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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
第3章 旅は計画的に
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第28話 突然の依頼


「あ! 皆さん、ちょうど良いところに!」


 ギルドに入ったところで、カウンターから声が上がった。


「?」


 掲示板に向けていた足を止め、クキたちはカウンターに振り返った。

 いつも座っている窓口ではなく、カウンターの端で手を振るう受付嬢(ミッチェル)と、彼女とカウンターを挟んで向き合う男が目に入った。

 四十代半ばほどの男で、短く整えられた茶色の髪に細渕のメガネをかけ、どこか値踏みするような目を向けてくる。


「何か?」


 キルエラが三人の内心を代弁した。


「依頼のことでお話があります。お時間、よろしいでしょうか?」


 ミッチェルは男に視線を向けながら尋ねてきた。

 

「………」


 クキたちは顔を見合わせ、頷いた。

 ミッチェルに案内されたのは、支部長(アルゼ)と面会した部屋とは別の応接室だった。

 ミッチェルと向かい合うようにソファに腰掛けると、彼女の隣に男が座った。


「皆さん。こちらはトゥルハ商会のソラナムさんです。ソラナムさん、こちらの三人がチーム〝オリオウ〟です」

「急に申し訳ない」


 ミッチェルの紹介の後、男――ソラナムは小さく頭を下げる。


「いえ。〝オリオウ〟のリーダー、クキです。そして、メンバーのギルとキルエラです」


 リーダーを押し付けられたので、仕方なくクキは口を開いた。


「それで、依頼というのは……?」

「私から経緯をご説明させていただきます」


 ミッチェルが口を開いた。


「今回の依頼は、〝オリオウ〟の皆様に対しての指名依頼となります」

「指名依頼、ですか?」


 特定のチームや個人を指名して出されるその依頼は、通常よりも特殊なケースが多いために高位の冒険者に対して行われる。第八階位が受けられるものではないだろう。

 チームメンバー全員が第二階位魔法師であることは大きなアドバンテージだが、トゥルハ商会とは初対面だ。〝森〟の依頼しかこなしていない〝オリオウ〟を知るはずがない。


「まだ登録して日は浅いですよ? 功績も全くと言っていいほどありませんが……」


 素材の売買は行ったが、正式に受けた依頼はランク八だけだ。


「それは承知しております。本来ならランク七の依頼となりますが、トゥルハ商会から事情をお聞きして皆様が一番適していると判断し、紹介しましたところ、承諾を得ることが出来ましたので指名依頼とさせていただきました」

「条件……依頼内容は?」

「倉庫からの荷出しも含めた在庫整理と行商の護衛です」

「!」

「トゥルハ商会は近隣の町村に定期的に行商を出しているのですが、〝森〟から飛行型魔物の目撃情報があるため護衛を追加することになり、そこに階位を問わない条件として、〝闇〟の使い手であることを付け加えられました」


 闇魔法は拘束系のものが多い。飛行型魔物には〝影〟を媒体とする闇魔法の効果は落ちるが、僅かな行動の制限()でもあるのとないのとでは大きく違う。


「現在、『アダナク』にいる〝闇〟の使い手はギルさんだけですし――」


 ミッチェルはキルエラにも目を向け、


「そして、クキさんもキルエラさんも実力は問題ない、と判断させていただいたということになります」


(別格の第一階位を脇に置くと、第二階位は最高クラス……功績の少なさは目をつぶってところか…)


 クキの〝技能〟は魔法師だけだが、あとの二人はそれぞれが、ほぼ最高クラスの〝技能〟持ちだ。

 ミッチェルは〝オリオウ〟が第八階位で(多少の情報操作が)初心者の(行われた)訳ありと知っており、先日の素材の一件も踏まえれば依頼をこなすことも可能だと判断したのだろう。


「そちらは、問題は……?」

「簡単な経歴は聞いている。護衛と言っても〝障壁〟に近いから獣の出没数も少なく、商人たちも腕利きの者ばかりだ。あくまでも飛行型魔物が出現した場合の予備戦力――支援員として雇いたい」


 ソラナムの返答にミッチェルはある事を付け加える。


「そして、これは〝守の儀(エグザマ)〟関連の依頼となります」

「〝守の儀(エグザマ)〟の?」


 クキは僅かに目を見開いた。


(〝守の儀(エグザマ)〟って、確か学導院の……)


 〝守の儀(エグザマ)〟は『クリオガ』のある学導院特有のもので、いわゆる職場体験(インターシップ)のことだ。

 学導院の教育方法はどの国もほとんど同じだが、多少は各国で特色があり、『クリオガ』では一般的な教育とは別に〝森〟の専門家(エキスパート)を育成するためだけの学導院が存在した。


 それが、ビオプロム学導院。

 〝第四の森(ビオプロム)〟を丸ごと(・・・)敷地としている学導院だ。


 〝森〟の専門家(エキスパート)――野守(のもり)は、〝森〟に棲む全ての魔物の生態や能力だけでなく、薬草の効能やその群生地などに精通し、〝森〟を歩くための知識も豊富――と〝森〟と生きるこの国では必要不可欠な存在だった。

 他国と同じ一般教育は国内に点在する学導院が行い、十三歳になるとビオプロム学導院への編入試験を受ける資格が得られる。

 そして、無事に合格した生徒は、ビオプロム学導院で〝森〟での実地訓練や魔物の生態調査、絶滅危惧種の保護、薬草の栽培や調合、〝森〟を歩くための様々な知識を得るのだ。卒業生たちは高位の野守としてだけでなく、魔物狩りや薬剤師など広い分野で活躍していた。


(子守……保険として紹介したってことか)


 つと目を細めると、何故かミッチェルは笑みを強張らせた。

 

「……では、訓練生を預かっているチームとの合同ですか?」


 〝守の儀(エグザマ)〟を行う学生――訓練生たちは、ビオプロム学導院からギルドを通じて指名依頼が出され、それを受けた冒険者チームに指導を受けることになる。

 そのチームは『クリオガ』で活動しているチームランク――チームの実績により決定する――がランク五以上で、内々の審査から選ばれる。


「いや、そうとは限らない」


 クキの疑問にソラナムが口を開いた。


「行商は二つ出発してそれぞれに一チームが護衛につくが、途中で別れる予定だ。闇魔法が使えるのが二人ということなら一人ずつ入るか、チームごと入るかは、あと二つのチームと協議して決めてもらうことになるだろう」


 クキはギルとキルエラに視線を向けた。

 すると、ギルは『好きにしろ』と言いたげに片眉を上げ、キルエラは頷きを返してきた。


「護衛の方のチームランクを伺ってもよろしいですか?」

「二つともチームランク五になる」

「〝守の儀(エグザマ)〟は二チームとも?」

「いや、一つのチームだけで、訓練生も一人だけだ」

「……どのような日程ですか?」

「今日と明日で荷造りを終わらせて、明後日に北東へ出発する。その日は町を二つ巡って、二つ目の町で泊まることになっている。そこからは二手に別れ、三つの町村を巡った後は別れた町で再び合流し、『アダナク』に戻ってくる予定だ。荷出しも含めると、六日ほどの依頼になる」


 クキはチームが分かれる可能性が引っかかったものの、


「……分かりました。その依頼、引き受けさせていただきます」


『アダナク』以外の町村の興味が勝ち、話を進めた。











         ***











 トゥルハ商会は『アダナク』の商会の中でも中堅クラスで、周辺の町村に行商を出すことを主にしているため、中心街の北西の位置に巨大な倉庫を持っていた。

 倉庫の入り口では何人もの従業員や冒険者らしき姿が見え、敷地の端に馬車が収められた馬車小屋とその奥から馬の嘶きが聞こえてきた。

 ソラナムに先導されて、倉庫から突き出た形である細長い建物――事務所に向かう。

 応接室に通されると、ほどなくして四人の男が現れた。同じように依頼を受けた冒険者だろう。二十代後半から四十代半ばほどの男たちは、それぞれに好奇や訝しげな視線を向けてきた。

 クキたちは立ち上がり、小さく頭を下げた。


「紹介しよう。彼らは君たちと同じく、依頼を受けてくれている冒険者たちだ」


 ソラナムが視線を送ると、四人の中でも一番年長らしき禿頭の男が口を開く。


「〝氷鋼の斧〟のリーダー、ゴウンドだ」


 四十代半ばほどの男で、右耳の上の辺りに拳大の火傷の痕があり、右目だけが少し引きつっているように見えるので、睨まれている気がしてならない。


(……いや、アレは睨まれてるか)


 あまり好意的ではない視線に加え、少し声が固い。


「メンバーのミフィサルさ。よろしく」


 ゴウンドに呆れたような視線を向けて名乗るのは、薄い緑色の髪の男だ。

 その動作には隙がなく、キルエラに近いモノを感じた。

 

「俺は〝飛炎の虎〟のリーダー、サザミネだ。よろしく頼む」


 続いて、三十代ほどの赤い髪の男は、ちらり、とゴウンドの方を見てから口を開いた。日に焼けた肌に細身ながらもしっかりとした体格の男で、身のこなしは軽い。


「メンバーのホルンだ。よろしくな!」


 そして、四人の中でも一番若い――ギル(の見た目)とそう変わらない明るい茶色の髪の男が名乗った。好奇心を隠しきれていない目を向けられ、クキは内心で苦笑した。


「先日も話したが、今回の行商で飛行型魔物の危険性を考慮し、追加の護衛としてこの三人を雇うことになった。自己紹介をしてくれ」

「〝オリオウ〟のリーダー、クキです」


 一番初めに名乗ると、ぴくり、とゴウントは片眉を動かした。


「メンバーのギルだ」

「同じくメンバーのキルエラと申します」


 自己紹介が終わったところで、ゴウンドとサザミネが席につき、ミフィサルとホルンはその後ろに控えた。


「〝闇〟の使い手はギルくんになる。あと、クキくんも闇魔法が使えるということだ」


 ソラナムの説明に四人の視線がクキに集まった。


「使えるということは……君は無属性なのか?」

「はい。ですが、闇魔法を使うことに問題はありません」


 サザミネに頷きを返し、視線を目の前のテーブルに向ける。それにつられて、全員の視線も集まった。



 上位闇魔法[黒盤(ヌワール・ノート)



 テーブルの下に現れた黒い魔法陣は、一瞬で圧縮されて漆黒で光のない[円盤]になった。くいっ、と右の人さし指を曲げれば、それの上にテーブルが乗ったまま、ふわり、と浮かび上がる。

 一見、紙のように薄い漆黒の[黒盤]は、その周囲に特殊な力場を発生させ、術者が操る通りに重力を無視して――その上に乗った物の重量さえ関係なく――浮かぶことが出来る。


「!」

「[魔封ノ手]や[影渡り]も使えますので、支援のお役には立てるかと思います」


 あっさりと上位闇魔法を操ったことに驚いたサザミネたちに説明し、テーブルを下ろす。


「……そのようだな」


 納得したようにサザミネは頷き、ゴウンドたちも異論はないことを確認してからソラナムが話を進めた。


「護衛のチーム分けだが、闇魔法が使える魔法師が二人いるとなると、一人ずつ入ってもらうか〝森〟に近い町を回る方へ入れるか――その判断は二人に任せよう」


 ソラナムの言葉に二つのチームリーダーは視線を交わし、


「すまないが、魔法師の階位を聞いてもいいかな?」


サザミネが口を開いた。


「全員、第二階位です」

「――は?」


 ぽかん、とホルンが口を開け、あとの三人は眉をひそめる。


「全員、第二階位魔法師です。実績がないので、冒険者としては第八階位となります」

「………」


 四人の視線がソラナムに集まった。


「登録内容を確認したが、間違いない。まだ第八階位だが、実力は確かなものだ。今回は支援員として依頼をしているから、指揮下に入ってもらうことは了承している」

「クキくんは、どれぐらいまで使える?」


 ゴウンドではなく、ミフィサルが尋ねてきた。


「上位魔法なら、大体は。最上位魔法もいくつかは大丈夫です」


 ミフィサルは「そうか……」と頷き、考え込むような仕草をして、


「――ゴウンド」


ゴウンドに声をかけた。ゴウンドは閉じていた目を開け、


「俺たちはいい、お前たちが入ってもらえ。いつもより、手札は限られているだろ?」

「!」

「飛行型魔物なら、俺たちだけでも対処は可能だ。……何より、子守(・・)もあるだろう?」


 サザミネはゴウンドの言葉に目を細め、


「……よろしいのですか?」

「急に入られてもな。……お前たちなら上手くやるだろう」

「………分かりました」


 サザミネは頷き、クキたちに目を向けた。


「それでは、君たちは俺たちと一緒に行ってもらおう」

「よろしくお願いします」



~その日の夕食にて~


クキ  「俺たちを雇ったのは積荷を無事に届けることと、訓練生がいることが

     理由でもあるんだろ?

     結構、太っ腹なんだな。トゥルハ商会って」

キルエラ「いえ、そういうわけではありませんよ?

     〝守の儀エグザマ〟が関わる依頼の報酬については、ビオプロム学導院

     からギルドを通じて補助が出ますから」

クキ  「! そうなのか?」

キルエラ「報酬の半分は学導院持ちです」

クキ  「マジで?(金、かけてるなぁー)」

キルエラ「生徒の実習などの成果から出費されますので、生徒自身からと言った

     方が正しいですね」

クキ  「へぇー(保険料……いや、お礼か?)」

ギル  「………(甘いな)」


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