第27話 散策にトラブルは付き物?
『ヒービキ、ヒビキ』
頭の中に響くのは、幼子のように舌ったらずで甲高い声。
クキは左手で顔を覆い、右手に持つフォークで甘く煮た野菜を突き刺そうとしているが、カツン、カツン、と音をさせながら躍らせていた。
同席しているギルとキルエラは食事の手を止めて、顔を見合わせた。
「どうされました?」
「魔力酔いになるほど、魔法は使ってないだろ?」
「………」
左手を口元まで下げて顔を上げたが、
『ヒビキ、ヒービーキ』
頭の中に直接響いている声に再び顔を伏せた。イヤホンで大音量の音楽を聴いてしまった時のような不快さはないが、甲高い声はよく響く。
その声が誰のものなのか、昨日の今日なら分かる。朝、目が覚めればソレが目の前を泳いでいたからだ。
「ウルの声がうるさいんだ」
「声が……同調率がそこまで上がったのですね」
「へぇ?」
驚いたようにキルエラは目を丸くし、ギルも片眉を上げた。
『ヒビキー』
「うるさいぞ、ウル!」
大きくため息をついて名前を呼ぶと、ウルは姿を現してクキの頭の周りを泳ぎだした。
『ヨンダ? ヨンダ?』
「うるさい……」
フォークの先で突こうとするが、ひらり、とかわされてしまう。
「かなり、参っているようだな」
「声が届いて、嬉しいのですね」
「どうにかならないのか?」
「興奮しているだけだ。すぐに落ち着く」
「そうですね」
げっそりとしたクキをおいて、二人は食事に戻った。
頭の周りを泳がれるのは目立つので、クキは左手で捕まえてテーブルの上に軽く押し付けた。
(騒ぐな)
少し手をずらすと、ウルは金色の目で見上げてきた。
『ワカッタ!』
ウルは、スルスル、と長い尾ビレで寝床を作り、その上に寝転んだ。消える気はないようだ。
ただ、起きてから頭の中に響いていた声は収まった。
やれやれ、とため息をつき、フォークに野菜を突き刺して口に運んだ。
(これが〝名〟の礼か……)
ウルの声が聞こえるほど――少しぎこちないが――同調率が高まったのは、昨夜の一件が原因だろう。
色々と与えられている気もするが、「こんなものか」とも思う。
創造主の僕である星霊が〝掟〟を破るとは思えないので、肩入れされているわけではないはず。
たまたま、クキは魔法と似た力を持っていたが、今まで召喚された〝勇者〟全員がそうだったわけではないだろう。先代のように〝使い魔〟を得た者もいるので、能力については千差万別だ。
そもそも、生まれた瞬間からこの世界の〝加護〟を受けている者とでは、魔法の熟練度が違う。
(加護、なぁ……?)
結局、あれからいくら名前を呼んでもオクトとミトリは姿を現すことはなかったため、ミトリが魔法とはまた別の〝理〟で発動する魔術を求めた理由は分からずじまいだ。
ちらり、とウルに視線を向け、
(……騒がないなら、出ていてもいいからな)
『ウン、ウン』と、声を上げるウルに息を吐き、クキは食事の手を再開した。
『サンポ、サンポー』
フードの中に収まっているウルの声を聞きながら、クキはギルたちと一緒に外街に向かっていた。
今日の予定は『アダナク』の散策で、外街から回って中心街の魔法具店と本屋に向かうコースとなっている。いの一番に魔法具店か本屋に行きたかったが、
――「立ち寄れば長くなるだろ? 昼からだ」
と。ギルに却下されてしまい、しぶしぶ外街から回ることになったのだ。
「〝使い魔〟って、目立たないか?」
「珍しいですが、問題ないかと思いますよ」
「姿を現しているのも普通だからな」
「そういうものなのか。なら、いいけどさ……」
「そもそも、何で消えていたんだ?」
「さぁ?」
全く分からないので肩をすくめると、じと目を向けられた。
「……町を回るっていっても、ただ見るだけだろ?」
「あえて言うなら、見るのが目的だな」
クキは振り返り、鐘楼を見上げた。
町の中心に置かれた鐘楼は魔法具で、『クリオガ』の町村には必ず置かれている。魔獣の襲来などの緊急時に警鐘が響き渡り、それに近隣の鐘楼が呼応して警鐘が鳴る――と、波紋のように広がることで周囲に警告を発する。
また、結界の礎にもなるらしい。
(〝龍脈〟もないのになぁー……)
魔法具は多種多様だ。
あちらの世界では電気が原動力となるものは、こちらの世界では魔法で動いていた。
通信機や映写機などもあるが、ある一部のものは世間に広まっていない。
その原因は、扱える魔法師が少ない――特殊四種の魔法陣を使用していることが多い――ことや、魔核の問題もあって国が所有・管理しているからだ。
ただ、情報発信などは、国を除けば界導院――主にギルド――が行っていた。
(魔核は……〝ゲーム〟が原因か)
魔法具が主体となる中、その動力源となる魔核の元――魔鉱石や〝魔天骨〟の資源は有限だ。
「……意外と真面目だな」
「〝意外〟は余計だよ」
茶化してきたので、じろり、とギルを睨む。
「……それに、ただの興味本位だ」
通りに面した商店から売り子の威勢のいい声が聞こえ、値引きする主婦や食料を買い込む冒険者、旅装束の商人などの姿で溢れかえっていた。
視線を四方八方に向けていると、
「田舎から出てきたガキだな」
「いいだろ、別に」
くすくす、とキルエラが笑った。
時折、商店を冷やかしながら通りを進んでいくと、外壁の門が見えてきた。
門の付近は大きく場所が空いていて、旅立つ冒険者や馬車などの姿がある。
「おっ?」
その中で目に付いたのは、一台の箱だった。
馬車を二台ほどくっ付けた――小型のトラックに似た車だ。
箱の部分を三等分した時、三分の一の辺りには窓があり、カーテンが見えることから人が座るスペースとなっているようだ。そこから後ろは完全に荷台のようで、後部の両開きの扉から中へと荷物が運ばれている。
そして、箱から突き出た場所が運転席となっており、その下部から四輪にかけて魔素の流れが見えた。
クキの視線を追って、ギルとキルエラもそれに気づいた。
「ん? ……魔動車か」
「やっぱり、そうなのか!」
クキは目を輝かせた。
魔動車とは魔動機――魔核と魔法陣で作られている――と呼ばれるエンジンで動く車だ。
「魔動車と言えば、最近、シドルが六属性の魔動機開発に成功したんだったな?」
「最近……十年以上前ですよ?」
ギルとの時間の感覚の違いに、キルエラは苦笑した。
「? 前は特定の魔核しか使えなかったのか?」
「最初は〝雷〟で、次に〝火〟と〝風〟ですね。〝無〟と〝時〟は需要が多い上に高価のため、使われてはいません」
「テスカトリ教導院にはなかったよな?」
「学導院で開発はされていますが、他にも便利な魔法具もありますし……何より、転移魔法陣もいくつか設置されていますから、需要が少ないことが理由ですね。生産国であるシドルや共同開発国のトナッカ公国ではよく見かけられますよ」
「ふぅん……」
「中型も普及し始めたんだな」
「はい。まだまだ高額ですが……」
「すると、そこそこ大きな商会のものか」
二人の会話を背中で聞きながら、クキは小型トラック――魔動車に向かい、邪魔にならない十数メル(メートル)ほど離れた場所で立ち止まって観察した。
(やっぱり〈魔眼〉じゃないと……いや、魔法での解析を阻害するもので出来ているのか? 構築とか、どうなってるんだ?)
機密保持のためだろう。その上、いくつもの魔法陣が重なっていて、〈魔眼〉が未発動ではほとんど分からなかった。
ただ、魔動車の周りに集まっている魔素の色は――
(……緑色ってことは、風力か?)
立ち止まっているつもりでも、無意識に近づいていたのだろう。
『ミギ』
ウルが警告を発すると同時に、右斜め後ろに感じていた気配が一気にクキに迫った。
外套の中で手の中に短剣を落とし、右腕を振り上げ――
「何か御用でしょうか?」
カンッ、と軽快な音がした。
振り返ると、すぐ後ろにクキを庇うようにキルエラが立ち、鞘ごと抜いた細剣を身体の前に構えていた。
「そっちこそ、何の用だ?」
キルエラと向き合うのは、クキに槍の柄を突きつけようとしていた男だ。
三十代前半ほどのこげ茶色の髪の男で、背が百八十シム(センチ)以上あり、身の丈以上の大槍を軽々と手に持っていた。身に纏う防具はよく手入れがされ、かけられた防御魔法も強力なものだ。
こげ茶色の瞳は、油断なくこちらを見据えている。
「魔動車を不躾に見ていたこちらにも非がありますが……いきなり攻撃を仕掛けるのはいかがなものかと」
キルエラも退く様子は見せない。
武器を構え、向かい合う二人に気づいた者たちが遠巻きに囲み始めた。
ギルを探すと、周りを囲む野次馬の中に混じって他人の振りをしながらニヤニヤと笑っていた。いかにも楽しげな様子に眉をひそめるが、立場などを考えると妥当な判断かもしれない。
「……すみません。初めて魔動車を見たもので」
キルエラを抑えるように右手を上げ、大槍の男に声をかける。
「あちらの関係者……護衛の方ですよね? お騒がせしました」
魔動車から少し距離を取り、その周りを警戒するように気を配る者には気づいていた。男もその一人で、護衛だろう。
仕事の邪魔をしてしまったのは事実で、一触即発となったこの場を治めるためにもクキは頭を下げた。
それを見てキルエラは細剣を腰に戻し、小さく頭を下げる。
「………」
男も僅かに警戒を緩め、無言で大槍を下げるが、
「何してんの?」
唐突に第三者の声がかかった。
(うげっ……)
収まりかけた中での声に、クキは内心で呻いた。
声がした方へと視線を投げれば、二人の男女が立っていた。
女性は大槍の男と同じぐらいの背があり、小麦色の肌に引き締まった肢体。明るい金色の髪は一つにくくられ、左腰に長剣を佩いていた。
女性から大槍の男以上の覇気を感じ、
(……強いな)
自然体ながらも油断なくこちらを見据えている瞳に、ふと、〝女豹〟という言葉が脳裏に浮かぶ。
その隣には水色の髪に青い瞳を持ち、メガネをかけた青白い肌の男。とても戦闘員には見えないので、恐らく、商人だろう。
ただ、男から感じる魔力量は三人の中でも一番高いものだったが。
メガネの男は、パチパチと目を瞬きながら、不思議そうに大槍の男、クキ、キルエラと見ていた。
三人とも、年齢的にはそれほど離れているようには見えない。
「……これは、」
「すみません。お仕事の邪魔をしてしまったもので」
クキは男の言葉を遮って、言った。
「……邪魔?」
「魔動車を初めて見たので、つい……」
そう説明すると、「ああ」と二人はすぐに納得した。
「何、ピリピリしているの? 子ども相手に……」
「いや、それは……」
女性に大槍の男は口ごもった。メガネの男は苦笑しながら、
「魔動車はこの辺りでは珍しいからね」
「はい。失礼ですが、あれはあなた方の?」
「そうだよ。何なら、見て行くかい?」
「いいんですか?!」
思わず声を上げるが、じとり、とした視線が後頭部に突き刺さり、我に返る。
「あ。いえ、お仕事の邪魔をしては申し訳ないので……」
「そうかい? 別にかまわないよ」
「いえ。ありがとうございます。それでは失礼します」
クキは一礼して、踵を返した。その後をキルエラも追ってくる。
「厄介事を作るな、お前は」
「……早く離れよう」
ギルに小言を言われながら、足早とその場を後にした。
「近づきすぎたとはいえ、いきなり攻撃してくるのは酷くないか?」
「それは……」
「挙動不審だったな」
言葉を濁すキルエラに直球のギル。
「お前、キルエラが割って入らなかったら、迎撃する気満々だっただろ?」
ギルの視線は右手に注がれていた。
クキは「何のことだ?」と何も持っていない手を挙げて見せるが、
「消したな」
と。一刀両断されてしまった。
通りから外れた路地を抜け、建物が密集した場所にある武器屋を三人は訪れた。
「いらっしゃい」
店内に入ると、少しぶっきらぼうな声がかけられる。
カウンターの向こうに小柄な壮年の男が座っていた。後ろに後退してきた金色の髪と同じ色の瞳がキルエラ、ギル、クキと順番に向けられる。
客はおらず、左右の壁には剣や槍、棍棒、弓などの様々な武器がかけられ、部屋の中央には短剣などの小物が展示されていた。その一つ一つに魔法陣が刻まれ、柄や持ち手に小さな窪みがあった。
魔儀仗だ。
魔法陣が刻まれた武器の総称で、顕刻式――魔力で発動させる物と、魔紋式――魔核で発動させる物のニ種類がある。
ここは魔儀仗を製造・販売している武器店だった。
「こんにちは。〝蒼の六花亭〟の主人の紹介できました」
店主はその名に片眉を上げ、
「サルツのか。……名は?」
「俺はクキで、こっちはギルとキルエラ。同じチームのメンバーです」
「……フリッツだ」
店主――フリッツに頷き、クキは〝ディスタの鞄〟から三本の牙と魔法陣を書いた紙、刻印を定着させる〝魔天骨〟を取り出し、カウンターに置いた。
フリッツはそれを一瞥し、
「〝森狼〟の牙と……[風塵刃]か」
「この牙を懐剣にして、魔法陣を刻んで欲しいんです」
クキは刻印だけでなく、魔術で素材を武器化することも出来るが、それはあくまでも見た目だ。本職には遠く及ばない。
試したいことがあって売らずに残しておいた牙を加工してもらおうと、宿の主人に武器屋――いい職人がいないか――を尋ねたところ、この店を紹介された。普通の武器屋ではなく魔儀仗専門だったのは、刻印することを零してしまったためだ。
とりあえず、牙の加工と中位風魔法の魔法陣の刻印を頼み、あとで考えていた効果を得るために〈魔成陣〉を自分で刻むつもりだった。
「顕刻式か?」
「はい。そうです」
フリッツは魔法陣を見ると、じろり、と何故か睨んできた。
「………何をする気だ?」
「は?」
「〝風〟の使い手は、そこの嬢ちゃんしかいないだろ?」
魔素は、己の魔力に適したものしか見ることは出来ないはずだ。
風属性の魔法師か――職人の勘か。
その言葉から察するに後者の可能性が高い。
(何で分かるんだよ……)
クキは内心で呻いたものの、顔色は変えていなかった。
だが、フリッツは僅かな間で確信したようで、
「何か、手を加える気だな?」
「いや、彼女用に――」
「ほう?」
誤魔化そうと口を開いたところで、牙と紙を返された。
「………お願いします」
もう一度、差し出す。フリッツはすぐに押し返しながら、
「どんなものだ?」
「お願いします」
「どんなものだ?」
「……一応、客ですよ?」
「どんなものだ?」
「…………お金、かかりますよね?」
少し引きつった笑みを浮かべて尋ねると、
「どんなものだ?」
話さないと引き受けねぇぞ、と目が言っていた。
(……このおっさん)
睨み合う二人にキルエラとギルは視線を交わし、ギルは肩をすくめてキルエラは苦笑した。
『ギラギラ?』
とぼけたウルの声が聞こえ、クキは内心でため息をついた。
あとで手を加えるつもりだと、顔に出ていたのだろうか。
知られれば嫌がれたり、突っ込まれたりするだろうとは思っていたが、相手は思った以上に頑固親父だった。
(いや、これが普通か……)
浅慮だったな、と思い――だんだん、面倒くさくなってきたこともあって――空中に虹色に輝く魔法陣を描いた。
「分かったよ。……これを付け加えるつもりだったんだ」
つい、素で告げてしまう。「ほれ見たことか」とフリッツは不機嫌そうに顔をしかめてソレを見つめ――
「―――これはっ」
一目でソレが何かを見抜き、目を大きく見開いた。
「お前、これをどう――」
立ち上がって身を乗り出したところで、唐突に口を噤んだ。ギョロギョロ、とクキと魔法陣の間を目が忙しなく動く。
「………いや、そんなことはいい。詳しく教えろ、組み込んでやる」
フリッツは動揺を抑えるためか、鼻の穴を大きく開けて息を吐くと、どさり、とイスに座り込んだ。
「安くしてくれよ?」
クキの提案にフリッツは、ぴくり、と片眉を動かしたが、
「………まぁ、いいだろう」
「なら、これは――」
無属性の魔法陣に見える〈魔成陣〉を説明していくと、その表情は再び驚愕に染まり、一気にヤル気を出した――興奮したフリッツに「三日後に来い」と言われた。
それから、ギルに引きずられるように防具屋に行ったが、店員が外套をがん見してきたので、声をかけられる前に店を出る羽目になった。
外套自体は魔法陣が編まれた中級レベルの代物なので、店員が見ていたのは他の要素――隠蔽系の魔術が原因だろう。
(職人って、厄介だな……)
昼食の後、まずは中心街にある魔法具店に向かった。
テスカトリ教導院の魔法具店より品数は少ないものの、高価で品質も良い魔法具は見ていて飽きることはなかったが、本屋に行く必要もあるので一通り堪能して、店を後にした。
そして、数時間ほど本屋で留まっていたら、飽きたギルに闇魔法で宿に戻らされ、その日の散策は終わった。
~その日の夕食にて~
ギル 「だんだん、お前の扱い方が分かってきたな……」
クキ 「はぁ?」
キルエラ「……ふふっ」




