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勇者召喚――いいえ、魔王召喚です  作者: 奥生由緒
間章 異世界の青年
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閑話4 約束

※ 姫巫女の侍女、セリア視点です。



 あの子と出会ったのは、十年前。

 当時、テスカトリ教導院神導院で候補生たちの生活の手伝いをしていた。

 〝姫巫女の侍女〟の役目に選ばれたが、まだ今代の姫巫女は現れていなかったため、「いずれ、主となる者を知っておくべきだ」と当主の命に従ってのことだ。




 ある日、新たな候補生たちがテスカトリ教導院神導院を訪れた。

 早くここでの生活に慣れるように新規の候補生たちの指導には年齢の近い者があてられる。

 駆り出された先で見たのは、見知らぬ場所と人々、圧し掛かってくる重責に不安を隠しきれない数人の子どもたち――その中にあの子の姿があった。

 その時はまだ、他の子たちよりも少しだけ潜在魔力量が多いという印象だけだった。




 新たな姫巫女は、早ければ〝ゲーム〟開始の十年前――遅くとも五年前までには選ばれるが、転移魔法陣の管理の関係もあって、常に〝時〟か〝無〟の使い手を探し続けていた。その対象は、最も魔法に覚醒する時期である八歳から十二歳まで。〝才能(ディフェラ)〟の有無や潜在魔力量など、いくつかの項目を満たした者が迎えられた。

 候補生たちは数々の訓練を経て〝禊の儀〟を行い、創造主(ケツアルコアトル)に姫巫女として選ばれれば〝才能(ディフェラ)〟と特殊魔法を授かった。


 

 

 五年前。 

 史上二人目、弱冠十四歳の少女がその座についた。修業期間は、たったの四年弱。候補生の中でも稀に見る期間の短さだった。




 そして、召喚の遅延という不測の事態があったものの、今代の〝勇者〟が召喚された。

 ここ十数日の間で、自分達が思い描いた〝勇者〟という存在が偶像だということに気づいた。

 姫巫女ほど歴代の勇者については詳しくないが、恐らく、これまでにないほど若く、手のかかる〝勇者〟だろう。











 ギルド総本部。

 転移魔法陣の光が収まると、中にいた三人の姿はすでに消えていた。彼らが無事に出発したことに、僅かに安堵の空気が流れる。


「ご足労いただきありがとうございました」

「いえ……」

「彼らの行動については予定通りギルドを通して――」


 ギルミリオの見送りとして同行してきたガイアスにジェルガ学導院長たちが声をかける。

 控えていた壁際から歩き出し、未だに転移魔法陣を見つめたままの主の下へ。


「レティシアナ様」


 レティシアナは僅かに顔を俯かせ、「……行ってしまいました」と呟いた。素で話す主の後ろに控え、小声で声をかける。


「ご心配は不要です。キルエラも付いていますし、ご自身の身は守る術は十分にお持ちですから」

「………」


 レティシアナは不安が浮かぶ瞳を向けてきたが、何も言わずに目を伏せた。

 まだ、仕事は終っていない。

 ガイアスも魔界(キアウェイ)に帰還して、やっとレティシアナたちの緊張が解けた。


「……やっと行ったか」


 ジェルガ学導院長が指すのは、彼のことだろう。


「嵐のような小僧だったね」


 マロルド神導院長は、ラフィン界導院長にじと目を送った。


「……ひとまず、殿下もいることですから無茶はしないでしょう」

「クジョウにとっては〝王族〟という肩書きは関係ないように見えたが……」

「くくっ……そのようだね」

魔界(キアウェイ)との交渉は予定通り進めますから――」


 三院長たちが今後のことを話す中、レティシアナとその場を辞した。

 自室に戻ると、レティシアナはテラスに出てそこにあるイスに腰を下ろした。少し甘めのお茶を淹れて、入り口の近くに控える。


「………」


 レティシアナはお茶を一口飲んだ後は、視線を手元に落としていた。

 そこにあるのは、彼から貰ったという懐中時計。

 刻まれている陣を三院長たちが確認したが、どのような魔術がかかっているのかは分からなかった。防御魔術だとは聞いたが、念のため、それを写し取ってクリラマに解析を依頼している。

 その横顔に浮かんでいるのは、彼が怪我をしないか心配している少女のもの。

 思わず、口元に微笑が浮かぶ。

 レティシアナにとって、彼はあちらの世界で言う〝勇者〟なのだろう。











         ***











「来ると思ったよ」


 昨日。彼の部屋を訪ねると、開口一番にそう言われた。


「それは気配からですか?」


 彼の魔力感知は、テスカトリ教導院を影から警備する隠者を暴くほど。院内にいれば、近づいてくることなど容易に分かるだろう。


「いや。何となく」


 彼は肩をすくめて、キルエラに視線を送った。キルエラは一礼すると、部屋から出て行った。

 勧められて、彼と向かい合うようにソファに腰を下ろす。


「何か話があるんだろ?」

「はい」

「それは神導院のためか? それとも――」

「お考えのとおりです」


 笑みを浮かべて告げる。愚問だった。


「……だな」


 何故か、くくっと楽しそうに笑われた。


「それで、何が聞きたいんだ?」

「あの懐中時計の魔術のことです。防御魔術だとお聞きましたが……」


 気がかりなのは一つだけ。あの子が彼から貰ったという懐中時計だ。


「ああ。何かあるとは思えないが、念のために渡しただけさ」

「! それは……?」

「召喚主だ。それも役目のうちだろ」

「……役目ですか?」

「あーと……こっちの世界ではそういうわけでもなかったか」


 彼は肩をすくめた。


「何というか、あちらの世界では〝勇者〟の定義が少し違うんだよ」

「定義? そちらの世界にも〝勇者〟様が?」

「いや、架空の人物さ。悪を滅する救世主、英雄、って感じだな」


(……救世主)


「……怒るか?」


 口を閉ざすと、彼は片眉を上げて尋ねてきた。

 彼の話から察するにあくまでも〝役目〟だからと言うことだが――。


「……いえ」


 自分も仕事であの子と出会った。

 ただ、〝役目(それ)〟だけが理由ではなくなっただけのこと。


(でも、この方は……)


 あの子の息抜きに町に出掛け、懐中時計もわざわざキルエラに選ばせたもの。

 それも〝役目〟だからなのだろうか。


「ベルフォンに渡した防御魔術の上位クラスだ。概要はすぐに分かる」


 その口元に苦笑が浮かんでいるのは、クリラマ・ベルフォンの陣に関する知識への貪欲さに対してのものだろう。

 それには同意して苦笑を返した。


「……もう一つだけよろしいでしょうか?」


 改まって尋ねると、「ああ?」と彼は片眉を上げた。




「この世界は〝異常〟ですか?」




「聞いたのか……」


 顔をしかめ、ため息をつく。


「異世界人の戯言だ。気にすることでもないだろ」

「………」

「おたくらが求めているのはエカトールの勝利。俺がその報酬としてもらうのが、魔法の知識だ。それ以外に気にすることはあるのか?」

「はい。それが私たちの役目(・・・・・・)ですから」

「役目、な……」


 小さく呟き、彼は口を閉ざした。


「詳しくは教えていただけませんか?」

「……あちらの世界と比べて異常に見えるだけで、それがこの世界では普通ならいいんじゃないか? そういう見方もあるってことだ」

「………」


 無言で続きを待っていると、彼は諦めたように頭を左右に振った。


「……言葉が悪かったよ。あまりにも違ったんでな」

「違いますね」


 ばっさりとその言葉を切り捨てると、さすがに眉をひそめられた。

 訝しげな目を向けてくる彼を真っ直ぐに見返し、


「あなたが私たちを信用できないと仰ったことは理解できます」

「………」

「ただ、レティシアナ様はあなたを信用しています」

「………」

「あなたが【魔王】と呼ばれていようと、何が目的で引き受けようと、その願いに奔走することになろうと、あの時、あなたを引きとめた責任を――」


 そこで言葉を切り、「……いえ」と頭を振るう。


「〝勇者〟を引き受けてくれたこと――ただそれだけでもレティシアナ様にとっては信用に足るのです」


 召喚の遅延による不安、召喚できないのではないかという恐怖、エカトールの未来が細い両肩に圧しかかり、自己不信に陥っていた。

 そして、最後に(・・・)と決めた〝召喚の儀式〟。

 もし召喚が成功したとしても、その人物に断わられたのなら引き止めるような素振りを見せないことを決意していた。

 だが、話をする間もなく帰ろうとした彼を引き止めてしまった。

 その事をあの子はずっと悔やんでいた。召喚の遅延で五カ国の圧力に晒されていたため、若い彼にも同じモノが向けられるのではないかと恐れているのだ。

 〝勇者〟を引き受けてくれたことの喜びをソレが全て打ち消していた。


(出掛けてから、少しは晴れたけど……)


 彼を学導院に案内してから、あの子の中から憂いが消えていた。

 それは気分転換が出来たことと、二人っきりで話した何か(・・)がキッカケとなったのだろう。

 自分には出来なかったことだ。


「私もレティシアナ様が信用なさるのなら……その不安を和らげてくれたあなたを私は信用しています」

「………」

「私にそのことについて詳しく話して欲しいとは申しません。ですが、もしレティシアナ様を信用していただけるのでしたら、少しだけでもいいので話していただけないでしょうか?」


 お願いいたします、と深く頭を下げる。

 彼が語りたくないことなら、聞かない方がいいのだろう。

 けれど、その時に彼が見せた表情が気になったのだとレティシアナは言っていた。

 一体、こちらの世界の何が(・・)彼にその表情をさせたのか、と。

 しばらくの間、沈黙が落ちた。


「……おたくは本当にレナのことを――」

「あの子を護ること――ただ、それだけが私の意志です」


 顔を上げて告げると、彼は小さく息を吐いた。


「それが〝姫巫女の侍女〟となった覚悟か?」

「キルエラも同様ですよ。あなたを〝主〟と決めたのですから」

「………分かってる」


 彼は顔を背け、目を伏せた。


そのこと(・・・・)については、色々と落ち着いてからレナに話すよ……」


 その言葉に思わず目を見開いた。その口ぶりは――。


「ありがとうございます。ヒビキ様」


 口元に浮かんだ笑みを隠すように頭を下げた。










         ***











 その約束がいつ果たされるのかは分からない。

 けれど、いつか、彼から歩み寄ってくれるだろう。


「レナ様……」


 レティシアナは懐中時計から顔を上げた。


「ヒビキ様がお帰りになりましたら、たくさん旅の話を聞きましょう」

「……え?」

「楽しみですね」


 レティシアナは目を瞬き、頷いて微笑んだ。



間章 異世界の青年 ~終了~


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