第22話 奇妙な三人組
※ ギルド支部の受付嬢視点です。
『アダナク』のギルド支部で働くミッチェル・リスキーは、その日も受付に座って仕事をこなしていた。
聴力強化を行い、ギルド内の雑音を聞きながら――。
『この依頼はどうだ?』
『首都行きないかなぁー』
『なら、いつもどおりに折半で――』
『そろそろ、新調したいな』
『君、〝土〟の使い手だって?』
いつものように情報収集をしていると、少し変わった会話が聞こえてきた。
『魔物って、食べられるんだよな?』
『ああ。等級が高いと魔素抜きが必要になる奴もいるけどな。俺たちが狩れるのは問題ない』
若い男の声だ。当たり前のことを質問していたので、気になって耳を澄ませるが、仕事の手は止めずに「いってらっしゃいませ」と手続きを終えた冒険者を見送った。
『あっちのは?』
『その等級は専門技術が必要になるから料理人に任せた方が無難だ』
『へぇー……ん? 熊もいるのか』
『六等級だから無理だな。大人しく〝一角兎〟にしておけ』
『食べたことねぇけど、熊の手って美味いんだろ?』
(熊……〝暴双熊〟のことかしら? 〝一角兎〟となると、第八階位の人ね)
ミッチェルは声が聞こえてきた方――依頼が貼られた掲示板へと視線を向けた。
依頼はランクごとに分かれて貼ってあるので、すぐに目的の二人は見つかった。
一人は二十代半ばほどの淡い金色の髪の青年で、背に大剣を背負っていた。もう一人は二十歳ほどの茶色の髪の青年で、こちらは手ぶらで腰にはいくつものポーチがついたベルトをしている。
『まぁな。ただ、クセがあって下処理に時間がかかる』
『ふーん……お? こっちは豚か』
『……〝豚魔鬼〟の実物を見たら、その食欲はなくなるぞ?』
『ゲテモノなのか?』
『ゲテモノ?』
『見た目はアレだけど、美味いってことさ』
『アレって何のことだよ……まぁ、六等級の中では美味いけどな』
『やっぱりな。豚なら……トンカツか』
『トンカツ?』
金髪の青年は『何のことだ?』と疑問を投げかけるが、茶髪の青年は『あー、トンカツ食いたくなってきた』と呟くだけだった。
『クキさん、ギルさん。依頼ありましたか?』
二人に女性の声がかかった。
視線を向けると、濃紺の髪と瞳を持つ二十代後半ぐらいの女性が二人に歩み寄っていた。彼女を合わせた三人がチームなのだろう。
『ああ。〝一角兎〟が十五匹だ。そっちは?』
『こちらもありました。他にも一種、別の薬草を採取しないといけませんが』
『……これなら大丈夫だな』
三人は依頼書を手に受付の列に並んだ。ミッチェルの列だ。程なくして、彼らの順番が回ってくる。
「チーム登録とこの依頼を受けたいのですが……」
ミッチェルは営業スマイルを浮かべて、三人を迎えた。
「かしこまりました。冒険者証をお願いします。こちらがチーム登録申請書になりますので、必要事項をご記入下さい」
申請用紙を差し、「お預かりいたします」と女性から三人の冒険者証を受け取った。一枚を読み取り機にさし込んで――表示された文字に手を止めた。
「キルエラ様。申し訳ございませんが、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
名前を呼ぶと女性――キルエラが振り返り、あとの二人もミッチェルに顔を向けた。
キルエラは青年二人に視線を投げかけ、彼らが頷くのを確認してから、
「……はい。かまいませんが?」
「では、別室にご案内させていただきます」
同僚と交代して、ミッチェルは三人を応接室の一つに案内した。
「少々お待ち下さい」
三人に断わってから支部長室へと向かう。
彼女たちを呼び止めたのは、赤文字で〝支部長面談〟と表示されていたからだ。
(支部長が面談……?)
内心で小首を傾げながら、支部長室の扉をノックした。
「支部長、ミッチェルです」
「――入れ」
「失礼します」
扉を開けると、正面にある机の前に座っていた部屋の主――支部長のアルゼは書類から顔を上た。
「どうした?」
こげ茶色の髪をかき上げ、尋ねてくる。細面の顔は中性的な顔立ちで、初対面では男か女か判断に困るが、れっきとした男性だ。
ただ、男装の麗人として紹介されても疑う者はいないだろう。
「面談とあった教導院からの冒険者が三名、みえましたので」
「そうか。どこに?」
「第三応接室です」
アルゼは頷いて、立ち上がった。
「君も同席してくれ」
「……分かりました」
「待たせてすまない」
アルゼと共に部屋に入ると、ソファに座っていた三人は立ち上がった。
「『アタナグ』支部の支部長をしているアルゼだ」
「キルエラと申します。この二人は仲間のギルとクキです」
キルエラが名乗り、左右の二人は会釈をした。「かけてくれ」と言ってアルゼが座ると、三人も座り直した。ミッチェルはアルゼの隣に座った。
「総括――総本部のギルド長から、ある程度の事情は聞いている。二人はクキくんの付き添いという話だったが……?」
アルゼはキルエラとギルに目を向けた。
「はい、その通りです。私は神導院に所属していますが、縁あって彼の旅に同行することになりました。それはギルも同じです」
アルゼはキルエラに頷き、クキに目を向けた。
「注意事項など、説明の方は大丈夫か?」
「はい。総本部の方で受けました。……研究漬けでしたので常識には疎いですが、頼りになる二人もいますので大丈夫です」
クキは苦笑しながら、答えた。
「そうか。『アダナク』には、どれほど滞在する予定だ?」
「十数日だけですが、仕事に慣れるまではここを拠点にするつもりです」
「何か困ったことがあれば遠慮なく彼女――ミッチェルに相談してくれ。出来れば、彼女を通して依頼を受けてもらいたい。ミッチェル、彼らのサポートを頼む」
アルゼの言葉に三人の視線がミッチェルに集まった。
サポートのことは事前に聞いていなかったが、同席を求められた時点で予想はついていたので、ミッチェルは戸惑うことなく頷いた。
クキは「よろしくお願いします」と小さく頭を下げた。
アルゼとの面談を終え、ミッチェルは三人を連れて受付に戻った。
「改めまして、ミッチェルと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、お願いいたします」
ミッチェルに三人も会釈をした。
「まずはチーム登録ですね」
もう一度、申請用紙を差し出し、キルエラから三人の冒険者証を受け取った。
「チーム名とリーダー、サブリーダーはいかがしますか?」
キルエラは二人――クキに視線を留めながら、尋ねた。
「………」
ギルもクキに視線を向けている。
クキは『俺?』と自分を指した後、顔をしかめて『お前らでやれ』とキルエラとギルを指す。
それを受けて、ギルは『お前達二人でしろよ』とヒラヒラと手を振った。
キルエラは一息つき、
――――――――――――
リーダー クキ
サブリーダー ギル
――――――――――――
と。書き込んだ。
ミッチェルはキルエラが一番リーダーに向いている気がしたが、口を出すことではないので「チーム名もお願いします」とだけ告げた。
「あ、おい!」
「キルエラ……」
「チーム名の案はありますか?」
二人が声を上げるが、彼女は微笑を浮かべるだけで取り合う様子はない。
その様子にギルは息を吐き、
「……納得しているのならかまわないが」
「おい!」
声を上げるクキにギルは肩をすくめ、キルエラを視線で指した。
クキは満面の笑みを浮かべたキルエラに気づくと、変更は受け付けないのだと悟って大きくため息をつく。
ちらり、とギルはミッチェルに視線を向けてきて、
「チーム名は必須だよな?」
「はい、そうです」
「なら、二人に任せる」
クキはギルにじと目を向け、
「少しは考えろよ……」
「……〝三人組〟?」
「分かった。もういい」
どこかぐったりとしたクキにキルエラはクスクスと笑った。
「いい案はありますか?」
「そうだな……」
クキは視線を上に向けて、少しの間考え込んでいたが、
「――〝オリオウ〟」
呟いた言葉は、聞いたことのない単語だった。
キルエラやギルも同じようで、二人とも不思議そうな顔をしていた。
「どんな意味だ?」
「〝ごちゃまぜ〟」
「ははっ、俺たちにはちょうどいい名前だな」
「では、その名前で」
意味を聞いて、ギルとキルエラは笑う。
――――――――――――
チーム名 オリオウ
リーダー クキ
サブリーダー ギル
メンバー キルエラ
――――――――――――
「それでは、これで登録させていただきます。少々お待ち下さい」
キルエラから用紙を受け取り、ミッチェルは読み取り機に冒険者証をさしてチーム登録を行うが、
(―――えっ?)
改めて見たキルエラの登録内容に、一瞬、手を止めた。
読み取り機から浮かび上がるようにキルエラの登録内容が映し出され、ある二つの項目が目についたからだ。
――――――――――――
技能 第二階位隠者、第二階位魔法師
出身地 テスカトリ教導院(神導院所属)
――――――――――――
その項目一つ一つは、別段、珍しくないが、〝神導院所属の隠者〟ともなればある役目を持っていることは知っている。
(何で、こんなところに……っ!)
さらに二人目、淡い金髪の青年――ギルの出身地は〝魔界ギルド支部〟。
出身地は居を構えている場所――特定の住所がなければ登録場所となる――が示されるが、魔界に居を構えるには、冒険者として活動する以上に厳しい入界審査を受けなければならないはずだ。
そして、最後の一人、茶髪の青年――クキは、無属性の魔法師。
初心者――依頼の履歴がないのですぐに分かった――にしては高い〝技能〟を持つ三人に戸惑いながらも手続きを終えて、ミッチェルは冒険者証を返した。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
三人は礼を言って、ギルドを出て行った。その背を見送り、並んでいた常連の冒険者に「お疲れ様です」と笑顔を向けながら、
(これって……まさか……)
嫌な予感がした。
受付の勤務時間を終えてから、ミッチェルは支部長室を訪れた。
支部長命令で三人のサポートを命じられ、さらに彼らの登録内容を見た後ではある程度の事情は知っておきたかった――知らなければならないと思ったからだ。
そこでミッチェルが耳にしたのは――
「彼は〝ベルフォン教室〟所属の魔法師だ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
アルゼは目を細め、「これは他言無用だ」と念押ししてきたが、
(た、他言無用って……っ)
無属性の魔法師であり、魔法陣研究の先駆者の弟子。
その情報に知らずと生唾を呑み込んだ。口が裂けても漏らすことはないだろう。
「優遇することはないが、気にかけてやってくれ」
アルゼの言葉に、ミッチェルは頬を引きつらせながら頷くことしか出来なかった。
(聴力強化での盗み聞きは好きだけど……これは、ちょっと)
彼らのチーム――〝オリオウ〟が『アダナク』で名を轟かせることになるのは、もう少しだけ先のことだった。
~ギルドを後にした三人は~
ギル 「それにしても、よくそんなに口が回るな?」
クキ 「処世術も大事だ」
キルエラ「ラフィン様の指示です」
ギル 「(嬢ちゃんも相変わらずだな……)
ん? お前、俺と初めて会った時はもうその口調じゃなかったか?」
クキ 「(ギクッ)……そうだったか?」
ギル 「ああ……」
キルエラ「そうなのですか?」
クキ 「さぁなぁー……」
ギル 「……まだ十日も経ってないぞ?」
クキ 「――さて。行くか!」
ギル 「おい、待て!」




