
(この少年が訓練生か……)
サザミネたちに目を向けると、小さく頷かれた。
「あと二人いるが――」
「二人には持ち出す品物の書類整理を頼んだよ」
周囲を見渡したサザミネにウィコンが告げる。
「もう少し人手も欲しいし……キルエラさんだったかな? 君もそっちを手伝ってもらえるかい?」
「わかりました。どちらに伺えばよろしいでしょうか?」
「案内するよ。それじゃ、マッカートさん、後は頼みます」
「ああ。坊主たちもさっそく仕事を頼む」
「はい」
倉庫は天井に届きそうなほどに高い巨大な棚が出入り口から奥まで続き、左右の壁際と中央の二列に鎮座していた。四段あり、その一段一段に品物の入った大小さまざまな木箱が収まっている。品物は大きく棚ごとで分類されていて、木箱の側面に品名と品数が書かれていた。
台車を押したり、カート――魔法で浮いている――に乗っていたりする他の従業員や冒険者たちとすれ違いながら、マッカートは一つの棚の前で止まった。
「この辺りから、一覧にある木箱を見つけて出入り口まで運んでくれ。今日中……昼までには頼む」
「分かりました」
クリップボードを渡すと、スタスタとマッカートは去っていく。
クキは二十種類の木箱の通し番号と必要数が書かれた紙を見て、
「とりあえず、半分ぐらい出してから運ぶか?」
「そうだな」
「通し番号と個数を言ってくれ」
ギルにクリップボードを渡して、クキは[黒盤]を三つ、出現させた。
「まずは二三四を二つ」
「二三四、二三四……と。コレか」
[黒盤]を従えながら木箱に向かい、一つずつ確認をしていると、下の方に置かれた二三四を見つけた。その上には三つほど木箱が乗っている。
「よいしょっと」
邪魔な三つの木箱の一番下に[黒盤]を差し込み、一気に引き上げてから二枚目の[黒盤]で木箱を取り出した。
木箱を乗せた[黒盤]が通路に木箱を下ろしている間に、残り一つを見つけて、余っている[黒盤]を駆使して三つ目を確保。
「よし。次ー……」
「二三七を三つ」
「………あいよー」
「二三八を一つ」
「あーと………あったあった」
[黒盤]を使って次々と木箱を運びだし、ものの十分ほどで半分を終えた。通路に積まれた木箱が邪魔になったので、
「そろそろ持っていくか」
「じゃ、残りは任せろ」
「おう」
その後、クキが出入り口付近に運んでいる間に交代したギルが全てを出し終え、三十分も掛からない間にノルマを達成した。
昼休憩となり、食事をどうするか話していると、サザミネたちの残り二人のチームメンバーとキルエラが近くでサンドイッチを買ってきた。
食事場所は商会の事務所の一室が提供されていて、室内には食事を取る従業員や他にも雇われている冒険者たちの姿があった。
ゴウンドたちに会釈をして、端のテーブルに陣取る。
サザミネたちの仲間は、三十代ほどの金髪の女性と二十代半ばほどの茶髪の女性が二人。金髪の女性は、にこにこと笑みを浮かべた落ち着いた雰囲気の女性で、魔法特化で〝風〟と〝雷〟の使い手だ。茶髪の女性は弓術士で、ホルンと同じく好奇心が窺える目がクキとギルの間を行き来していた。
金髪の女性はマリアーヌ、茶髪の女性はローザと名乗った。
クキとギルも自己紹介をして、クキが〝無〟、ギルが〝闇〟の使い手で、クキが「闇魔法も最高位魔法まで使える」と話すと、二人は目を丸くしていた。
「いやー……二人のおかげで、だいぶはかどったな」
楽々だったぜ、とホルンが満面の笑みで言った。
ノルマを達成した後、出入り口に戻ると、予想以上の早さに驚いたマッカートが作業効率を上げるためにクキとサザミネの二人、ギルとホルン、オクバルの三人と、二手に分けた。それぞれ、クキとギルが[黒盤]で木箱を取り出し、サザミネたちが運ぶという流れで作業を進めた結果、今日の分の仕事はほとんど終ってしまった。
「そうですか? それは、」
「ああ、いいよいいよ。堅苦しい敬語は」
ヒラヒラと手を振り、ホルンは言う。
「俺、敬語は苦手だし、リーダーたちもそんなに気にしないっすよね?」
「ああ。別に構わない」
サザミネが了承すると、女性二人も頷いた。
「はぁ……なら、遠慮なく」
クキは頷きを返しつつ、サンドイッチに視線を落とした。
薄茶色のパンに挟まれているのは、瑞々しい葉野菜とスパイスの香りが漂う衣をまとった唐揚げ。かけられたソースはクリーム色で、刻んだ野菜が混ざっている。
かぶりつくと、唐揚げは鶏肉に近い食感だった。ソースは少し酸味が強いかったが、タルタルソースだ。
クキは手の平ほどの大きさはあるサンドイッチを数口で食べ終え、二つ目に手を伸ばした。
「……コレ、何の肉なんだ?」
「〝鵬我鳥〟です」
キルエラの返答に「やっぱり、鶏肉か」と思い、
「ん?」
その名前は最近聞いたものだと気づき、片眉を上げた。
「件の魔物だな」
「……美味いなら、いいけどさ」
くくっ、と笑うギルとは反対に、何とも言い難いモノがこみ上げてきたが、サンドイッチにかぶりつくことで押し込める。
そのやり取りにクスクスと笑っていたマリアーヌは、
「一つ、聞いてもいいかしら?」
「……はい?」
「クキくんが闇魔法を得意なのは、ギルくんが教えたからなの?」
「いや、全然」
「全く関係ないな」
クキとギルが揃って首を横に振るうと、マリアーヌは小首を傾げた。
「俺は学導院で魔法陣関連の研究をしていたから詳しいだけだよ」
「卒業後は教授の助手を?」
「まぁ……成り行きで」
卒業はしていないが、成り行きなのは違いない。
ホルンはギルとキルエラに視線を向けて、
「二人も教授の助手なのか?」
「いや、俺は別口だ」
「私もそうですね」
二人は簡潔に答えた。
ホルンは片眉を上げるが、「へぇー」と呟くだけで深く聞くつもりはないようだ。
「……その少年が訓練生ですよね?」
クキが視線を向けると、ぴくり、とオクバルは肩を震わせた。その様子にサザミネは苦笑して、オクバルの肩を軽く叩く。
「ああ、そうだ。ただ、オクバルともう一人――」
そこでサザミネは小さく笑い、
「君と同じく、〝無〟の使い手を預かっているんだ」
「!」
「俺たちは六人チームだが、残り二人ともう一人の訓練生は〝森〟に行って別行動中なんだ。さすがに二人とも護衛依頼に連れて行くわけにも行かないからな」
「無属性の訓練生、ですか……」
ぽつり、と呟いたクキにローザは笑った。
「珍しいでしょ?」
「まぁな……」
学生の身で、テスカトリ教導院以外にいる者は珍しかった。
姫巫女の候補生に選ばれた者、選ばれなかった者に関係なく、全ての〝無〟か〝時〟の使い手たちは、一度、テスカトリ教導院に集められる。
その理由は力が強力なために制御が不安定になりやすく、暴走する可能性が高いからだ。
その制御を覚え、〝使い魔〟を授かって――〝洗礼〟を受けて無事に力の制御が出来るようになれば、そのままテスカトリ教導院に残るか、帰郷するかを選択することが出来た。
テスカトリ教導院の学導院の教育レベルはエカトール内でもトップクラスのため、ほとんどの学生は残るのだが、サザミネが預かっている訓練生は帰郷することを選んだのだろう。
「よかったら、この依頼が終わった後に会ってやってくれないか?」
サザミネの提案に「へ?」と素が出た。
「どうやら、魔法のことで少し悩んでいるようなんだが……」
そこで、サザミネは苦笑した。
「無属性同士なら、俺たちにも分からないことも助言できるかもしれない。どうかな?」
「研究バカですよ? それに助言とかは……」
「いや。君みたいに他属性の上位魔法と最上位魔法を使うことが出来る無属性の魔法師に会うのは初めてだろう。会ってもらうだけでも勉強になる」
クキは少し眉をひそめ、口を閉ざした。
「他はどの属性が使えるの?」
そこにローザが口を挟んでくる。
「一応、全属性の魔法陣は使える」
「へぇー……えっ?!」
さらり、と答えるとローザは一瞬流しかけたが、大きく目を見開いた。その隣でマリアーヌとオクバルも同じ顔をしている。
(他の無属性の魔法師か……そういえば会ってないな――ん?)
引きこもっていたからなぁ、と他人事のように内心で呟いたところで、ふと、他の無属性の魔法師はどんな〝使い魔〟を連れているのか気になった。
「………分かりました。自分でお役に立てるのでしたら、是非に」
「すまない。少しだけ時間をもらうよ」
「はい。この依頼が終わってから、すぐにでも」
「えっ――ちょっ、全部って、どういう事よ?!」
ローザは叫びながら立ち上がった。
クキはローザを見上げ、
「そのままの意味だよ。ランク七の依頼に〝闇魔法が使えるから〟ってだけで、第八階位が護衛依頼を受けられるわけないだろ?」
「!」
絶句するローザに、にやにやとホルンは笑い、
「何もコイツは最上位闇魔法だけが使えるとは言っていないぜ?」
「………」
ぽかん、と口を開けたローザの姿を見て、ケラケラとホルンは笑い出した。
マリアーヌは戸惑ったように視線を泳がせてから、サザミネに目を向けた。サザミネが肯定するように頷いたので、大きく目を見開いてクキを見つめる。
(あー……ギルが言いたかったのはコレか)
ちらり、とギルを見ると『こうなるんだよ』と肩をすくめられた。
木箱を運んでいる時、護衛をスムーズに進めるためには、サザミネたちの他のチームメンバーにも話しておくべきかと、ギルに相談したのだが――
―――「リーダーの奴らに闇魔法が使えることと、第二階位魔法師だと話したのなら、それで十分だと思うぞ?」
―――「そうか? どうせ耳に入るのなら本人から聞いた方がいいだろ?」
―――「それはそうだが……」
―――「それにチラチラ見られたらつい手を出しそうになるからさ。事前に対策でも立てておこうかと思ってな」
―――「……手は出すなよ?」
―――「善処する」
―――「……リーダーには話したからいいと思うが――」
―――「何だよ?」
―――「……まぁ、試しに言ってみろ」
―――「ああ……?」
何も全ての手の内を話すわけではないので問題ないだろう、と軽い気持ちだったが、予想とは違ったローザたちの反応にクキは内心でため息をついた。
(……そんなに無属性の魔法師が使える他属性の魔法は少ないのか?)
そのメリットは一つ、全ての魔素を操る――魔法陣に組み込めることだ。
攻撃系や防御系など――どの系統の魔法も他属性の魔法と比べられないほどの高威力となり、補助系魔法の魔法も多く、他属性の魔法さえも扱うことが出来る。
(カルチャーショックというか、何というか……)
どうやら、旅立つ時に院長たちが「大人しくしていろ」と言っていたのは、目立って各国に知られることを防ぐ意味と、〝無属性の魔法師が扱える他属性魔法が少ないから〟と言う意味もあったようだ。
(帰ったら、適当に〝無〟か〝時〟の使い手に面会出来るように頼むか……)
クキは唖然としたままの三人から視線を外し、
「ゴウンドさんたちとは緊急時の対応を決めましたけど、その時のこちらの隊列はどうしますか?」
「そうだな、今の内に決めておこう。時間もないし、簡単なものでいいだろう」
その後、緊急時の隊列を決めて、昼食は終わった。
~同行する冒険者チーム~
○〝氷鋼の斧〟
構成 12名
ランク 五
リーダー ゴウンド
副リーダー ミフィサル
○〝飛炎の虎〟
構成 6名
ランク 五
リーダー サザミネ
メンバー マリアーヌ
ローザ
ホルン
客員メンバー オクバル
※本来のメンバー2名は、客員メンバーと別行動中
***クリスマス おまけ***
『クリスマスはアルマゲドン』
ク キ「こちらの世界には〝クリスマス〟ってあるのか?」
ギル・キルエラ「くりすます?」
ク キ「―――って言うのがクリスマスなんだよ」
ギ ル「へぇ……魔界にはないな」
キルエラ「すごい方ですね。お年をめしているのに……」
ク キ「いや、そうだけど(……何か違う)」
ギ ル「夜に忍び込んでくるのなら、闇魔法か?」
キルエラ「かなりの手練れですね」
ク キ「いやいやいや」
ギ ル「しかも子どもを狙うか…」
ク キ「プレゼントを渡すのが目的だからな?!」
キルエラ「空を翔るトナカイは、飛行型魔物でしょうか?」
ク キ「ちげーよ! あっちの世界に魔物はいねぇし!」
キルエラ「あ。……そうでしたね」
ク キ「……おたくら、子どもの夢を壊すな。夢を」
ギ ル「子どもの夢……なら、お前もその存在を信じていたのか?」
ク キ「そんなもん、完全武装で迎え撃つに決まっているだろ!」
ギ ル「……ん?」
キルエラ「子どもたちにプレゼントを運ぶのでは…?」
ク キ「年に一度の生き残りを賭けた決戦だよっ!!」
ギル・キルエラ「……」
ク キ「毎年毎年、大規模魔法をぶちかまして無数の魔術を放ちやがって!
防ぐ身にもなれよな!! 仕舞いには、二日かけて仕掛けた防御魔術
やトラップを転移魔術を使って、全部スルーしやがってっ!
あのバカ師匠がぁぁっ!!」
ギ ル「……なかなかの人物だな。サンタクロースは」
キルエラ「そのようですね……」
……偶にはクキがツッコミ、ギル&キルエラがボケでもいいかなと。




