第25話 森での特訓
受けた依頼は、昨日より森の奥に進んだ場所に群生している薬草採取が四つ。そこに向かいながら遭遇した魔物を討伐することになったが、〝使い魔〟との同調訓練も兼ねているので距離が離れている魔物や他の冒険者は避けて進んでいた。
隊列はギル、クキ、キルエラと並び、クキはギルの指摘どおり、フード付の黒に近い深緑色の外套を羽織っていた。身体をすっぽりと覆っているが、腰のポーチが見えるか見えないかの丈が短いものだ。
「どうだ?」
「だいぶ、マシになってきたな」
ギルにクキは肩をすくめた。
クキの魔力感知は〝共振〟と呼ばれている方法で、周囲に向けて魔力を放つ、又は自然に漏れる魔力で周囲の魔素に干渉し、魔力を広げていくというものだ。あたかも水面に水滴が落ちて波紋が生まれ、広がっていくように――。
そして、感覚が触れれば、その姿や色、保有魔力量などの詳細な情報を得ることが出来るのだ。
だが、ウルから流れてくる情報は違った。
例えるなら、レーダーの表示を見ていることに近い。感知したモノは光点として表示されるだけの曖昧さに、保有魔力量も光源の強弱としか分からないため、〝共振〟の情報量と比べれると天と地の差があった。
それを埋めようと〝共振〟を使っても魔素の拡散によって乱れが生じるため、いつも以上に魔力感知の精度が落ちるという悪循環に陥っていたのだが――。
「こっちの方が分かりやすい」
ギルから聞いたある闇魔法を試してから、同調――情報の受け取りは順調だった。
それが上位闇魔法[影読み]――大地に落ちる闇、つまり〝影〟を使った感知方法だ。
己の〝影〟から大地を通じて感知範囲を広げ、範囲内の物体や魔物などが落とす〝影〟を捕捉して、そこから相手の情報を得る。得た情報は脳裏に一つ一つ、砂像のように形作られていくのでウルの方法よりも〝共振〟に近い感覚で知ることが出来た。
ただ、草木や石などの不要な情報や、飛行する魔物(獣)は影が薄いために得られる情報は少なくなるが。
(情報を与えられるといっても、受け取り方は術者次第なのか……)
〝使い魔〟から来る情報をそのまま受け取っていたが、受け取る側の処理の仕方も大切なようだ。
今までは〝共振〟の感覚で受け取っていたため、相性の悪さから同調が上手くいかずに情報量が少なかったが、〝影〟を使う[影読み]の感覚なら問題なく情報をまとめることが出来た。
このままいけば、数日で〝共振〟と同じように無意識で行えるようになるので、遠距離はウルに任せて自分は近距離の魔力感知で十分となる。
クキの足元に広がった波紋――ウルが感知した情報が脳裏に送られ、
「〝森狼〟が十頭。二時の方向、回避不能だ」
「正解だ。お前は牽制しろ。キルエラは周囲の警戒と隙を見てリーダー格の個体に攻撃だ」
にやり、とギルは笑い、指示を出す。
基本的に魔物はギルとクキが相手をし、キルエラが戦闘で引き寄せられてくる他の魔物の排除と援護を行う。キルエラが視界から消えてもウルからの情報で、脳裏には、はっきりと姿は見えていた。
「結構しつこいな……」
「属性からか、鼻は他の魔物の数倍だ。少しでも風の向きが変われば逃げることは出来ない」
「血の匂いに引き寄せられるって……おたくが原因だよな?」
ギルに背負われた大剣を睨みながら、クキは右手をポーチの一つに突っ込んだ。手の中に固いものが納まり、ポーチから引き抜くと一本の剣が姿を現す。どこにでもある、普通の長剣だ。
「一度邂逅したのが運の尽きだ。〝森狼〟は群れで行動するからな」
ギルはポーチから引き出された長剣をしげしげと見つめてきた。幾度も見ているはずだが、未だに〝ディスタの鞄〟ではないポーチから出てくる光景は珍しいようだ。
〝森狼〟は七等級魔物だが、群れで行動するために討伐依頼はランク六となる。第八階位では素材として売るだけだが、群れの数が数なのでそれなりの稼ぎにはなるし、何よりも向かってくる敵を避けるつもりはなかった。
「群れは四十ぐらいだったっけ? これで三十三頭なら、もう少しか……」
「あとは群れのボスだ。そろそろ、現れるだろ」
話しているうちに離れた場所で何かが動いた。〝森狼〟だ。
「上に飛ばす」
「おう」
ギルは大剣を肩で担ぐように持ち、軽く跳んで近くの木の枝に降り立つ。
前方の地面に茶色の魔法陣が展開し、
中位土魔法[針石柱]
大地が内部から爆発し、土砂や草が舞った。その後を追って先が尖った土色の針のようなもの――[針石柱]が次々と生み出され、波のように広がっていく。
『ギャンッ!!』
森の向こうで魔物の悲鳴が上がった。
前方を埋め尽くすように出現した数十本の[針石柱]が、地上を走る魔物を空へと突き飛ばす。ギルは乱立する柱へ飛び降り、側面を蹴って跳ねるように[針石柱]の向こうに消えた。
クキはその背を見送り、とんっ、と軽く跳躍して、足元に緑色の魔法陣を出現させる。
中位風魔法[微風天衣]
クキを中心に風が生まれ、球体上に身体を覆った。ふわり、と浮き上がった身体は跳躍した勢いのまま、辺りにある木々の頂上付近まで飛んでいく。
一瞬遅れて、その足元を黒い影が駆け抜けた。
『グォォッ!』
視線を右下に転じれば、大地を削りながら止まり、こちらを振り仰ぐ影が目に入った。牛のような巨体は黒に近い深い緑色の毛に覆われ、その瞳は綺麗なエメラルドグリーンだが、今は怒りで染まっていた。低く唸り声が漏れる口の隙間からは、涎が滴り落ちている。[針石柱]の攻撃を避けた〝森狼〟だ。
視線の交差は一瞬。
左下の木々が揺れ、新たな黒い影が跳び上がってきた。
「――っと」
『グルォォォッ!』
二匹目の咆哮が衝撃波となり、クキに襲い掛かった。[微風天衣]が衝撃波を左右に逃すが、逃しきれずに地面に向かって叩き落とされる。
『――ッ!』
眼下から一匹目の〝森狼〟が飛び跳ね、クキの首元へと牙が迫った。
クキは慌てずに身を捻りながら、剣を握る手に力を込めた。
中位風魔法[風塵刃]
剣のガード部分に魔法陣が生まれ、風が渦巻いて刀身を覆った。風切り音を放つ剣は、伸ばされた〝森狼〟の前足を切り飛ばし、その首元へと吸い込まれていく。
『ギッ――!』
剣が纏う風に吹き飛ばされ、〝森狼〟は地面へ叩きつけられた。
クキは空中で身体を回し、少し離れた場所に足から着地する。
ふっ、と頭上に影が差し――右半身にも敵意と殺意を浴びた。
中位土魔法[針石柱]
どんっ、と下から突き上げられた大地が揺れ、木々がざわめいた。
隆起した大地はクキを中心に放射線状に広がり、その切っ先で虚空に二頭の〝森狼〟を縫い止めた。
「……【取消】」
呟きながら立ち上がると、その声にかき消されたように[針石柱]は崩れ、どうっ、と〝森狼〟が地面に落ちた。
(この巨体で隠密系を使うのか……)
最初の牽制を避け、死角を突くように回り込んで現れた三頭目の〝森狼〟は虎視眈々とチャンスを窺い、着地と同時に襲い掛かってきたのだ。
クキは小さく息を吐いて、まずは一匹目に向かった。
「ウル。警戒を頼む」
姿を現したウルが周囲を泳ぎ出すのを横目に〝森狼〟の解体に取り掛かった。
二頭目の〝魔天骨〟や素材を四苦八苦しながら取っていると、
「まだやってるのか?」
「手伝います」
ギルとキルエラが戻ってきた。
二人はすでに他の〝森狼〟から回収したのだろう。動物を解体した経験のないクキの手際は悪い。討伐した何体かを解体しているので当初よりは速くなってきているが、二人と比べればまだまだ拙かった。
王族のギルが手慣れていることは年齢を考えれば納得出来なくもないが、侍女のキルエラの理由が分からず、気になって尋ねると「侍女ですから」と笑顔で返された。
「悪い。そっちを頼む」
「分かりました」
「おたくは魔法を使う時の魔素含有量の違いは問題ないのか?」
再び森の中を歩き出し、クキはふと気になっていたことを尋ねた。
森に入るのは二回目だが、ギルは魔物を倒す時は一切魔法を使用していない。
「ああ。調整はしてきたからな」
「伊達にじいさんじゃないのか……」
「いい加減にソレは止めろ」
「軽く二百歳、どころか三百歳はいっているんだろ? 十分、じいさんだ」
「………」
「クキさん……」
据わった目を向けるギルを見て、キルエラは困ったように眉尻を下げた。
「俺が〝じいさん〟なら、界導院長は〝ばぁさん〟か?」
「そうだな」
「……さすがに面と向かっては言ってないよな?」
「気色悪いとケンカを売ってきたのはあっちだ」
「言ったのか……」
おいおい、とギルは呆れた声を上げ、
「何をしたんだ?」
「普通にギルドについて説明を聞こうとしただけだよ」
「普通、な……」
ギルはキルエラに視線で問うが、キルエラは苦笑するだけだ。
「真面目に話しただけだぞ?」
疑わしげなギルにそう言えば、「ああ、なるほど」と納得された。
「何だよ?」
「いや、別に」
「………」
「お前こそ、色々と魔法を撃つかと思っていたが……随分、大人しいな?」
睨んでもギルはどこ吹く風で、話題を逸らしてきた。
「ウルの能力の影響もあるからな。慣れるには、何度か使ったことのある魔法の方がいいんだよ」
「……なら、一度、訓練場――〝障壁〟の間――を借りて、色々と試してみるか?」
クキはその提案に、一瞬、眉をひそめたが、
「いいな、それ。……もちろん、相手はしてくれるんだよな?」
にやり、と笑いながら尋ねると、ギルは「仕方ないな」と呆れた言葉を呟くが、口元は笑っていた。
「養蜂って、やってないのか?」
「アレを見て、あると思うか?」
「いや、おたくの世界ならあるかなぁー、と」
「ない」
ギルに一言で切り捨てられ、クキは前方に視線を向けた。
三人がいるのは木の上――それぞれ、太い枝に立っていた。生い茂った枝の向こうからは「ブッブッブッ」と羽音が聞こえてくる。
三人が隠れている大木の周りを飛んでいるのは、赤ん坊ほどの大きさはある蜂――七等級魔物の〝黄林蜂〟だ。
その数は十数匹ほど。声を出しても襲いかかってくる気配がないのはクキが〈結界〉を張ったためだが、離れないのは本能的に〝何か〟があると感じているからだろう。
前方――数百メル(メートル)ほど先の森で、ぽっかりと穴が開いていた。
空き地のような場所に鎮座しているのは、遠目からでも分かるほどの巨大な黄色の物体だ。一抱えはある大きな柱が乱立した形をしていて、表面は岩肌のような無骨なものではなく、木の年輪のように不思議な筋の入った温かみがある。
その周りを〝黄林蜂〟が行き交っている――〝黄林蜂〟の巣だった。
(蜂の巣っていうか〝家〟だな、あれは……)
ほぼ、一軒家と同程度の大きさに呆れた視線を向けた。
三人の目的は〝黄林蜂〟の蜂蜜だ。
〝黄林蜂〟が集める蜂蜜は、森で育った花――つまり魔素に満ちた環境で育ち、その全てが凝縮された代物だ。一般的な蜂蜜よりも滋養強壮によく、高値で取引されていた。
ただ一つ厄介なのが、討伐対象ではないこと――むしろ、保護対象であることだ。
〝黄林蜂〟は蜂の巣――その領域に近づかなければ攻撃をしかけてこない温厚さもあって、蜂蜜を狙った冒険者たちに次々に討伐され、一時期は絶滅にまで追い込まれたらしい。
「いつまでも隠れて様子を見ているわけにもいかないな……何かいい手は浮かんだのか?」
ギルはこの状況を打破する提案をするつもりはないようだ。
「蜂の駆除となると、煙を炊いていた気がするけど……適当ってわけにもいかないよな?」
「有効ですが、この辺りでは採れないものですね」
「だからあるんだよなぁ、あそこに……」
「ギルさんの闇魔法で拘束はどうですか?」
「広範囲の上に弱すぎるな」
「そうですか……」
威力が調整できるといっても、七等級魔物では十分に殺傷力があるのだろう。
(痺れさせて、針で串刺しか……)
〝黄林蜂〟の尻にある針には麻痺毒が塗られ、さらに針を放つことも出来るらしい。
[微風天衣]で防御しながら正面突破や隠れて侵入したとしても、あの数が相手では、ゆっくりと蜂蜜を採ることは難しいだろう。
「……催眠系は効くのか?」
「効かないことはありませんが、効きにくいですね」
「そこはゴリ押しで行くしかないか……――ん?」
ふと、こちらに近づいてくる〝何か〟を感じた。ギルも気づいたようで、やれやれ、と肩をすくめた。
「のんびりしていたら、別口が来たな」
「それも蜂蜜に引き寄せられたってことか?」
だろうな、と頷いたギルの足元には、黒い魔素が集まり出しだ。
「あっちは任せろ」
「了解。キルエラ、行くぞ」
「はい」




