第21話 異世界の旅
第3章開始します。
『クリオガ』。
テスカトリ教導院がある島から北東の位置にあり、国土の七割が大自然に覆われ、魔物――魔素を取り込み、魔法を操る獣――と共存している国だ。
魔物は危険度によって〝等級〟付けされ、十等級を最下位として数値が低くなるほど強大な力を持つが、確認される個体数も合わせて少なくなっていく。
そして、『クリオガ』では唯一、一等級の上位クラス――災厄級の存在が確認されていた。
主な特産物は、魔物から取れる〝魔天骨〟などの素材の他に、鉱山で採掘される魔核の原石となる魔鉱石、他国の物よりも効能が高い薬草などだ。
『クリオガ』を上空から見るとじゃがいもに似た歪な丸い形をしていて、巨大な二重の円が四つ、押し込められたように存在している。
二重の円は〝自然〟を囲って人と魔物の領域を隔て、共存を可能とする〝障壁〟だ。
『クリオガ』の人々は〝障壁〟の間に出来た領域――大陸の全体から比較すると、ほんの僅かな場所で暮らしていた。大陸のほぼ中央におかれた首都から北西、北東、南東、南西にある森はそれぞれ――
北西・第一の森〝シラースム〟
北東・第二の森〝マコレール〟
南東・第三の森〝プルアタン〟
南西・第四の森〝ビオプロム〟
と呼ばれている。
第三の森〝プルアタン〟。
四つの森の中でも――特殊な第四の森を除いて――比較的魔物が大人しく、効果の高い薬草も豊富なため、主に薬草採取が盛んで第六階位までの冒険者が多く活動していた。
ただ、それは森の中心部を除いた場合で、中心部はギルドが認めた上位冒険者しか訪れることは許されていない。
〝プルアタン〟の〝障壁〟から北西に約十キロの位置にある中都市『アダナク』。
近隣では最も大きな都市で、緊急時には周囲の町や村の避難場所となるために高さ数十メートルはある城壁――外壁によって守られていた。さらに町中には二つ目の城壁――内壁があり、外壁が突破された場合の最終防衛ラインの役目を担っている。
『アダナク』の中心部の一角、そこにギルド支部はあった。
ギルドの転移は緊急時以外を除くと時間で定められており、その行き先は国内の大都市が五箇所――五つの転移魔法陣が設置されていた。
近くの大都市からの転移があり、冒険者や商人、旅人が手続きを終えてホールに溢れ出した。
人ごみの中を器用に進み、足早にギルドの出入り口に向かっている二人組みがいた。
「早く行こうぜ!」
「おい! まずは宿だ、宿」
先頭は茶色の髪と瞳を持つ青年で、年はまだ二十歳になったばかりだろう。青みの混じった灰色の服に、背には斜めにかけるタイプの鞄があるだけで武装はしていない。
その背を追うのは淡い金髪に赤い瞳の青年で、こちらは二十代半ばほど。軽鎧を身につけ、背に大剣を背負っていることから冒険者だと分かる。背嚢を肩にかけ、顔をしかめながら茶髪の青年を追いかけていた。
「わかっているよ!」
茶髪の青年は叫び返しながら人ごみを抜けて、外へと飛び出した。
「待て!」
淡い金髪の青年もその後に続く。
脇を通り抜けられた者は二人に視線を向けるが、すぐに興味をなくして外していった。
その二人を追って、一人の濃紺色の髪を持つ女性がいたことに気づく者はいなかった。
「おお……っ!」
ギルドの外に出ると、響輝はその光景に目を丸くした。
ギルド前は大きな広場になっており、中心の鐘楼を囲むように露店が開かれ、青空市場となっていた。
『アダナク』の中心部は標高が高くなっているため、広場の先に広がった町並みはおろか、外壁の向こうまで一望することができた。
そして、外壁の先――地平線に見える灰色の影は〝プルアタン〟を囲む〝障壁〟だろう。
響輝は地平線で溢れている魔素に満面の笑みを浮かべ、一歩、足を踏み出し――
「待て待て待て!」
「っと!」
後ろから〝ディスタの鞄〟を捕まれ、がくんっ、と前につんのめった。
「まさか、そのまま突っ込まないよな?」
後頭部に突き刺さる視線に振り返ると、じと目を向けてくるギルミリオと目が合った。
「おいおい。まずは宿を取るんだろ?」
「足元の魔素を散らしてから言え」
「おっと……」
響輝はわずかに膨張していた影――黒い魔素を足で払う。
ギルミリオの手から抜け出したところで、ギルドからキルエラが出てきた。
「キルエラも止めろ」
「お二人とも楽しそうですね」
「楽しくない」
苦い顔で答えるギルミリオにキルエラは、くすり、と笑い、「こちらへ」と先導する。
「宿の目処はついています。とりあえずはそこでこれからのことを話しましょう」
「仕事が早いな」
ギルミリオは感心したように頷き、じと目を響輝に向けた。
「もっと大切にしろよ?」
「……よけいなお世話だ」
***
キルエラに案内されたのは、内壁に近い場所にある大衆食堂兼宿屋〝蒼の六花亭〟。
ギルド公認――界導院の事業の一つ――の宿で、主人は界導院に雇われた元冒険者だ。情報の売買や簡単な依頼の受理など、ギルドの業務も行うので冒険者御用達の宿らしい。
三階建ての建物は一階が食堂、二・三階が部屋となり、各部屋にはシャワーが設置されているが、近くに公衆浴場もあるようだ。
キルエラを先頭に入ると、食堂にいた全員の視線が集まった。
「いらっしゃいませー」
ウェイトレスの女性が数人、声をかけてくる。
食堂は円卓がいくつか並び、十人ほどの冒険者の姿がある。左側の壁際には小さな舞台、その反対側にあるカウンター内には、酒瓶が並べられた棚の他に依頼書が貼られたボードが立てかけられていた。
キルエラはカウンターにいる男性――おそらくは宿の主人の方へ足を向けた。響輝とギルミリオもさっと店内を見渡してからキルエラに続く。
宿の主人はスキンヘッドの五十代半ばほどの男で、少し鋭い光を放つ茶色い目がキルエラ、響輝、ギルと見て、またキルエラに戻った。
「いらっしゃい。三人か?」
「はい。出来れば、一人部屋を三つお願いしたいのですが」
「大丈夫だ。食事は朝のみで一人、一泊二十E(銀貨二枚)だ」
キルエラと店主が話す傍らで、響輝はふとカウンターの中にある花瓶に目を留めた。
艶やかな光沢を放つ陶器の花瓶で、淡いベージュ色の上に水色で川のような流れと緑色の笹に似た細長い葉が描かれていた。
ひまわりに似た一輪の黄色い花が挿してあった。
(魔法で作ったやつか……?)
花瓶をじっと見つめていると、その様子に気づいたギルミリオも花瓶に目を向ける。
「土魔法で作った花瓶だな」
「この感じも魔法なのか?」
僅かに感じる水の気配。花瓶を中心に、森林浴をしているような清々しい空気を感じた。
「魔法陣に直接魔核を置いて塗装するように調整するか、塗料――魔鉱石の加工時に出来る粉末を溶かしたもの――を塗れば発動できる。これは……魔核の方だな」
響輝とギルミリオが話していると、キルエラと話を終えた主人が呆れた声で、
「坊主ども。いい目をしているな」
「主人こそ、いい腕だ」
「……何故、俺だと分かった?」
「見れば分かる」
即答するギルミリオに「がははっ」と宿の主人は声を上げて笑った。
「そうかそうか。俺はサルツだ」
「俺はギルで、こっちはクキだ。よろしく頼む」
今後の方針を話し合うために一室に集まり、響輝は〝ディスタの鞄〟から冊子を取り出して「ほらよ」とギルミリオに渡した。
「何だ?……〝五カ国における旅の日程と目的〟?」
「一応、ざっとした予定は立ててきた」
「ほう?」とギルミリオはページをめくり、
「よく調べたな。だから、キルエラの行動も早かったのか」
「ああ。ちゃんと立ててあるだろ?」
にっと笑いながら問うと、
「いや。これは遊びをより効率的に過ごすためじゃないのか?」
何故かじと目を向けてきた。
「お前はアレだな」
「アレ?」
「計画を立てるわりに、その場の勢いで台無しにする奴だ」
「………」
否定は出来ず、響輝は目を逸らす。「大変だな」とギルミリオに視線を向けられ、キルエラは「いえ」と微笑を返した。
「……とりあえず、今後は一緒に冒険者として活動をするんだ。互いの実力を知るためにもギルドの登録内容から確認しないか?」
あからさまに話題を変えると、ギルミリオは片眉を上げたものの何も言わずに頷いた。まずは自分からだろうと思い、
「俺の〝技能〟は第二階位魔法師で、あとは〝使い魔〟持ちってことだな。〝使い魔〟の名前はウルだ」
名前を呼ぶとウルが姿を現し、部屋の中を泳ぎだした。
「やっぱり、〝使い魔〟か……この前はいなかったよな?」
〝洗礼〟のことは知っているようだ。
「ああ。〝洗礼〟は魔界もあるのか?」
「いや。似たものはあるけどな。……お前はいつ〝洗礼〟を受けたんだ?」
「昨日だ」
「昨日?……いや、いくらなんでもそれは遅くないか?」
「そりゃ、〝洗礼〟を受ける予定がなかったからだよ」
「!」
ギルミリオは目を丸くした。
星霊に〝使い魔〟を授かってから説明されたことだが、魔素の影響を受けやすい魔法師――主に特殊魔法の使い手で、その中でも特に〝無〟の使い手は魔素の影響を受けやすいため、神導院で〝洗礼〟を受けて〝使い魔〟を得るのだという。
過去の記録でも、魔素に不慣れな異世界人は〝洗礼〟を受けて慣れていったのだが、元々、響輝が魔法に似た高い技術と能力を持っていることから〝洗礼〟についてはひとまず経過を見ることになっていたらしい。
クリラマから魔力消費量の増加については報告があったものの、響輝は詳しくエカトールとあちらの世界の空気中の魔素含有量を伝えていたわけではないので正確な差を知らず、過去に魔法に似た技術を持つ異世界人には〝使い魔〟を授けていないこともあって、そう結論を出したのだが――
『どういうことだ!?』
響輝が星霊から〝使い魔〟が与えられたことを聞いた三院長たちは顔色を変えて問い詰めてきた。
どうやら、星霊自ら〝使い魔〟を与えたことはなかったようだ。
昨日のひと悶着を思い出し、響輝は内心でため息をつく。
「……前任者は連れていたぞ?」
「だいたいは受けるらしいからな」
「クキさんは難なく魔法を扱えていましたので、ひとまず〝洗礼〟を受けることは見送ったのです」
「………」
ギルミリオは何ともいえない表情をして、こめかみの辺りを揉んだ。
「……他の技能は?」
「ない。魔法師だけだ」
冒険者の登録内容――〝技能〟の欄には、〝第二階位魔法師〟としか書かれていない。
〝技能〟は大きく三つ――魔法師、闘技者、技巧者に分けられる。
闘技者とは剣士や弓術士、槍術士など戦闘技術に特化した技術、技巧者は魔具工や薬師、錬金術師など生産技術に特化した技術の総称だ。
魔法師の階位については能力判定試験を学導院の卒業試験で行われ、誰もが自分の階位を知っていた。
だが、闘技者と技巧者に関しては、各々で界導院が開催する能力判定試験を受け、階位を登録する必要がある。
「他の能力判定試験は受けなかったのか?」
「俺は魔法特化だからな。……おたくは?」
「俺は第二階位魔法師と第一階位剣士だ」
「第一階位の剣士? カルマンと同じか……」
「だてに数百年は生きてないぜ?」
「……他にはないんだな」
少し得意げに笑っていたギルミリオは、ひくっ、と頬を引きつらせた。
「お前も人のことは言えないだろ……」
睨まれたが無視していると、ギルミリオはため息をついて気を取り直し、キルエラに視線を向けた。
「キルエラは?」
「私は第二階位の隠者と魔法師です」
「第二階位か……」
「まだまだ未熟者ですので」
キルエラはギルミリオに微笑を返し、疑問を投げかけた。
「一度、実戦でお互いの実力を確認した方がよろしいでしょうか?」
「そうだな。これの通り〝第三の森〟での依頼をいくつか受けよう」
「じゃ、その後で町を一度回ってから町中の依頼もいくつかこなす方向で問題ないってことだな?」
「ああ。かまわないが、薬草の調合については興味ないのか?」
「あー……でも、あまり見られたくないだろ?」
「簡単なものなら、見学することは出来ますよ?」
「……いや、知識もないし、見ても分からないからいいよ」
キルエラに響輝は肩をすくめて答えた。
「第八階位が受けられる依頼の魔物は、強い相手でもないから問題ないと思うが……」
そこでギルは言葉を切り、目を細めた。
「殺すのは大丈夫か?」
「ああ。そっちは問題ない」
響輝があっさりと頷くと「そうか」とギルミリオは呟いた。
「……魔物や薬草の知識は?」
「頻繁に出没する魔物や主要な薬草は一通り覚えてきた。あとは――」
響輝はポーチの一つから本を取り出し、
「調べるだけだな」
「……そのベルトに付いているものも〝ディスタの鞄〟なのか?」
「いや。これは全部俺が作った魔術具だ。こちらの世界で言えば魔法具のことだな」
「魔術具……確か、魔力を消費するんじゃなかったか?」
「ああ。けど、常時発動しているわけでもないから消費量はそれほど多くない」
「………」
眉をひそめたギルミリオに、響輝は口の端を上げた。
「魔術についても話しておいた方がいいか……」
ぴくり、とギルミリオは片眉を動かす。テスカトリ教導院を出発してからは移動で話す暇はなかったが、今ならゆっくりと説明できる。
「――【乞う】」
響輝が外部からの干渉を遮断する結界を張ると、ギルミリオはさっと周囲を見渡した。
「……何をした?」
「外に声が漏れず、誰も干渉できないように結界を張っただけだ」
真っ直ぐに響輝を見る瞳に警戒の色はなく、ただ、見極めようとする意思だけが窺えた。
「魔法陣はなかったが……さっきの言葉が?」
「ああ、そうさ」
笑みを濃くして頷き、響輝は魔術について簡単に説明した。
その後、明日、引き受ける依頼のことも相談して旅の一日目は終わった。
~ギルドの登録内容~
○ 九条響輝
・名前:クキ(茶髪、茶目)
・階位:八
・技能:第二階位魔法師
・魔法属性:無
・才能:魔眼
・出身地:テスカトリ教導院(学導院ベルフォン教室所属)
・特記事項:〝使い魔〟ウル(能力:周囲の魔素操作)
○ ギルミリオ・トゥルカ・キアウェイ
・名前:ギル(淡い金髪、赤目)
・階位:八
・技能:第二階位魔法師、第一階位剣士
・魔法属性:火、闇
・才能:?
・出身地:魔界ギルド支部
○ キルエラ
・名前:キルエラ(濃紺の髪と目)
・階位:八
・技能:第二階位隠者、第二階位魔法師
・魔法属性:?
・才能:?
・出身地:テスカトリ教導院(神導院)
※登録内容については、多少、情報操作をしています。
※次話より、冒険者としての活動中は主人公を「クキ」、ギルミリオは「ギル」と表記します。
※通貨についての補足(単位:E(エルド))
一E=銅貨1枚(100円)
十E=銀貨1枚(1,000円)
百E=金貨1枚(10,000円)




