勇者召喚
自分でも異世界召喚物が書いてみたくなって、勢いだけで書きました。
そのため、かなりの不定期更新です。
拙作ですが、さらっと読んでいただければと思います。
ひんやりとした空気に触れて、今にも緊張の糸が切れそうだった。
部屋の中央は少し高くなり、いくつもの魔法陣が刻まれていた。少し前まで目が開けられないほどの光を放っていた魔法陣の輝きが収まり、霞んだ目が慣れていく。
レティシアナは早まる鼓動を抑えるように胸に手を当て、魔法陣の中央に目を細めた。
一つの人影が見えた。
魔法陣の中央に立つのは、一人の青年だった。珍しい漆黒の髪に、まだあどけなさが残る顔立ち。年は二十歳になるかならないかで、軍服のような服を着ていた。
伏せられていた瞳が開く。
黄金。
まるで、輝いているかのように綺麗な色をしていた。
レティシアナは青年に向かって、一歩を踏み出し、
―――ぞくりっ、
と。背筋が震えた。
「………えっ?」
一瞬で構築された魔法陣。
ガラス細工のように繊細で、煌びやかな輝きを放つ魔法陣が青年を囲い、外敵から守るように立ちはだかった。
レティシアナと同じように召喚された者を迎えようとしていた者たちも、その出来事に唖然とし、護衛の近衛騎士たちが慌てて剣に手を伸ばした。
それに反応してか、魔法陣が輝きを増し、虹色の光が辺りを照らす。
「待ってください!」
一触即発の雰囲気に、レティシアナは声を張り上げた。
「姫巫女様っ」
制止の声を無視して、彼と近衛騎士の間に割ってはいる。両手を広げ、警戒する彼らを抑えようと、その顔を見渡した。
「待ってください! 彼も混乱しているだけです。剣を収めなさい!」
「で、ですがっ」
「収めなさい!」
戸惑った騎士たちの声に叫び返し、表情を消したままの近衛騎士団長を見た。
「………」
彼が手を挙げれば、しぶしぶ、周囲の近衛騎士たちも剣から手を退けた。
まだ、彼らの警戒心は高いが、表面上は取り繕っている。
あとは後ろの青年だけだ。
魔法陣は未だに消えていない。
だが、攻撃されていないことを考えると、彼も困惑しているのだろう。突然の魔法陣に虚をつかれてしまって、何も説明をしていないのだ。
「あれ?」
青年に振り返ると、胡乱げな目で周囲を見渡す姿が目に入った。
キョロキョロと目を動かし、レティシアナや近衛騎士を見やり――頭上を仰ぐ。足元の魔法陣に気づくと、眉をひそめた。
「どこだ、ココ」
どこか呆然と青年は呟いた。
「ってか、バカ師匠の手口じゃないのか?」
青年は一人で納得すると、軽く右手を振るった。
それだけで幻だったかのように魔法陣はあっけなく消えた。
「あー……ってか何だ、コレ? 気持ち悪りぃ」
その声で、青年は辺りを見渡していたというよりも目が泳いでいたのだと気づいた。
彼に声をかけるタイミングを失ったレティシアナは、ただ、見つめていると、わずかにフラフラと身体が揺れだした。その顔は血の気が引いて、青くなっていく。
「えっと………あの?」
「魔力酔い? ……い、や……得て、ないのか?」
ぐるぐると青年の身体が回りだし、彼は顔を片手で覆った。
「なん……ズレが……」
ぐらり、と大きく身体を傾かせた青年。
「あっ!」
危ない、と思った時には、駆け出していた。
両腕で受け止めた身体は重く、そのまま下敷きになる。
「姫巫女様っ」
慌てて近衛騎士たちが駆け寄ってきたが、レティシアナは腕の中に居る青年に視線を落とした。
近くで見るとはっきりと分かる。
青白い肌に血の気のない唇。頬を冷や汗が流れ、身体は小刻みに震えていた。
世界に拒絶されているのだ。
近衛騎士団長も青年の様子に気づき、顔色を変えた。
「早く儀式をっ」
助け起こされ、レティシアナは彼の傍に座り直した。近衛騎士団長と二人で向かい合うように青年を支え、息を吸った。
【我、求めるは契約。其の加護を賜りたく言を紡ぐ】
レティシアナが〝儀の祝詞〟を紡ぐよりも早く、茫洋とした瞳で虚空を睨む青年は、唐突に〝儀の祝詞〟を呟いた。
「えっ……」
その言葉に息を呑む。
青年は周りの様子に気づいた素振りも見せず、〝真言〟を告げた。
【我が名はクジョウ・ヒビキ。真言を捧げ、其の加護を願う者なり】
〝儀の祝詞〟を終えた瞬間――。
青年から強大な魔力が吹き荒れた。
室内に竜巻が生まれたように魔力が渦を巻き、虹色の奔流が部屋を満たした。
後ろから悲鳴が上がる。
「っ!」
レティシアナは吹き飛ばされそうになる身体を、彼を抱きしめることで抑えた。その上に近衛騎士団長も身を伏せる。
今までに感じたことのない魔力量に身体が震えたが、不思議と腕の中の彼を怖いとは思わなかった。
魔力の奔流は数秒。
だが、放出された魔力以上の塊が腕の中にある。
身体の上で近衛騎士団長が身を起こし、緊張した面持ちで青年を見つめた。
青年の体調が不安になり、レティシアナも身を起こして抱きしめている青年に目を落とした。
「……あ……」
「………」
黄金の瞳と目が合い、思わず声が漏れた。
青年はどこか焦点の合わない瞳でレティシアナを見返し、
「………綺麗な目だ」
何の飾りもない、純粋な言葉にレティシアナはどきりっ、と胸が軋んだ。かぁっ、と頬が熱くなる。鼓動が高鳴り、青年を抱える手を握り締めた。
すっ、と青年の右手が上がり、顔に伸びてくる。
レティシアナは、ただじっとそれを見つめ、
「…… ――」
頬に触れるか触れないかの瞬間、すとん、と腕は落ちた。気づけば、青年は気を失っていた。
「……クジョウ・ヒビキ」
ぽつり、と彼の名を呼んだ。
恐る恐る手を伸ばし、その冷たい頬に触れた。
もっと、彼の瞳を見たかった。あの綺麗な魔法陣をもう一度見せて欲しい。
「私の名前は――」
これが、のちに〝オリンの眼〟と呼ばれる彼との出会いだった。




